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16.夜は過ぎて-1-

10日予定

 真悟はマンションの屋上に出て、ぼんやりと外を眺めていた。

 乾いた夜風が肌を撫でるようにたなびいている。夜の見張りの為に、町の真ん中にある大通りのあちこちに、松明が灯されていた。


 町を囲う壁の外に目をやれば、かつて子供の頃からずっと見慣れていた、神谷市の町並みの一つだった。だがここまで破壊された町を見た事は、あの頃の真悟は一度もなかった。


 闇に包まれた夜だった。下か火にくべられた木材が弾ける音や、か細い話し声が聞こえる程度だ。町の外には街灯も窓明かりも、テレビの音も笑い声もない。日本で普通に暮らしていた時には経験した事のない夜に遭遇している。あるのは空に輝く星だけだ。


 真悟は空を見上げた。美しい星々だ。この世界の星座の形は当然分からないが、濃紺の空に一面散りばめられた光の粒は真悟の心を魅了する。


(町が消えた後、葵ちゃんもみんなも、父さんもこの星空を見たんだろうか)


 ふとそんなことが頭をよぎった時、背後で砂利が擦れる音がした。

「何してるの?」


 振り向くと、葵が一人で立っていた。先ほどと同じラフな格好の上に男物のジャケットを羽織り、手にはホームセンターで売っていそうな、携帯式のランタンを持っていた。オレンジ色の灯火に照らされた金属の筒はところどころ色が剥げ落ちていて、長年使われている事が見てとれた。


「ちょっと外の空気が吸いたかったんだ」

「暗くなったらあんまり出歩かないほうがいいよ。ちゃんと見張りについてる人はいるけど、獣が紛れ込んできたりとかも、なくはないからね」


 物騒な言葉が飛び出て、真悟は足元に広がる町並みを見返した。先ほどまで何も感じていなかった路地の向こう側や電柱の影が、そう言われるとまるで魔物でも潜んでいるかのように見えてくる。

 背筋に冷たい風が通り抜ける。真悟は早足で近寄り、葵の隣に立った。近くで見たランタンの灯りはとても暖かい色合いだった。


 神谷市が消失して以降、周辺の住民は大変な騒ぎになった。突然家族や友人、自分達が通う会社が消えうせたのだから当然である。

 馬上家でも真悟の母は、父がいない分も頑張るように仕事に精を出し、姉達も家から仕事に通い、皆で家計を支えていた。

 真悟も大学に行くのを取り諦め、就職をしようと思ったものだが、一家は皆止めた。何とか国立の大学に進学できたが、学費を出すのも大変だっただろうに協力してくれた家族に、真悟は頭が上がらない。これからもきっとそうだろう。帰る事ができれば、だが。


 大変な毎日だった。だがここでの毎日に比べればましだった事だろう。少なくとも日本では命の危険はなかった。

 ここは戦場だ。住人は皆、好むと好まざるとにかかわらず、常に命を賭けていなければならない。

 聞かなくてはいけない事を思い出して、真悟は表情が硬くなるのを感じた。


「……なあ、葵ちゃん」


 葵は首を軽くかしげたが、真悟の表情から重要な事だと感じ取ったらしい。


「あのさ。ここがカーマ・ガタラに飲み込まれた時、花火を見に来てた友達も一緒にいただろ。ミッチーとかタッキー、佐倉にみっちゃんとか。みんなはどうしたんだ?」

 返答は沈黙だった。どう答えるべきか迷っているような、苦痛に耐えているような顔で、真悟は全てを理解した。


「いい、言わなくていいよ」

「生き残ったのは私だけだった。みんな、耐え切れなかったの」

「ごめん。俺が悪かったよ。ごめん」


 分かっていた事だ。予想はできていた事じゃないか。


 そう心中で自分自身に文句をつけながら、真悟は軽く唇を噛んだ。

 クラスの女子の受けばかり狙っていた光彦。人を笑わせるのが得意な滝川。葵と正反対の性格で仲が良かった佐倉にオカルトマニアの光浦。

 記憶の中にあるあの姿は、目の前の葵のように新しく書き換えられる事はもうない。


 何か話を切り替えようと思い、真悟は別のことを考えた。

「それにしても、アーウィなんて呼ばれてて面食らったよ」

「リテラ達に言って。あの二人、何度言ってもあおい、って呼んでくれなかったんだから。二人がアーウィって呼ぶから、外で会う人たちにも同じように呼ばれたりするし」


 葵も過去の話を続けるのは嫌だったらしい。少し寂しげな影を残してはいるが、笑顔を返した。


「あいつらの住んでた町も、ここに飛ばされてきたの?」

「そうみたい。元はエルトパルって国だったそうだけど、同じ出身の人とはもうはぐれたんだって。ここから遠すぎるから、二人が飛ばされてきた町まで行った事はないけどね」


―――・―――


「ケイ、ちょっと待って。こっちのパラメータチェック見逃してるよ」

「分かってるって。そこは後でやるつもりだったんだ。そっちこそ人工筋肉の損傷がないか、ちゃんと見てくれよ」

「ケイと違って僕はこいつを葵と一緒にずっと触ってきたんだ。お前よりよくやれるよ」


 リテルの言葉はぶっきらぼうで無愛想、年齢の上下など気にもしない口調だった。だが啓一としてもこの方が気楽だった。変に敬語だのつけられると背中がむずがゆくていけない。

 座席の前の台に据え付けられたラップトップ式のPCで、昼間に葵が使っていた筋電装甲に損傷などがないか、チェックを行う。


 マンションの駐車場に、巨大な車両が置かれていた。トラックのように前部と後部のコンテナに別れており、前部もコンテナ部分も、分厚い装甲板に覆われている。それを支える為に、人一人楽に隠れられそうな巨大なタイヤがいくつもついていた。


