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36.怒りの一撃

 今の状況で、他の敵が近くに来ないことを葵は祈っていた。

 マガトによる機関砲の射撃音が、断続的に聞こえてくる。そこからマガトの位置に当たりをつけ、葵は屋上に上がってマガトの姿を捉えた。


 マガトの背中に向けてできるだけスピーディに、かつ正確に狙いをつけるようにして射撃を行うが、弾丸は狙った首筋に当たらず、装甲に当たって虚しい音を立てて跳ね返った。


「そこか!」

 弾丸に反応してマガトが振り向く前に、葵は屋上から飛び降りた。家を巨大な壁にして姿を隠しつつ、弾丸からの防壁に利用する。だが家もかなり朽ちており、場所によっては銃弾は容易く貫通した。弾丸に当たらないよう走って逃げ回るが、当たるか当たらないかはほとんど賭けだ。


 葵は姿勢を低くしつつ、裏路地を滑るように走り抜けた。マガトの来た装甲服は機械式でパワーも強く、主要武器の機関砲は直撃すればカルラの装甲も破壊しうる威力を持つ。マガトの銃撃をかわしながら反撃するのは、酷く手間がかかり、神経を使う作業だった。もし今タスカーが一匹でも出てくれば、葵は一気に危機に陥ることだろう。周囲のレジスタンスがボガロとやりあい、上手い具合にこちらに敵を回さないことを期待するだけだ。


 先程葵が屋上に上がっていた家が、突然爆ぜた。熱風と衝撃が体の芯まで響いてくる。バランスを崩しそうになりなったが、カルラに内臓されたバランサーによる補助が、体の動きを補正する。

 葵はなんとか倒れずに走り、密集した住宅地の中に隠れた。爆発した家はまだオレンジ色の炎と煙を噴き上げている、恐らくマガトの装甲服に内臓されている炸裂弾の類だろう。もし直撃を食らったらと思うと、葵の背筋にぞくりと冷たいものが走った。


「逃げてばっかりか、アーウィ!」

(いい気になって……!)


 マガトの品のない声に思わず悪態をつきそうになったが、今はそんな事をしている場合ではないと自制した。パワーで負ける葵はまず冷静になり、動き回るのが勝利の鉄則だ。筋電装甲の本質は装甲よりも機動力にある。絶え間なく高速で立体的に移動する、これを冷静に行えるかどうかが、操縦者の生死を分けるのだ。


 先程までうるさかった銃声が消えた。マガトは葵の姿を見失ったらしく、射撃も悪態もやめて周囲を探索しているようだった。

(さて、どうしよう……)

 住宅の陰に隠れるようにして走りながら、葵は平行して状況を分析した。何度か屋上に上がった際に覚えた家の配置を脳内で確認しながら、マガトと鉢合わせしないように走る。


 正面からの撃ち合いは分が悪い。手持ちの突撃銃では並みの装甲は貫けても、あの重装備は装甲の隙間を狙うくらいしか対処法がない。対して向こうは大火力の武器を複数備えている。このまま逃げていても、状況は良くはならないだろう。何とか有効な武器を手に入れなくてはならない。


(杖があれば……)


 真悟が出してくれた杖は、最初にマガトと遭遇した時に落としてしまっていた。あの杖の破壊力ならば、強化された装甲を貫く事も可能だ。

 落とした位置はきっちり把握できている。ならば取りに行くしかない。


 よし、と決意したところで、不意に左隣の壁が崩れた。石の破片がカルラにいくつもぶつかると同時に、灰色の影が葵に向かって突進してくる。

 パニックにならないよう必死に頭で体中に声をかけ、何とか倒れないように足を細かく動かして後ずさる。勢いは殺せず、葵は右の家の壁に激突した。

 衝撃が装甲を通り抜けて伝わり、肺から空気を吐き出させる。葵の両肩を握り、押さえつけながら、影は鼻で笑った。


「見つけたぜ!」

「マガト……!」


 マガトは葵の両肩を掴んだまま引き寄せ、再度壁に叩きつけた。二度、三度、葵を壁を砕く道具代わりに叩きつける。掴まれたパワーの差に満足に抵抗もできず、葵は激突の痛みのくぐもったうめき声を出した。

「どうだ? お前もその鎧のアドバンテージがなきゃこんなもんさ! いい気分だぜ、もっと喘げよ!」


 自分を邪魔してきた相手を傷つけ、苦しめるという行為が興奮を呼ぶのか、上ずった声で罵声を浴びせながらマガトは更に葵をいたぶり続ける。装甲服のパワーに圧倒され、壁に叩きつけられる度に意識が飛びかける。

 葵の動きが鈍ったのを感じたか、マガトは右手を肩から離し、葵の喉下に押し付けるように手を伸ばす。装甲服の右腕据え付けられた接近戦用の銃が葵の頭を狙い、銃口が妖しく輝いた。


(まずい)


