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24.ルーターの取り引き

 ゆらゆらと、松明の火が揺れている。集落を照らす為に建物の外壁に設置された無数の松明が、集落の通りを昼のように照らしている。いつも以上に多く焚かれているその火の一つを、彰子はじっと見つめていた。


 灯りのない夜の闇は、人の心の奥底から言い知れない恐怖を呼び覚ます。使い古された表現だが、カーマ・ガタラに来て以降、彰子はそれを実感していた。彰子の住んでいた、日本の整備された都市部では体験できない類の闇と静寂だ。店の明かり、街灯の明かり、車の排気音。深夜でも当然のようにあった全てがここにはない。夜に一人でいると、体が闇の中に溶けていくような錯覚すら覚える。

 この集落に来てからというもの、灯りの下に人が集まっているというだけで、どれ程安心できた事か分からなかった。


 だが今日は、その安心もどこかへと消えうせた。今、ここには真悟も啓一もいない。

 真悟達が買い出しに行った市場がボガロに襲撃されたという情報を受けたのは、日没の直前だった。帰りが遅いと皆が心配していた頃、ちょうど付き合いのある行商人が集落を訪れ、状況を説明してくれたのだ。


 集落に情報はすぐに広まった。中立地帯だったはずの市場がタスカーの群れに襲われ、多くの人が殺され、拉致され、商品が奪われたのだという。真悟達の消息は不明で、殺されたのか、それとも捕らえられたのかも分からない。


「里村くんもいるし、ガーディもいるじゃないか。きっとみんな無事さ。すぐに帰ってくるよ」」

 そういった嵯峨も、今後の対応の為に議会で話し合いの真っ最中だ。ボガロの襲撃に対して警戒態勢を取るという事で、今夜は普段よりも見張りの量が増えていた。

 ルーターの市場にまで手を出したボガロの欲は留まる事を知らない。次に狙われるのはここかもしれない。そうなった時にはどう対応するべきか、皆困り果てている事だろう。


「ショーコさん。大丈夫ですか?」 

 振り返った先に、リテラがいた。背後の通りをせわしなく行きかう人々と同じく、その顔は緊張に硬くなっている。朝、市場にリテルを送り出した時の陽気さはどこにもない。


 彰子はできるだけ明るい顔を作って頷いた。

「ちょっと考え事してただけ。大丈夫」

 ただ一人残った同族である弟の消息が不明なのだ。不安の度合いは彰子よりも大きいことだろう。そんな子に心配される程なのだから、先ほどまでの彰子の顔は、自身が思うよりも酷い事になっていたようだった。


「リテラは早めに休んだら?気を張ってたら持たないよ」

「眠れないんです。寝てる間に何かあったらって思うと、怖くて……」

 弱々しげなリテラの顔は酷くいじらしい。このままリテルが帰って来なければ、彼女は異界の地でたった一人で生きていく事になる。


(私がついてあげなきゃ)


 強くなろうと思った。小さい異星人の友達のために何とかしてやろうと思うと、夜の闇がもたらす不安も恐怖も、押さえ込める気がした。そしてここまで彼女を追い詰める者に対して、怒りがこみ上げるのを彰子は感じていた。


 突然、甲高い笛の音が頭上から鳴り響いた。

 リテラが体を硬くする。周囲の人々も何事が起きたのか、不安にざわつき始めた。

 外に何者かが現れた、非常時に鳴らす伝令の笛だという事は、彰子も教えられたので知っている。

 バリケードの向こうにいる者を想像して、彰子も緊張に思わず自分の体を抱きしめた。

 集落を囲う壁と見張り台を兼ねたビルの窓から、男が上半身を出し、慌てた様子で声を上げた。


「誰か!議員達を呼んできてくれ!」


―――・―――


 集落の中央を走る大通りの両側に、町の人々が大勢集まってきていた。通りには集落をまとめる議員達が集まり、訪問者を出迎えようとしている。

 伝令によってひとまず敵の襲撃ではない事は分かりはしたものの、議員達が出迎える程の大事が起きている。昼の襲撃とあわせて、人々の不安は高まっていた。


 表門の周囲に置かれたバリケードが左右にどけられ、重く大きな門扉が内に開かれる。その先に、来訪者が姿を現した。


(……馬車?)


 大勢と同様に通りの端から顔を覗かせた、彰子がまず感じたのはそれだった。


 アスファルトの道路に、岩が叩きつけられるような蹄の音を規則的に立てながら、二頭の四足獣が四角い車を引いている。

 松明の火を浴びてオレンジ色を帯びた銀色の車体には御者はおらず、四方に窓がついているが中の様子は外からは分からない。地球の馬によく似た姿の動物は全身を鎧のように銀の板で覆われ、こちらも火の色に煌いている。装飾は簡素だが、その外見には勇壮な騎士を乗せる戦馬のような趣があった。


(……?)


