26.ボガロ
真悟達は城の中まで連れていかれると、馬車から降ろされ、半ば引きずられるようにして、中へと入っていった。
マガトと先頭にしてガーディが後に続き、その後ろに真悟達と、それを囲むようにボガロの部下達が銃器を持って歩いていく。
岩をくりぬかれて作られた通路や部屋の壁は鏡のように艶やかで、高い天井につけられた照明によって光を反射してきらめいていた。
天井の隅には金属製のパイプで、何本もの配線が並べられていた。外から見た限りでは窓の類はほとんどなかった為、換気の為の空調設備や、配水管の類だろうか。
岩をくりぬいて作った為、屋根裏や壁の内側に隠すという事もやらなかったのだろうか。装飾の類も酷く少なく、無骨な感じがするが、そういった文化なのかもしれない。この町が作られた星には、きっとこれと同じような巨大な岩が無数に存在しているのだろう。
真悟が遠い星に少しだけ思いを馳せていると、通路にも他の遠い星にいる連中が大勢たむろしていた。
様々な姿をした異星人が通路を歩き回り、雑談をしていた。真悟達を見ては、にやにや笑いを浮かべてくる。中には仲間と馬鹿笑いを隠そうとしないものもいた。
おそらくこれから真悟達に何が起こるのか、大体想像がついているのだろう。
一行は塔の中央に作られた大型のエレベーターにまとめて乗せられて、上階へと上がっていった。
緊張に誰も言葉を発することができない内に、やがてエレベーターは速度を落とし、扉を開いた。そこから真正面、5メートルほど行った先の突き当たりに、高さ3メートルはある、豪華な装飾を施された扉があった。扉の前に立つと、先導していたマガトが、緊張した面持ちで、扉をノックした。
「誰だ?」
低い、だがよく通る声が返ってきた。
「マガトです。連絡したとおり、ガーディとその連れを連れてきました」
「おう、入れ」
返答と共に、扉が音も立てずに、横開きに開いた。
背後の兵士達に銃口で押されて、真悟達はマガトとガーディと共に、部屋の中に入った。
広い部屋だった。二十畳程はあるだろうか。外とは違い、壁には様々な絵の具を使い、複雑な紋様が描かれ、そこに所狭しと銃器や刃物、多様な武器が飾られていた。
左右の壁には人型の鎧が、等間隔で五人ずつ並んでいた。ロボットなのか、筋電装甲の類なのかは分からないが、真悟達が歩を進める度に首がわずかに動き、真悟達を視界の中心で捉えているのは見えた。少なくとも壁の武器とは違い、コレクションではないらしい。
正面には大きなローテーブルと、柔らかなソファが来客用として用意されている。そして正面の奥には、鮮やかな装飾の施された木製の机に、同じ様式の装飾が施された豪勢な椅子があった。そこに身を預け、長い金属の足を机の上に乗せた姿勢で、体を鋼で包んだ異形が真悟達を値踏みするように、異形の瞳で見つめていた。
「お連れしました、ボガロ」
マガトの声は震えていた。椅子に座ったまま、ボガロは頷いた。
ガーディの姿かたちから、同じ亜神であるボガロの姿を、真悟は何度か想像した事がある。だが、その姿は想像以上に禍々しかった。
座っている為に正確な数字は分からないが、身長は二メートル五十はあるだろう。爬虫類と人を足し合わせたようなその姿は、ガーディと同じく全身が金属で構成されている。
巨大なワニやトカゲを思わせる、長く突き出た顎。細かく全身を覆う金属の鱗は濃緑色に輝く。人間と比べるとバランスが悪いほどに長い手足の先には太く長い指が生え、手持ち無沙汰だと言いたげにせわしなく動いていた。
ボガロは真悟達を舐めるように見回した後、ガーディに目をつけて凶悪な笑みを見せた。
「よう、兄弟!」
異形の顔を歪めて、ボガロが明るく声をかけた。彼のうわさと過去のいきさつを知らなければ、思わずつられて微笑んでしまいそうな口調だった。機械でできているというのに、ガーディもボガロも皆表情が人間くさく、多彩に形を変える。亜神とは皆こうなのだろうか、と真悟は思った。
「くつろいでくれよ、兄弟。クッションでも用意しようか?」
「このままでいい。座って落ち着いたところに、銃でも撃たれたらたまらない」
「俺が兄弟にそんな事するわけないだろう? 今はまだ、な」
