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23.罠

 真悟たちの車は市場の西にある広場に置いていた。街の石畳がなくなった先からは数メートル先もよく分からないような深く暗い森が広がっているが、その一画だけは木々が抜かれ、車を止められやすいように砂利を敷き詰められている。そこに市場を利用する者たちの乗り物が並べられていた。

 真悟たちの乗ってきた荷馬車はすぐに見つかった。停めていたディフは酷くおびえているようで、せわしなく動くせいでロープで繋がれた杭がぐらぐらと揺れている。市場での騒ぎがここまで聞こえてきたのだろう。ストレスを感じて当然だ。


「高原君とリテルはまだ帰って来てないの?」

 葵が尋ねた。真悟が周囲を見回しても、人はいなかった。ほとんどの人はタスカーから逃げ回ったり抵抗するのに精一杯で、ここまで来れた者はいないのだろう。


「やっぱりまだ街の中にいるのかもな。大騒ぎだったし、逃げ切れてないんだよ、きっと」

「じゃあ、助けに行かなきゃ」

 葵の決定は早かった。真悟は顔を上げ、先ほどまで自分達がいた場所に目をやった。半球形の屋根と円錐形の塔が立ち並ぶあの町中から、二人を探すとなると大変な作業になりそうだった。

(まあ、やるしかないか)


 あっさりと心に決めて、真悟は荷台に駆け寄った。今悩むことに意味は見出せない。意味がないなら不安は切り捨てて、やるべき事を考えたほうがいい。

 幼少期からの頭の切り替えの早さは、真悟の美点であり短所の一つだった。


「武器を持っていこう。まだタスカーはいるだろうし、使えるものは全部持っていかないと」

「しょうがない。ルーターが何て言うかな」

 軽くため息をついたが、葵はそのまま荷台の上に登った。荷台の隅に置かれていた、布に包まれた巨大な箱のようなものに近付く。固定用の紐を外して布を引っ張ると、脚を折り曲げた体育座りの格好をした形で、カルラが姿を現した。


「真くんは榴弾をいくつか持ってて。杖で撃つよりまとめてやれるから。ガーディは何かいる?」

「ガーディじゃ手に持てないだろ?」

「運ぶ方法なら私にも色々ある。舐めないでもらおう。お前もさっさとその筋電装甲を着るんだな」

「まあまあ……」


 真悟が使えそうな武器を漁り出した時、木陰がざわついた。

「そこまでだ。動くな」

 声がした時には、既に影が動いていた。銃声が鳴り響き、真悟の耳元を何か熱いものが閃光と共にかすめた。それと同時に周囲の木々をかきわけて現れたタスカーの群れが跳ぶように走り、真悟の荷馬車を幾重にも囲む。


 その集団を率いるようにして、木々の奥から男が二人姿を現した。痩身の男と、巨大なゴーグルをつけた、横に太い体をした岩のような男、格好は対照的だが武器は同じ、長方形の板に握りの部分をくりぬいたような形のライフルを持っている。


「マガト……!」

 葵の憎らしげな声に、痩身の男が頷いた。先日のオーダ・ジャーガの一件ではいつの間にか消えていたが、やはり生き延びていたらしい。


「全員、荷台から降りな。変な動きをしたら撃ち殺す。個人的には、アーウィはやりたくはないんだがな」

 マガトと隣の男に銃口を向けられて、葵と真悟はゆっくりと荷台から降りた。たった30センチ手を伸ばせば届く武器の数々を前にして、動けないのが酷くもどかしい。

 ライフルを構えながら、二人が近付いてきた。余裕ぶったマガトとは別に、隣の男は真悟を見ると反応を変えた。今にも噛み付きそうな程に歯をむき出しにする。


「本当に、お前も生きてたんだな」

 苛立ちを発散するように、銃口を真悟の胸元に擦り付ける。何の事を言っているのか分からず、真悟は眉を寄せた。

 三メートル程離れたところで、男達は止まった。真悟が何も気づかない事に業を煮やしたか、小男がゴーグルを外した。


「……佐久間先輩」

「覚えたのかよ。てっきり忘れられてるもんだと思ってたぜ」

 自嘲気味に佐久間が鼻を鳴らす。

「他の人たちと一緒に、死んだと思っていました。タスカーに襲われて」

「生きてたよ。お前らが俺を無視して逃げた後、俺はタスカー共にずっと追われていた。そこを、ボガロ様に助けられたのさ」


 佐久間は銃口を真悟の胸元に向けた。その目には怒りと憎悪があった。指をかけなくても、その気配だけで引き金が引かれるのではないかと思う程だ。

 真悟がカーマ・ガタラに来てまだ数日だ。命の危険を感じる事は何度もあった。だが同じ人間に、ここまで憎悪の眼を向けられたのは初めてだった。


「よせ、佐久間。ボガロはこいつらにも興味を持ってるんだ。下手に傷でもつけたら、ボガロの逆鱗に触れるぞ」

 近寄ってきたマガトが、佐久間の肩に軽く手を触れた。佐久間が不満そうに顔を歪める。

「馬上はともかく、そっちのアーウィって女は危険な奴なんでしょう?脚の一本でも撃って、動けなくした方がいいんでは?」

「よせよせ。そんな事をしないで済むように、奴等を捕まえたんだろう?」


 マガトが空いていた右手を軽く上げる。すると動きに反応して、背後の木陰がざわついた。マガトの命令で従順に動くタスカーが、二人の少年を引き連れて現れる。

「リテル!高原!」

「わりぃ、捕まっちまった」

「ごめんなさい、アーウィ……」


 両手を上げながら歩くリテルと高原の二人の首筋には、タスカーの手から生えた、鈍く光る銀の刃が突きつけられていた。

「人質ってのはいいもんだな。お前がそのアーマーを着たら面倒になるのは分かってたから、その対策としてわざわざ市場でお前らが別れて行動するまで待ったってわけよ。まさかあそこまで大事になって、連れてきたタスカーが半分以上消されるとは思わなかったがな」


