25.奇巌に囲まれた町
「やっぱりよ。いつかはこうなるんじゃないかって思ってたんだよ、俺は」
何度目になるかも分からないぼやきが、啓一の口から漏れた。
「そうだね」
リテルが適当に相槌を打つ。その顔には『いい加減飽き飽きだよ』という気持ちが言葉以上に表現されていた。
これも何度目になるか分からない、啓一の言葉が続いた。
「あいつが俺達の味方じゃないのは分かってた。そりゃ、俺達を助けてくれたりはしたし、それは感謝してるさ。だけどよ、それも結局自分の利益になるからだろ」
「そうね」
葵の相槌はさらに雑だ。延々と続く啓一の愚痴を、真悟達三人が受け流しながらの旅がどれほど続いているだろうか。
車輪が回り、砂利を噛んでガラガラと音を立てながら荷台を揺らす。獣車に揺られながら目的地を目指すのどかな旅だった朝とは違い、現在は残念ながら手足を拘束された状況だ。
朝乗ってきた獣車はマガト達に奪われ、真悟達は手足を拘束されたまま、別の獣車に乗せられた。獣車の周囲は、生き残っていたタスカーの群れが輪形に陣を組んで並行して歩いている。例え手足の錠をはずす事ができたとしても、荷台から飛び降りて走って逃げるのは不可能だ。それこそ空を飛ぶしかない。
ルーターの市場や神谷市からは離れ、真悟達を載せた獣車は北へと向かっていた。車の進行方向から考えて、行き先は恐らくボガロの拠点だろう、と葵が語っていた。
ガーディの姿は荷台にはなかった。真悟達の前を進んでいる別の車に乗り、同じく前の車にいるマガトから、ボガロについての話を聞いているらしかった。
(ボガロ……)
真悟は心中でその名を繰り返した。
ガーディと同じ亜神であり、周辺の町を支配する者の名。無数の兵隊を従え、性格は凶暴で敵には容赦せず、味方からも恐れられているという。
「ガーディがあそこでガーデウスを呼んでくれりゃあなぁ。タスカーなんぞ楽勝だったろ」
「もうその辺にしとこう。ガーディにはガーディの考えがあるんだから」
真悟は半眼で啓一を見ながら答えた。葵とリテルが真悟に目で訴えかけてくるのもあったし、真悟自身もいい加減に啓一のぼやきにもうんざりしてきたところだ。
「ガーディに記憶がないのは知ってるだろ。その昔を知ってる奴がいるっていうなら、そりゃ会ってみたくなるさ」
啓一は納得いかないと言いたげに眉をひそめた。
「だけどよぉ。それならそれで、ガーデウスでタスカーどもをぶちのめして、そっからボガロのところに殴り込めばよかったじゃねえか」
「そもそもお前が捕まってたんだろ。あのままガーディが暴れてたら、最初にタスカーに殺されてたのはお前だぞ」
「あー……いや、それを言われるとまあ、そうだけどよ」
あの時の事を思い出したのだろう、啓一の勢いがトーンダウンする。その隣でリテルも悄然とした姿を見せた。
「ごめんなさい、アーウィ。僕らのせいで戦えなくなっちゃって」
「気にしないの。まだ私たちは生きてる。大事なのは過ぎた事より、これからの事よ」
リテルと葵の姿を見て、啓一は完全に勢いをなくした。ため息をつくと、荷台の隅に体を預ける。
「悪かった。ちょっと暇をもてあましてたもんだからよ。変な事考えちまった」
「気にしてないよ。とりあえず葵ちゃんの言う通り、まだ生きてるんだ。これからの事はこれから考えるしかないよ」
真悟は車の周囲を見回した。
すでに車は町からは離れ、深い森の中に入っていた。車が通っている獣道の左右は鬱蒼とした木々が立ち並び、背の高い木々から生えた、刃物のように鋭く長い葉が空を覆う。その隙間から漏れ出る太陽の光が万華鏡のように輝いていた。光は地面に落ちて、畦道を囲う草花の茂みに陰影を作っていた。
日本では見ることのできない木々と光によって構成された光景は、幻想的ですらあった。状況が状況でなければ、観光気分で楽しめた事だろう。
背後から地を駆ける蹄の音がした。そちらに目をやると、全身を機械化したサイボーグ馬に乗った佐久間が、マガト達がいる前の車両から離れてやってくるところだった。
「嫌な奴が来たぜ」
啓一がぼやいた。
馬は器用に向きを変え、真悟たちの車の側面に並ぶ。佐久間は真悟達の顔を見て、口元を吊り上げた。