ボガロはそう言うが、周囲に並ぶ兵士達には気の緩みは全くなかった。ボガロが指を軽く鳴らしただけで、兵士達はいつでもガーディを蜂の巣にしようとするだろう。真悟達をやるなら、なおさら簡単だ。
「そこの人間共も、さっさと座りな」
打って変わって有無を言わさぬ口調で言われ、真悟達はそれぞれソファに座った。どこから手に入れたのかは知らないがかなりの高級品らしく、座るとまるで羽に包まれるように心地がいい。だが猛獣と銃器を前にしていては、落ち着く事は到底できなかった。
全員が座っても、ガーディは扉とローテーブルの間にあるスペースから動こうとはしなかった。
「一度私を殺したという相手をそう簡単には信用できない。このまま話をさせてもらう」
「ま、勝手にしな。しかし殺したどうこうだなんて文句を言うのは、筋違いってもんだぜ? なんせ殺しあうのが俺達亜神の定めってやつだ」
ガーディが眉を上げた。今のガーディにとっては最も重要な話題だ。ボガロの何気ない言葉が気になって仕方ないのだろう。
ボガロは机から足を下ろし、ゆっくりと立ち上がった。背が真っ直ぐ伸びないのか、ひどい猫背のまま、巨木が風に揺られるように上体を揺らしながらのっそりと歩く。真悟達が自分をどう見ているのか、ゆっくりと観察しているようだった。
「こいつらがお前の報告にあった、ガーディと共に行動していたガキ共か」
「はい……」
ボガロの言葉を、マガトが肯定する。ボガロは口を開き、喉奥で蛇が威嚇するようにかすれた声をあげた。細かい刃のような牙が並んだその顎を見ていると、人の首など一噛みで切断してしまいそうだ。
ボガロは手を上げると、長い指で確認するように一人ずつ指差していく。
「こっちの二人がサクマと一緒に、地球から飛ばされてきた奴ら。そっちのメスはマガトが度々世話になってるアーウィ。で、そっちのチビはエル・トパル人か。名前は何だったかな。まあいい」
ボガロは愉快そうに肩を揺らしつつ、扉の傍の壁に体を預け、ガーディと向き合った。
「こんな連中と一緒に行動してるなんてなあ、兄弟。話は聞いていたが、まるで別人だな、お前さん」
「あいにく、私にはお前に殺される前の記憶がないものでね」
「ほう……そりゃ面白い」
ボガロの腰から生えた、背よりも長く、人の胴より太い尾が波打ち、床を打った。腕を組んで面白そうに、ガーディを見下ろす。
「なるほどな。どうもガーデウスの姿が消えてからというもの、部下が遭遇した際のお前さんの行動がおかしいから、気にはなっていたんだ。俺に会って話がしたいって言ってたのも、これで納得がいったぜ」
「そもそも、我々亜神とは何なんだ? 何故私達が戦わなければならない?」
「そこからかよ。簡単さ、俺達が神になる為だ」
突然出たスケールの大きな言葉に、真悟は目を瞬かせた。他の皆も同じ気持ちだったらしい。声には出さないまでも、訳の分からないと言った表情を浮かべている。
ボガロは気にせずに話を続けた。
「俺達は物心ついた時、自我を得た時からここにいた。昔のカーマ・ガタラには俺以外にも、お前さんや他の奴ら、それこそ何十という亜神がいた。そして俺達には、生れ落ちた時から一つの指令というか、命令が与えられていた。
『お前達は神に次ぐ者。お前達に告げる、皆殺しあえ。知識を、体を、力を奪え。最後に残ったただ一人のみ、神となる資格を得る』ってな」
「神に次ぐ者……。だからあんた達は亜神と自称するのか」
「そうだ。その声に従い、俺達は戦ってきた。何故と問う奴はいない。それが正しいと信じるからだ。カーマ・ガタラには定期的に、他の星から町が切り抜かれて送られてくる。これも声の主が仕事をしているんだろうよ。そこにある機械技術を奪い、戦った相手の体を自身の血肉として、俺達は戦ってきた」
「そんな大規模な事を行ってこの世界を、カーマ・ガタラを作った声の主とは一体何者なんだ?」
「知らん。時々考えはするが、答えの出ない事については興味が沸かないんでな。そして、亜神の残りが両手の指で数える程度になった頃、お前は死んだ」
「お前達が殺した」
ガーディの表情が険しくなる。ボガロもその気配を察したのか、体中に緊張が満ち、組んでいた腕を動かしやすいように軽く緩める。鋭く細められた双眸は、ガーディを真っ直ぐ貫くように睨み付けていた。
