11.現れた巨獣
真悟は杖をタスカーに向けて構え、出力を目分量で調整し、引き金を引いた。光の弾丸は尾を引きながらアーウィの背後に迫っていたタスカーに直撃し、タスカーは弾けて消し飛んだ。突然の乱入に驚いた皆の視線が集まる中、真悟達三人は突撃した。
近くにいたタスカーに向けて、二人が杖から光弾を放つ。昨日あれ程恐ろしく、猛威を奮ったタスカーが、光弾を受けて何も抵抗できずに吹き飛び、肉体を破壊される。
(ざまあみろ!)
真悟の口に笑みが浮かんだ。昨日自分達を襲った者とは別人だとは分かっているが、同じ姿をしたタスカーの群れに、暗い復讐心のようなものが心中から湧き上がっていた。
「アーウィ!助けにきたよ!」
少年が叫び、動きが鈍っていたアーウィが戦闘を再開した。見慣れない者に警戒はしているが、タスカーのみを狙う真悟達の動きと少年少女達が攻撃をしないところから、とりあえず放置を決めたようだ。近くのタスカーの腹に向かって突進し、ショルダータックルを叩き込む。分厚い装甲と倍力機構の合わせ技は、タスカーに血を吐かせながら体を宙に吹き飛ばした。
「多分あのスーツの下、ターミネーターみたいな奴がいるんだろうな」
啓一が唸るような声でぼやいた。スーツの性能差があるとはいえ、近寄ってくるタスカーを迎撃するのがせいぜいな真悟達と違い、アーウィの動きは激烈で歴戦の経験を感じさせた。
真悟は杖を水平に構え、跳びかかってきた最後の一匹の腹に杖の先端を突き出した。人間で言う鳩尾のあたりにめり込み、タスカーは汚い息を吐き出しながら体を硬直させる。そのまま引き金を引くと、光弾はタスカーの胸を破壊しながら跳び、タスカーを数メートル吹き飛ばした。
地面に仰向けに落ちたタスカーが、数度痙攣してそのまま動かなくなったのを見て、真悟は大きく息を吐いた。周囲を見回しても、他に動いているタスカーはいない。
アーウィも状況が好転した事を確認して、こちらに顔を向けた。
「リテラ!リテル!」
アーウィが姉弟の名を呼んだ。二人もほっとしてアーウィに駆け寄った。
「アーウィ!」
「よかった、アーウィが無事で!」
「二人とも、少し待っていて。まだあいつがいる」
スピーカーで変換されたアーウィの電子音声が、リテラとリテルを押しとどめる。アーウィは真悟たちから見て左にある崩れて瓦礫の山となった家屋の方に体の向きを変えて、手に持っていた銃を瓦礫の方向に向けた。
「これで終わりだ、マガト。お前も帰れ。私達の事は放っておいてくれ」
褐色の男が苦々しげに口を歪ませた。
「そういくと思うか?ボガロはいい加減本気になってると言っただろう?お前達が膝をつくか、全部捨てて逃げ出すか、最後まで争ってボガロに食われるかの三つだ。他に選択肢はないんだよ!」
激しく言い放つマガトの口調が、真悟は妙に気になった。焦り気味のマガトの顔は、単に作戦の失敗に怒りを感じてのものや、アーウィの銃口に恐れているのではないように見えた。彼の主人らしい、ボガロを名乗る者に対して心底恐怖している。
「まだタスカーを隠し持っているのか?」
「いや。タスカーよりもっといいものさ」
にやりとマガトが笑うと、地面が揺れた。地震か、とも思い身構えたが、揺れは一瞬で収まる。また揺れてすぐに収まり、また揺れる。何か巨大なものが近くで動いているような、暴れているような。
「まさか!」
「来い!オーダ・ジャーガ!」
アーウィの叫びにマガトの叫びが重なった。瞬間、巨大な影が広がった。マガトの背後にあった二階建てのアパートの裏から何かが姿を現し、真悟たちの視界に立ちはだかる。
「オーダ・ジャーガだ!」
「チィッ、ボガロの従神がこんなところにまで!」
アーウィが舌打ちする。リテラとリテルの叫びには怯えの色があった。
猫背で歪な骨格から長い手足を生やし、暗緑色の滑らかな曲面の金属に包まれたオーダ・ジャーガの姿は、頭部の巨大なトサカと丸く出っ張った瞳もあいまって、二足で立たせたカメレオンを思わせる。巨大な金属の塊の体を揺らしながら歩くその大きさはガーデウスにも劣らない。
