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32.決別

「ガーデウス!」

「すっげー!」

 啓一とリテルが口々に騒ぐ中、真悟は先ほどガーデウスを呼び出す方陣を展開した右手を見ながら、興奮に打ち震えていた。


 ガーデウスを転送した時の、全身を巨大な力の奔流が通り抜けていく、あの感覚をなんと表現すればいいのだろう。ガーデウスを使い従神を文字通り蹂躙した時のあの興奮は、今まで経験したどんな絶叫マシンも超える快感があった。ガーディはいつもあの感覚を味わっているのだろうか。

 真悟は今の感覚を、生涯忘れないだろうと確信した。例えこれから死ぬとしても、あの歓喜を覚えているならばそれでも良かった。


「真くん、一体これは、どういう事?」

 目の前で起きた事に目を見張りながら、葵が尋ねた。

「啓一が言ってたろ。ガーデウスとのリンクが完全になって、ガーディと同じように、ガーデウスを呼べるようになったんだよ」

(ガーディや啓一の予想は、間違いじゃなかった)


 理屈などは何もないが、真悟はそう確信していた。ガーデウスとのリンクにより、真悟は急速にガーデウスの知識と情報を手に入れてきた。そしてそれが今最終段階に達し、ガーデウスの転送召喚を可能としたのだ。

 今の真悟は、肉体が地球人であるという事以外は、亜神と同等になったと言ってよかった。そしてそれを可能にしたのが、真悟達を連れてきたあの球体だ。


 球体を作った者達が誰なのかは分からない。だが、真悟はそれについて、今まで以上に強く興味を持ち始めていた。

「真くん……大丈夫?」


 葵が心配そうに声をかけた。不安を取り除けるように、真悟は力強く頷いた。

「大丈夫だよ。熱も引いたし、体中に力が漲ってるんだ。こんな気分初めてだよ」

 強がりではないことを証明するように、真悟は腕を軽く振り回す。葵はまだ不安そうではあったが、とりあえず納得はしたようだった。


 啓一が笑顔で真悟と葵の肩を叩いた。

「まあいいじゃねーか。生きてる以上にいい事はねーよ。さっさとこっからずらかろうぜ。またタスカーとか呼ばれたらかなわねえよ」

「ああ。でもその前に」


 真悟は顔を石塔に向けた。先ほどと塔の外観は同じだが、今の真悟には読み取れる情報は山のようにあった。内部がどのようになっているか、構造の欠点はどこか、どのようにすればどう破壊されるか。それらをフル回転させて、脳内に計算結果がはじき出される。

「その前に一つ、やる事があるんだ」


―――・―――


 部屋中で、ざわつきが収まらなかった。

 管理室にいたオペレーターも兵士も、モニターに映し出された驚きを隠しきれなかった。予想もしていなかった展開が起きて、皆が戸惑っていた。


 突然の衝撃音に、全員が弾かれたように音の方を向く。ボガロの巨大な足が床を叩く音に、何が起きるのかと皆が震えていた。鉄の杭を叩きつけるような音が繰り返される度に、室内の喧騒が収まっていく代わりに、部屋の主の怒りを妨げないかという不安と恐怖が溜まっていくようだった。


「こいつは一体、どういう事なんだぁ……?」

 ボガロは足を止め、椅子から立ち上がった。目の前のモニターに写っているものが信じられなかった。

 モニターに写るガーデウスの姿は雄雄しく、かつてボガロ達が殺したそれと全く変わらない力強さを保っていた。それはいい。だが、その足元には先ほどまで人間達を狩っていたはずの、ランダの残骸が飛び散り、転がっていた。


 いつもの調教の一環として行っていた人間狩りの最中に、ランダはガーディが連れていた人間に目をつけた。人間共もそれなりに抵抗はした。街中に隠れ、家と家の間を通り抜けることでランダから姿を隠した。

 だが、それもランダにとっては無意味だった。ランダの優れた五感に加えて、各種のセンサーはその程度で獲物を見失う程無能ではない。


 ランダは着実に獲物を追い詰め、恐怖させ、何もできない絶望を味わわせようとしていた。そしてついに、一気に食おうというところで突如、人間の一人がガーデウスを召喚した。

 見慣れた娯楽だったはずの映像が、突如大逆転の破壊劇へと変わった。幼い従神はあっという間に、赤い亜神に破壊されつくしていた。


(こんな事、ありえてたまるか)


