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15.葵達の過去

 真悟の目の前で、皿に載った料理が流れるように減っていく。

 色褪せたソファーに囲まれたプラスチックのテーブルの上に並べられた、シンプルだが大量に作られた料理の数々が、ソファに座った者全員の手によってどんどん消えていった。


 誰も一言も喋る事もなく、黙々と手を動かしている。特に食べているのは葵だった。

 俵型に整えられた握り飯に手掴みでかぶりつき、左手で丼を持ち上げて、見たことのない葉野菜と内蔵らしきものの入ったスープをすすり、流し込む。恐らく猪か豚の類と思われる獣のリブのローストに食いつくと、前歯を器用に使って骨まで削るようにして肉をそぎ、食い尽くした後に骨をしゃぶる。汚れた手は手元にあるフィンガーボウルに入った水で洗い、濡れタオルで拭き、再度食事に取り掛かる。


 真悟の幼い頃の記憶にある葵の淑やかさすらある穏やかな印象と、今目の前で豪快に食事をする葵とのギャップに、真悟は軽く目眩のする思いだった。

「……葵ちゃん、よく食べるな」

「食べられる時に食べておかないと、何が起きるか分からないからね。真くんも食べて」


 筋電装甲を着ていた時と違って、葵の口調はどこか昔を思い出させる程度に穏やかになっていた。真悟と再会した事が原因だと思いたいところだが、リテラとリテルが葵に対して何も言わないあたり、戦いに集中していない時はこういうキャラクターなのかもしれない。ハンドルを握ると人が変わるという奴だ。


 町の中に建てられていたマンションの一室、葵達が普段生活している部屋のリビングルームで、真悟達は早めの夕食を摂っていた。

 町にたどり着いた後、真悟達は嵯峨に連れられて町を仕切っている議会所へと向かった。議会所と言っても生き残っている町の住人はせいぜい百人程度で、町の運営や問題を取り決めている彼らも十人程しかいない。場所もかつての市役所の一室だった。


 ここにたどり着いた時の話をした時、議会の面々の失望は強かった。七年の間、元の場所との接触を絶たれたこの地で、危険と隣り合わせの生活を送って来た彼らにとって、真悟達との遭遇は希望の光だった事だろう。だが真悟達の話を聞くにつれ、真悟達もかつての自分達と同様だと気づいたのだ。


「ここで暮らすのはかまわない。だがここでの法や、我々の指示には従ってもらう。明日にでも仕事を回す事になるだろう。人手はいくらあっても足りないからね」

 最終的に嵯峨が告げた議会の決定を了承し、真悟達は葵の監視下に置かれるという形でひとまず落ち着く事となった。


「そうだぞ真悟、ありがたくいただいとけよ」

「おにぎりが食べられるなんて思わなかった。ありがとう、里村さん」


 隣で葵と同じように料理を貪っている啓一と彰子に、真悟は生返事を返しながらリブに手を出した。真悟としては衝撃的な再会に言いたい事は色々とあったし思う処も大だったが、皆今はそれよりも目の前の豪勢な食事に興味が集中している。


 真悟も食事を再開した。肉は塩と何かは分からないが香辛料が効いていて、舌がじんと痺れるがそれもまたたまらない。握り飯をほお張り、米が口内で脂と肉の味に包まれると絶品だ。

 これまで日本で普段摂っていた食事がどれだけ素晴らしいものであったか、真悟は痛感していた。


「塩とか香辛料とか、どこで手に入れたんだ?」

「服とか日用品なんかは、町にあったデパートやスーパーで売ってたものをまとめて保存して、ちょっとずつ使ってるの。後は住宅地の家から、放置されてるものを取ってきたりね」

 真悟は軽く眉を寄せた。言っている事の意味が一瞬よく分からず、頭に浮かんだ考えを口にする。

「人の家のもの、って事?」

「問題ある?死人は自宅に残した物にこだわらないでしょ?」


 当然のように答える葵に、真悟は一瞬言葉を失った。動揺を気づかれないようにコップの水を口につけ、ゆっくりと飲み込む。

 死んだ人間が持っていたもの、住人がいない家を使う。合理的と言えばそうかもしれないが、真悟からすれば考えても行動に移すかは躊躇うような事だ。だが彼女にとってはそうではない。

