34.生き残る為の戦い
「ボガロが戦闘体を召喚したんだ」
真悟は誰に言うともなしに呟いていた。
ボーガ・ゴーマはその場で右手に握る鉾を天に掲げた。緑と黒に彩られたボーガ・ゴーマの装甲と対照的に、手に握られた黄金の三叉の鉾が陽光を浴びてきらめいた。
肩から生えた、東洋の竜を思わせる二つの首が鎌首をもたげる。二つの首の顎が大きく開くと、腸に溜め込んでいた怒りを吐き出すように、絶叫が空を引き裂いた。
それに呼応するように、鉾が輝きを増していく。
(まずい)
「ガーデウス!」
真悟は命令し、ガーデウスを真悟達を守るように前に立たせた。ガーデウスはそのまま金棒を体の前で構え、倒れないように腰を落とす。
次の瞬間、鉾から閃光が放たれた。ガーデウスに向かって一直線に飛んだ雷電は吸い込まれるようにガーデウスの金棒に直撃し、空を引き裂く音が閃光と共に周囲に飛び散った。
思わずといった感じで、リテルが悲鳴を上げた。フラッシュを大量に焚かれたように目の前が真っ白になり、衝撃と轟音が真悟達の五感を狂わせる。
視界に現れた残像に瞬きを繰り返しながら、真悟は思わず安堵の溜息をついていた。ガーデウスの金棒が雷の衝撃をいまだに残し、バチバチと音をたてながら放電を繰り返していた。肌の産毛が逆立つような感覚に、思わず腕をこする。空気が焦げたような匂いが漂い、思わず震えた。
ボーガ・ゴーマは電撃に指向性を持たせて放つ事ができるのだ。直感に従ってガーデウスを前に出さなければ、今の雷で全員感電死どころか蒸発していた事だろう。
四つ足を駆け、ボーガ・ゴーマは突進した。数百メートルはある距離を一気に詰めつつ、ガーデウスを貫こうと鉾を振りかぶる。
「くそ、ガーデウス!」
真悟はガーデウスを走らせた。溶けた金棒を捨てて新たに金棒を再構築させ、ボーガ・ゴーマに向けて真一文字に振りぬく。鉾と金棒、二つの巨大な凶器がぶつかり合い、周囲に放電が飛び散った。
二体は巨大な凶器を叩きつけながら、足を動かしやすい広場へと移動した。亜神の足が地面を踏みしめる度に大地が揺れ、土煙が上がる。体が動く度に風がうなり、顔に砂埃を叩きつけてくる。神話の魔獣と英雄の戦いかと思うような光景が、まさに今目の前で繰り広げられていた。
「むちゃくちゃだよ、こんなの! こんなの相手に、僕達に一体どうしろって言うんだ!」
「そんな事を言ってる場合じゃない! 奴らが来るよ!」
耐え切れないとばかりに叫んだリテルに、葵が厳しい口調で返した。
ガーデウスとボーガ・ゴーマの足元を縫って、ボガロの部下達がこちらに向かってくるのが見えた。装甲に身を包み、銃火器を肩に担いだ兵士やタスカーの群れが、バイクやサイドカーに装甲車、様々な車両を使って砂埃を上げる。
真悟達は壁から離れ、近くにあった家の陰に隠れた。丸見えの状況では狙い撃ちにされてしまう。
奴らはもう一分とかからずにこちらにたどり着く事だろう。数も機動力も圧倒的に上だ。ガーデウスがあればまだ何とかなったかもしれないが、果たして今の真悟達で、一見しただけでも百人はくだらなかったボガロの部下達を相手に、生き延びる事ができるだろうか。
真悟の脳裏に最悪のイメージが浮かんだ。必死に振り払い、目の前の敵に向かってどうするべきか必死に考える。思わず奥歯を噛み締めた次の瞬間、真悟の頭上を何かが高速で通り過ぎた。
風を切って高速で飛来した物体は、迫るボガロの部下達の前に着弾し、爆炎を撒き散らした。熱風が真悟達の顔に吹き付ける。爆発によって何台かの車が吹き飛び、近くの家の屋根まで吹き飛び、平たい屋上に落ちて転がった。
「なんだ!?」
思わず口をついて出た言葉に応えるように、背後からエンジン音とキャタピラの音がした。振り向くと崩壊した壁の向こうに広がる林の奥から、見た事もない人々が様々な武器を手に現れ、町の中に入ろうとしていた。比較的開けた道を無理やりに通る、巨大な車両の群れも見える。
先程真悟達に向かっていたボガロの軍団に勝るとも劣らない数の兵隊が、ガーデウスが破壊した壁の穴を通って、我先に争うように進軍を始めた。
「ボガロの部下……じゃないよな」
「多分……」
一体何が起きているのか分からず、真悟と啓一が呆気に取られながら話していると、壁から入ってきた男の一人が、真悟達に気付いて銃を向けた。トカゲのような顔と肌をした男に驚きながらも、真悟と啓一は思わず両手を挙げた。
宇宙人に地球での無抵抗の意思表示が伝わるのか、などと思いながらも動く事ができず、じっと固まったまま、数秒が過ぎた。結局、真悟達が狙っている相手ではないと感じたのか、男はそのまま銃を下ろし、ボガロの部下達に向かって走っていった。
「とりあえず、こっちに敵意はないみたいだ」
「狙いはボガロ達、って事か? 一体何なんだ、こいつら……?」
いきなり別の爆発音がして、真悟は思わず体をすくめた。ここだけではない。壁のいたるところから爆発が起き、様々な人や機械が町の中に侵攻している。
