19.にぎわう市場で
右の通りに広がる食料を売っている側の市場へと向かっていく啓一達とは別に、真悟と葵、それにガーディは、中央の通りに並ぶ市場を見て回る事にした。
荷台に載せていた一輪の台車を下ろし、麻袋を載せて市場に入って行く。麻袋の中に入っている神谷市の米や近くで取れた食料品、神谷市に残っていた衣服を、他の町が作った燃料や武器と交換する予定だ。町によっては設備が残っており、燃料の精製や武器の製造ができるのだという。
市場は商人の客引きの声や、商品を見て回る客の会話ですごい活気だ。ここを見て歩いているだけで、真悟は気温が数度上がった錯覚すら覚えた。
「なあ、ガーディは連れて歩いてもいいのか?危険だから出て行けって言われそうだけど」
「暴れたりしなければ大丈夫よ。もっと凶暴そうな格好の宇宙人だっているし、似たようなロボットを連れて歩いてる人もいたりするしね。サイボーグなんかもたまに見るし」
「一応言っておくぞ。私はロボットではない」
ガーディの非難を無視して、葵は真っ直ぐ奥へ奥へと進む。見た事もない衣装を身にまとった何種類もの宇宙人による人混みをかきわけ、目的の店までたどり着いた。
簡素な屋台には様々な形状をした刃物が並び、その奥で椅子に座った、広い額に髭面をした店主が出迎えた。
「ザナーさん、久しぶり」
「おう、アーウィか。そっちのは新顔かい」
「そう、真悟くん。こっちのロボットはガーディ」
「どうも」
「だから私はロボットではない……」
ザナーの体は小柄だがごつい筋骨に覆われ、まるで喋る岩の塊が置かれているようだ。地球人に近い顔つきだが、どことなく真悟と軽く挨拶をかわすと、ザナーは隣にいたガーディに気づいたらしい。物珍しそうにガーディを頭から鋭い尻尾の先まで視線を動かした。
「……なんだ、その目は」
「おいおいおい。すげえなこいつは。喋る虎かと思ったがこいつ、体が機械でできてるのか。昔見たスニクス人のペットロボットだって、ここまで精巧で滑らかな動きじゃなかったぞ。動力は何を使ってるんだ?毛皮はどうやって表現してるんだ?」
椅子から降りたザナーが駆け寄り、体中をせわしなく動かしてガーディの体を見回した。ガーディの姿を見た者は、誰もがその精巧な造りに思わず見とれてしまうようだ。
子供が最高の玩具を発見したようなザナーの目の輝きに、ガーディが眉をひそめて後ずさった。
「なあアーウィ、こいつを売るつもりはないか?今なら屋台に並べてるもんどころか、在庫品までくれてやってもいい」
「聞くなら私に聞け。私はこの女と主従関係にあるのではないし、この女の所有物でもない。私は私だ。誰かの命令に従うロボットではない」
ガーディの反論に、葵はザナーに軽く愛想笑いを返した。
「だって。ごめんね」
「うーん……。仕方ない」
悔しそうに腕を組み、数秒唸った。彼も他の星から来た宇宙人なのだろうが、知らないもの、見た事のないものに興味を抱いた時の反応は、どこの星でも共通なのかもしれない。
「先に買い物を終わらせたいんだけど。弾薬ある?」
「まだ多少はな。リキーダ人が貯めこんでた銃の倉庫がボガロの連中に襲われたらしい。飛び道具の供給はこれから厳しくなるだろうよ」
麻袋の中身を確認し、葵はあれこれと武器を選んで手に取った。まるで特撮ヒーロー番組に出てきそうな曲面で構成されたデザインの光線銃や、片腕程の長さの棍の両端に、三日月状の刃物をいくつも重ね合わせた奇妙な武器。分厚い山刀と様々だ。
(昔のSFドラマでこんなの見たな……)
真悟が武器に目を奪われている横で、葵の方は品物を物々交換しながらザナーと会話を重ねている。
「最近こっちはタスカーがちょっかいを出してきてるんだけど、そっちはどう?」
