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9.突然のファースト・コンタクト

 翌朝、真悟達は南に向かって出発した。

手元に必要な道具は大してないので、準備はせいぜい塩と沸かした水を手頃な箱に入れて持ち運ぶようにしただけで、後は楽なものだった。


 ガーデウスをどのように運ぶかについては、三人とガーディの間でも意見が別れた。

 ガーディとしてはガーデウスの掌にでも乗って行けばいいという考えだったが、真悟はガーデウスを目立たせたくなかった。ただでさえ大きくて目を引くのに、そこらを歩き回れば昨日のタスカー達のように敵を招く事になるかもしれない。


「私のガーデウスなら、あの程度の敵は何十来ようが問題ないが」

「ガーディが問題なくても俺達が問題あるよ。周囲の状況も分からないのに、下手に敵を作りたくない」


 納得はしていないようだったが、ガーディはとりあえず承諾した。ホテルの前の駐車場に直立したガーデウスを見上げて、啓一は悩ましそうに言った。

「とは言っても、こいつをここに置いていくのも勿体ないな。襲われた時に困るしよ」

「それなら気にする事はない」


 ガーディが顔を向けて瞳を輝かせると、ガーデウスが音を立てて動き出した。身構える真悟達の前で片膝を着き、背を丸める。そこで止まるかと思うとそうではなく、間接が歪み、装甲がねじ曲がり、全身が収縮していく。

 威容を誇っていたガーデウスの姿は見る間に姿を変え、最終的に赤い光の塊へと変わり、ガーディの胸元にある宝石へと吸い込まれた。

「これでいい」

「いい加減俺の中の科学的常識ってやつをぶち壊さないでほしいんだけどな……」

 啓一が顔を押さえながら、呻くように呟いた。


「それじゃ行こう」

「誰か他の人に会えるといいんだけどね」

 真悟が先導し、一行は歩き出した。目的地まではせいぜい5キロ程、何もなければのんびり歩いてもせいぜい一時間強といったところだ。


「せめて自転車でもあればな。スピードが一気に上がるし、楽なんだけどよ」

 啓一がぼやいた。市内にもいくつかサイクルショップはあったが、先日探索した限りでは、近場にまともに使えそうな車両は残っていなかった。金属は錆び、ゴムは朽ちていた。


自動車に関しても同様だった。周囲に破壊され乗り捨てられた車はそこかしこに見られたが、まともに動かせそうなものは一台も見当たらない。人の生活圏内は乗り物によって決まると言うが、徒歩で探索するのは神谷市だけでも一苦労だ。


 歩きながら街を見ていると、廃墟となった町並みが嫌でも目についた。この世のあらゆる物は変化する。手入れする人もおらず、風雨に晒されれば、街も乗り物もたやすく朽ち果てる。だがそれに加えて、単に風化しただけでなく、外から加えられた力によって破壊された物も多かった。


「タスカーだっけ?あのワニが街を襲ったのかな」

 彰子が顔をしかめた。真悟は少し考えて、答えた。

「それだけじゃないと思う」

「どういう事だよ」

 啓一が疑問を返す。

「昨日街を見て回ったろ。あの時でかい穴が開いたビルとか、抉れた道路とか、大規模な破壊痕があった。いくらタスカーが凶暴だって言っても奴らには無理だよ」

「つまり……?」

「もっとでかい怪物か何かが街を襲ったかも、ってことだよ」


 真悟は情景を想像する。タスカーのような怪物達が街中に溢れ、街と共に飛んだ人々を襲う。その光景を背景にして、ガーデウスのような巨大な怪獣が群れをなして街を砕き、人を襲う。


「言っておくが、私は何も知らないぞ」

 ガーディが不満そうに顔をしかめた。

「別に名指ししてないよ。ここじゃ何があってもおかしくないから、覚悟決めておこうってことさ」

「つっても、記憶ないんだろ。ガーデウスがホテルで倒れてたのも他の怪獣とかと喧嘩したせいかもな」

「よしなよ。今そんなことを言ってもしょうがないでしょ?ガーディは私達の味方をしてくれる、それでいいじゃない」


 彰子にたしなめられて、ひとまずこの話は終わりとなった。真悟が周囲の街を説明しながら先導し歩いていく。空は青く、雲一つなく澄み切っていた。カーマ・ガタラの上にきらめく太陽の輝きは、地球のそれと何一つ変わらない。歩いているとここが地球ではない別のどこかだという事を忘れてしまいそうだった。

