22.エメラルドの竜巻
葵は走りながら銃を両手で構え、視界に入ったタスカーに向けて引き金を引いた。騒動の中でも耳まで届く軽快な炸裂音と共に、狙ったタスカーの上半身がはじけ飛ぶ。
「いいじゃないこれ!最高!」
興奮気味の声を上げながら、葵は二度、三度と引き金を引く。その度にタスカーは断末魔すら上げられずに絶命していく。
通りを横切り、塔と塔の間を駆け抜ける。後ろを振り向くと、目ざとく真悟達に気付いた数匹のタスカーが追いかけてきていた。緩やかな曲面で構成された塔の壁を、両手足の爪を器用に使って登り、左右から一匹ずつ、背後から二匹が追いかけてくる。
「ガーディ!左頼む!」
「まかせろ」
しなやかに四本足を動かして、ガーディは跳ぶように塔の壁面を駆け上った。突き刺そうとするタスカーの爪をかいくぐり、逆にタスカーの顔面をガーディの鋭い爪が引き裂く。支えを失い一撃でバランスを崩したタスカーは塔から転げ落ち、石畳に叩きつけられた。 負けじと真悟も右手の塔に登っていたタスカーに向けて、杖の引き金を引く。一発二発と外れ、塔の壁を破壊して大穴を開ける。
「くそ!」
はずした悔しさに思わず叫ぶ。三発目でようやくタスカーに当たり、タスカーは断末魔の叫びを上げつつ斜面を転がった。
タスカー達の動きは速い。こちらも走って逃げながらでは、めったやたらに撃っても当てるのは一苦労だ。
断末魔を聞きつけたのか、どの通りからもタスカー達が姿を現し、真悟達に向かって走りよってくる。群れをなして塔を登る者や、半球形の屋根をした家屋を乗り越えてくる者など様々だが、殺意と凶暴性は一匹たりとも変わらない。
目の前の交差点の角から現れたタスカーに向けて、真悟は杖の光を打ち込んだ。当たったタスカーは光の粒になって弾けるが、それをかき消して三匹のタスカーが現れる。いくら杖の威力が強くても、全てを打ち落とそうとする間に追いつかれ、食われるのがオチだ。
「数が多すぎる!どうしよう!」
「私がどうにかしよう」
「はァ!?」
ガーディの声に、葵が怒りと呆れの入り混じった声を上げた。
「ガーデウスを使うつもり?こんなところで使ったら街を奴ら以上に破壊しちゃうでしょうが!」
「安心しろ。そこは考えてある。まずは近くの路地まで走るぞ」
ガーディの反応はいつもどおり冷静だ。ガーディは先頭に立ち、十メートル程の高さの塔が立ち並ぶ通りに向かって走る。
真悟達を追いかけるタスカーの群れに向かって、真悟は杖の光を最大出力で放った。タスカーは狙わず、石畳に向かって放ったそれは予想通りの威力で爆発し、石畳と近くにあった奇妙な形の乗り物を吹き飛ばしてタスカー達に散弾となって突き刺さる。
タスカー達の怒声が真悟の背中に突き刺さった。逃げる時間は上手く稼げたが、このままだとすぐに追いつかれて八つ裂きにされそうだ。
家屋だった建物に囲まれて一直線になっていた石畳の通りは終わりを見せ始め、十メートルほど先に十字路が見えた。
「右に曲がれ!」
叫ぶと同時にガーディは加速し、先に通路を曲がる。真悟と葵は後を追った。ガーディの案に従うのが葵は悔しそうだったが、状況の打開策はどうやら見つからなかったらしい。
二人が曲がって五メートル程行った先で、ガーディは大きく広げた四肢に力をこめ、石畳を踏みしめていた。首の宝石は紅に光り、周囲を赤く照らしている。
ガーデウスを呼ぶ構えだ。
葵が驚きと困惑に目を見張った。
「ちょっと!」
「いいから、早く私の後ろに来い!」
背後でタスカーの声が聞こえた。考える暇はない。真悟は葵の肩を掴み、引っ張るようにして走った。
ガーディの隣を通り抜けた次の瞬間、ガーディの首の宝石が一際強く輝いた。
大砲が放たれたような轟音と共に、閃光の中から現れた巨大な掌が、通路を壁となって塞いだ。
「これが作戦!?」
真悟の驚きが思わず口を吐いて出た。いくらガーデウスが巨体でも、腕一本でタスカーを押し留めるなどできるはずもない。
タスカー達が角を曲がり、姿を見せ始めた。ガーデウスの腕にわずかに戸惑ったものの、隙間を通り抜けようと走り出す。どうにか迎撃しようと真悟は休息を訴える筋肉を無視し、杖を構えた。葵も同じく銃を構える。
突然、真悟の背後から突風が吹き荒れた。バランスを崩しそうになって踏ん張るが、風の勢いは一気に強くなっていく。
「きゃ!」
葵がいつになくかわいらしい声を上げてこけ、真悟も立っていられなくなって屈み、風の勢いを受けないような体勢を取る。
