5.この地の秘密
数十分の後、真悟達四人は亡くなった学生達の埋葬を終え、簡素な墓の前で手を合わせていた。土饅頭の上にスクラップの棒や柱を墓標代わりに突き刺し、学生達が持っていたアクセサリーなどを墓石の代わりに載せただけだが、真悟達、特に彰子にとって、死者を悼む気持ちが変わる要因にはならない。
真悟や啓一が祈りを止めた後も長い間、彰子は祈り続けていた。
祈りを終えて立ち上がり、真悟はガーディと向かい合った。
「手伝ってくれてありがとうな、ガーディ」
「気にする事はない。お互い協力できるという事を示しただけだ」
「ああ。しかし、すごいロボットだな、こいつ」
真悟が見上げた先では、仕事を追えたロボットが片膝をついて真悟達の祈りが終わるのを待っていた。片膝をついた状態でもその雄大さと威容は全く変わらない。
彰子が死者を弔う事を提案した時、ガーディはこのロボットに掘らせると言った。ガーディが命令するとロボットは近くにあった月極駐車場だった場所のアスファルトを丸ごと剥ぎ取り、指で墓穴を掘った。三人が傍で見ているだけで、またたく間に墓標が完成したのだった。
彰子はやっとふんぎりをつけて、立ち上がって微笑んだ。どこかやつれて見えたが、少なくとも埋葬を始める前よりはまだ元気が戻ったように見えた。
「ごめん、長くなっちゃって」
「気にする事ないっスよ。先輩の気持ちは、俺にだって分かりますから」
啓一がフォローを入れるが、それは彰子の顔に疲労が見えた事へのいたわりもあっての事だろう。大学で知り合ったばかりの仲だが、啓一が度々見せるそういった気配りはいつも感心させられる。
彰子が何とか頷き返すのを見て、真悟はガーディへの質問を再開した。
「あのロボットからお前は出てきたよな。てことは、あれはお前が動かしてるのか?」
「あれを私はガーデウスと呼んでいる。だが、乗っていたというのは少し違う。あれは私の体の一部だ」
「一部?」
真悟は眉を寄せた。ロボットの話に反応を示して、啓一も立ち上がりガーディの方を向く。
「このガーディの体と同じく、ガーデウスも私の体だ。私はガーディとガーデウスで、意識を共有している。動きやすいのはガーディの方だから、普段はこちらを使っているがね」
俄然興味を持ったのか、啓一が会話に割り込んだ。
「てことは、その虎みてーな体も含めてロボットってことか?」
「そうだ」
「しかも一つの意識で二つの体を持ってる。どういう作りなのか分からねーけど、とにかくすげーな!」
啓一が感心と驚きが入り混じった溜息を吐いた。目の前にいる超科学の結晶の生命体に、機械工学科の学生としてわくわくしているのか、目が輝いている。果たしてこれほどの存在がどうやって生まれたのか、真悟も確かに興味はある。
「意識が一つに体が二つって、頭がこんがらがりそうだな」
「私からすれば、体が二つない君達の方が不便そうだ。大きい事も小さい事も、一つの体でやりくりしないといけない訳だからな」
返答に詰まった真悟を見て、ガーディが口元を吊り上げる。会ってそれほど経っていないが、彼は地球にいる虎よりもずっと表情豊かだった。加えて意外とユーモアもあるらしい。
ガーディの体についてはひとまず納得して、真悟は質問を続けた。
「それで、何でお前はあそこで倒れてたんだ?」
「それが問題だ。私自身、何故あそこにいたのか記憶がない」
「はあ?」
「なにぃ?」
真悟と啓一が素っ頓狂な声を上げた。
「私に残っている一番古い記憶は、シンゴが私を起こした時の事だ。ガーデウスを使って倒したタスカーについての知識はある。私の体がどういう構造かも分かっている。知識だけは残っている、だが私がどこで生まれてどこから来たのか、何故私はあそこで眠っていたのか、そもそも何故ここにいたのか、全く思い出せないのだ」