 嬉しくて笑みが止まらない、といった風でマガトが話し続ける隣で、佐久間が無愛想に言った。

「荷台から降りな。手に持ってるものはその場に捨てろ。ゆっくりだ」

「……くそ」

 いらつきを隠さず、真悟達は車から離れた。周囲はタスカーに囲まれ、目の前に人質。仮に目の前の武器で応戦しようとしても、よほど上手く動かない限り逃げる事すら難しいだろう。そしてその場合、啓一達は殺される。


 逆転の手を見つけようと考えながら杖を地面に落とし、ゆっくりと歩く隣で、ガーディが一人、鋭い目をマガト達に向けていた。

 まさか、と頭にひらめくものがあった。


「おい、ガーディ……」

「それで、この後私をどうやって止めるつもりだ?」

 言うんじゃないか、と真悟が考えていた言葉を、ガーディはあっさりと口にした。

「ガーディ!」

 止めてもらおうと真悟は声を上げるが、当人は気にもせずにすらすらと言葉を続ける。


「確かにその二人は、私の隣にいる者達にとっては大事な存在だろう。だが私を止めるには役不足だ。彼らとは知り合ったばかりだし、その為に私の命をかけるつもりもない。多少の犠牲を払うことになっても、貴様らを皆殺しにした方が手っ取り早い。そうだろう?」

 発言の内容を証明するかのように、ガーディの首もとの宝石が、紅の光を帯び始めた。先ほどと同様に、ガーデウスを呼ぶつもりだ。


 佐久間が慌てて銃口をガーディに向けた。何かが起きると感じ取っているのか、周囲のタスカー達も騒ぎ出す。

「待て!ここであんたとやりあうつもりはないんだ!」

 マガトの全身からは汗が吹き出ていた。先ほどまでの余裕は完全に消えうせ、ガーディをどうにかして落ち着かせようと伸ばした手を震わせる。


「あんたの事はボガロから聞いてるんだ。あんたが欲しいものを与える用意が、ボガロにはあるんだぞ?」

「欲しいもの?あいにく私にはそのボガロがどんな奴かはよく知らないし、お前のボスが集めている人材も武器も権力も、私は求めていない。そんな私に一体何を与えるというんだ?」

 光は一層強くなっていく。今にもガーデウスの腕に握り潰されるのを恐れているのか、マガトは怯えに息を荒くさせながら、答えた。


「知識だ。あんたの知らない事を、忘れた事を教えてやれる。お前と俺達はいい仲間になれる。ボガロはそう言っていた。あんたとボガロは兄弟だからだ、と」

 数瞬の間があった。真悟の位置から、ガーディの表情は読み取れる。わずか数日の付き合いだが、ガーディは時に人間よりも表情豊かだった。だから真悟にも、マガトの語るボガロの言葉をどう捉えたものか、ガーディの戸惑いが見えた。


「お前が不思議な行動をとっている、ボガロはそう言っていたよ。人間に手を貸して、人間の為に戦っているなんてお前らしくない。ガーディに何かが起きている、だから自分の下に連れてこいと、俺達はボガロから命令を受けたんだ。ボガロはあんたに会いたがっているんだ。あんたがあの人の事を忘れているんなら、思い出す絶好の機会だ。な、頼むよ、ガーディ。俺達と共に来てくれ」


 必死に懇願するマガトの顔を、紅の輝きが照らした。顔中を首まで伝う汗が、光で赤くきらめいた。

 その場にいた誰もが酷く長く感じたその数秒後、光はあっさりと消えた。

「いいだろう。そのボガロという奴に会おう。ついていく」

「ガーディ……!」

「嘘だろ、お前ここでそれかよ」

 皆の口からため息が漏れた。啓一が天を仰ぎながら嘆息する。ガーディは気にせず、マガトに言葉を続けた。


「ただし、条件が一つある。彼らに手出しはするな。もし彼らに傷一つでもつけたなら、私は全てを諦めて、お前達を皆殺しにする」

「いいとも。俺だってあんたやボガロの怒りを無駄に買いたくねえ。ま、拘束くらいは許してくれよ?」


 マガトの指示を受けて、タスカー達が真悟達に近寄った。腕に取り付けられていた刃を収納し、手に持った金属製の手錠を使って真悟達の後ろ手に拘束していく。野獣のように暴れていたタスカーとは思えない繊細な動きだ。マガト達はタスカーに細かい指令を出す道具や手段を持っているようだった。


「そのうちこうなると思ってたぜ、俺は……」

 手錠の感触が不快なのか、手首を擦るように動かしつつ、啓一は渋い顔を見せた。

「大丈夫、なんとかなる……かは、ちょっと厳しいかな」

 

 少なくとも真悟が今までの人生で経験した中で、最も困難な状況の一つなのは確かだった。

次回:22日予定

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