真悟は理解した。これは自然現象ではなく、ガーデウスが起こしているのだ。
風は一瞬で車すら吹き飛ばす豪風と変わった。ガーデウスの手全体を包むように形成されたエメラルドの輝きを持った結晶体は細かく砕け、風に乗ってタスカー達に襲い掛かった。
真悟たちの目の前数メートル先で、無数の輝く刃を秘めた竜巻が吹き荒れた。どうやって調整しているのか、真悟たちの受けている風とは数十倍も違う勢いを見せる竜巻はタスカーの群れを巻き込み、引き裂き、石畳を砕き、十秒程猛威を奮った後、嘘のようにあっさりと消え去った。
後には凄惨な破壊痕だけが残った。綺麗に並んでいた石畳は破壊され砂利のようになってあたりに散らばり、それに混じってタスカーだったものの残骸が所々に混じっている。惨劇は三人の目の前、半径数メートルの範囲に限定されていた。
静かだった。突然街中に現れた竜巻を目にした者は、タスカーさえもただ呆気に取られたのかもしれない。先ほどまで遠くから聞こえていた破壊音や叫びが聞こえなくなっていた。
ガーディが二人を振り返ると、いつもどおりの自慢げな笑みをにやりと浮かべた。
「どうだ。被害を最小限に抑えつつ、追ってくる奴らを全滅させたぞ」
「い、一体何なの、今の……」
同じく呆気に取られていた葵が、腹から何とか声を絞り出した。葵もガーデウスの力は知っているつもりだったのだろうが、今のは見た事がなかったらしい。
だが真悟には分かった。
「スレード・サイクロンだ」
葵が怪訝そうな顔で真悟を見た。気にせずに言葉を続けていく。
「ガーディがガーデウスの腕だけ出して、スレード・サイクロンを撃ったんだ。こないだのオーダ・ジャーガとの戦いで、ファントム・ハンドを使ってただろ。あれと同じエネルギーの結晶を竜巻に乗せて飛ばしたんだ。亜神は体内で生成したカーニエン粒子に指向性を持たせて放出する事で、今みたいに大気を操作する事もできるんだよ。地球の科学力じゃまずできない、とんでもない技術だ」
「……真くん、何でそんな事知ってるの?」
真悟は答えられなかった。オーダ・ジャーガの時と同様、ガーデウスが何をしたのか、何をしようとしているのか手に取るように分かった。だが何故分かるのか、それは全く掴めなかった。
真悟の気持ちを察したのか、葵は首をガーディに向けた。
「あなたが真くんに何かしたの?」
「まさか。だが考えられる事なら一つある。真悟、君と私が初めて会った日、どうやって私を目覚めさせたか覚えているだろう」
「ああ。そりゃ、あんなの忘れられるわけないだろ」
真悟は頷いた。あの日起きた出来事はどれもが鮮烈だった。特にガーデウスがタスカーの群れを相手に立ち回りを演じるあの雄雄しい姿は、忘れようとしても忘れられるものではない。
「あの時、君が私に触れて私は目を覚まし、しかし記憶を失った。君は私を目覚めさせ、そして私と同等の知識を得てきている。私と君の間で、ガーデウスを通じてある種のリンクが発生しているのではないか?」
「……要するに、俺から何かがガーデウスに流れこんだ事で、お前が目覚めた代わりに、お前の知識が俺の頭に流れ込んで、その余波でお前は記憶を失った、って事か?」
「そうだ。君はここに飛ばされる前に、何か奇妙な物体に触れたと言ったな?あれが私と君、両方に影響を与えているとしたら?現状では情報が少なすぎて、仮説などいくらでも立てられるが、何かが私達の間に起こっている。それは間違いない」
三人とも沈黙した。ここカーマ・ガタラに来てからずっと、時間が経つにつれて真悟の身に何か黒く淀んだ危険が染み付いてくるようだった。自身も知らない間に、知らない何かが迫ってきている。全てを理解した時、果たして無事でいられるのだろうか。
嫌な考えを頭から追い出すように、真悟は頭を掻いた。
遠くから聞こえる生き残りのタスカーの叫びが、止まった時間を動かした。目の前の危険を片付けはしたが、目的はまだ達成していないのを、全員が思い出した。
「馬車のところに戻りましょう。リテルたちも戻ってきてるかもしれない」
タスカーの声がしない方向を選びながら、スレード・サイクロンによって飛ばされた大小さまざまなガレキをよけつつ、三人は歩き出した。
一応被害は最小に抑えた、とガーディは言うが、果たしてルーターは納得してくれるだろうか。ふとそんな事が頭によぎったが、今の状況では考えても仕方のない事だった。
次回:21日予定