 ここで生き残る事の厳しさを、真悟は感じ取った気がした。


 それからたっぷり三十分、真悟達はろくに会話すらせずに、食事に没頭した。皿が空になり、コップに入った水を飲み干して、真悟はやっと落ち着いた。


「それで、ここで何があったのか、聞いてもいいかい?」

「もちろん。こっちも色々聞きたい事はあるしね」


 革の端々が傷ついたソファに背を預けて、青いは両手を胸元で組み、記憶を探るようにしながら話し始めた。


「七年前、神谷市が光に包まれたのは知ってるよね。その後、私達はこのカーマ・ガタラに飛ばされていた。気づいたら目の前の風景が別物に変わってた。夜なのは変わらなかったけど、明王川は消えて真っ暗な森が広がってて、川向こうにあったはずの家や電灯の光もなかった。空には青い月が輝いてた。見た事もない青い色だった」

 真悟は頷いた。ちょうど七年前の夏休み、真悟が目の当たりにした光景の裏側で起きた光景というわけだ。


「どうなってるのか訳が分からなくて混乱してたら、隣に立ってた大学生くらいの人の体が、右半分がすっぱりなくなってた。元あったところに置いていかれたのね。血が辺りに飛び散って、近くにいた人達がみんな叫んだのをよく覚えてる。それからは大騒ぎだった」

 今思い出しても辛いのだろう、葵が苦しそうに顔を歪めた。


 転送された神谷市は町中大混乱に陥った。状況の把握に努めようにも、自宅に電話一本かける事すらできないのだ。情報を得る方法として使い慣れた手段が完全に破壊され、人々はどう対処すればいいのかその指針すら立たなかった。

 そんな中、更なる打撃が神谷市に与えられる。


「町中に怪物が現れたの。図鑑で見た事もないような姿の猛獣や、さっきのタスカーみたいなサイボーグの獣人、それに武器を持った異世界人」


 カーマ・ガタラには無数の世界から町が転送されてきているという事を、葵達神谷市民はその無数の世界の住人に襲われる事で知ったというわけだった。

 彼らは至る所から現れ、手当たりしだいに人間を襲った。市民の多くはろくに抵抗もできずに、数日で食い殺され、拉致された。


 まさに地獄だった。葵は友達と一緒に、逃げ惑うしかなかった。

「なんとか生き残った人達の中には、警察官や猟友会とか、武器の使い方を知ってる人がいた。そういう人達に助けてもらったの。後は筋電装甲を輸送中だった自衛隊員なんかもね」

「てことはさっき里村が着てたやつは、やっぱりカルラだったのか!自衛隊が正式採用してる筋電装甲だろ?」


 啓一が会話に割り込んだ。先ほどまで引っかかっていた謎の正体が解けた上に、啓一の得意分野だった為に舞い上がっているらしかった。

 葵は頷いた。

「そう。色々改造してるけど」

「だからパッと見で分からなかったんだな。どっかで見たことあるって思ったんだよ」

「啓一、それは後でいいだろ」


 真悟におう、と返し、啓一は話を続けるように葵に促した。

「それで、なんとかそういう猛獣なんかには対抗できるようになった。その後は話が通じる異世界人もいるって分かったし、みんなで協力して戦えるようになったの」


 皆生きる為に必死になった。葵も子供だからといって甘えは許されなかった。体の動かし方、戦い方。食料の取り方に生き延び方。様々な事を学び、協力する必要があった。自衛隊員から筋電装甲の動かし方や整備方法も学んだ。


 だがそれも長くは続かなかった。カーマ・ガタラは様々な世界から無数の町が切り取られ、様々な人間が住んでいる。しかしこの龍の背に載った者達を支配するのは人ではない。巨大な機械の軍団だった。


「彼らは自分達を亜神(デミゴッド)と呼んで、部下として従神(ファミリア)っていう巨大なロボットを操ってた。さっきのオーダ・ジャーガもその一体。ボガロって名前の亜神が使う従神なの」

「ボガロ……。ガーディ、知ってるか?」

「知らん。記憶にないな」


 食事を取らないガーディは伏せた姿勢で興味なさげに話を聞いていたが、亜神の名が出たところで目を光らせた。自分と同類の可能性がある存在に、興味が沸いているのだろう。

 葵は訝しげにガーディを眺めた。


「ガーディ、あんたが知らないわけはないと思うけどね。あんたもそこにいたんだから」

「何?」

「ガーデウス、あんたが呼んだあのデカいやつ。あれも昔暴れまわった亜神の一体だって言ってるの」

「何だと?」


 ガーディだけでなく、真悟も啓一も彰子も驚きに表情が固まった。ガーディがガーデウスを召喚した時に、葵がガーデウスの名前を呼んでいた理由はそれだった。彼女は以前にガーデウスに出会っていたのだ。