『リテル! アーウィ!』
『みんなー!』
今の状況に相応しくない、聞き慣れた声がした。スピーカーで叫びながら壁から現れた見た事のあるデザインの車に、皆が驚きの声を上げた。
「彰子先輩!」
「姉ちゃん!」
手を振って応える真悟達を見つけたか、神谷市でカルラを保管していた装甲車が向きを変え、真悟達の下に近づいてきた。真悟達が隠れていた家の壁に横付けすると、後部のハッチが開いた。
「みんな早く乗って!」
文句を言う者などいるはずもなく、全員がすばやく車内に乗り込む。端末や装備が置かれ、カルラの整備スペースが面積の大部分を占める狭い車内だが、今の真悟達にとってはセレブの専用車よりもありがたく、安心できる車内だ。
運転席に通じる扉が開き、リテラと彰子が飛び出してきた。
「リテル!」
「姉ちゃん!」
姉弟は激突するような勢いで抱きしめ合い、互いが無事である事を確認しあう。二人の隣で、彰子が真悟と啓一の顔を、何度も確認するように見た。何度も何度も、二人を見るに連れて、彰子の大きな瞳から、大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちた。
「よかった……。二人とも無事で、本当によかった……」
「先輩……」
「安心してくださいよ、先輩。俺達は、先輩と、ずっと一緒ですから!」
「うん、うん……」
嗚咽を繰り返しながら涙をぬぐう彰子をなだめる真悟達を見ながら、葵はリテラに尋ねた。
「それで、リテラ。これは一体どういう状況なの?」
弟とのハグをずっと続けながら、リテラは葵に首だけ向けて答えた。
「ルーターが周辺の町に住む人達をまとめ上げたんです。アーウィがボガロに連れ去られた後、私達皆で力を合わせてボガロを倒そうって提案されて。ルーターにいろんな武器や兵器を支給されて、皆で戦いに来てるんです」
「ルーターが?」
葵は運転席に近づき、車窓から外を眺めた。真悟も後に続く。前方では先程の爆炎も収まり、ボガロの部下達と入ってきた男達の間で撃ち合いが起きていた。先程真悟達がいた住宅地の辺りや、家の陰に隠れた遠くからも火の手や煙の筋が上がっているのが見え、町中が戦場となっているのが見て取れた。
昨日の今日でこれほど大量の武器と人員を集めたルーターの手腕に、真悟は驚いていた。町の人々が皆、ボガロに対する鬱憤が溜まっていたというのもあるのだろうが、ルーターの権力が余程大きくなければ、之ほどの事はできないだろう。
亜神すら一目置くというルーターの底知れなさを、真悟は垣間見た気がした。
真悟の隣で、葵が胸の前で拳を突き合わせた。その目には先程以上に闘志が燃えていた。
「なら私もこのまま参戦する。リテラ、カルラは使える?」
「もちろん!」
よし、と葵はうなずいた。整備スペースにまっすぐ向かい、直立で固定されたカルラを装着する為に端末にアクセスする。
ええ、とリテルが非難の悲鳴をあげた。
「アーウィ、このまま逃げようよ、今の僕達にどうこうできる状況じゃないし……」
「駄目よ。ここで逃げて半端に戦力を残したら、困るのは私達。叩ける今の内に全部叩きのめす。真くん、ガーデウスでボーガ・ゴーマに勝てる?」
頭上から轟音が返答した。ボーガ・ゴーマの鉾がガーデウスの肩を掠め、火花が空に飛び散って消える。鋭い刃はガーデウスの装甲にも傷をつけ、押し合う力は互角以上だ。
真悟は二体の戦いを見上げた。今まで見てきた従神とは全く違う力を、ボーガ・ゴーマからは感じる。しかし、
「この状況じゃ、できないなんて言えないよ。やる」
「真悟、奴との因縁は私の方が深いらしい。戦いを代わっても構わんぞ?私の方がガーデウスを扱うのに慣れている」
ガーディの言葉に、真悟は少し悩んだ。かなり魅力的な提案ではあったが、真悟は首を横に振った。
「お前にガーデウスを返すには、一旦回収して召喚し直さないと駄目だ。その間にやられる。俺がやる」
「分かった、なら私はその間、君に近づく奴らを相手しよう」
意外と素直にガーディは頷き、真悟も頷き返した。杖を握り締め、深呼吸して気合を入れる。
「先輩、車を動かしてください。ガーデウスが見えやすい位置に移動して、ボーガ・ゴーマとの戦いをこっちからも確認したいんです」
「分かった。リテル君と啓一君は、近寄ってくる人達を相手して。武器はあるから」
運転席に座った彰子がアクセルを踏むと、エンジンが唸りを上げた。タイヤが土を噛む音をかすかに聞きながら、真悟はガーデウスに意識を集中した。ガーデウスの視界での戦いの動きと、真悟の視界での戦いの動きが平行して脳内で処理されていく。
(ガーデウスで、ボーガ・ゴーマに勝てる?)
葵の先程の言葉が、真悟の脳内に浮かんだ。
(やるさ)
どちらにしてもここが正念場だ。ここでボガロを倒さなければ、真悟達に明日はないだろう。
生きて帰りたければ、やるしかない。