 この銃の口径で装甲の薄い喉を狙われれば、葵の体は無事ではすまない。

 ほとんど本能が体を動かした。脳が体の痛みを忘れるように脳内麻薬を分泌する。カルラが体の動きに合わせて全力を発揮する。

 つかまれた右肩を支点に体を縦に高速で回転させながら、葵は左腕でマガトの右腕を思いっきりはたいた。


 弾丸が放たれた。葵の首筋をかすかにそれ、弾丸は背後の壁に破壊の痕を生む。葵はわざと左足を浮かせ、左に倒れこむようにして上体を回転させながらマガトを押し、マガトの左腕を引き剥がした。

 常人なら倒れているような姿勢で左足を踏ん張り、左足を軸にしたまま右足を後方に動かして、一気に体勢を元に戻す。


 そこから葵は飛び上がるような勢いで立ち上がり、マガトに体当たりした。反応の遅れたマガトはバランスを崩し、頭から家の壁にぶち当たる。

 石壁が割れ、マガトの体がめり込み、そのまま屋内に倒れこんだ。


 マガトのうめき声が聞こえた気がした。ざまあみろ、と思いつつ、葵は深追いせずに通りに向かって走った。これで死ぬとは到底思えないし、ここから止めを刺すのも難しい。

 背後から銃声と怒声が聞こえたが、葵は無視して走った。まず杖を探すのが先決だ。


 一分と経たず、目指していた場所にたどり着いた。葵の目の前約十メートルほどのところに、先程破壊したバイクやサイドカーに、兵士達の死体があった。その向こうに、杖の先端の赤い宝石のような輝きが見えた。

 走り出したところで、突然背後で爆発が起きた。


 音と衝撃を感じながら振り向くと、またしても爆発が起きる。規則正しく並んだ家が次々と破壊され、炎と煙を噴き上げた。

 マガトが炸裂弾で、近くの家を手当たり次第に破壊しているのだ。怒り狂った彼は手当たり次第に建物を破壊し、葵の隠れる場所をなくそうとしているらしかった。


 ついに、葵のいる通りに面した家が吹き飛んだ。家が吹き飛び、赤と黒の帯が揺らめく向こうで、灰色の影が見えた。


「アーウィ!」

 マガトが叫び、跳躍した。


 葵は走った。杖を取って打ち合うか、別の手を考えるか。

 マガトは炎を飛び越えると、背部の機関砲を展開した。銃身が回転し、右脇から前方に向かって伸びていく。


 葵が考えたのは一瞬だった。三歩で目的の物がある場所に近づき、かがみこむ。

 機関砲の展開が完了し、マガトは葵に向けて狙いをつけた。


 葵は「それ」を掴み、全身を駆動させて一気に体を動かした。

 足首、ヒザ、股関節、腰、背骨、肩、肘、手首。機構が順々に連動し、人工筋肉のパワーアシストをフルに使い、葵は音のした方へ向かって、地面に転がっていたバイクを放り投げた。


 マガトも想定していなかったのだろう、巨大なフリスビーとなって地面と水平に飛ぶそれをどう対処するか、一瞬反応が遅れた。

 右脇の機関砲を連射し、破壊しようと迎撃する。タイヤのフレームが砕け、ハンドルが俺、シートがちぎれ飛ぶ。だが全てを破壊する事はかなわなかった。

 かつてバイクだったものは高速で飛び、マガトの胸部に激突した。正面衝突の衝撃を支えきれず、マガトは仰向けに倒れた。穴の開いた燃料タンクから液体燃料が漏れ、マガトの装甲を濡らした。


「アーウィ!てめえ、いい加減に大人しくなりやがれ……!」


 マガトが叫びながらバイクを押しのけ、上体を起こす。

 その時既に、葵は杖を手に取り、構えていた。出力を最大にセットし、両手で杖を握り、前傾姿勢で発射時の衝撃に備える。


「くたばれ」


 紅の宝玉から閃光が放たれた。

 光の矢は真っ直ぐ伸びてマガトへと向かい、分厚い装甲を貫いた。閃光は破壊へ、破壊は高熱へと変わる。高熱はマガトが全身に被った燃料を高速で反応させ、一瞬で爆発へと変わった。

 先程にも負けない爆音が轟いた。赤い炎の舌が何もない地面を舐めとりながら、黒い煙が渦巻くさまをにらみつけ、何も動くものがないのを確認して、葵はゆっくりと姿勢を戻し、杖を下ろした。


 長い戦いだった。真悟達が来る以前からずっと戦っていた、因縁深い相手との決着に、葵は仮面の奥でわずかに安堵していた。

 頭上で雷鳴が轟き、葵は空を見上げた。近くの家の陰に隠れながら周囲を確認するが敵は誰もいない。見えたのは二体の亜神の戦いだった。


 ガーデウスは体をボーガ・ゴーマの首に絡め取られ、胸を黄金の鉾で幾度も突き刺されていた。鉾が装甲に突き刺さる度に雷が放たれ、ガーデウスの全身に雷の白い光が幾重にも走る。ガーデウスの装甲は固く、鉾も容易くは貫けないらしいが、一突き毎に装甲に禍々しい傷がついていくのがここからも見えた。


「真くん……!」


 葵の声に悔しさがにじんだ。

 自分の戦いなど、この二体の相手には吹けば飛ぶようなものでしかない。

 あの巨大な機械の魔人を相手に、人間ができる事など果たしてあるのだろうか?

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