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蓮姫は王子様を待っている。

作者: 白花 舞雪

ご覧いただきありがとうございます。

短めのお話です。


2人の子供が森を駆け抜ける。


暫くすると、前を走っていた少年がピタリと止まり、少女の肩に手を置いた。


「ダイ、僕が連れて行けるのはここまでだ。僕は国を守りにいかなければならない」


少年はこの国の王子だった。

12歳という年で、気丈に振る舞い、王子としての役割を全うしようとしていた。


「いやだ、ウィル!置いていかないで!」


10歳の少女は、当然ながら責任など難しいことは分からない。いやいや、と首を振り、大粒の涙を零して、駄々をこねた。


少年は困ったように眉を下げて、優しく少女の涙を拭った。


「大丈夫。必ずダイを迎えに来るよ」


「…本当に?」


少女の不安そうな声に、少年は満面の笑みで頷いた。


「これはお守り。あの道をまっすぐ行けば、匿ってくれる場所があるよ」


少年は胸についていたブローチを外し、ギュッと少女の手に握らせてから、道を指し示す。


「ウィル!絶対、絶対、帰ってきてね!私、待ってるから!」


少年は頷き、来た道を駆け足で戻った。











ぱちり、と目が覚める。


懐かしい夢を見た。6年前の悪夢の始まりを。


「…ウィルの嘘つき」


ぽそりと呟かれた少女の声は虚空に消えた。


再会の誓いを立ててから、6年。

少年と少女が再び会うことはなかった。


少年は行方不明のままだ。

おそらくは、死んだのだろうと、誰もがそう思っていた…少女を除いて。


少女は少年が嘘をつくはずがないと信じていた。しかし、少女の言い分を信じるものはいなかった。


なぜなら、少年の父であり、前国王エドワード・ブランシェットはあの出来事で死んだからだ。


前国王の葬式はすぐに執り行われた。

国王の葬式だというのに、それはとてもみすぼらしいものだった。


新国王アイザック・アダムスの意向である。

昔から前国王を嫌っていた前国王の腹心である新国王はここぞとばかりに前国王の築き上げたものを潰していった。


そのせいで、王族以外は貧しく、苦しい暮らしを強いられている。

新国王は国の為に動くことはなかった。

全ては自分の権力の為。他のことなど知ったことがない。


「…ウィル」


もう一度、少女は少年の名前を口にする。


「どこにいるの…」


窓に目をやると、路上には孤児が食べ物を求め、ごみ箱を漁っていた。


「お願い…私達を、助けて」


少女のか弱い声は誰にも届くことはなかった。











「見て、オルコット侯爵令嬢よ!」


「このご時世、自分のことで精一杯な者ばかりなのに、オルコット侯爵令嬢といったら…毎週休日は色んなところに出向いて、炊き出しを行なっている」


「まだ16歳でしょう?本当に立派なお嬢さんだわ」


「流石は『蓮姫』だな!」


16歳になった少女、ディアナ・オルコットは、巷でも有名な侯爵令嬢だった。

今や亡き(ディアナは信じていないが)ウィリアム・ブランシェット王子の婚約者であり、文武両道で慈悲深い少女だった。


泥沼状態の国情でも、凛とした様子で、老若男女問わず手を差し伸べるその姿から、国民はディアナのことを蓮姫と呼ぶようになっていた。










「よう、ディアナ。今日も精が出るな」


ディアナが炊き出しをしていると、1人の男がディアナに声を掛けた。


ディアナは一瞬驚いた後、男の顔を見て、少し顔を緩める。その男はディアナの幼馴染だった。


「ノア、貴方も忙しいでしょうに…わざわざ手伝いに来てくれたのね。ありがとう、とても助かるわ」


そう言うと、その男、ノア・クルスはディアナの頭を撫でた。


「可愛い妹分が頑張っているんだから、俺も手伝わなきゃな」


「もう…手元が狂うじゃない。ふふ、でも嬉しいわ。今日の鍛錬は終わったの?」


ああ、とノアは早速炊き出しの手伝いを始めた。ノアは17歳という若さで次期騎士団長最有力候補と言われている、武道のプロフェッショナルだ。


頼もしくなった幼馴染の横顔をちらりと覗いて、少し微笑ましい気持ちになった。


(昔は気弱で年下の女の私に慰めてもらうような人だったのに…)


ディアナは周りに気づかれぬように、クスリと笑った。










その日の炊き出しが終わり、片付けをしていたディアナは、ふと空を見上げた。


空は曇天。

あの悪夢の始まりからいつもこの国の空は灰色だ。



(ウィルが戻ってくれば、この空もまた晴れる日が来るのかしら)


