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21.予想しなかった襲撃

 真悟達が建物の外に出た時、目の前はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 先ほどまでは和気あいあいとしていた市場の人々は突如として現れたタスカーの群れに襲われ、血の匂いと恐怖の叫びに包まれている。


「葵ちゃん、ここって騒動厳禁じゃなかったのかよ!」

「ボガロに言って!まさか奴がここまで来るなんて思わなかった。周囲の町を全部敵に回す事になるのに!」

 真悟が葵に声をかけるが、葵も困惑しているのが見ていて分かった。


 タスカーは目に付いた人々を襲い、邪魔な相手を殴りつけ、蹴り飛ばし、切り裂いている。商品の武器を使って戦おうとする者も何人かいるが、完全に不意をつかれた事もあり大勢は逃げ惑うばかりで、状況は劣勢だ。


 ガーディは周囲の状況にも変わらず、いつもと同じ冷静な口調で真悟に声をかけた。

「真悟、私としてはさっさとここから逃げる事を提案するね。奴らの狙いが何なのかは知らんが、わざわざ無意味な戦いに行く事はない」

「それにしたって、まずは啓一達を探さないと……」

 ガーディの言葉に同意したいのはやまやまだが、啓一達を放っておくわけにはいかない。迷子を捜すように、大声で名前を呼ぶというわけにもいかなかった。


 妙な感じがして、真悟はタスカーの動きを捉えようと意識した。その姿は確かに暴力的だが、真悟にはタスカー達の動きが、以前に見た時とどこか違って見えた。

(手加減してる?)


 最初に真悟が遭遇したタスカーには、人を殺すだけに飽き足らず、死体を弄ぶような残虐性があった。だが今回のタスカーにはそれがなく、何かを探すような素振りも見せている。その行動には、何か目的意識のようなものが感じられた。

 昨日葵が戦った時のマガトのように、ボガロの配下が指揮を執っているのかもしれない。


 真悟がそう思ったのを感じたように、タスカーの一体が真悟達に気付いた。銀の歯をむき出しにして笑って、間にあった屋台を蹴り飛ばし、一直線に駆け寄ってくる。

(やばい)

 出てくるまでに、何も武器を用意していなかった。ガーディの杖は手元にない。さっき買った刀は革で包んだままだ。葵も同じく反応が遅れている。

 間に合うか分からないが、素手よりはマシだと刀を引き抜こうとした瞬間、銀の影が跳んだ。


 飛び掛るタスカーの首元目掛けてガーディの牙が食らいついた。そのまま全身をひねって回転し、勢いをつけてタスカーの肉を噛みちぎる。その場で絶命したタスカーが力なく倒れた数瞬後、ガーディが全身を回転させながら宙を舞って鮮やかに着地し、肉を吐き出した。


「あ、ありがとう……」

 葵が数度目を瞬かせ、何とか声を出した。

「気にする事はない。お互いいい信頼関係を築く第一歩になったな」

 ガーディがしてやったとばかりに、にやりと笑った。自分の言葉を引用されて悔しそうに顔をしかめた葵だったが、すぐに気持ちを切り替えて腰から提げていた山刀を抜く。この状況ではルーターも、騒動厳禁とは言っていられないだろう。


「アーウィ!おい、アーウィ!」

 声のした方向を向くと、十メートル程先でザナーが真悟達に向けて手を振っていた。自分の屋台の下で屈み、小さい体をタスカーから隠している。

「ザナーさん!」

 真悟の声とほぼ同時に、葵がザナーに向かって駆け出した。真悟も慌てて後を追う。

 また一体のタスカーが真悟達に気付き、屋台の向こうから跳躍した。


「シィッ!」

 タスカーが降りてくるより早く、葵はタスカーに向けて山刀を放り投げた。勢い良く回転して飛んでいく山刀の刃は無防備なタスカーの喉笛を真っ直ぐ貫く。


 状況も分からないような表情をしたタスカーだったが、一瞬遅れて致命傷に体が気付いた。そのまま受身もとれずに落下し、痙攣して動きを止めたタスカーから、葵は刺さった山刀の柄を握りながら踵でタスカーの腹を打ち抜いた。動かなくなったタスカーを無視し、葵はそのまま走りながら引っこ抜いた山刀を振って血を飛ばした。

