異世界に飛ばされたら親友もこちらに来ていたらしい
まさか自分がこんな事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。いつもの学校の帰り道、俺は親友のシュンイチと分かれて家に向かっていた。
家まであと数歩というその時、視界がぐらりと揺れて、気がついたら見知らぬ世界。
俺はそこで勇者だといつの間にやら呼ばれていて、何やら魔王を倒さないといけないらしい。
冗談じゃない。家に帰してくれ。何度もそう言った。けれど、魔王を倒さないと帰り道は出来ないのだと聞かされて絶望した。
持たされたのは両刃の剣で、まるで羽のように軽かった。真の勇者だけがそれを振り回す事が出来るらしい。
今まで名乗りを上げた戦士たちは、皆それを鉛の塊のように感じ、持ち上げることすら叶わなかったのだ、と。
騙されてるんじゃないかと思いながら、俺は旅に出ることになってしまった。
道中出会った愛らしい顔立ちの魔女や僧侶と共に、旅をする事数ヶ月。ようやく俺は魔王のお膝元と言われる闇の町にたどり着いた。
もう少しで元の世界に帰れる。
そう思うと高揚感が高まり、俺は仲間と離れて裏町の酒場にやってきていた。
酒は飲めないのでオレンジジュースを注文する。その時、不意に声を掛けられた。
「タカシ……?」
耳慣れたその声に振り返ると、そこには見慣れた顔の、薄汚れたマントを羽織った男が立っている。
「シュンイチ……? シュンイチじゃないか!」
「久しぶりだなぁ! お前もこの世界に来てたんだな!」
「こっちのセリフだ、それは! なんだその格好! 旅人か?」
俺たちは駆け寄り、背中をばんばん叩きながらお互いの存在を確かめ合う。夢じゃない。
間違いなく、ここにいる。
シュンイチが俺の姿を改めて見て言う。
「お前こそ、何してたんだ? 旅の途中に見えるけど……」
俺の服はまさに旅装束といった装いで、灰褐色のマントの下には革の鎧も着込んでる。もしもシュンイチに会えると解っていたら、鎧くらいは脱いでいただろうけど、今更だ。
「ちょっと面倒事を押し付けられたんだ」
自分が勇者であるなんて、気恥ずかしくて言えなかった。シュンイチはさほど興味がないのか「ふぅん」と答えるだけ。
「シュンイチは何してたんだ? この辺りは危険だぞ? 魔物も多いし……」
「あぁ、そうだな。でも、大丈夫だよ、俺は」
「まぁ、お前俺と同じ剣道部だけど、段位俺より上だもんな」
「そうそう。お前、俺から一本も取れたことないもんなぁ」
「それを言うなよ!」
けらけらと笑い、懐かしい昔話に花が咲く。
お互いの今なんてどうでもよかった。
見慣れた顔がそこにある。それだけで良かった。
「はー……笑った笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだろうなぁ」
シュンイチはミルクを飲みながらため息を吐いた。
「本当だなぁ。お前も大変なのか?」
「ま、そこそこってところだな。でも、もうじき用事も終わるんだ。そしたら帰れるらしいから」
「俺ももうすぐ帰れるんだ。帰ったら覚悟しとけよー。ボコボコにのしてやる」
「ははっ、楽しみにしてるよ。じゃあな。お互い頑張ろうぜ」
「今度会う時は元の世界でだな」
「あぁ。じゃあな」
シュンイチは銀貨を置いて手を振って酒場を後にした。あいつも頑張ってるんだろう。俺も頑張らないと。
残り少ないオレンジジュースを飲み干し、俺も銀貨を置いて席を立った。
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暗い森を歩き、俺は自分の城に徒歩で帰る。魔物は皆俺を恐れて近付いては来ない。城の前に立つと門兵が扉を開け、声高に叫ぶ。
「魔王様の御帰還です!」
どこからともなくゴーストのメイドが現れ、俺のボロボロのマントを受け取り、豪華な装飾の施された漆黒のマントに取り替える。
敬礼を取る魔物兵達に手を上げ、敬礼を解かせると俺は玉座へと向かう。
「魔王様、如何でしたか、町の様子は」
「特に変わりはないな。ま、あの町はもう俺の手中にあるんだ。反抗しようなんて奴も現れないだろう」
「しかし、勇者がこちらに向かっているという情報もあります。用心してしすぎることはありません」
「勇者ねぇ……。一体どんな奴なんだか」
腹心にそう言い、玉座に深くもたれ掛かる。
世界を征服すれば元の世界へ返してくれると約束したこいつらは、今ではすっかり俺を信頼しきっている。まぁ、それは俺が魔王としての職務を全うしようとしているからだからだが。
「さぁ……、もうすぐ勇者がやってくる。そうすれば息の根をとめてやるさ。頼みの綱が切れれば、世界征服なんてすぐだろう」
「あぁ、やはり魔王様を選んだ我々の目に狂いはありませんでした!」
「おべっかはいいよ」
勇者タカシと魔王シュンイチが対峙するのは、それから数日後のことだった。
物語の結末は、今は誰も知らない。