「やれ、ジャーガ!アーウィもそこの連中も皆殺しにしろ!」
命令を受けてジャーガが動き出した。逃げるマガトを尻目に、長い右腕を振りかぶる。
「リテラ!リテル!捕まれ!」
姉弟が両腕に捕まったところで、アーウィはジャーガから背を向けた。脚部の倍力機構をフルに使って飛ぶように走り、建物の影へと向かう。
アーウィの動きに一瞬遅れて、真悟もジャーガが何をしようとしているのか直感した。
「逃げろーッ!」
彰子と啓一の腕を引っ張り、アーウィの後を追って走り出す。
ジャーガは振り上げた腕をアッパーを打つように一気に振り回した。巨大な風車が高速で回転するような風切り音と共に、ぶつかったアパートの上部が砕け、巨大な榴散弾となって逃げ惑う真悟たちの頭上に飛散する。
「どわ!」
「ヒィッ!」
真悟の一メートル左に瓦礫が落ちて砕けた。背後を気にして走っている暇はない。巨大な破片に当たらないようにと願いながら必死に走る。一歩地面を踏みしめる毎に大小さまざまな瓦礫が周囲に落ち、いくつかは建物にぶつかってガラスの破壊音を追加した。
何とか走りきり、アーウィが向かったホームセンターの影へと隠れる。全身は火がついたように熱く、肌は体温調節とは違う恐怖の汗が冷たくべたついていた。
「お前達、ほんとにボガロと関係ないんだな?」
リテルの睨みに、真悟は返答する気にもなれず荒い息を繰り返した。たった数十メートルの距離だが、ここまで緊張したのは人生で初めてかもしれない。
一番最初に息を回復した真悟が口を開いた。
「関係ないって言ったろ。俺達はボガロって奴が何なのかも知らないし、あれが何なのかも知らん」
「オーダ・ジャーガですよ。ボガロが使う従神です。凶悪な奴ですよ」
「ガーデウスといいそのオーダジャーガって奴といい、ここはそんなにデカいロボットがうようよいるのかよ」
啓一は顔を歪めた。何が言いたいのかは分かる。真悟も同じ気持ちだからだ。
(勘弁してくれよ)
「リテル、リテラ、話はいいからこっちに!お前達も来い!」
アーウィが手招きしながら表通りから離れる方向に走った。二人がついて行き、真悟達も後を追う。ここにいても次に何が飛んでくるか分からないのだ、一度姿を隠すしかない。
背後からはジャーガのホームセンターから離れ、別の家屋の影に隠れようと移動したところで、また別の風切り音がした。背後に目をやった時、真悟は見た。
巨大で長大な触手のようなものが天から鞭のようにしなり振り下ろされる。残像を残しながら駐車場に乗り捨てられていた自動車のスクラップにたたきつけられ、アスファルトと共に破壊された。触手は真悟達がどこにいるのか、しらみつぶしに探しているように動き回り、何かに触れる度にしなって、触れた対象を破壊していく。
「走れ!止まるな!」
背後の破壊音に背中を押されながら、アーウィに先導されて真悟は走った。青々とした水田が広がる手前に建てられていた木造農家に向かう。蝶番がさび付き、ドアが風でひらひらと揺れる納屋に飛び込むように入り込んだ。
「お風呂入りたい……」
彰子が泣きそうな声で呟いた。舗装されてない地面から砂埃が舞い、汗でべとついた服や顔や髪にへばりついて不快感を増していた。
真悟は納屋の影から顔だけ出して外を覗いた。ジャーガは真悟達を見失い、ところかまわず街中を破壊を開始したらしい。ジャーガの背中から二本の太く長い触手が生え、生き物のように自在に動くのが見えた。先ほど駐車場を破壊して回っていたのはあれのようだった。触手が振動するたびに金属を鉄片で高速で引っ掻き回すような不快な音が鳴り、巨大なワイヤーのようなものが根元から先端まで高速で動き、対象を破壊する。もし見つかれば瞬く間に触手が伸びて襲い掛かり、人間の体などたやすく挽肉にされる事だろう。
「タスカーだけじゃなくて、こんなのまでいるなんて……」
「巨大ロボなんてアニメだけにしてくれよ。あんなのどうすりゃいいんだ」
