1.勇者、異世界へ行く
「じ……」
「じ?」
そろりそろりとすり足で魔法使いたちが寄ってくる。おそらく思わず頭を抱えている自分を気遣ってのことだろうでもそんな事は知ったことではない。今、俺の言いたいことはただ一つ。
「人選ミスだろおおおおおおおおお!!!!!!!!」
叫んだ声が部屋の中で反響してぐわんぐわん耳に響く響く。痛む耳をみんなで仲良く押さえて、顔を顰めた。
それは数刻前の話。俺が肩身狭く自室に篭っていた時であった。ずっと小説を読んでいたせいで目がしょぼしょぼしておじいちゃんがよくするように目頭を押した。
目を開けて気づいたときにはすでに見知らぬ場所。はじめは魔法陣のようなものの上で夢を見ているような気持ちでぼんやりと魔法使いたちの説明を聞いていたが、勇者なんて単語が聞こえてきたときから意識がはっきりとしてきてあれ? これ? え? となり頭を抱えたのであった。
「俺、運動できないんだよ? 本当にいいの? 勇者なんて無理だよ? 俺帰して新しい人を召喚した方がいいよ」
「い、いえ。勇者様は勇者様のはずです? ほら、腰にあるのはエクスカリバーなのでは?」
指を差されて初めて腰に剣の鞘と本体が吊り下げられているのに気づく。まじか、よりによってめちゃくちゃ動かなきゃならんような武器使えってか。というより、
「なんで疑問形なの!? 本当にいいの? 俺本当に運動できないんだけどっ!」
「いや、あの勇者様は一度召喚したら帰すことが出来ませんし、きっと勇者様は勇者様のはずです!」
結局、魔法使いたちには勇者であるとはっきり言ってもらえなかった。でも導かれるまま王様と会って「エクスカリバー持ってんなら勇者なんじゃね?」とお墨付きのようなものを頂いたから取り敢えずは良しとしよう。
だが本当にこれでやって行けるのだろうか? 不安な気持ちで包まれながら勇者様のために屋敷を用意したと言われ馬車に乗り込む。屋敷なんて落ち着かなそうだと思いながら、現実逃避をするように遠いところを俺は眺めた。
ようやっと屋敷に辿り着き、一息つく。王城から四時間程だろうか。まぁ、体感だからあまり当てにならなそうではあるが。説明によると屋敷の警護の警備隊が30人ほど、執事兼従者が1人、メイドとフットマンが数人いるらしい。あとはお金を渡すから好きに雇ってくれと言われた。正直、通貨が違うからよく分からないがずっしりとした袋からかなりの大金なのではないかと思う。大学生になってお小遣いがなくなったからこうして楽にお金が稼げると嬉しい反面とても違和感を感じる。
「お待ちしておりました。勇者様」
「あ、もしかして貴方が俺の執事になってくださるという?」
「はい、アグネダと申します。勇者様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「三枝和人です。よろしくお願いします。アグネダさん」
「サエグサ様ですね。ではお屋敷をご案内致します」
導かれるままに屋敷を巡り、その後俺は自室でボヤッとしている。書庫があると言うからワクワクしながら扉を空けて貰ったのに本棚が空っぽで何冊かあった本も文字が読めずがっかりとしたのは記憶に新しい。禁断症状が出る前に文字を教えて貰わねばならない。手が震えて剣も持てずに死に晒すなど恥以外の何者でもない。
「腹減ったなぁ」
ちらりと外を覗くと誰もいない。今はメイドやフットマンの数が少ないからアグネダさんも色々な仕事に追われているのだろう。先程教えてもらった調理場の場所の記憶を思い出しながら廊下を進む。ちゃんと迷わずに辿り着けたことにほっとしながら調理場を覗こうとした時中から声が聞こえた。
「あー、どうしよう。師匠本当に鬼畜だなっ!俺料理出来ないのになんでこんな高貴な人のとこに配属させたんだよ。やべえよ、なんで王様はそれ許可しちまったんだよー。勇者様ご飯待ってるよなー。どうしよう、ダークマターが出来たら俺処分されるんじゃあ。他のメイドやフットマンはみんな俺より新人だしー!どうしよう」
つい物陰に隠れて盗み聞きしてしまった。アグネダさんなんでも出来そうな雰囲気なのに意外だなあ。聞いてしまったからにはダークマターが出来る前に阻止した方がいいだろう。
「あー、あのー」
アグネダさんは勢いよく振り返って目を瞬かせた。顔にはでかでかとやばいと書いてあって可愛そうなことをしたような気がする。
「えっ? あっ! サエグサ様っ、えっとそのこれはっ」
「大丈夫です。俺、アグネダさんのことクビにはしませんよ。むしろこれからは頼りきりになると思いますし、それは取り敢えず置いておくとしても、料理というか家事全般は俺が出来るから無理しなくていいですよ」
「いえっ! そんなわけにはいきません!」
「遠慮しないでください。料理は俺がしますからアグネダさんはその他の仕事をお願い出来ますか?もちろん、それが気に病むようであれば俺が教えることも出来ますし、こういうのは助け合い、ですよ」
「うぅ、お願いします。サエグサ様」
彼に頼られるのが何だかとても嬉しい。こうやってお願いして頼られるのがこんなに嬉しいんだな、なんて。
「何人分作れば足りますか?」
「なっ、自分たちの分は大丈夫ですよ! 使用人の料理を作らせるなんて出来ませんっ。町で買って来させますから」
「それって面倒じゃないですか? 作りますよ。こういうの得意なんです」
40人より多いくらいあれば十分すぎる程じゃ無いだろうか。日本でも見たことがある食材を適当に切り分け鍋に放っていく。
「ほ、本当に作る気なんですか?」
「もちろん。当たり前です」
「ええー」
「ほら早く別の仕事あるんですよね? 頑張って下さいね」
笑顔で追い出すように手で払う仕草をすると何処となく悔しそうな顔でアグネダさんが去っていった。それでいい。俺は鼻歌を歌いながら、久しぶりに楽しく料理をはじめた。