 ガーデウスを扱うべき亜神は、隣にいるはずなのだ。

 弾かれたように、ボガロはガーディに顔を向けた。ガーディの顔には若干の困惑があったが、それ以上に、何かに感心しているような雰囲気があった。


「おい、兄弟。これは一体どういう事なんだ? お前さん何か知ってんじゃないのか?」

「私が彼らに、特に真悟に興味を持っていた理由の一つさ」


 ガーディは小憎らしい程に冷静に語った。神谷市に倒れていたガーデウス。そこからガーディを目覚めさせた、馬上真悟という男。彼が触れ、彼らをカーマ・ガタラに転送した謎の球体。ガーディの記憶の喪失と、真悟に送られていく亜神の持つ知識。そして、彼はついに、ガーデウスを自らの意志で呼び寄せた。


「私の予測は間違っていなかった。彼らをこのカーマ・ガタラに呼び寄せた球体は、ただの転送装置というわけではない。球体は触れた知的生命体と亜神との間にリンクを構成する、いわば人類を亜神へと改造する為の機能があったんだ」

 どこか興奮気味に、ガーディは説明していく。この状況を完全に楽しんでいるその姿に、ボガロの脳内に怒りの炎が吹き上がった。


「よくもそんな冷静でいられるな、兄弟!」

 力任せに叩き付けたボガロの拳が、嫌な音を立ててテーブルにめり込んだ。怒りに震えるボガロの姿に、部屋にいる者は指一本動かすのすら躊躇うように硬直している。下手な事をすれば、自分がその怒りを受けると皆が理解しているのだ。


 ボガロの口から火を吹くかと思う程の怒声が放たれた。

「奴はお前のガーデウスを奪ったんだぞ! お前の戦闘体を奪い、亜神の仲間入りを果たそうとしている。俺達亜神の誇りを汚したんだ! あいつの存在そのものが、俺達を侮辱しているんだよ!」

「冷静なわけじゃない。ただ、驚いているんだ。彼は私の目の前で、まさかと思うような事をやってのけた。従神から逃げ延び、さらにはガーデウスを呼んで従神を倒した。これほど興味深い事があるか?」


 ボガロとは真逆のガーディの口調に、ボガロは心の奥が痛むのを感じていた。これは自分の欲しかった相手と違う事に対する失望なのか、自分の理解できない相手に対する焦りなのか。

「一体どうしちまったんだ、兄弟。昔のお前は違った。昔のお前はもっと傲慢で、浅はかだった。それが何だ、その科学者気取りの口調は!」

「あんたと初めて会った時にも言っただろう。今の私には、過去の記憶はない。あるのは知識だけだ。だから私の知識にない、知性を持った生命とのやりとりというのが、楽しくて仕方ないんだよ。私は亜神の戦いなんて興味がない。あんたの言う神々の一員になりたいとも思わない。ただもっと知りたい。この世のあらゆるものを理解したい。もっと人間を理解したい。そう思う」


 ガーディが真正面から、ボガロを見つめていた。そこにはかつての荒々しさ、勇ましさは欠片もない。

「それはあんたについてもだ、兄弟。私の家族。私の肉親。私にとって数少ない、生まれついての繋がりがあるあんたを、私は理解したい」

「ガーディ……」


 ボガロは絶句していた。その瞳には嘘の曇りは一つもない。目の前の亜神は本気でそう考えているのが分かった。

 それがボガロには許せなかった。ボガロは確信した。目の前の彼は、自分の知る彼とは姿が似ているだけの別物なのだ。

「そんな考えは、俺達には似合わないんだよ、兄弟」


 ボガロは右手を上げた。部屋にいた兵士達が、金縛りから解けたように動き、手に持ったライフルを一斉にガーディに向ける。

 ガーディの顔が緊張に固くなった。

「私をまた殺す気になったのか」

「どうやらお前は本当に、生き返ってからおかしくなっちまったみてェだな。お前のような奴に亜神を名乗らせる訳にはいかねェ。大体、お前みたいに損得で動かない奴を生かしておいたら、いつ俺の敵になるか分からん」


「兵達に持たせているのは対人用の実弾兵器だろう。並みの動物ならその程度でも十分だろうが、それで私を殺せると思っているのか?」

「足止め程度にゃ十分効果はあるさ。そして、メインの相手は俺だ。一対一ならお前より俺の方が強い。こいつらに動きを邪魔されながら俺に勝てるか?兄弟」


 ボガロには自信があった。以前に他の亜神と共にガーデウスを殺したのは、万が一の結果も確実に潰す為であり、当時でも一対一なら勝てる自信があった。そして、ガーデウスを殺してから三年の間、ボガロは自身を強化してきていた。