「ロボットが記憶喪失になるのかよ」
「なっているんだから仕方あるまい」
うーん、と啓一が悩む声を出した。
「だがここがどこかなら、教えられるぞ。その知識は私の頭の中に残っている。他にも様々な知識がある。知識だけが残り、経験が欠落するというのは嫌なものだな」
ガーディが不満そうに鼻を鳴らした。この奇妙な恩人に対してどう接したものか悩むが、話の内容自体は気になるところだった。
真悟は啓一と彰子の方を向いた。
「俺は話を聞いてもいいと思うけど、二人はどう思う?」
「いいんじゃねえか。俺達がイヤだって言っても、あのデカいロボットが目の前にいちゃこっちは対抗しようがねーよ」
「私も、それでいい。みんなを埋めてくれるの、てつだってくれたしね」
異見が一致したところで真悟は頷き、ガーディに回答した。
「分かった。それじゃまず先に質問させてもらいたいんだけど、一体ここはどこなんだ?」
「それを説明するなら、実際に見てもらいたい。あそこに向かうとしよう」
ガーディが顎で指し示した先は、先ほどまでガーデウスが守護するように佇んでいた、ホテルの最上階だった。
―――・―――
真悟達はホテルの中に、不安な気持ちをどうにか抑えつつ、足を踏み入れた。ホテルの一階は広く、タイル張りの床の上には高そうなソファや奇妙な形をしたオブジェが並べられ、高い天井には豪奢な照明が吊るされている。
かつては観光客の訪れを待ち、満足感と共に迎えたであろう建物の中も、長年手入れされなかった今では埃にまみれていた。出入口の光以外に明かりのない室内は薄暗くて、真悟達に今廃墟にいるという事を実感させた。
「流石に電気はつかねえよな」
啓一が呟いた。ホテル内は広さに対して窓の少ない作りだ。確かにこのまま中を歩くとなると、別に照明を用意しないと暗くて大変そうな事は想像できる。
役に立ちそうなものがないか、真悟は部屋を眺めた。
「どこかに懐中電灯でもあればいいんだけどな。非常用の備え付けのとか残ってれば楽なんだけど」
「気にするな。私についてくれば大丈夫だ」
真悟の言葉を遮って、ガーディが歩き出した。どうするつもりなのか、少し不安に思いながらも真悟達は黙ってついていく。
奥に進むに連れて一行が光から影に包まれはじめ、何とか目で確認できていた受付の前をガーディが横切ったあたりで、かつて受付を照らしていた間接照明に、ぼうっと灯りが点った。
何が起こったのかと真悟が眉を寄せた。そのままガーディが歩くと共に、周囲の照明にどんどん火が灯っていく。
ついには天井のシャンデリアにまで明かりが灯り、ホテルの一階は完全に往年の輝きを取り戻していた。
「はあ……」
まるで魔法を目の前で見せられた気分で、真悟の口から間の抜けた声が漏れた。啓一と彰子も同様に、開いた口がふさがらないでいる。
「これも、お前がやったのか?」
「私にとって、電力の無線送信は大して難しい事じゃない。この程度の簡単な照明なら簡単なものさ」
真悟に向かって、ガーディは自慢げに言った。周囲を見回して、啓一は関心したように腕を組んだ。
「私についてくれば、なんて言うもんだから、俺はてっきりお前の目がライトにでもなるのかと思ったぜ」
「やろうと思えばできる。だがやりたくないね。そんな事をしたら前が見えない」
冗談なのか本気なのか分からない言葉に眉を寄せた啓一を見て、ガーディは笑みを浮かべた。
「さて、上に上がろうか」
それから数分間、文明の利器の有難みというものを、真悟達は身を以て感じることになった。
ホテル内に設置されているエレベーターも、照明と同様に無線送電を行ってガーディは起動できると言ったが、真悟達は歩くことを選択した。七年間全く手入れされなかったエレベーターに乗るのは、流石に恐ろしかったのだ。