6年間、積もりに積もったウィリアムへの感情は、どんどん非現実なものになっていく。


まるで、お伽話に出てくる白馬に乗った王子様を待つような感覚。


いい加減、断ち切らねば、とディアナは首を振るが、そんな簡単に忘れられることではない。


あの穏やかで暖かな日。

国民誰もが昔の国情に戻って欲しいと願っていることだろう。


前国王も王子も居ない今、この願いが叶うことはないのだが…









ディアナ達が暮らすソレイユ国の隣国であるリューヌ国。

その人里離れた高山で、1人の男が小屋に入っていった。


「ハリー、おかえりなさい!」


ハリーと呼ばれた男は大きなイノシシをこれ見よがしと子供達に見せる。


「今日はイノシシが狩れた!今夜はご馳走だ!」


わぁ、と子供達は喜ぶ。

騒ぎを聞きつけた40代の女性が階段を降り、ハリーを出迎える。


「あら、流石ハリー。狩りのスキルはリューヌ国一ね。旦那も『この前ついにハリーに越された』と嘆いていたのよ」


「いや、僕の狩りは旦那様あってのものだから。奥様、料理手伝うよ。簡単なものなら僕も出来るし」


ハリーはこの家族と血が繋がっていない。

ある日、この家の主人が狩りに出掛けた時に、1人の少年が川に流されているのを見つけた。


助けると、1人の少年は自分の名前も覚えておらず、記憶喪失になっていた。

だから、家族はこの少年にハリーと名付けた。


それから、5年以上の月日が経ち、ハリーはこの家族の一員同然となり、名手と呼ばれた主人を上回る狩りの技術を取得していた。


自給自足の生活は毎日が新鮮で楽しい。

ハリーはこの夢のような生活を謳歌していた。










「なぁ、お前はまだ諦めてないのか?」


不意にノアに尋ねられ、ディアナは眉を顰める。


「ウィリアム様だよ。もう居なくなって6年だぜ?」


「…不敬罪で訴えられるわよ」


「だって、今はアイザック国王の統治だろ。ウィリアム様はもう何の権限も…って、そんなに睨むなよ」


睨んだつもりはない。

ノアは現状を言っているだけだ。

だが、ディアナはその発言が受け入れられなかった。


「ウィリアム様は戻ってくるわ…ウィリアム様が本当に死んでいたら、アイザック様は国王のままでいられるけれど、次期国王のウィリアム様が戻ってきたら?全てが覆って国民に優しい王政になるわ」


そういうと、ノアは溜息をついて、ディアナが握りしめていたブローチをひょいと取り上げた。


「仮にウィリアム様が生きていたとしても、全てが元どおりになるとは限らないだろ。6年経っているんだ。お前の意志は変わってなくても、ウィリアム様の意志は変わってるかもしれないだろ」


ブローチにはめられたオレンジ色の石がきらりと光り、ディアナの目を射る。


「俺はアイザック国王の敵でも味方でもないが…アイザック国王よりもウィリアム様が優れているとは限らないだろ?」


ノアの言葉はディアナの胸を抉った。

大切にしていた宝箱を壊されたような。


「いつまでも王子様を待っていても仕方ないだろ。ディアナは良くやってるが、いい加減お前自身も現実を受け入れなきゃ、前に進めないぞ」


ノアの言葉は正しく、そして残酷だった。


(分かっている。そんなことは分かっているのだ)


俯いたディアナを見て、ノアは渋々と引き下がった。


「言い過ぎだよ。悪かった、ディアナ。ただ、これだけは忘れないでくれ。俺はお前の味方だから」


ぽん、とノアはディアナの手のひらにブローチを返す。

ディアナは、ありがとうと感謝の言葉を絞り出した。









ディアナの心の時計が6年前で止まっていることにノアは気がついていた。


蓮姫と崇められているが、本当は実年齢よりも幼い精神年齢を仮面をつけて隠しているだけだということも。


姫様ディアナの心にはいつも王子様ウィリアムがいる。たとえ、騎士ノアがどんなに姫を思い慕っても叶うことはない。)


「だったら、騎士が出来ることは姫の願いを叶うことだろう」


ノアは決意し、ある物を手にして、何処かへ向かった。










ハリーは山菜を採りながら、失われた記憶について考えていた。


何かを大事なことを忘れている。

忘れてはいけない何か。

失ってはならない何かを。


ハリーは思い出すたびに激しい頭痛に襲われる。

思い出そうとしても、鍵付きの鎖で厳重に管理されているパンドラの匣があるみたいで。


毎日、お世話になっている第二の家族の為に働いている為、図書館へ行き、情報を得る時間はない。

家族は自分の為に時間を使いなさいと言うが、ハリーはそれをしなかった。


(僕は家族を言い訳にしているのか。それほどに思い出したくないのか?)