「よう。ずいぶんと楽しそうだな」
「佐久間先輩……」
「あー、後輩を化け物に売り飛ばすようなろくでなしが近くに来たからよ。楽しい気分が台無しだぜ」
嫌味ったらしく言う啓一に佐久間の顔がひきつる。眉をひそめ、歯をむき出しにして苛立ちを口にした。
「舐めた事言ってんじゃねえぞ、てめえ。殺されたいのかよ」
「偉そうな事言うなよ。ボガロの使いっ走りの癖して」
「よせ、啓一。わざわざ喧嘩を売りにいくなよ」
いらつきを隠さずに顔を背ける啓一に、佐久間は同じく怒りを隠さず、吐き捨てるように言った。
「どうせボガロに会うまでの命さ。あの虎が何を言おうが、ボガロがお前らを生かしておく訳はねえ。敵対した奴は皆殺しがボガロの考えだからな」
「佐久間先輩。なんでボガロなんかに従うんですか。あいつは人殺しだ。あいつが使ってるタスカーに、研究室のみんなも殺されたんですよ?」
「お前が言うんじゃねえよ!」
怒声が響いた。怒りの感情をむき出しにした佐久間の血走った目が、真悟を刺さんばかりに睨みつける。
「お前のせいなんだぞ。お前があの機械の球を見つけたから、お前があれを動かしたから、俺達はこんなところに飛ばされちまったんだ。みんなが死んだ?お前のせいなんだよ!お前があいつらを殺したんだ!」
真悟は何も言い返せなかった。真悟の顔に怒りをぶつける気も失せたのか、佐久間は唾を地に吐いた。
「ボガロから許しが出たら、俺がお前を殺してやる」
馬を駆り、前の車へと戻っていく佐久間を、真悟はただ眺めていた。
佐久間の言葉には一片の真実があった。真悟が見つけた球体が、真悟が触れた事で起動しなければ、研究室の皆がカーマ・ガタラに飛ばされる事も、タスカー達に殺されることもなかった事だろう。
例えあの球体が一体何なのか、真悟達は何故飛ばされなければならなかったのかが分かったとしても、その事実からは逃れる事はできないのだ。
真悟の心中を感じ取ったか、啓一が先ほどとは違う、神妙な口調で声をかけた。
「あんな奴のいう事なんて気にすんなよ。どうせお前がアレを見つけてなかったら、俺か彰子先輩が見つけてたさ」
啓一のフォローに真悟は曖昧に頷いた。
前方からに差す光が強くなってきていた。森の中の行進が終わりを告げようとしていた。
森を抜けて視界が開け、眩しさに真悟は顔をしかめた。そのまま車がゆっくりと速度を落とすのを感じながら、真悟も前方に広がる光景を、次第に認識しだした。
真悟の口から、思わずため息がこぼれていた。
「ボガロの拠点よ」
葵の声は緊張で若干硬くなっていた。
眼前には、巨大な巌の林があった。大小様々な巨岩が全身に緑をまといつつ、地面からいくつも生えて、巨大な枯山水を描いている。その様は、山をも跨ぐ巨人達が岩のドミノを並べて遊んでいたとか、天から神が間違えて神殿の柱を落としたなどと言われても、思わず納得してしまいそうだ。
車は坂を下り、岩の林に向かっていく。その岩の一つの周囲に、巨大な町が作られているのに、真悟は気付いた。
高さは四百メートルほどあるだろうか。四角柱の塔を思わせる形状をしている。周囲とは違って表面に苔や木々を生やしておらず、青白い岩肌を見せている。その周辺は半径二百メートルはありそうなクレーター状の窪みがあり、そこに石造りの四角い家々が放射状に立ち並んでいた。
「見て、あれ。車が入ってく」
いつの間にか真悟の隣にいたリテルが、荷台から身を乗り出しながら顎をしゃくった。
町の中央にある岩の付け根の部分に目をやると、リテルの言っていた事が分かった。付け根の部分に巨大な金属の扉が開き、獣車が何台も出入りしているのが見えた。
これはただの岩ではない。中身をくりぬかれ、削られた、巨大な石の城なのだ。恐らくこれも、どこか異星から飛ばされてきた町のひとつなのだろう。
「奇巌城みたいだな」
真悟は思わず呟いた。子供の頃読んだ冒険小説に出てきた怪盗が拠点とする、巨大な巌の内をくり抜いて作られた要塞の渾名だ。
果たして今回、眼前の城の中にいる亜神は、小説の怪盗ほどに話の分かる人間だろうか。
残念ながら、期待はできそうになかった。
次回:24日予定




