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29.狩りの始まり

 金属製の固定された椅子に座り、ボガロは背もたれにゆっくりと体を預けた。椅子は三メートル近いボガロの巨体と重量をも、しっかりと支えてくれる。

 かつてこの町があった星の住人達は自分同様の巨体で、人体工学に関して長ずるものがあったのだろう。椅子の形に合わせて体の位置を整えると、無理のない姿勢で部屋の全体を見回すことができた。


 目の前には、広々とした室内に規則正しく机が並べられ、それぞれにコンソールが設置されている。その先には部屋の壁に対してU字形に設置された、巨大なモニターがあった。モニターはまだ起動させていない為、黒で染められているが、ショーが始まればすぐに盛り上がれる事だろう。


 背後の自動ドアが開くと、一体の獣が姿を現した。

「一体これから、何を始めるつもりなんだ?」


 入り口から入ってきたガーディが不審そうに声をかける。室内にいる兵士達はコンソールのオペレーター達も、ガーディがそこにいるだけで恐怖に体の芯が硬くなっているようだ。


(少々悔しいね)


 普段なら自分にのみ見せる反応をガーディに見せている事に、ボガロは心中がささくれ立つのを感じた。気持ちを外に出さないように努めつつ、いつもの調子でガーディに笑いかける。

「ちょっとした恒例行事ってやつさ。従神(ファミリア)を育てる為に、定期的に今回みたいな事をやってるんだ」

「従神……。この間神谷市に現れた、オーダ・ジャーガのような奴だな」


「そうだ。俺達亜神が生み出し、亜神(デミゴッド)の為に命をかける。文字通りの使い魔ってとこだな。お前さんは昔っから、ほとんど使ってなかったがね。どうも自分で敵を殴りとばす快感に勝てなかったらしい」

「昔の私、だ」


 ガーディの言葉には若干の苛立ちが感じ取れた。恐らく他者から聞く自分の知らない過去の自分と、現在の自分の意識や行動のずれが、着慣れない服のように違和感を覚えさせるのだろう。


(俺も一緒だ)


 その違和感をガーディがどう受け止めるか、恐らくそれ次第で、二人の今後が決定するに違いないと、ボガロは感じていた。そしてそれは、すぐに迫ってきている。

 一旦その考えを忘れて、ボガロは話を再開した。


「その従神だが、造ったらそのまま利用できます、って簡単なもんじゃねえ。体をデカくするにもエネルギーと時間がかかるし、戦い方を教えたり、命令を聞くようにしつけたりも必要だ。オーダはその点、長年育った生え抜きだったんだがな。お前さんにぶっ壊されちまった」

「……すまない」

「いいって、いいって。その代わりにお前さんと手を組めそうなんだ。とにかく、その若い従神に対して、狩りの仕方や運動をさせてやろうってわけさ」


 ボガロが指を鳴らすと、コンソールに詰めていたオペレーター達が反応して、それぞれ思い思いに操作を開始する。やがて壁面のモニターが点灯し、それぞれ四分割された映像が表示された。

 カメラはどれも塔の外を映し出している。カーマ・ガタラは今日も晴天、太陽が強く大地を照らしていた。

 やがて映像がそれぞれ独立して動き出した。空中を滑らかに動き、かつて繁栄していたであろう町並みや周囲の森を映し出した。


「ドローンに撮影させているのか」

 ガーディの問いに、ボガロは頷いた。

「普段は町の監視用に使っているんだ。必要な時は備え付けの銃で狩りもできる」

「敵を早期に発見し、撃退できるというわけだ」

「脱走者を撃つ事の方が多いのが困りどころよ。それより、始まるぜ」


 ボガロが指差した先の画面に、ガーディも目をやった。

 この町は今ボガロたちがいる塔を中心にして円状に広がり、それぞれ放射状に広がった壁によって、扇形に区分けされている。指差した画面の映像を担当するドローンは、急降下して区画の一つの町並みを映し出した。大通りを真っ直ぐ塔に向かって飛ぶと、町を区切る壁につけられた、巨大な扉の前で停止する。


 扉が錆びによる不快な音を立てながら、ゆっくりと開いていった。

「あれは……?」


 ガーディの目の色が変わった。困惑と非難の目を向けられて、ボガロが口の端を吊り上げる。

 開いた扉から二十人程の多種多様な異星人たちが姿を現した。その中にはガーディと行動を共にしていた連中も混じり、他と同じく不安そうに周囲を見回している。


「ショー・タイムだ」

 ボガロは再度指を鳴らした。


―――・―――


 巨大な扉が観音開きに開くと、闇に包まれていた室内に、光が滝のように降り注いだ。

 目がくらみ、真悟は手を眼前にかざした。光が目を刺す度に、頭痛がぶり返してくる。一歩進む度に、胃の奥を荒々しく揉まれている気分だった。


「ほら、がんばれ」


 啓一が肩を叩く。周囲の異星人たちと共に、真悟はゆっくりと部屋の外に出た。葵とリテルも後に続く。太陽の光を浴びながら、真悟は部屋の中では見えなかった人達の顔をじっくりと観察する事ができた。