思い出さなければならないのに、思い出したくない。

思い出せば、この心地よい時間は永遠に帰ってこない気がして。


本能で分かっているのだろう。

汗が頬に伝う。


ふと、誰かの気配がした。

追うと、その気配は僅かな動揺を見せて、遠くへ向かおうとした。


誰だ、と声を上げる。

必死にその気配を辿る。


何故だか、その気配を追わなければいけない気がしたから。


追いかけっこはすぐに終わった。

気配の正体は1人の少女だった。


「…ウィル?貴方、ウィルなの?」


少女は目を大きく開き、うるうると目を潤ませる。大きな瞳から今にも涙が溢れそうだ。


「君は…」


「私よ、ディアナよ!あぁ、会いたかった!」


少女に手を握られ、ぐらりと世界が歪む。


(あぁ…そうだ。僕は君に会いたかったんだ)


瞬間、ハリーは倒れた。

最後にハリーの瞳に映ったのは、少女の胸元に付けられていたブローチだった。











数か月前。


ノアはディアナに1枚の地図を広げて見せた。


「これは…世界地図?」


ノアは頷き、説明を続ける。


「お前は国内を探したけど、外には目を向けていなかっただろ?王宮には隣国につながる川が流れている。普段は柵が設置されているんだが、あの日は騒動で柵が壊れたんだ」


ディアナの目はノアの指を追う。


「つまり…ウィルは隣国のリューヌ国にいると?」


「一番可能性があるところはそうだ。保証はしないけどな。ただ、それ以上はまだ…」


ノアの言葉を遮り、ディアナは駆け出した。



リューヌ国へ向かう途中、ディアナは目を背けていた過去の出来事を思い出していた。


あの日。

ディアナは両親と逸れ、ひとりぼっちで騒ぎに巻き込まれ、ボロボロになり、街を歩いていた。


騒動の中、王宮を抜け出し、ディアナを助けてくれたのは、ウィリアムだった。


その村に行く道中も、足手まといのディアナを必死に庇い、ずっと手を繋いでくれていた。


ウィリアムはディアナを守る為、被害影響の少ない村まで送ってくれた。


そして、ディアナは無事両親と再会することが出来たのだ。



リューヌ国にいる可能性が高いだけ。

生きているかも分からない。

国は広く、しらみつぶしに見つけたら、何ヶ月かかるだろうか。


(それでも、会いたい。もし貴方が苦しんでいるのなら、今度は私が助けてあげたい。)


はやる気持ちを抑えて、歩みを進める。

靴底がすり減り、歩きづらいが構わない


(元どおりになんてならなくていい。曇天の世界でも、貴方が居てくれれば)




そして、どれだけの月日が経ったのだろう。

ディアナがなんとなく惹かれて入った山で見つけた探し人。


背丈も声も違ったが、ディアナはすぐにわかった。


感動の再会とは裏腹にウィリアムは盛大に後ろに倒れた。









数年後。


「ディアナ。体調はどうだ?」


庭園で紅茶を飲んでいるディアナにノアは声をかける。


「あら、ノア。街の様子はどう?」


「ああ、陛下様は相変わらず凄い活躍っぷりだ。俺に勝ち目はないな」


また、そんな軽口を、とディアナは笑いながら返す。


すると、ウィリアムが早足でこちらに駆けつけ、ディアナとノアの間に入る。


「ノア、久しいな。元気そうで何よりだ」


ノアが恭しくウィリアムに礼をする。

ディアナはウィリアムの様子が違う気がして、ウィリアムにそっと耳打ちをする。


「ウィリアム、なんだか機嫌が悪くない?」


「いや…ノアはダイの幼馴染であり、私達の恩人だからな…しかし、相変わらず君達は本当に仲が良くて…その…」


ぶつぶつと呟くウィリアムにディアナは首を傾げる。

ディアナは、ウィリアムの言っていることが理解できず、そういえば、ウィリアムはいつのまにか自分のことを私と言うようになったな、などどうでもいいことを考えてしまうのだった。






あの後、数年ぶりに帰国したウィリアムは王宮に向かった。

初めは優勢だと思われた現国王アイザックは、心身ともにウィリアムに追い詰められ、ボロを出し、共同戦線を張っていたオウガ族にも見限られ、誰かに殺された。


王族としての知識だけでなく、6年間の狩人としての経験も活かされ、今までにないダイバーシティを持つ国王となった。


蓮姫ことディアナは王妃になり、2人は幸せに暮らした。


王妃の幼馴染であるノアは騎士団長となり、2人を見守った。


そして、ディアナのお腹の中には新しい命が宿っている。その命はこの国の新たな歴史を紡ぐのだろう。


こうして、再び光が戻ったソレイユ国は明るく幸せに満ちた国になったのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。良ければ、ブックマーク、評価、コメント等お待ちしております。

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