魔法使いこそが選ばれし人間という世界で唯一の 【 ボクシングの使い手 】
真っ赤な火の塊が頭にぶち当たって目の前が真っ白になった。いや、真っ黒だ。
ゴキリ。
首から嫌な音が聞こえてた。力が抜けた。体が真後ろに飛んでいくのが分かった。それも何となくわかるといった感じ。
何も見えない。僕を撃った相手の姿も、愛する妹の姿も、なにもみえない。
「おにい」
僅かだけ聞くことのできた声。ああ、駄目だ、ルティエ、そんな大声を出したら、罰を与えられてしまう、また殴られてしまう。
ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
殺したい。
脳が熱くなった。
憎い、憎い、憎い。
魔法使いが憎い。
魔法が使えるからって、力があるからって調子に乗りやがって、なんで僕が、いや、僕だけならまだしも妹までこんな目に合わないといけないんだ。
許せない、この世界は糞だ。本当に糞だ。
魔法を使える事こそが神に愛された証、それ以外は下等な人間、だと?ふざけるな!ふざけるな!
殺したい!!
「ガがががががががガ!!」
雷に打たれた、そう思った。
「っはっ、」
死んだはずの体に死ぬほど強烈な痛み。
「ひっ!」
目の前に黒い何かがいた。
「良し」
コウモリのなき声を低くしたような声が聞こえた。いや、声ではなかったような気もする、ただの音を勝手に言葉として解釈してしまっただけかもしれなかった。
景色が戻った。
意識が戻った。やるべきことが分かった。体が即座に反応してくれた。
ダッ!
砂煙が上がった。そのなかに二つの表情。
驚く妹の顔、涙で顔がグシャグシャになっている。たったひとりの家族。大切な妹。
驚く男の顔、アイスブラインド家7男ブロデスト。恐怖で顔が引き攣っている。
Dough!
左ボディー。
脚、腰の力は回転へと変化する。体の軸を中心にしたその回転に一切のブレはない。全身の力が上半身に乗る。鞭のような左腕の先、拳は目的地に当たる瞬間、石のように固く握られた。
体の内部にまで突き刺さる威力。
確かな感触。そこに肝臓がある。わかっている。確かな感触だった。
奴隷をいたぶることをこの上ない喜びと感じる生粋の屑、ブロデスト。この家に来た時からずっと僕たち兄弟の事を苛めに苛め抜いてきた最低の人間。ついに今日、僕を殺した人間。
魔法使いの肝臓を破裂させた。
「おにいちゃん!」
振り返り抱きしめた。
「ルティエ、大丈夫、もう大丈夫だ」
包み込むように強く抱きしめた。いつものこうやって耐えていた。妹がいるからこの地獄を耐えることが出来た。
「神様が力をくれたんだ。魔法じゃない力、ボクシングだ」
見たことも聞いたこともないボクシングという言葉。けれど今はわかる。言葉の意味だけじゃない、使い方。戦い方。正しい体の使い方、攻撃の躱し方、殴り方がわかる。そして今、僕の体には魔法をも凌駕する力がある。
「ボクシングで変える」
前のめりに倒れ血の池に顔を突っ込んだブロデストの死体を眺めた。
「自分を高尚な存在と勘違いしている傲慢な魔法使いの屑共!世界に蔓延る屑共を一匹残らず殴り殺してやる」
ルティエを強く、強く抱きしめ地上へと歩き出した。