「こっちも似たようなもんだな。さっきの話もそうだが、他の町もボガロの配下が襲ってめぼしいものをかき集めているらしい。あの野郎はどんどん調子に乗ってきてやがる。またそろそろ大きい戦争があるかもな」
「ボガロって、そんなとんでもない奴なんですか?」
真悟が疑問を口にした。確かにボガロが亜神の一体だとは聞いているし、ボガロが率いている従神の存在も知ってはいるが、真悟の頭ではどうも戦争だなんだというイメージが浮かびにくい。
ザナーは苦々しげに頷いた。
「ガーデウスが戦争にしか興味のない暴力馬鹿なら、あいつはわがままで快楽主義のサイコ野郎さ。自分の利益になるなら親だって殺すだろうよ。あいつに親がいればの話だけどな」
「単に暴れるだけならともかく、あいつはタスカーを兵隊にして、自分達に従わない人を見せしめに襲ったり、町から略奪を行ってる。このままじゃ私達の生活も成り立たなくなる」
葵が言葉を繋いだ。先日、ボガロの部下であるマガトが、葵達をタスカーで襲ったのもそれらしい。
ザナーが眉をひそめながら、軽くため息をついた。
「ああ、ガーデウスが暴れてた頃はまだ単純でよかったよ。あいつは俺達に興味のない、亜神とケンカができれば満足する単細胞だった。他の亜神達は今じゃカーマ・ガタラに国境を引いて、領土や人間の取り合いを始めた。あいつらやあいつらの部下の小競り合いで、被害に合うのは俺達だ。まるでギャングのボスか王様気取りだよ」
ガーデウスの死後、亜神同士の争いが膠着に陥った事でお互いに状況を打開するべく、配下を集め状況を打開する策を模索している、といったところだろうか。どうやら亜神がこの地に及ぼしている影響は思ったよりも深刻で、身近に迫ってきているらしい。
真悟はガーディに視線を移した。このどこか内面が掴みきれない機械仕掛けの亜神の復活が、このカーマ・ガタラの状況を一変させる切欠となるのだろうか。
真悟の視線に気づき、ガーディが顔を向けた。
「どうかしたか?」
「いやぁ、なんか散々な言われようだけど、どう思うかな?って」
「知らん。記憶にない。ノーコメントだ」
ガーディが不愉快そうに顔をそらすのに苦笑しながら、真悟も目の前にある武器を手に取った。五十センチ程の長さをした小降りな刀だが、刀身は太く、磨かれた刃は青みがかった銀色に輝いて硬さと強さ、そして鋭さを主張してくる。
真悟の興味津々な視線に気づいて、ザナーが眉を上げた。
「真悟、だったな。新入りなら武器もロクにないだろ。気に入ったなら一本サービスしようか?」
「マジで?いいの?」
「気にすんな、銃ならともかく、その程度の刃物なら安いもんだ。それに、どうせ今後も長い付き合いになるんだ。また要りようになったら贔屓にしてくれればいい」
「それじゃ、もらうよ。ありがとう」
一緒にもらった鞘代わりのなめし革で刃を包む。腰から提げるとずしりと重たい。自分の知らない世界にまた一歩踏み込んだ感じがむず痒くて、真悟は口元を緩めた。
こちらは目当てのものが足りないのか、葵はゆっくりと周囲を見回した。
「ルーターは来てないの?」
「ああ、あいつなら奥にいる。一階のいつもの部屋だ」
ザナーは背後にある塔を指差した。新しく現れた知らない単語に、真悟が眉を上げる。
「ルーターって?誰それ」
「スクラップとか壊れた機械を、欲しい物と交換してくれる人がいるのよ。こっちの物を何に使うか知らないし、向こうがどうやって調達してくるのかもよく知らないけど、使う分には便利なの」
「物漁りって、酷い言われようだな。まんまだけど」
ひとまずここでの取引は終了し、荷物を麻袋の代わりに台車に載せた。別れの挨拶をかわして塔に向かう途中で振り向くと、ザナーはガーディの後姿を諦めきれない表情で追いかけていた。
次回:16日予定