そこでガーディを先頭に全くデザインに代わり映えのしない非常階段を延々と、真悟達は自分達の両足で昇り続けた。
真悟と啓一はアメフトサークルで体を動かしている分楽だったが、マネージャーだった上に最近は研究漬けだった彰子は顎が上がり、真悟と啓一に手助けと愚痴を言いながら何とか上がっていった。今心身共に最も疲れているのは彰子だと、真悟も啓一も分かっていたし、彰子を下から押し上げる際に、ジーンズに包まれた豊かな曲線美を存分に楽しんだので、二人とも特に文句はなかった。
鍵のかかったドアをガーディが後ろ足で蹴り飛ばし、ついに真悟達は屋上にたどり着いた。空は消え行く夕日と忍び寄る夜がコントラストを作り、細くちぎれた雲が無数に浮かんでいた。屋上には屋内の空調を整える為に並べられていた、錆びた巨大な換気扇がカラカラと音を立てて回っている。
ホテルの周囲には視界を遮る高さの高層建築や山々がないため、遠くまでよく見えた。南には住宅地、東西にはデパートや銀行など大型の建物が並ぶ。そしてその先に、見た事もない世界が広がっていた。
一辺が三キロの正六角形に切り取られた神谷市の外には、無数の見た事もない形の、家々よりも大きな木々が生い茂り、青々とした分厚い葉を、荒れた海のように風で波打たせていた。
その森の奥に、黄金色に輝く塔が無数に立ち並んでいた。かと思えば別の方角には草木の生えない黒い巨岩が連なり、その絶壁の中腹に象牙のように白い建築物が集められ、窓から赤い光がちらちらと見えていた。空には図鑑で見た翼竜に似た生物が、四枚の翼を広げて器用に動かし羽ばたいていた。
今まで暮らしてきた地とあらゆるものが違う事を予感させる世界が、目の前に広がっていた。
「ここは……ここは一体、どこなんだよッ!」
うろたえた啓一が、思わずといった風に叫んだ。
見た者が信じられなかった。ただ目の前にした壮大な光景を、三人は目に焼き付けていた。周囲に広がる野生が織り成す魔境の真っ只中に、神谷市は置かれていた。
突然、乳白色の濃霧が引き裂かれ、街を影が覆った。
「わっ!」
「うおっと!」
影と同時にホテルが揺れて、三人は床に伏せた。いきなりの横揺れに、屋上の外に投げ出されないかと必死にしがみつく。いきなりの横揺れはすぐに収まり、後には波の上に置かれた船のようにゆっくりとした揺れへと変化したが、三人は当分動く事ができずにそのままの姿勢を保っていた。
「安心するといい。もう当分大きな揺れは起きない」
揺れを前にしても、ガーディは不動の姿勢を保っていた。その視線は先ほど現れた影を生み出したものへと向いていた。
はるか遠くに見えていた山のように大きな濃緑色の巨大な塊が膨らみ、天を真っ二つに裂いた。天地を繋ぐ一本の巨大な柱のように伸びたそれは、ゆらゆらと頼りなげにスローモーションで揺れ、うねるたびに地面がゆっくりと揺れ動いた。
「あれはカーマ・ガタラ。この地の主、いや、この地そのもの。今日は珍しくよく動いているようだ」
「あれ、あれがこの地そのものって、一体……」
ガーディの言葉が、彰子は飲み込めないでいるようだった。啓一も目を白黒させていた。だが、真悟の脳裏には一つの推測が閃いていた。
「文字通り、あれがこの大地なんだよ。あれは首なんだ」
真悟の言葉に呼応するように、巨大な柱が上下に揺れた。
「この神谷市も、周りの森も、山も。そのカーマ・ガタラって奴の背中に載ったものなんだ。俺達はカーマ・ガタラって、とんでもなくでかい生き物の背中の上にいるんだよ」
時として現実は非常識なものを目の前に、顔面をはたきながら突きつける。
今回がまさにそれだった。
次回:26日18時予定