 今まで見た事のない、異星人種族が大勢いた。顔の基本的な造りや、肌の質感から違う人型種族ばかりだ。だがどの顔にも、恐怖や怯え、戸惑いが描かれているのは見て取れた。


 マガトが連絡してきたとおり、昼にはボガロの部下達が牢に現れ、真悟達を連れ出した。長い通路を延々と歩き回った後、先ほどまでいた部屋に押し込まれ、長い間待機させられていた。

 空には雲ひとつなく、太陽が得意げに輝いている。光と熱気が真悟の頭痛を活性化させている気がした。朝からだんだんと調子が良くはなってきているが、せめてもう半日は寝ていたいところだった。


 リテル不安そうにが周囲を見回していた。真悟達はちょうど、町の中心である塔から放射線状に伸びる大通りに立っていた。舗装されていない砂の道路の左右には、石壁で作られた直方体の家が立ち並び、その先には四角柱の物見台のようなものがちらほらと見える。


「ここ、誰も住んでないのかな」


 リテルが言った。周囲の町並みに人影は全く見えず、外れた木戸が転がっていたり、完全な廃墟になっている。

 それに加えて真悟が気になるのは、町の建物の荒れ具合だった。家の壁が解体工事用の鉄球がぶつけられたように砕けていたり、平屋の屋根の角がかじられたように削り取られていたり、地面にもいくつかぞっとするような巨大な爪痕が残っていた。


「神谷市の駅前と同じような痕がついてんな……」


 啓一も町の異常性に気付いたようだ。確かに神谷市と同様に、何か巨大な生き物が暴れまわったような痕跡が残っていた。


「で、ボガロは俺達を一体どうするつもりなんだ?」

 隣の男のぼやきに、真悟の思考は中断された。

 年は地球人で言えば三十前後といったところだろうか。顎周りに髭の代わりに、小さい角のようなものが幾重にも生えているのが特徴の、見た事のない種族だった。


「勝手に捕まえておいて、こんなところに連れてきて放置して、一体何をやろうって言うんだ」

「なんだ、あんたもボガロの仲間になりたかったわけじゃないのか?」


 角髭男のぼやきに、別の男が答えた。顔の上半分が海老を思わせる殻に覆われた男だ。近くに同じ種族の男が三人集まっていて、その中で最も大きな男が、角髭男と話し始めた。


「ボガロは仲間の儀式って言ってたぜ。ボガロの組織に入る為に、これから儀式があるってわけさ」

「俺は入りたいわけじゃない。町を襲われて、拉致されただけだ」

「じゃあお前みたいな臆病者を殺して、度胸があるところを見せろって事かもな。それならそれでいいぜ。そこで震えててくれや」


 海老男達がげらげらと笑う。その内で一番の小男が、葵に目をつけた。


「ひょっとしてメスかい、あんた。あんたも拉致されてきたのか? それともボガロの組織に入りに来たのか?あんたみたいな細い体じゃ、どっちにしたって死にそうだな」


(命知らずな奴だな……)

 真悟は下卑た笑みを浮かべる小男を殴り飛ばしてやりたくなったが、葵の目に制止させられて、そのまま嘆息した。何が起きるか分からない現状で騒いだり、敵を作ったりしてもしょうがない、という気持ちが、葵にはあるのかもしれない。葵は何も語らなかったが、ただ目だけは鋭く、冷たく海老男達を睨みつけていた。


 しゅるしゅると、布のこすれるような音が頭上から聞こえて、真悟は顔を上げた。長さ一メートル程の白い鏃のような形をした金属体が、糸で吊るされているように宙に浮いていた。

 他の男たちもそれに気付き、どよめきの声を上げた。金属体は宙を滑るようにして真悟達の頭上をくるりと一周した後、真悟達全員を視界に収めるように高度を下げ、空中で静止した。