彰子と啓一が呆然と呟いた。真悟はアーウィの方を向いた。
「アーウィ、だっけ。あんたはこういう時どうしてるんだ?」
「従神<ファミリア>がここまで来た事はないからな。我々には奴に対抗できる兵器がない。マガトを殺せれば話は別だが、奴を見つけるより先にジャーガに見つかるだろう」
「きついね、そりゃ。となると後はもう逃げるしかないか……」
逃げるにしても、目の前の町ではジャーガが暴れている真っ最中だ。ならば背後となると、むこう百メートルは続く田園地帯で、身を隠すところは一切ない。
何とか身を隠しつつ、ジャーガの攻撃で被害を受けにくいルートを探しながら逃走するか。
アーウィから視線外して納屋の外に戻す途中で、真悟の目に銀の虎が映った。
「あ……」
「なんだね、真悟」
「そうか、ガーディがいたんだ」
「そうだよ、そういやこいつがいたよ、こいつが!」
啓一のテンションが喜びに上がる。ガーデウスなら確かにあの巨大な怪物と対抗できる。だがガーディにその気があるかというと難しい。事実、真悟達を見るガーディの顔はずいぶんと暢気だった。
「いったい何を話しているんだ」
事情を知らないアーウィ達は、当然真悟達が何を騒いでいるのか分からないようだった。リテラが真悟達を半眼で眺めた。
「変な人達ですね。恐怖で頭がおかしくなったんですか?」
「いいから。この状況の打開策が一つあったんだよ」
リテラ達の暴言を抑えつつ、真悟はガーディと向き合った。
「お前ならあいつと倒せるんじゃないか?」
「やれるだろうな、私なら。だが果たして、やる必要があるか?」
「奴を今倒さないと俺達も生きられない」
「だが目立ちたくはないんだろう?」
「根に持ってたのかよ。意外と性格悪いな、お前。今はとりあえず、目の前の事をどうにかするべきだ。頼むよ」
拝んで頼む真悟を見て、ガーディは少し考えを巡らせるように頭を揺らし、頷いた。
「仕方ない。奴をあのまま放置して私が逃げるというのも馬鹿馬鹿しいしな。とりあえず貸しにしておくぞ」
ガーディは納屋から表に出た。まるで気負いしていない足取りで、軽く土煙の舞う大地を、四肢を広げてしっかりと踏みしめる。胸元が開き、紅に輝く六角形の宝石が姿を現した。太陽の反射光とは別の赤い光を放ち始め、次第に大きく広がっていく。
アーウィが舌打ちした。ガーディに銃を構えながら真悟に首を向ける。
「あれは一体何をやっているんだ。こっちの位置がばれる。さっさと呼び戻せ」
「いいから見ててくれ。今の状況を変えるにはあいつがいるんだよ」
アーウィを体で制し抑えながら、真悟は振り向いてガーディを見た。赤い光はどんどん強くなり、周囲の木々や家屋を赤く染め輝かせる。その輝きに、ジャーガもついにガーディの存在に気付いた。街の建物に向けていた肩の触手を戻し、頭の上で何度か翻す。こちらに向けて振り下ろそうとしているのは真悟にも分かった。風を切り裂く音がここまで聞こえてくる。
「ガーディ、まだか!」
「早く逃げるぞ、このままだとこちらも危険だ」
アーウィが叫んだ瞬間、ジャーガの触手がまさに振り下ろされた。
真悟は見た。死の恐怖が全てを止めた時の中で、天を裂きながら触手が迫るのを確かに見た。赤い光を浴びながら高速で震える触手の複雑な紋様を確かに見た。
そして、触手がまさに真悟達を納屋ごと破壊しようとするその時、ガーディの放つ赤い光が形を取り、巨大で雄雄しい鋼鉄の腕となって触手を捕らえるのを確かに見た。
巨腕はそのまま天を突かんばかりの勢いで上方へと伸びていく。それに応じて光は実体化を続け、肘、肩、ねじくれた二本角が生えた頭が現れる。角ばった胴体に太い両脚が形を取り戻し、ついに全身を現したガーデウスはその勢いのまま、自身の身長とほぼ同等、二十メートル以上跳躍した。
雄雄しいその姿に、皆が歓喜の叫びをあげる。そんな中でただ一人、アーウィはぴくりとも動かずに、ガーデウスを見つめていた。
「ガーデウス……。死んだはずの亜神がどうして……?」
次回:9月1日18時