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8.夜も更けて

 二人がホテルの調理場まで戻ると、ガーディが出迎えた。心身共に疲れたのだろう、彰子は使われていなかった部屋で眠りについているらしい。心に受けた傷は真悟達以上だろう。眠る事で少しでも回復することを真悟は願った。


 真悟と啓一は持ってきた鍋をコンロに置いた。水も魚も巨大な業務用のスープ鍋一杯に溜められて、重さはかなりのものだ。

「そんでガーディ、これって食べられるのか?」

「カーマ・ガタラの原生種でカリュスと呼ばれる魚だ。少なくとも成分的には十分君達の栄養となるだろう。水も沸騰させれば健康を害するものはない」


 よし、と真悟はガッツポーズを取った。少なくとも今日のところはまともな食事が取れる。名前も知らず、見た事もない川魚をまともと言っていいかは微妙だが。

「とりあえず焼くか。塩とかないかな」

「丸焼きは駄目だ。彰子先輩が嫌がるだろ」

「彰子先輩が?」


 真悟は聞き返した。何度かサークルメンバーで食事に行っているが、彰子が魚を苦手としているという話を聞いた覚えはない。

 啓一が神妙な顔をして頷いた。

「昼間あんなひどいもんを見たんだ。思い起こすようなもん見せたら嫌がるだろ。少しでも拒絶反応が出ないようにしてやりたいんだよ」

「……啓一、お前いつになく輝いてるぞ」

「いつになくは余計だ。今一番辛いのは先輩なんだ。俺達がフォローしてやらないとよ。ガーディ、火起こせるか?」

「できるぞ」


 ガーディの胸元が開いた。石が赤く輝くと、コンロに火も灯っていないのに数分としない内に、鍋の水がぐつぐつと沸いてくる。

「これでいいかね?」

「何やったんだ?」

「細かい説明は省くが、原理としては電磁波を飛ばして分子をを振動させ、加熱している。私と鍋との間に入らない方がいいぞ。君の体を調理する事になる」

 同時に顔をしかめた二人から同時にうへえ、と声が漏れた。


―――・―――


 数時間後、真悟達は日が暮れたホテルのスイートルームに集まり、ここに来てから初めての食事にありついていた。大皿に盛られたカリュスのつみれの塩焼きと、スープ皿に注がれたカリュスの骨とあらを煮込んだスープ。味付けは調理場に残っていた塩だけだが、ないよりはマシだ。むしろ今後の事を考えれば、簡単に手に入らない塩が残っていたのはありがたかった。


「おいしいね、このスープ。啓一君が作ったの?」

 彰子は両手で皿を抱えながらスープをすすった。照明の具合もあるかもしれないが、大分血色もよくなっているように見える。わずかだが睡眠をとり、心を落ち着ける事ができたようだった。


「自炊は普段やってたんで。先輩に喜んでもらえてよかったっす」

「塩焼きも結構いける。この魚の味だと、醤油とかバターがほしくなるな」

「それいいね。家に帰れたら魚の照り焼きとか食べたいな。啓一君、今度作ってくれる?」

「もちろんっすよ!任しといてください!」


 塩と魚だけ、今までの生活を考えれば質素極まりない食事で盛り上がる三人を、ガーディは興味深いものを見るような目で見つめていた。


 食事を終えて、真悟達は今後の予定について話し合う事にした。

 ホテルを拠点にして生活するにしても、周囲の状況について理解しなくてはどうにもならない。真悟としてはそれに加えて、七年前に行方不明になった者がどうなっているか知りたいという気持ちもあった。


「それで、馬上くんはまずどこを目指すべきだと思うの?」

「まず神谷市が消える前と同じ形でカーマ・ガタラに載っていると考えて、南を目指すのがいいと思ってます」


 昔の街並みを思い出しつつ、真悟は言った。小学生の頃は自転車に乗って市内を動き回ったものだ。大通りの街並みなら大体頭に入っている。そこから考えると人が住みやすいのが南部だった。現在真悟達がいるホテルの周辺は駅前で会社経営用の雑居ビルが多く、生活を送るには適していない。


「南になんかあるのか?」

「神谷市の南は住宅地が多かったし、警察署と消防署、病院も大きいのが固まってたんだ。消失した時に持っていかれたから、仮に人が集まるとしたらそこが一番安全なはずだ」

「森の中に入ったかもよ。この街じゃ食べ物も少ないし」


 彰子の言葉にも一理があった。コンクリートジャングルに食べ物を求めようとすると、先ほど食べたカリュスと川の水がせいぜいだ。森の中ならば少なくとも食べ物はある。


「確かに森の中には食べ物はありますけど、あのタスカーみたいな奴らも大勢いるだろうし。狩りに行くにしても、街中を住みかにした方が生活には楽なはずです」

 彰子と啓一も同意する。


「それに南には田んぼもあったんで、米が生えてるかも」

「米か……」

「おにぎり食べたいね……」


 結局食欲で三人の意見が統一され、三人は南に向かう事とした。

 食事を終えて、ひとまず真悟達は自分達の休む個室に移った。危険が迫った時の事を考えれば同じ部屋で寝たほうがいいし、オートロックもなく壊れた鍵を考えればどこで寝ても同じ気がしないでもないが、こればっかりはプライバシーと気持ちの問題だ。