 奇妙なものに気付いて、彰子は目を細めた。

 動物は鎧を着込んでいるわけではない。よく見ると、板の端々は体の肉に食い込んでいる箇所が見受けられ、板と板の隙間からはコードのようなものも見える。あの動物はタスカー達と同じく、体に機械を移植された、いわばサイボーグ馬なのだ。

 それに気付くと、先ほどまで感じていた格好の良さも反転し、むごさが先立って見えた。


 議員達の手前二メートル程まで来たところで、馬車は足を止めた。五十台、六十台の老人が多い議員達が、その顔は緊張の色を隠せないでいる。

「やあ、神谷市の皆さん。お出迎え、ありがとうございます」


 馬車の中から、まるで機械のように抑揚のない男の声がした。続いて重苦しい音で扉の錠が外れ、空気が漏れる音と共に扉が横にスライドして開く。車内の床が外に伸びると、その上に車椅子が、姿を現した。白磁のような艶を持った金属板で構成された土台の上に、マッサージチェアのように柔らかそうな革張りの座席、そしてそれに座るのは一人の男。


「……ッ」


 思わず彰子は悲鳴を上げるところだった。男の全身は包帯に覆われ、顔の目にあたる箇所に巨大なレンズが備え付けられている。羽織ったコートから覗く手足は枯れ木のように細かった。

 議員の中で最年長の男が、一歩前に出た。


「ルーター、何故、あなたがこのようなところに……?」

「そんなに気張ることはありません。今日のところはあなた方と敵対する為に来たのではない。少なくとも当分はそんなつもりなどありませんから、ご安心を」


 細く長い手を上げて軽く挨拶を交わしたルーターの口調は穏やかだ。だが議員だけでなく、周囲の人々も、見た目の不気味さ以上の恐怖を、目の前の車椅子の男に感じているのが、彰子には見て取れた。

 彰子は隣のリテラに声をかけた。


「ねぇ、リテラちゃん。あの人、一体何者なの?」

「ルーター、って呼ばれてます。今日リテル達が行った市場の元締めです。敵に回したら亜神の次に怖い人だって、アーウィが言ってました」


 そんな二人の会話や周囲の恐怖や好奇に満ちた視線を、ルーターは気にもしていないらしい。枯れた手が車椅子の肘当ての先についた球体に触れると、車椅子は音もなく滑らかに前へと進み、議員達の前に近付いた。


「率直にお話ししましょう。今日の昼、私の市場で起きた事件の事は知っていますね?」

「もちろんです。私達の中にも被害に合い、行方知れずになった者がおりまして。現在、今後の対応を考えているところです」

 最年長の議員の言葉に、ルーターは意味深に頷いた。


「そうでしょうとも。私の調査によりますと、襲撃の首謀者はボガロ。奴の動きは日増しに凶暴になっており、私も困っております。しかし奴は亜神の一柱。私単独では対抗するのも大変です。失礼ながら、あなた方のような弱小の集落となれば、対処法は非常に限られている事でしょう」

「ええ……。お恥ずかしい事ですが」

「いえいえ。さて、そこで提案です。ボガロは私の市場に手を出した。もはや私と、私の市場と、私の市場に関わる者にとって共通の敵です。そこで我々人間同士で手を組み、奴に対抗しようと考えているのです」


 どよめきの声が上がった。亜神に立ち向かう。あの機械仕掛けの巨人に対抗するなど、果たして人間にできるものなのだろうか。彰子には方法などまったく思いつかない。


 だが、ルーターは気にせず続けた。

「今こそ我々は、早急に手を打たなければなりません。ボガロは今、復活したガーデウスを手中に収めようと行動しています」

「ガーデウス!?」

「そうです。私もガーデウスの事を知ったのは今日の事です。今日、彼が私の市場で少しばかり暴れたものでね。ですから、ガーデウスがボガロと手を組む前に、我々が何としても奴の手からガーデウスを奪い取らねばなりません。すでに他の集落にも声をかけています。我々の手で、亜神に対抗するレジスタンスを結成するのです」


 ルーターの言葉に、議員も市民もあっけに取られていた。だがそれだけではない。彼の無機質な言葉に、誇大妄想じみた計画に、惹かれ始めているのを誰もが感じていた。

「必要な武器、資材、あらゆるものに関して、私は協力を惜しみません。いかがですか?」


 誰も断るはずはない。ルーターがそう感じているように、彰子には思えてならなかった。

次回:23日予定

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