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4.銀の虎

 獣達は予想外の敵の登場に驚いたようだったが、すぐに勢いを取り戻して数を頼りに巨人を囲んだ。一体が威嚇に叫んだと同時に、戦いは始まった。一体は足、次の一体は肘と、巨大な体を躍動させながら巨人を引き裂こうと迫る。


 一体が巨人の右足に迫り、膝に向けて両腕の爪を突き刺そうと跳んだ瞬間、巨人の鉄槌が獣の頭に打ち下ろされた。振り下ろされた右拳により、獣は保護していた装甲ごと上半身を砕かれ、アスファルトを跳ねて転がる。


「うわ!」

 真悟の目の前に装甲の破片が散らばってきて、思わず真悟は後ずさった。


 別の一体は巨人の太い左腕に噛み付き、右腕と両脚をまきつけて捕まりながら、空いた腕の爪を巨人の腕に何度も叩きつけるが、爪は全く装甲を通らない。

 巨人は獣を右腕で引き剥がし、そのまま地面に勢いよく叩きつけた。地面と獣の肉と骨と装甲と、複数の破壊音がしてそのまま獣は動きを止めた。


「馬上くん!」

 混乱する真悟の耳に、彰子達の声が届いた。

 ホテルの入り口で彰子と啓一が、手を振ってこっちに来いと呼んでいる。真悟はホテルの壁伝いに走り、彰子達が待つ入口に走った。


 入口で待ち構えていた彰子達に手を引っ張られ、なんとか真悟は安堵のため息をついた。少なくとも夢を見ているのは自分だけではない。

 彰子も啓一もまだ事情が飲み込めていないようで、目を白黒させていた。

「何なんだ、真悟?お前一体何したんだよ」

「俺も正直、よく分かっていないんだ」


 啓一の疑問は当然だったが、真悟もそう返すしかなかった。左手を見ると、既に光と疼きは収まっていた。球体に触れた時に送られてきた何かが、あの鋼の巨人に入り込み、巨人が目覚めた。そんな考えが浮かんだが、不思議とそれを変だとは思わなかった。今、この世界自体が不可思議の塊だ。今なら何が起きてもおかしくはない。


 巨人と獣の戦いはまだ続いていた。戦いは熊と野犬の群れを思わせるが、戦力差は明らかだ。獣の動きは素早く、時々牙や爪が巨人に当たりはするが、装甲にかすり傷一つ負わす事ができない。巨人の腕が振り回されるたび、獣は一匹、また一匹と破壊され倒れていく。


 死の恐怖に怯えながらも跳びかかった最後の一匹に、巨人の地を這うような軌道のアッパーカットが直撃した。装甲が砕けた獣が地に倒れ伏し、動かなくなったところで、巨人は両腕を広げて大の字になり、天を見上げた。

 神に勝利を捧げる古代の戦士のように太陽の光を浴びる強靭を、真悟達は茫然と見つめていた。


「すげえ……」

「あれ、何者なんだろう。ロボット、だよね……?」


 声を聞きつけてやっと真悟達の存在に気付いたように、巨人が首を動かして、真悟達の方を向いた。三人が身を固くした。真悟の背に隠れるようにしていた彰子の、肩を掴む手に力が入る。

 突然光りだした自分の手に突き動かされるようにして巨人に触れた事で、あれは動き出した。真悟達を襲ってきた獣達から守ってくれたのは事実だが、果たして彼は敵なのか味方なのか。


 巨人が一歩歩くごとに、大地が震えて砕ける気がした。アスファルトにヒビを残して、巨人はホテルの入口の前に立った。身をかがめ、三人の前に顔を近づける。兜の面に入ったスリットからのぞく緑の光が、三人の前でゆらゆらと揺れた。


 唾を飲む音が大きかった。足が竦み、動こうとしたら力が抜けて今にも倒れそうだ。だが、この巨人が目覚めたのには恐らく自分が関係がある。ならここで怖気づいている訳にもいかない。

 真悟は二人から離れて、一歩前に出た。

「……俺は、馬上真悟。お前は一体、何者なんだ」


 言い放ってから、真悟は妙な事をしたものだと思った。目の前にいるのはロボットだ。それも宇宙人だか異次元人だか異世界人だか、少なくとも地球以外で生まれたものだ。日本語が通じるはずもない。

「――失礼。あなた達について、少々観察したかったもので」

 返答は意外な程に冷静で、穏やかな口調だった。巨人は低く、だがネイティブと変わらない滑らかな日本語で答えた。


 呆気に取られる三人の前で、巨人の胸で白光の魔方陣が描かれた。一秒と立たぬうちに、その中心から光の球が飛び出す。

 光球は三人の目の前に着地すると、光量を落としながらゆっくりと、生き物のように形を変えていく。完全に光が消えた後、銀の体毛に包まれた巨大な虎が三人を上目遣いに見つめながら、これまた丁寧に挨拶をした。