 立ち並ぶビルの高さが次第に低くなり、やがて住宅やマンションと割合を変えていく。やがて遠くにカーマ・ガタラの原生林や山々が見え出した頃、周囲には高い建物はなくなっていた。


 市内南東部には平野が広がっていたため、農地開発が昔から盛んだった。その為周囲には

二階建ての住宅がぽつぽつと建てられ、その間には水田が広がっている。水田には水が満ち、青々とした稲が風に煽られて海のように波打っていた。


「米だ!」

「すげえ!米だ!」

「お米だー!」


 三人のテンションが一気に上がった。水田がこれほど美しく、人に感動を与えるものだとは真悟達は初めて知った。駆け寄って田の様子を見てみると稲はやっと穂が実ってきたところで、残念だがまだまだ食べられる程ではない。だがそれ以上の驚きがあった。稲は等間隔に植えられており、確実に人の手が入っている。このカーマ・ガタラに、自分達以外の人間が生活している。


 胸中に暖かいものが流れるのを、真悟は感じていた。誰かが生き残っているかもしれないという希望が、現実味を帯びて再燃してくる。

「誰かがこの田んぼで米を育ててるんだ」

「てことは、近くに人がいるはずだね。タスカ―が農作業してるとは思えないし」


真悟は頷いた。啓一は嬉しそうで縁に屈みこんで稲を撫でた。

「くっそー、腹減ってきた……。これを育ててる人、米分けてくれねーかな……」

その時、啓一の目の前を何かが風を切りながら飛来した。

「どわ!」

「啓一!」


驚いて尻もちをついた啓一に、真悟は駆け寄った。立ち上がらせながら真悟が飛来物に対して目をやると、それは矢だった。緑の稲に並んで、黒々と輝く矢が突き刺さり、青い矢羽が風に揺れている。


「なんだ、お前達!」

「なんなの、あなた達!」

 二つの声が同時に聞こえ、真悟は顔を向けた。近くに乗り捨てられていた軽トラックから二つの影が姿を現して、シンプルな手製の弓を構えていた。


 奇妙なのは構えている者の姿もだった。背丈は中学生程だろうか。顔を見ると世の女性が皆望むような白い肌をしているが、首筋や手首の肌がひび割れたように線が広がっている。恐らく男と女だが、丸っこい双眸で睨み付ける顔は、二人共に鏡に写したように瓜二つだった。


 あっさりと実現したファースト・コンタクトに、ついつい状況も忘れて真悟の気持ちが舞い上がる。

「す、すげえ……。本物の宇宙人だ……」

「真悟、落ち着けよ」

「あ、そうだな。まず挨拶だな。こういう時は『長寿と繁栄を』って言わないと」

「あいつら耳尖ってないじゃねーか」


「そこ! 何喋ってるの!」

「そこ! 何喋ってるんだ!」


 二人が声を荒げ、引き絞った弓を真悟の胴体に向ける。真悟は思わず両手を上げた。同じく少年に弓を向けられ、啓一と彰子も同様のポーズを取る。しかし地球における降伏の姿勢が、聞いた事もない言葉を話す、見た事もない種族相手に伝わるかは分からない。


