30.生き残る手段は?
モニターに写る従神の姿に、ボガロは口元を緩めた。従神の立ち上がりはまずまずといったところだ。まず楽な獲物をむさぼっている間に、そこそこ知恵のある獲物達は姿を消した。ここからどう見つけるかは、従神が秘めている装備とそれを扱う知恵が重要になってくる。
(ま、知恵がどこまで成長してるかは怪しいもんだがよ……)
できるだけ早く育ってもらわないとこちらとしても困るのだが、こればっかりはボガロにもどうしようもなかった。親の思う通りに子は育たないものだ。
「一体どういう事なんだ? あれは何だ?」
隣で騒ぎ立てるガーディに、ボガロは肩を竦めた。どうもこの兄弟は、生き返ってから血を見るのがお嫌いになったらしい。
「あれか? あれはオーダ・ランダと言うんだよ。俺が今育てている従神の内で、一番の有望株だ。あそこまで育てるのに苦労したんだぜ?」
モニターに写るランダは吼えるのを止めて、前肢を地につけて周囲を探るように、首をせわしなく動かしていた。
体の姿勢はゴリラを思わせる、四足歩行と二足歩行の中間といった感じだ。イグアナのように角ばった金属の頭部に、後頭部から背に向かって、つるりとした金属の装甲が、亀の甲羅のように大きく覆っている。太い手足は、いずれ成長するにつれて二足で立ち上がるのか、それともさらに増えて複雑な機構の武器を生み出すのか。
従神はそれぞれ多種多様な成長を遂げるが、ランダも必ず巨大な兵器へと変わる事だろう。
(待ち遠しいねえ……)
だがガーディは、その程度の雑談すらまだるっこしいと言いたげに表情を険しくした。
「私が言いたいのは、そういう事じゃない。あのアンダに何をさせようとしているんだ、と聞いているんだ」
「狩りの仕方を覚えさせてるのさ。ついでに無能や邪魔者を処理してる。部下に見せれば娯楽としても結構盛り上がるんだぜ?賭けの対象にしてる奴もいるくらいだ」
ガーディが困惑の顔と怒りの顔を交互に見せた。
「私は言ったはずだぞ。彼らに手を出すなと」
「おいおい、本当かい? 俺はてっきり、お前が奴隷とか保存食として、あいつらを近くに置いてるんだと思ってたよ。そのくらいならこっちでも代わりは用意できると思って拝借しちまったんだ。悪いことしたなあ……」
「冗談は止めろ。一体何を考えている。一体何が気に入らないんだ」
怒気を孕んだ気配を感じ取り、周囲のオペレーター達がざわつき始めた。周囲の兵士達が銃を構えようと動き出したが、ボガロは片手を挙げてそれを制した。
ボガロは椅子から軽く身を乗り出し、ガーディと向き合った。ガーディが懐かしい怒りの顔を見せてくれた事にどこかうれしく思いながらも、心に冷たいものがにじんでいく。
「悲しいぜ、兄弟。俺のほうこそ聞きたいね。何故あんな連中にこだわる? 俺達は亜神だ。奴らなど足元にも及ばない存在なんだぞ」
「それは、言ったはずだ。彼らは私を目覚めさせた。私の記憶を取り戻すきっかけになりうる存在だからだ」
「お前には俺がいるじゃないか。お前の事なら何だって教えてやれる。あいつらなんぞ必要ない、ほっとけよ。俺達で新しい未来を築こうぜ」
ボガロにしては、珍しい程に本気で言葉を発していた。長い亜神同士の戦いを終わらせ、自分が神々の一員になる。その為には、目の前の相手はどうしても必要だ。
だがそういった損得以上に、目の前のガーディが別人となっている事に、深い失望を覚えていた。今後目の前にいる、かつて美しかったものの姿をした別の何かが、どういう行動を取っても、自分の心の中にある無数の顔が、それを許せないかもしれない。
(あの時ちゃんと殺しておけばよかった)
自嘲しつつ、ボガロはモニターに目を移した。今はこれ以上、彼の事を考えるのは止めておきたかった。
「それに、このままあいつらが死ぬとは限らんだろう?制限時間はちゃんと用意してる。逃げ切れば晴れて俺達の仲間入りだよ」
ランダは新しい獲物を見つけたらしく、足を速めて四角い住宅地へと入っていった。
果たして、どれだけの数が、どこまで生き延びる事ができるのか。
ボガロ自身、誰か逃げ延びる事ができるなどとは、全く思ってはいなかった。
―――・―――
ここからどうやって生き延びるか、それが問題だった。
表通りでのむごたらしい殺戮を皮切りとして、従神はまた一人、また一人と獲物を見つけては襲っていった。獲物が牙にかかる度、人々の断末魔の叫びが真悟の胸に恐怖の矢となって刺さる。
真悟達は家屋を陰にして、町の奥へ奥へと逃げていった。
なんとかして早く従神から離れたいと思っているのだが、急ぎすぎて不用意に大きな音を立てたりすると見つかるのではないかと思うと、中々思い切った行動も取れなかった、
従神が五メートルはある背を伸ばし、獲物を探すように首を動かした。今は何も食べていないのか、ダークグリーンの舌が鈍い銀色の顔を舐め回した。
ガーディは食事を取らなかったが、従神はそういう訳にもいかないのだろうか。そんな考えがちらりと頭に浮かぶ。
こんな時に現実逃避はやめろ、と、真悟は自分に言い聞かせた。
「どっちに行く?」
真悟の隣で、啓一が小声でささやいた。先頭に立つ葵が手を伸ばし、ついてこいと指示をだす。
真悟達はゆっくりと歩き出した。現在いる家の裏の窓から外に出て、また別の家に窓から入る。
遠くから別の男の断末魔の叫びが聞こえた。真悟も啓一も、絶叫に思わず体が硬直するが、葵とリテルはそのまま気にもせずに前へと進んでいく。さすがの図太さに、真悟は心中密かに感心した。
裏手の窓から外に出ると、周囲はやけに静かだった。従神の影は見えない。獲物を探しに、他の所に行っているのかもしれなかった。
「このまま屋内を伝っていきましょう。見つからないようにしていかないと」
葵の指示に従い、皆次の家を目指して歩き出した。
窓から家を出ると、人が三~四人程並んで歩ける路地が左右に延びており、右手には長屋のように連なった家の扉が見えた。
真悟達は小走りで、長屋の末端の戸に近づいていった。太陽の光は肌に痛いほど強かった。
葵が長屋の戸を開けようと手をかけた時、真悟の視界に一瞬影が差し、通り抜けた。
気になって首をむけ、影を追いかける。視界に影の正体を捉えた時、真悟は反射的に動いていた。
「危ない!」
葵の肩に手をかけ、強引に引っ張り抱き寄せる。
直後に、葵がいた場所に、隕石のような勢いで何かが落ちてきた。
「――ッ!」
全員が言葉を失った。
落ちてきた死体は腹部に無残な歯形をつけられて、手足は曲がるはずのない所が複数、直角に折れ曲がって奇妙なポーズをとっていた。
正確な投擲だった。あと二秒動くのが遅かったら、葵はこの数十キロはある肉と骨の塊と交じり合っていただろう。
そして、誰が投げてきたのかも、当然全員がわかっていた。
「ついてきて!」
葵の声に誰も逆らわず、皆わき目も振らずに走り出す。目の前の扉を開けて中に入ると、隣の家に巨大な何かが落下して、土ぼこりと轟音を巻き上げた。
従神は、真悟達に狙いを定めてきたのだ。
次回:4日予定