「始めまして。私の名前はガーディ。名前の意味は覚えていない。だが、そう名付けられた事だけは覚えている」

「が……ガーディ?」

「そう、ガーディ。まず最初に、目覚めさせてくれたお礼を言うよ。ありがとう、シンゴ」

 ガーディと名乗った銀の虎は、喉奥をくるくると楽しそうに鳴らした。呆気に取られている真悟達の反応が楽しくて仕方ないのだろう。


「えーっと……ガーディ。オッケー、分かった。こっちは高原啓一。こっちは遠野彰子さん」

 なんとか真悟は二人を紹介した。啓一も右手を上げる。

「よろしく……な」

「よろしく、ケーイチ。よろしく、ショーコ」


 礼儀正しく答えるガーディに、彰子は恐る恐ると言った風に頷いた。真悟達の後ろに隠れて震えている。目の前で起きた惨劇とガーディの姿に、頭がついていってないのだろう。正直真悟もそうだったが、今の状況を解決させない事には何もできない。

 色々聞きたい事が多すぎた。何と話しかけるか考えていたところで、虎の口が笑みの形を作った。


「シンゴ。君が今考えている事は分かる。君達が今の状況を理解できないのも分かる。だが私にも分からないことが多いんだ。ここは一つ、情報交換といかないかね?」

「……日本語が、うまいんだな」

「私には優秀な翻訳機能がついている。君達にも今後必要になるだろう。話に応じてくれるなら、それを装備として与えてもいい」


 妙な表現だな、と思ったところで、真悟は気付いた。ガーディの外見は、数歩進めば抱きしめられるこの距離でも、地球の動物園で見れるような虎と同じ種類の生き物に見える。

 だが口内や爪先の質感や、首輪だと思っていた首筋の金属の装飾が体に貼り付いている事から、ガーディがそうでない事が読み取れた。


「ガーディ。あんたは……ロボット、アンドロイドなのか」

「無機物によって構成された機械生命体という意味では、その通りだ」


 真悟の思った通りだった。彼は全身を金属で構成された、虎の姿をしたアンドロイドなのだ。

 生物よりも滑らかに動き、対人の会話も滑らかにこなす知性。目の前の巨人とはまた違った、高い技術力の結晶だった。一体どれだけの文明があれば、これと同じものが作られるのだろう。


 真悟の心中を知ってか知らずか、ガーディは交渉を再開した。 

「それで、私の提案をどう考えているのかな。先ほどの連中のように、ここには敵がいっぱいだ。情報は多いに越した事はない。お互い協力しようじゃないか」

 ガーディのたたずまいから、敵意や殺意は感じられなかった。仮にガーディが襲えば、真悟達は三分と持つまい。

「待って」


 泣きそうな声に、真悟は後ろを向いた。彰子が眉を八の字に寄せて、体を震わせていた。その姿から、表情から、心の奥から決壊しそうな激情を、必死に耐えているのが分かった。

「協力してくれるっていうなら、みんなを助けて。この先の角で、さっきのワニに襲われた人達がいるの。私達だけじゃどうにもならないの!」


 泣きそうになりながら、彰子はさっき走ってきた角を指差した。真悟達も先ほどまで必死だった為、先ほどの獣達の襲撃によって襲われた学生達がどうなったかは意識の外にあった。だが、今声も物音もしないのを思えば、どうなっているかは察しがついた。恐らく彰子もそうだろう。

 それでも言わずにはいられないのだ。

 ガーディは静かに言った。


「タスカーにやられた連中の事か。残念だが、もうあちらに生命反応はない」

「やめてよそんな事言うの! みんな大事な友達なの!」

「誰にだって大事なものはある。そして、どんなに大事にしているからといって、決して壊れないわけじゃあない」


 冷徹とすら思えるガーディの声だった。彰子は何も言い返せず、暫くうつむいていた。彰子も恐らく、どうなっているかは分かっているのだ。だがそれを認めるのが怖い。

 誰も言葉を発することができず、しばし無音のまま時間が過ぎた。やがて、彰子が顔を上げた。


「お願い……せめて、一緒に来て。みんながどうなっているのか、知りたいの」


 答えるまでもなく、真悟はそのつもりだった。ガーディも何も答えずにただ頷いた。

 数分の後、彰子のすすり泣く声が交差点の真ん中から、周囲の誰もいない街に流れ広がっていった。

次回:21時予定

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