 惚れ惚れするような動きだった。往年の肉体派アクション映画のようなためらいのない、殺伐とした動きに気持ちが少しだけ引き気味になるが、これまで生き抜いてきた葵の強さはここでは誰よりも頼りになる。


 駆け寄った真悟達は屋台の陰に座り込むと、ザナーの髭面が出迎えた。

「お前ら、無事だったか。タスカーも建物の中には入ってなかったのか?」

「そうみたい。一体どうなってるの?」

「分からん。いきなりタスカー共が襲撃してきたよ。何人かタスカーに指令を出してる奴を見かけたから、偶然野良のタスカー共が集まったって訳じゃない。ボガロの部下だ」


 ザナーが嫌悪を隠しもせずに舌を鳴らした。

「今までどの亜神もルーターには手を出してこなかったんだぞ。ルーターを怒らせるのはボガロにとっても損だろうに、一体何を考えてるんだ?」


 答えを考える前に、絶叫が響いた。

 暴力に対する歓喜に叫びながら一体のタスカーが屋台を飛び越えて、真悟達の目の前に着地した。振り向いて真悟達を視界に捕らえ、腸から吐き出すような威嚇の叫び声を上げる。

「うわ!」

 飛び掛ろうとするタスカーに、真悟は無我夢中で持っていた刀を突き出した。向かってくるタスカーの勢いも合わさり、太い刀は先端からざっくりとタスカーの胸に突き刺さる。

 数瞬前とはまるで別物の、血が絡まった苦しげな断末魔の喘ぎを吐き出しながら、タスカーは絶命して倒れた。


 突然の展開に、脳がついていかなかった。ガーディの杖で熱線を撃つのとは訳が違うリアルな感触と血の匂いに、冷や汗が吹き出た。全身が凍ったように震えるのに、頭は燃えるように熱を増していく。

「これ……、これ、すごいね。もらってよかった、ほんと。ありがとう」

 自分でも何を言っているのかよく分からなかったが、とりあえず感謝の言葉が出た。

「お、おう。次もご贔屓にな」

「そんな事言ってる場合じゃないよ。早く逃げないとまずい」


 葵に言われて真悟は周囲の状況を確認した。屋台の陰から顔を出すと、まだまだ混乱が収まりそうにはない状況だった。人々は逃げるか応戦するか死ぬか、対応がはっきりしてきているようだ。大勢は通りから逃げ出そうと周囲の路地に入って逃げ出そうとしたり、建物の中に入ろうとしているが、どこも狭い為に混乱が激しくなっているようだ。

 タスカーも殺戮に興奮しだしたのか、先ほどよりも統制が取れなくなっているようだった。死体を弄ぶものや食い漁る者が現れ、惨劇がより濃くなっていた。


「このままここにいても駄目だ。啓一とリテルを探さないと」

「うん。ザナーさん、銃借ります」

 返答を聞く前に葵は周囲に転がっていた小銃を手に取った。グリップを握り、六十センチ程の長さの直方体のような形をした銃身に弾倉を抜き差しして構造を確かめる。


 葵から驚きの声が口をついて出た。

「携行型レールガン?どこにあったんです、こんなの」

「さっき話した、リキーダ人が溜め込んでたやつの一つだ。それ希少品なんだからな?後で金払えよ」

「すみません。ほら、真くんは?」


 真悟は隣のガーディに向き直った。ガーディも何を言ってくるかは分かっているらしく、軽く溜息をついた。

「ガーディ、杖出せるか?」

「仕方あるまい」

 喉元の宝石が光り、生えてきた杖をひったくるようにして取って握ると、真悟ははやる気持ちと荒い鼻息を落ち着かせようと深呼吸した。


 タスカーとは昨日も戦っている。動きは向こうの方が早いが、反応できないわけじゃない。近づける前に撃つ。杖の威力は既に知っている。

(大丈夫、いける)


 真悟は葵に顔を向けた。目で理解し、互いにうなずく。向かう先を葵が指で指し示した。


「一気に行くから、ついてきて!」

「分かった!」

 三人は走り出した。美しかった石畳に散らばった血やゴミをかわしながら大通りを横切り、比較的人が集まっていない通りに向かった。

次回:19日予定

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