 筋電装甲を運ぶ為の軍用車両だ。それを改造し、内部で簡単な整備が行えるようにしてある。啓一とリテルは、車内で昼間葵が使った筋電装甲の整備を行っていた。

 食事と葵による説明が終わった後、啓一は葵に頼んで、筋電装甲を見せてもらいに行った。機械の専門的な話ができると知って、リテルも気に入ったらしい。態度を軟化させて機体を見せてもらうだけではなく、整備の手伝いまでさせてくれたのだった。


 未来どころか明日もどうなるか分からない状況だが、ここカーマ・ガタラに飛ばされてきて、良かった事が三つだけある。一つ、彰子と仲良くなれた事。一つ、宇宙人と遭遇した事。そして最後に一つ、軍用の筋電装甲を整備できる機会を得た事だ。

 啓一は子供の頃から機械いじりが趣味で、父親の協力の下、車両整備などを休日によくやっていた。成長するにつれ筋電装甲にも興味を覚え、スポーツ用や介護用の品を知り合いに触らせてもらったり事があるが、軍用となるとさすがに初めてだ。


 元々筋電装甲の研究や開発の道に進みたくて進学した男だ。啓一からすれば、売り出し中のアイドルに生で出会う以上の衝撃と言えた。


「いいデザインだなあ、これ」


 頭頂部から足元まで舐めるように眺め、思わず呟く。

 葵が装着していた筋電装甲は『カルラ』と呼ばれるタイプだ。七年前は自衛隊の最新装備だった筋電装甲で、現在でも十分現役扱いされるだけの性能を誇っている。動力はバッテリー充電式で静音性が高く、ヒロイックなデザインは一部で評判が高い。


 今は装甲が取り外されて胸元から観音開きになっており、人間や動物の筋肉と同じ動きを模擬する事ができる、人口筋肉と呼ばれる金属繊維の束や、それと動きを連動させる為に装着者の肉体を固定する、金属製の細いフレームなど、内部の部品が露出していた。


 元は輸送車両と同じく他にも数台あったらしいが、七年の間に破壊されたり、分解されてパーツ取りに回されたらしい。機体も同様で、現在稼動可能なのは二機までだ。注文しても簡単に部品が手に入る訳ではない状況で、何とかやりくりしてきたのだろう。

 葵が使っていたものは元の姿からかなりカスタマイズされ、ところどころ別の機体の装備が追加されるなどして、どこか異形を思わせる感があった。


「しかし、よくこんなとこでこんなもん動かせるな。バッテリーの替えとか燃料とか弾薬とか、どうやって手に入れてるんだ?」

「色々だよ。他の飛ばされた町から部品になりそうなものをかっぱらって使ってみたり、他の星の品をこっちに合うように、調整する商売をやってる人もいる。これを動かすバッテリーや、町の明かりなんかは町中に残ってた発電機を使って充電してる。ソーラーパネルは結構残ってたし、水力発電なんかもやってるよ」

「すげえな。よくできてる」


 生き残る為に必要だったとはいえ、住人達のバイタリティの高さには驚かされるばかりだ。


「ケイも結構やる方だよ。少なくともこいつの整備の腕は、今町にいる人の中じゃかなりイケてる方」

「ありがとよ」


 リテルは屈託のない笑顔を見せた。歳は地球で言うところの十三歳程度だという話で、啓一よりも小柄だが腕力は大人顔負けだ。整備に使う重たい部品を軽々と運んでいく。


「なあ、ケイ」

 拾ってきたらしい部品に損傷がないか、使えるものがないかを手に取って確かめながら、リテルが不意に声を上げた。


「なんだよ」

「アーウィとシンって、仲いいの?」

「シンって、真悟のことか。いいのかって言われてもなあ……」


 どう答えるか、啓一は少し悩んだ。啓一が真悟と知り合ったのは大学に入ってからだ。同じアメフトサークルに入り、寮の部屋も近かった事から友人になった。サークル活動の帰りに一緒に食事を取ったり遊びに行ったりした際に昔の話は聞いたことがあるが、せいぜいその程度だ。

 どういう回答を期待しているのかも分からない以上、ここは素直に応えるしかない。


「俺は最近の知り合いだからな、詳しくは知らん。昔からの幼馴染らしいって、聞いたことがあるくらいだ」

「そっか……」

 リテルの返答は歯切れが悪かった。


「何か気になってるのか?」

「別にそういうわけじゃない。ただシンの奴、アーウィに馴れ馴れしいからさ。確かに今日はアーウィを助けてくれたけど、ケイも助けてくれただろ。大体あのくらいアーウィなら一人でもやれたし。それなのにアーウィがシンばっかり見てるからさ……」


 ぶつぶつととめどなく続けられるリテルの愚痴が微笑ましくて、啓一は思わず苦笑した。

 リテルが口を尖らせる。


「なんだよ」

「いや、なんか警戒してるのかと思ったからよ。ただの焼きもちか」

「なっ、ちが、違う!」


  顔を真っ赤にして否定するリテルを見て、啓一は更に笑った。子供の恥ずかしさからの反応は、宇宙人も共通だったらしい。


「そういう事ならもっとアピールしねーと駄目だぞ。真悟の奴は里村と会ってから目の色が全然違うからよ。今日にも攻めに行ってるかもな」

「だから違うって!お前こそどうなんだよ!アーウィみたいな美人なんて見たことないだろ。襲ったりしたら許さないからな!」

「俺はまあ、他に狙う相手がいるからな。そっちはお前らに譲っとくよ」

次回:10日予定

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