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27.ボガロの怒り

 人が消えた室内に一人、ボガロは椅子に座り、佇んでいた。


 両手の指先を顔の前で絡ませながら、ぼんやりと頭に浮かぶ様々な案件について、答えを出すべく頭を働かせる。視界に移る、飾られた武器の数々は、かつてカーマ・ガタラに召喚された町から奪ってきたものだ。原始的なものもあれば、複雑な機構を備えた品もある。だが全ての武器に与えられた目的はたった一つのシンプルなもの。相手を殺傷するというただそれだけだ。


 ボガロはシンプルなものが好きだった。シンプルな目的、シンプルな関係、シンプルな行動。だからこそ、かつてのガーディのシンプルさが好きだった。


 ただ強い。純粋な暴力で敵も味方も関係なく、邪魔をするものは潰すのみ。その姿は一種感動的ですらあった。だが今の姿はどうだ。


 溜息をつく。結局ガーディは、ボガロとの共闘についての回答を先延ばしにした。状況を理解するまで時間が欲しいだとか色々と言っていた気がするが、よく覚えていない。それはもうどうでもよかった。重要なのは一つの事実だ。


(ガーディは今、亜神との戦いに興味を示していない)


 思い出が汚されるとはこういった気分なのだろうか。かつてのガーディならば、ボガロと戦うか共闘するかは別にしても、すぐに答えを出していただろう。

 記憶を失ったというが、それでもここまで別人に代わるものなのだろうか。


「別人……か」


 何気なく口にした一言が、ボガロの脳内を稲妻のように駆け巡った。

 そうだ。今のガーディは自分の知る奴とは別人だ。それは何故なのか?

 話をする中でガーディは、共に連れていた人間達によって目覚めさせられたといっていた。それ以前の記憶がないのだとも。ひょっとしたら、あの地球人達に原因があるのではないか?

 歯が擦れ、不快な音をならした。連想から来る不愉快な妄想は、次第に具体的な形を持ち、頭の中を駆け巡る。


(あの地球人共が、事もあろうに俺達亜神を汚した?)


 燃え上がった怒りの火は一瞬で炎へと変わった。それが正しいかどうかは、ボガロにとって関係ない。今ボガロの頭にあるのは、この炎でどうやって、何を焼き尽くすかだけだ。


「誰かいるか!」


 部屋の外に向けた怒声を受けて、すぐに扉が開いた。部下の男が泣きそうな顔で現れる。何か知らぬ間にボガロの怒りに触れ、殺されるとでも思っているのかもしれない。これから何をされるのか、恐怖で頭がいっぱいになっているのだろう。確かに数日前、この男の同僚を殺したばかりだ。だが今のボガロの目的は、そんな事ではなかった。


「担当に伝えておけ。明日のランダの件だ。捕らえてた連中と一緒に、今日ガーディが連れていた人間共を七号地区に送れ」


「ら、ランダを……ですか」


 男の顔が情けなく歪んだ。自分が死ぬ番でなかったという安堵と、明日起きる無残な光景の連想と、同時に頭をよぎっているのだろう。

 男は首が折れるのではないかという勢いで頷いた。


「分かりました、ボガロ。ですが、恐れながら、ガーディがあの地球人共に手を出すと許さないと」

「それがどうした。お前は俺の部下なのか? それともガーディの部下なのか?」

「す、すみません! 伝えてきます!」


 男が出ていった後、また一人になった室内で、ボガロは歯をきしませた。

「ガキ共に手を出すと許さん、だと……? あのガーディがそんな事を言うかよ」


 歯軋りがどんどん強くなり、金属を擦り合わせる不快音が大きくなっていく。

 許せなかった。亜神が人間を心配する?あの人間達にそれ程の価値があるというのか?

 分からなかった。ただ分かるのは、あの人間達がいると、ガーディが別のガーディへと作り変えられていくという事だ。

 そんな事は認められなかった。


「許せねえ……。あのガーディを、俺の役に立たなくしようなんて真似は、誰だろうと許すわけにはいかねえ」


―――・―――


 ボガロとの会合が終わった後、真悟達は塔の中にある牢屋に放り込まれた。室内には当然窓はなく、塔の岩を必要な分だけ削り取ったといった感じの、装飾も何もない岩壁に囲まれている。左右の壁に突き当てて二段ベッドが置かれている。部屋の隅に水道の蛇口と排水溝があるだけ、少しはマシかもしれない。


