20.その名はルーター
外から見た塔には窓がなく、もっと暗いのかと真悟は考えていたが、どうやらそれは取り越し苦労だったらしい。部屋や通路の壁と天井の隅に埋め込まれた鉱石のようなものが柔らかく光を放ち、壁の模様や記号が判別できる程度には明るさを保っている。
(啓一が見たら興味持つかもな)
葵はもう見慣れているのだろう、靴底と硬い床を正確なペースで叩きながら、真っ直ぐ目的地まで向かっている。
通路を何度か曲がった先の突き当たりにある扉にたどり着き、葵は軽くノックした。
「どうぞ」
返答は簡素だった。どこか機械的な印象で、翻訳ソフトの読み上げ機能を使った声を聞いた時に感じるような、妙な違和感があった。
部屋の中は思ったよりも広かった。天井の高い、薄暗い室内は百人近い人が整列できるだろう。窓のない部屋の中には大小様々な形をした機械の部品らしきものが、乱雑に並んだ石の台の上に置かれている。
「ルーター?」
人影が見えず、葵が声をかけた。それに応じるように、巨大な機械部品の陰から、車椅子が姿を現した。
表面が白く滑らかな金属板で構成された車椅子が滑らかに動き、音もなく二人の前に移動する。車椅子に据え付けられた豪華な椅子に、一人の人間らしきものが体を預けていた。
隣で緊張している葵の反応から見て、彼がルーターに間違いない。
だがその異相に、真悟は思わず眉を寄せた。
ルーターは顔にも体にも、使い古されたぼろぼろの包帯が何重にも巻かれていた。所々から黒い毛がこぼれているが、それが髪の毛なのか、体毛なのかもよく分からない。確認できる範囲の体は細く、まるで骸骨に布を巻いたようだ。目、口、鼻、顔のパーツは全て包帯に覆われていて分からないが、左目のある辺りからはレンズのついた奇妙な機械装置が生えていて、それが冷たく二人を捉えていた。
「ようこそ。ルーターです」
挨拶に合わせて、ルーターが右手を上げる。全身を覆う分厚い布から突き出た指先は細く節くれだっていて、まるで昆虫のようだ。
「お久しぶりです。アーウィ、そちらの方は始めまして」
「あ、いえ……。その、馬上です。馬上真悟」
あたふたした受け答えに、真悟は心中自分を叱り付けた。状況に飲まれているのがばればれだ。
ルーターは気にした風もなく、滑らかに会話を切り出した。
「お出迎えできずすみません。太陽の出す紫外線が苦手でして。このような建物の奥でしか、商売を行えないのです」
「商売って、その、ここにある部品、全部が商品なんですか?」
「いえ。こちらは私が商品との交換の為、お客様から買い取ったものです。色々な機械を見るのが好きでして」
カーマ・ガタラに来て、真悟も少しは奇妙なもの、怪しいものには慣れたつもりだった。外の市場にも多種多様な異星人が溢れ、様々な姿形をしていた。
しかし目の前のルーターは、今日真悟が目にした異星人の中でも、とびっきりの怪しさを持つ異相だった。真悟の姿を捉えるレンズが、虫眼鏡で昆虫を観察する学者のように冷たく無機質に感じられるのは、真悟の心が怯えているからだろうか。
葵はそんな事は感じていないらしく、いつも通りの口調でルーターに応えた。
「すみません。今日は二輪車に使われていたエンジン部を持ってきました。外の馬車の荷台においてあるから、確認してください」
「部下に取りに行かせます。交換の品は後程、あなた達の町に送り届けましょう」
「交換の品って……、もっと価格とか、商品の質とかそういう取引はしないの?」
「真くん!」
葵が声を荒げた。商売とは思えない雑なやり取りに思わず口にしてしまったのだが、葵の形相からしてとんでもない事を言ってしまったらしい。
ルーターが細い指を葵に向けて伸ばす。それだけで葵が緊張状態に入ったのが、真悟にも分かった。
「アーウィ、あなたもここに来るのは初めてではないんですから、彼に詳しく説明してあげればよかったのに」
「すみません」
深々と頭を下げる葵を見た後、ルーターは葵に向けていた指を真悟に向けた。
「ミスタ・真悟。あなたがここに来るのは初めてですから、説明しておきます。ここにはいくつかルールがあります。一つ、商品はこちらで好きに確認させてもらう。一つ、あなた方がどういった品が欲しいか、注文はつける事はできますが、相場はこちらが決める。一つ、こちらが商品を受け取り、代わりの品をそちらが受け取ったなら、契約の取り消しはできない」
子供に教えを説く親のように、ルーターはゆっくりと丁寧に語っていく。
「この町は私の町です。ここにあるものは全て私のもの。ここに近づくものは全て私が見て、私が聞いています。ここで私の知らないものはありません。そして、私が手に入れたものを、私以外の者が手に入れるのは許さない。私の商売の邪魔をした者には、それ相応の報いをうけてもらう」
声色は相変わらず抑揚のない一定の喋り方だが、そこには絶大な自信が見え隠れしていた。彼にとってそのルールは、「朝は毎日パンを食べる」といった単純で日常的なレベルで、当然のものとして定着しているのだろう。
「私が送る商品がなければ、このカーマ・ガタラでの生活はすぐに立ち行かなくなるでしょう。石を削って動物を狩り、木を擦って火を起こす、石器時代の生活がしたいならそれはご自由に。あなたはそうではない、と思っていますよ」
「……はい、すみません」
「いえいえ、これからお互い気をつけましょう。それはそれとして」
ルーターはガーディに顔を向けた。
「そちらのあなた、いいデザインをしていますね。内面もきっと凝った造りなのでしょう」
「またか……。いい加減答えるのも面倒だが、私は売り物ではないぞ」
「これは失礼。私、機械には目がないもので。私の知らない星で造られた物がどういった構造で、どういった用途に使われるのか、見て考えているだけでも飽きません」
声の調子は変わらないのに、どこか興奮しているように感じられるのは気のせいだろうか。格好は不気味だし、独特な価値観を持ってはいるが、意外と悪い人ではないのかもしれない。真悟がそう思い始めた時だった。
最初に気づいたのはガーディだった。耳を立て、周囲の状況を探るように首を振る。
「ガーディ?」
どうした、と言おうとしたところで、真悟の耳にも騒ぎが届いた。硬いものが勢いよくぶつかる音、人が叫ぶ声、そして銃声が幾層にも重なって、建物の奥まで届いてきている。
「……侵入者ですね」
ルーターが手に持った通信端末で確認しながら、呟くように口にした。
酷く不愉快になっているのが、傍から見ていても感じられた気がした。
次回:17日予定