 例え戦闘体同士の殴り合いでも、通常体での殴り合いでも、ガーディに勝ち目はない。


「最後の提案だ、兄弟。諦めて俺に従う気はないか?今なら謝罪の言葉も聞き入れてやるかもしれないぜ?」

 言葉とは裏腹に、ボガロの顔は険しかった。互いを突き刺すような二神の視線が絡み合い、数秒火花を散らす。

 そして、ガーディは先に目を逸らすと、やれやれといった風に鼻を鳴らした。


「兄弟、私は一つ、あんたに言っていなかった事がある」

「……何?」

「ガーデウスと真悟の間にリンクが生まれ、真悟がガーデウスを召喚できるようになったと私は言った。だがそれは、ガーデウスを通じて、私と真悟にもある種のリンクができているという事だ」

「なん……」

 だと、という前に、轟音と衝撃が塔を襲った。部屋の奥の壁に据え付けられたモニターが吹き飛ぶ。壁の石塊が無数に飛び散る。


「うおォ!?」

 予想もしていなかった事に、ボガロは思わず驚きに声を上げた。兵士やオペレーターも同じく混乱し、何人かは石つぶての直撃を受けて昏倒している。

 ボガロは爆発の方向を見やった。壁ごとモニターは砕け、そこから複数連なった、巨大なエメラルドに輝く柱が突き出ていた。


 柱はそれぞれ連動してお辞儀をするように曲がり、残っていた壁を握りつぶして破壊していく。

 これは柱ではない。手だ。煌く粒子が結晶となった巨大な拳が、発砲スチロールをもぎ取るように石の壁を握り、破壊していた。


「ファントム・ハンドか!」

 ボガロの叫びに応えるように、役目を終えた拳が消滅し、チリとなっていく。その間にガーディは走り出していた。進行方向にいるオペレーターの顔面を踏み台にして跳躍し、銃を向けようとした兵士の腕を前足の爪で引き裂く。捕まえようとした兵士の両腕をすり抜けて、後足で頭を蹴り飛ばす。勢いは全く衰えず、机の上を八艘跳びで飛び越えながら、ついにはファントム・ハンドが開けた壁の穴から、外に向かって勢いよく跳躍した。


「なに!?」

 ボガロが驚愕の声を上げる。ここから地面までは優に五十メートルはある。落下の衝撃に耐えられたとしても、かなりのダメージを負うことは避けられない。

 ボガロは走った。ガーディがどうなったのか確認しようと、邪魔なものを投げ飛ばしながら走り、壁の穴から身を乗り出して外を覗きこんだ。


「あの野郎……!」

 ガーディは落下していなかった。

 エメラルドに輝くもう一つのファントム・ハンドはガーディを乗せ、悠々とガーデウスへと帰還していく姿を、ボガロは歯をきしませながら、火が出るほど強くにらみつけていた。


 怒りが全身を焼き尽くすほどに燃え盛る。ここまで自分を虚仮にした相手は長い間いなかった。あれほどに親切にしてやったのに。この俺を裏切った。そんな身勝手な感情が今にも吹き零れ、体が暴れ出しそうだった。

 だがそれと同時に、奇妙な歓喜の感情もボガロの心中には沸き起こっていた。ガーディもやはり亜神なのだ。亜神が亜神に傅く姿など相応しくない。亜神に似合うのはまず暴力と闘争だ。


「動ける兵隊を全員招集しろ!」

 室内に向きながらのボガロの鋭い命令に、部屋にいた全員が気をつけの姿勢をとり、硬直した。


「全員で仕掛けてあの人間共を殺せ。地の果てまで追いかけろ。俺に対して舐めた真似をした報いを受けさせてやる」


 了解の返答がすぐに帰ってきたが、声の調子は堅かった。それはつまり、ガーディとガーデウスを相手にしろと言っているのに等しいのだ。

 ボガロは口角を吊り上げて笑った。いくら頭に血が上っても、部下に自殺を命じる程愚かではない。


「貴様らが考えている事は分かる。安心しろ」

 そう答えながら、ボガロは再度外に向き直った。


「俺が出る。俺がガーデウスを殺す」


 ガーディが目覚めてから何もかもが上手くいっていない。だが、それすらも忘れられる程に、今のボガロは興奮していた。これからは久方ぶりの闘争が待っている。

 亜神には亜神らしい相手との情の育み方というものがある。それをこれから実践しよう。

次回:13日予定

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