「すげえ。ドローンだ、あれ。どこの星のもんなんだ?」

 啓一だけは目を輝かせて、興味深そうに物体を見つめていた。


「見ろよ。気体の表面にいくつか開口部があるけど、そっから火を噴いてるわけじゃない。プロペラで飛んでるわけでもなさそうだし、どうやって飛ばしてるんだ?」

「落ち着けって。何か始まるみたいだぞ」


 啓一の食い気味な言葉を制したところで、ドローンの先端の一部がスライドし、太い男の声が発せられた。

「これから、ボガロ様の言葉を伝える。これより三十秒後、その町にあるものを放つ。制限時間いっぱい、戦って生き延びた者に、我々の組織に加わる事を許す。以上」


 事務的に文章を読み上げた後、ドローンは開口部を閉じて、上空へと飛び去っていった。

 皆困惑しているようだった。突然言い渡された言葉に、どう反応していいのか分からず、うろたえていた。

 一番反応が早いのは葵だった。


「逃げましょう」

 真悟達三人は同時に頷いた。先ほど出てきた塔の壁から離れて、隠れ場所を見つける為に住宅地に向かって走る。

 真悟も啓一もリテルも、反論すらしなかった。走る振動が真悟の体に悲鳴を上げさせ、吐き気を誘うが、文句など言う気にもなれない。周囲の状況を見れば、これから何が来ようとしているのかは想像がついた。


 真悟が後ろを振り向くと、他の男達もようやく動きを見せていた。走って逃げ出す者や、どう動くべきか戸惑っている者、反応は様々だ。

 海老男達は周囲の反応が理解できていないようだった。


「おい、どうしたんだよ、お前ら!戦って生き延びろって言ってただろ!逃げたら始まらねえだろうが!」

「あいつらアホだな。俺でもこのままいたらどうなるか想像できるぜ」


 啓一の罵倒には若干の哀れみすらあった。残念ながらこの状況で、他者を助ける余裕は誰にもなかった。

 真悟達は住宅地に入ると、戸がちぎれてなくなった家の中に入った。


 中に入ると下足箱などもなく、そのまま家具やテーブルが置かれている。どれもどこかしこが壊れており、長い年月放置されているのが感じられた。元々は鮮やかだったであろう、壁に飾られたタペストリーもちぎれ、破片が周辺に散らばっている。それでいて壁の隅にはタッチパネルのようなものが埋め込まれており、かつてこの町のあった星が、高い文明を誇っていた事を感じさせた。

 しかし残念ながら、異星人の文化を感じる為に、真悟達はここに来た訳ではなかった。


「何か武器とかないの?」

 リテルが苛立ちながら、周辺にあった家具を掴んでは投げ、を繰り返す。壁に掛けられていた錆びた鉈のようなものや、台所で包丁らしきものを見つける事はできたが、せいぜいその程度だった。

 別の家に移ろうとしたところで、空のドローンから甲高い電子音が鳴った。恐らくスタートの合図だったのだろう、分厚い金属の扉が開く音がした。それと同時に、ヤスリを擦りあわせたような音が鳴り響いた。


「出やがった……」

 啓一は怯えを隠そうともしなかった。


 葵は口元に人差し指を立て、外から見えないよう、陰に隠れるようにジェスチャーをした。皆したがって、壁に張り付くようにして隠れる。

 ガラスも何も張られていない窓から、真悟はわずかに顔を出して外を覗くと、家々の隙間から表通りがわずかに見えた。


 何が来たかはある程度予想はしていたが、気持ちを落ち着けたくて、真悟はあえて葵に質問した。

「葵ちゃん、ボガロが言ってたあるものって、何だと思う?」

「町に見えた破壊の痕から見て、少なくともタスカーなんかじゃないことは確かね」


 外から聞こえてきた威嚇の叫びに、会話はそこで中断させられた。『あるもの』は獲物を見つけたらしく、表通りを歩く度に足音が腹の奥に響く。

 獲物が泣きそうになりながら、必死に助けを求める声がここまで届いた。ちょうど真悟から見える表通りの隙間に、先ほどの海老男の一人が後ずさりしながら泣き叫ぶのが見えた。


「やめてくれ! 助け、助けて! まだ死にたくな――」


 命乞いは悲鳴と絶叫に変わった。突然現れた、何か巨大なものが海老男にかぶりつく。海老男の上半身は『あるもの』の口内に収まり、犬が玩具を銜えて振り回すようにして弄ばれる。三度、四度と振り回し、ついに男の下半身だけが宙を舞った。くるくると回転しながら放物線を描くその姿は、恐怖を通り越してどこかシュールですらあった。


『あるもの』は巨大な口を上にして体を伸ばし、口内のものを咀嚼し始めた。


従神(ファミリア)だ……」


 リテルの声には絶望感が漂っていた。

 血の味わいに更に食欲を刺激されたのか、従神は四つ足から後肢だけで立ち上がり、分厚い鋼鉄の胸を張りながら雄叫びを上げた。

次回:10月2日予定

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