 ガーディの反応に、葵は軽く鼻を鳴らした。


「呆れた。あんだけ暴れて本当に覚えてないなんてね。真くん達を助けてくれた恩がなきゃ撃ち殺してるのに」

「葵ちゃん、本当にこいつがその亜神って奴らの仲間なのか。会ってから大して時間が経ってる訳じゃないけど、こいつ言う程恐ろしい奴には思えないんだけど」

 ガーディを指差しながら、真悟が疑問を呈する。啓一と彰子も頷いて同意の意思を示した。


「そこが正直分からなくって。こいつがろくでもない奴なのは事実のはずなんだけど、変に落ち着いてまともに会話も通じるみたいだし」

 葵は軽く眉を寄せた。

「今はどうか知らないけど、こいつが暴れてた時は本当に酷かった。このカーマ・ガタラでは亜神達がそれぞれ複数の勢力を取って覇を争ってるけど、その中で一番暴力的なのがこいつだった。周囲の被害なんて気にせず暴れ回るだけ。自分以外はすべて敵、戦い以外興味のない猪みたいな奴だった。ガーデウスが倒れてた所の周辺、瓦礫やスクラップまみれだったでしょ?大体がこいつが敵と戦ってる時の被害よ」

「うわ……」


 ガーデウスを初めて見た場所の事を真悟は脳裏に浮かべ、思わずうめき声が出た。あれだけの破壊が日常茶飯事だとしたら、市内に住んでいた人々からはさぞ恨みを買っていた事だろう。葵の反応はまだドライすぎる程だ。


「それでも結局、ガーデウスは死んだ。三年くらい前だったかな。他の亜神がガーデウスを倒す為に手を組んで、あんたはたった一人で戦う事になって、そして死んだ。死体はそのまま放置されて、それ以来ここには誰も寄り付かなくなったわ」

「待てよ、そんじゃこのガーディは何なんだ?幽霊か何かか?」

 啓一が当然の疑問を口にする。だが葵は興味なさげにソファに体を預け、後頭部で両手を組んで背筋を伸ばした。


「さあ?正直私に聞かれても困るんだけど。目覚めさせたあなた達の方が分かるんじゃない?」

「だってよ、真悟。どうよそのへん」

「だから俺にもわかんねーよ……」

 真悟は思わず右の掌を左の親指でこする。球体とそこから発せられた光とガーデウスの関係については、むしろ真悟の方が知りたいくらいだ。


「どっちにしても、ガーデウスの死以来、この周辺は亜神達も興味を失ったみたい。ここから一番近くにいるボガロって亜神が、兵士にしてるタスカー達をうろつかせてて、たまにちょっかいをかけてくるくらいになった。それでも私達が生きるにはギリギリだったけどね」


 油断してタスカーに殺される人や、人買いに拉致された人もいたという事だった。残った数少ない人達は、他に安心して生きられる場所があるかもしれないと、新天地を探す者もいた。


 その結果、今では神谷市内で生活しているのは葵と他に百人程度、加えてかつて葵に助けられた、リテラとリテルの姉弟だけとなっていた。

「それで、真くん達はどうやってここに来たのか、詳しく教えてくれる?」

「正直俺達も、さっき話した程度の事しか分かってないんだけどね」


 真悟はとりあえず、葵に状況を説明した。神谷市の消失跡地で行っていた大学の合同調査。そこで見つけた謎の球体に触れ、ここに飛ばされた事。共に飛ばされた人々の死と、ガーディとガーデウスとの出会い。そこから町を探索しようとして、最初に出会ったのがリテラとリテル、そして葵だった。


「つまり、来た方法も帰る方法も分からない、ってことね」

 話を聞くに連れて、葵が沈んだ表情になるのが見てとれた。何とか元の世界に帰る手段がないかと淡い期待を抱いていたのに、今の状況では何もできないと気づいたのだろう。


 沈黙が数秒、室内を支配した。

「それで、これからどうする?」

 彰子が言った。

 答えられるものは誰もいなかった。

次回:8日予定

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