 ガーディが無線送電を止めた為、室内の照明は全て消えている。窓の外から青い月の光が差し込んで、ぼんやりと部屋の配置は分かった。

 真悟はベッドに潜り込み、窓の外に目をやった。外に光は全く見えず、聞きなれた車のエンジン音や人の話し声もない、あるのは月に照らされた青黒い影だけだ。

 今自分達がいるのが街ではなく、かつて街だったものだと、真悟は改めて思い知らされた気がした。


 七年前、ここで何があったのか。ガーディとガーデウス、彼等はどう関わってくるのか。この獣、カーマ・ガタラの背の上のどこかで、父や葵、友達が生きているのだろうか。そう思うと真悟の胸は締め付けられるように疼いた。


 これが現実なら無惨すぎる。これが夢なら悲しすぎる。

 考えるのが辛くなって、真悟はベッドに体を横たえ、目を閉じた。

 明日目が覚めた時、果たして自分はどこにいるのだろう、そう思いながら。


―――・―――


 一体今自分はどこにいるのか、誰かに教えてもらいたかった。

 佐久間は息を荒くしながら、暗い森の中を必死に走っていた。足元は整地など当然されておらず、足を動かすたびに挫きそうになったり、木々にぶつかりそうになる。周囲の見た事もない木々は分厚く広い葉を茂らせて、頭上の空から降り注ぐ光をかき消そうと躍起になっていた。


 どれだけ森の中を彷徨っているのか、佐久間には分からなくなっていた。廃墟と化した神谷市で武装した二足歩行のワニのような獣に襲われ、佐久間は他の生徒達と離れて逃げ出した。そのまま街の建物の中を隠れようとしたのだが、獣にすぐ見つけられた。襲われて傷をつけられ、別の方向に逃げるとまた別の獣がいる。また別の方向に逃げたら別の獣がいて、襲い掛かる。


 気付くと近くにあった森の中に入り込んでいた。何とか森の中に隠れひそんだ。

 地面の石を思い切り踏んで足を挫きそうになり、佐久間は立ち止まった。足の痛みと周囲の状況を確認する。闇はただ深く、通れそうな木々の裂け目を探してそちらに足を踏み入れるしか、できる事はない。


 また獣達の遠吠えが聞こえて、佐久間は恐怖に追われて走り出した。

 自分を追っていた奴らから逃げきれたのかも分からなかった。ひょっとしたら今の自分は、ただの餌から遊びの道具に変更されたのかもしれなかった。獲物をいたぶり、逃がし、動かなくなったらそこでゲームは終了。褒美は獲物そのもの。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


 苛立ちから無意識に罵声がこぼれた。何故自分がこんな目に合わなければならないのか。消失地点の調査に来ただけなのに、自分達までどこかに飛ばされ、同じ研究室のメンバーが死に、自分は今必死に逃げている。

 今の状況では誰かを恨まずにはいられなかった。冷静な判断など元の世界に置いてきてしまっていた。こんな目にあっているのは、一体誰のせいだ。


(馬上……、高原……!)


 遠野彰子が連れてきた奴らの顔と名前が浮かんだ。馬上とかいう奴が見つけた球のせいで、自分達はここに飛ばされた。非難されてしかるべきところで、高原は馬上をかばい楯突いた。

 許せなかった。ここから生きて帰れたら、そして奴らも生きていたなら、必ず報いを受けさせてやる。

 八つ当たりじみたこの怒りも、佐久間からすれば完全に正当化された復讐の名分と化していた。


 どこをどう走ったか思い出せなかった。枝が頬を切り裂くほど木々が密集していた獣道から突然開けた場所に出て、佐久間は足を止めた。

 森の中にある水辺のようだった。目の前に広がる高い崖の中、5メートル程の高さに広がった穴から粛々と水が降り、その下に小さな池に溜まり、深く広い川が静かに流れている。暗い森の中を走る時にはなかった落ち着いた雰囲気があった。

 佐久間は息をつき、水辺に駆け寄った。ずっと走っていたから喉がからからだ。手で掬い飲み干す。冷たい水が熱い体に染み込んでいく。


「おい、何者だ、お前?」


 闇の中から声がして、佐久間は弾かれたように顔を上げた。反響しているせいで、どちらから声がしているのかも分からない。佐久間は首をせわしなく振ったが、何も見えなかった。

 声は更に続いた。


「ここは俺達の縄張りだ。ここに入るのを許されるのは、俺達のボスが許可を出した者だけ。タスカーに引き裂かれても文句は言えんぞ、お前」


 周囲から、嫌になるほど聞いた唸り声がした。首を回すと、学生達を殺したワニと同じ金属の武具を身につけた、大小様々な獣が水辺を囲んでいた。

 死ぬ。佐久間は直感した。数時間前に見た友人達の惨劇を思い出して、佐久間の体は恐怖に震えた。


「い、一体何なんだ、お前ら。ここは一体どこなんだよ」

「ん? 何を言ってるんだ、お前?」


 木陰で葉がこすれる音がして、男が姿を現した。男が手を挙げると、獣達が左右に分かれ、膝をついて出迎える。まるで貴族を称える召使のように統率されたその動きは、佐久間を襲ってきた獣達と同じだとは思えない。

 男は軽く首をかしげ、佐久間を見下ろした。


「昔、近くに飛ばされて来た町の奴らに似ているな。こんなところで何をやってるんだ?それともお前、ひょっとして新入りか?」

「わ、分からない。一体ここは、どこなんだ」


 混乱と恐怖に、佐久間は震えながらなんとか声を絞り出した。荒い息を繰り返す佐久間の問いに、目の前の男は嘲笑で返した。


「知りたいか。この地の名はカーマ・ガタラ。そしてここはカーマ・ガタラの支配者になるお方、ボガロ様の領土よ」

次回:29日18時予定

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