 啓一が左側にあるベッドの上段に登り、寝転がった。それに従い、葵とリテルも右側のベッドをそれぞれ占領した。

「俺達、これからどうなんのかな」

 真悟は鉄格子を調べながら、啓一の言葉に相槌を打った。


「そうだな……。葵ちゃん、これまでボガロに捕まった人達ってどうなってるんだ?」

 格子は岩の内側までしっかりと打ち込まれて固定されており、手作業で外すのは大変そうだ。外には同じ構造の牢屋が並び、奥には先ほど入ってきた扉が見える。

 葵が少し考えて、真悟の質問に回答した。


「大抵はボガロの国の労働力にされるか、見せしめに殺されるか、ってところだと思う。優秀な研究者や学者は、別の所に運ばれて兵器を開発してるって噂もあるけど」

「学者か。さすがに大学生程度はお呼びじゃねえよな……」

 啓一がぼやいた。


 真悟は牢屋の中を歩きまわり、壁を軽く叩いてみた。返ってくる音は絶望的な厚さを示していた。ガーディの杖があればまだ何とかなったかもしれないが、ここから脱出するのは不可能と言わざるを得ない。

 頭痛がして、真悟は目元を手で抑えた。昼にルーターの市場で暴れて以降、ずっと頭痛が続いている。

 今日は色々と大変だった。神経も使ったし、カーマ・ガタラに来てからの環境の激変による、疲れがどっと出てきたのかもしれない。


 啓一がいる側の下段ベッドが空いていたので、そちらに寝転がる。目をつむるとだいぶ楽になった気がする。その間も、啓一達の話はまだ続いていた。

「ボガロは何をするか分からんし、俺達の命運はもうガーディ次第、ってとこか」


 ガーディにとって、ボガロは複雑な存在だ。自身の知らない過去を知っている重要な人物であり、かつて敵として戦った。まだガーディはボガロとの協力を受け入れたわけではないが、果たしてどうするつもりなのか。そしてガーディが答えを出したとき、真悟達はどうなるのか。

 また頭痛がして、真悟は額を両手で押さえた。頭に針が差し込まれたような痛みが走る。頭がぼうっとして、考えがまとまらない。


「亜神が戦って最後の一人になると、生き残った亜神は神になれる、って言ってたよね」

 隣のベッドにいるはずのリテルの声が、真悟にはどこか遠くから響いてくる気がした。


「ガーディやボガロや、亜神を造ったのがその神様って事なのかな」

「たぶん宇宙人かなんかなんだろうけど、だとしたらとんでもない連中だぜ。同族一人を育成する為にこんなカーマ・ガタラなんて舞台を用意するんだ。銀河に帝国の一つや二つは築いてそうだな」

「成人の儀式みたいなものかもしれない。エル・トパルにもそういうのはあったし」

「大体、ガーディとボガロって外見が違いすぎだろ?あいつらの言う神様って、一体どんな姿してるんだろうな」


「神様がどんな姿してるかはともかく、ガーディとボガロは結構類似点があるよ」

 真悟の言葉に、啓一がベッドから顔を乗り出した。葵とリテルも怪訝そうな顔を見せる。

「ガーディもボガロも、体の表面を覆ってるポリマーは同じ材質だ。劣化を防ぐ為に、有機体の新陳代謝みたいに内部に生成する構造が存在するはずだよ。瞳の形は注意して見ないと気付かないけど、どっちも同じゼノタイド・カットの複眼構造だったし」


「お、おい、真悟? いきなり何言ってるんだ?」

 啓一が間の抜けた声を出した。いきなり出てきた、聞いたこともない単語に意表を突かれたのだろうが、それは正直真悟も同じだった。聞いたこともない単語や数式が脳内を駆け巡り、行き場を求めて口からとりとめもなく吐き出されていく。


 頭痛がした。どんどん酷くなっていくが、口は止められない。

「ガーデウスの動力源はカークス・ポック様式。あとガーディが杖を出すけど、あれはガーデウスの中に存在する装備データを基にカーニエン粒子を使用した量子転送で再構築してて……」

「真くん、ちょっと大丈夫?」

 ベッドから跳び降りた葵が真悟に近寄り、額に手を伸ばす。柔らかな掌の感触と冷たさが心地よかった。


「すごい熱……! リテル、何でもいいから水で濡らして!」

「くそ、おい! 風邪薬くらい出してくれねーか! 病人がいるんだよ!」

 周囲の声がだんだんと小さくなっていく。真悟は朦朧とした意識の中で、自分が何を言っているのか考えていた。

 答えが頭に閃きそうになったのと、意識を失う瞬間はほぼ同時だった。

次回:28日予定

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