「おい真悟、なんかこいつら怒ってるぞ」

「やっぱり挨拶がないからだろ」

「あんたたちが無駄口たたいてるからでしょ!」

 彰子が珍しく怒声を上げる。ごもっとも、と真悟と啓一は頭を下げた。


 少年が眉を寄せて、弓の向きを変えた。畦道をてくてくと歩いてくるものが見えて、真悟はきて、ガーディが首を揺らした。

「なんだ、お前!」

「私はガーディ。彼らの連れだ」

 矢による威嚇を蚊ほども気にせず、ガーディは少年と真悟達の間で視線を行き来させた。

「しかし、君達は何をしているんだ」

「できれば、見て状況を把握してほしいかな……」


 水田に目が眩んだのと目の前の二人の襲撃で、ガーディの存在そのものを忘れていた。少女達の方もガーディの出現に驚いたのだろう、顔をしかめて再度詰問する。

「答えなさい。あなた達は何者なんです。ここは私達の縄張りです。許可なく入ってきてほしくありません」

「アーウィによく似てるけど、お前もボガロの一味か?」

「アーウィ?ボガロ?」


 突然聞き慣れない言葉が出てきて、真悟はガーディの方に顔を向けた。

「ガーディ、翻訳が上手くいってないのか?」

「分からない。私の知らない固有名詞と予想される」

「何言ってるんだよ。そっちの機械の虎、どう見たってボガロの手先だろ。僕らは騙されないぞ」


 怒りに燃える少年の瞳が、突然の爆音と爆風で歪んだ。

 音のした方角を向くと、立ち並ぶ家々の向こうに越えて白壁で包まれた箱型の巨大な建物がいくつか並んで影を落としている。そしてその向こう側から黒煙が青空に向かって、墨が染み出すように上がっていた。

 箱の外見が真悟の記憶を刺激した。確か神谷市にあった市立病院の近くだ。


「家が!」

「ボガロの奴らだ!」


 少年達が叫んだ。その顔には怒りと恐怖が滲んでいる。人が生きているとしたらそこが拠点だと踏んでいたが、どうやら間違いではなかったらしい。

 少年の手が震え、不安げな顔が煙と真悟達の間を行き来する。少女が眉を寄せ、じりじりと真悟達から距離を取り出した。


「速く向こうに行かないと」

「でも姉ちゃん、こいつらどうするのさ」

 少年が困り顔を少女に見せた。どうやら二人は姉弟らしい。確かに顔立ちもよく似ているし、背格好も少年の方が若干低く、華奢に見える。

 姉は不安を押し隠すように、眉に一際力をこめた。


「こいつらがボガロの一味なら、私たちがどうにかしないと」

「俺達は敵じゃない。俺達も行く」


 全員の顔が声の主に集中した。ガーディは口を大きく開き、真悟を妙な物を見るような目で見つめた。

「シンゴ、今の我々の状況で一々他人に関わるのは、あまりいい考えではないと思うがね」

「仲間は多いに越した事はないだろ。俺達に似てるアーウィってのも気になる。お互い協力して信頼関係を得れば、今後ここで生活するにも楽になるはずだ」

「そりゃいいや。俺も真悟に乗った」


 啓一も同じく杖を取る。突然の状況に呆気に取られた姉弟を前に、真悟と啓一は杖を拾った。

「なんだよそれ、僕達は許可なんて出してないぞ」

「言ったろ、俺達は敵じゃない。それを証明するから、一緒に連れて行ってくれ」

 二人は迷っているようだったが、結局目の前の危機を優先したようだった。少女は少し距離を取り、弓を下ろした。


「分かりました。あなた達が私たちと協力するというなら、手伝ってもらいましょう」

「姉ちゃん」

「私はリテラ。この子はリテル。あなたは?」

「俺は真悟。こっちの小さいのが啓一で、こっちが彰子さんだ」

「小さいのは関係ねえだろ、小さいのは」


 啓一が顔を歪めながらぼやいた。話は済ませたとばかりに、二人は爆発のあった方向へ向けて走り出した。真悟達もそれを追いかける。

 隣を走りながら、ガーディは息も切らさず、真悟に問いかけた。


「真悟、君に聞きたいのだが」

「なんだ?」

「君は彼等が弓を構えていたのに、気にせず話しかけた。不用意に動いて死ぬとは思わなかったのか?」


 ガーディの言葉に真悟は少々悩んだ。正直特に考えてはいなかった。目の前の射手が子供で、話も通じるからだろうか、何とかなるだろうという程度の気持ちだった。

 それともう一つあるとしたら。

 少し考えて、真悟は言った。


「危なくなっても、お前が助けてくれるだろうって、思ったんだよ」

「なるほど」

 興味を失ったらしく、ガーディの言葉は簡素なものだった。果たして納得したのかは分からないが、今は確認している暇もなかった。

次回予定:30日18時

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