真悟の背筋に冷たいものが走った。今目の前で静かに行われているのは、この場で最も強い存在二匹が戦うか否か、それを決める為の話し合いなのだ。
竜巻を前に何もせず、座っている気分だった。早くその場から離れなければ、こちらも被害を受けるかもしれない。
ボガロがゆっくりと目を閉じて微笑みながら、敵意はないとばかりに手を軽く上げた。
「……よせよ、兄弟。まだ話の途中だろ」
「分かった、話の続きをしよう。お前達は殺した亜神や飛ばされた町の技術を奪い、力にしていったと言ったな。ならば何故、私の死体を奪わなかった?」
「まあ情けない話だが、仲間割れさ。今の俺達みたいに基本体と巨大な戦闘体、二つを共に破壊しなければ亜神は死なない。だがあの時、基本体は見つからなかった。それで、お前を殺すのに手を貸した連中の内で、誰かがお前さんを助けたんじゃないか、もしくはお前を食っちまったんじゃないかと疑い出してな。結局、全面抗争を避ける為に、ガーデウスを放置し、基本体が見つかってからもう一度処分というか、取り分をどうするか考えようという話になった」
「そうしている間に、私は蘇った」
「驚いたねぇ、そりゃ。死人が生き返った所なんて見た事がない。亜神となりゃ尚更だ。だがよ」
ボガロが両手を胸元で叩いた。鉄板をたたきつけたような音が室内に鳴り響く。
「過ぎた事は過ぎた事だ。きれいさっぱり忘れちまって、新しい未来を考える事にしようぜ」
「未来?」
「そうよ、未来さ。どうだ、俺と組まないか、兄弟?」
驚愕が部屋を包んだ。マガトは呆然とした顔でボガロを見つめ、葵や啓一は想像していなかった言葉に口が塞がらず、ガーディすら目を見開いた。
数秒、空気が固まったのを、マガトが恐る恐るといった感じで破った。
「ボガロ、そりゃ一体、どういう事なんですか……」
マガトが凍りついたように言葉を止めた。
ボガロの雰囲気がまるでスイッチを切り替えたように、凶悪な気配を全身から撒き散らす。瞳は今にもマガトを引き裂くかと思う程に鋭かった。
「黙ってな。俺は今、兄弟との久しぶりの会話を楽しんでるんだからよ。
「は、はい……」
かぼそい同意の声を絞り出すマガトに頷くと、ボガロはすぐに、先ほどまでの傲慢な自信家の顔に切り替えた。
この切り替えの早さこそ、ボガロの本性なのかもしれない。状況次第、気分次第で、目の前で話している親友でも首を切り落としかねない。そんな次の瞬間に何が起きるか分からない危険性が、彼にはあった。
「どこまで話したかな。そう、俺と組もう、兄弟。俺達が組めば無敵だ。他の亜神共を皆殺しにしてやろうぜ」
「亜神は最後の一人まで殺しあわないといけないんだろう? なら最終的には私達も殺しあう事になるんじゃないのか?」
「その時はその時さ。それまで共同戦線を張るって事でも俺はかまわん」
「はっきり言わせてもらうなら、今の私はあんたを信用してない。あんたは私を一度殺した。二度はないと何故言える? 利用されるだけされて消されるんじゃないかと、思わずにいられないね」
「今生きてるんだから、過去の事なんてどうでもいいじゃねえか。昔の事は水に流そう。大体お前も、殺された時の事なんて覚えてないんだろう? じゃあ俺も忘れる。さあ、これで二人の関係はきれいにまっさらだ。親友からやり直そうぜ、兄弟」
大仰に手を動かし、どうにか気を引こうとジェスチャーをするボガロの姿は酷く胡散臭い。だが万華鏡のように姿を変えるボガロの表情を見ていると、奇妙な親しみやすさを感じるのも事実だった。
(近寄りすぎちゃいけないタイプだな)
下手に関わったり踏み込もうとすると、その親しみやすさは簡単に牙をむく。
頭痛が激しくなって、真悟は奥歯を強く噛んだ。ボガロの言葉の一つ一つが引き金となって、この男は危険だと頭の奥底が悲鳴を上げている気がした。
「亜神達の戦いも最終局面に来ている。生き残っている亜神はもう何人もいない。お前さんがどう行動するかは、カーマ・ガタラ全体に影響するだろうよ。さあ、どうする?」
にやけるボガロの顔を、ガーディは真っ直ぐ見つめ返していた。
次回:26日予定




