後編
「ッ?!」
驚きだった。それはもう色々なことに、である。まず、妹が次期国王と目されているマルクス殿下の婚約者だったということもそうだし、その婚約関係を一方的に破棄するというのもそうだ。それにシスティーナがアリサ嬢とやらを虐めたあげく、階段から突き落としたという話にも、それはもう驚いた。個人的には、システィーナがそんなことをするとは微塵も思えないけれど。
僕はチラとシスティーナを見てみた。
システィーナは、混乱しているようで反応を返せないでいる。メリッサ嬢も同様だ。
仕方がない。ここは僕が兄として話をしようじゃないか。
「殿下。発言よろしいですか?」
「構わん。何だ?」
「ありがとうございます。まずは確認させていただきたく思います。この度、我が妹であるシスティーナがアリサ嬢に虐めをしたあげく、階段から突き落としたとのことですが、それは事実ですか?」
「そうだ」
「そうですか。虐めというのは具体的にはどのようなものでしょう?」
「ケビン。説明しろ」
マルクス殿下は近衛騎士団団長の息子でヤンバース公爵家の跡取りであるケビンに説明するよう促した。ケビンは懐から折り畳まれた紙を取り出し、それを読み上げた。
「ここからはマルクス殿下に代わり、私がご説明いたします。まず、システィーナ嬢がアリサ嬢に行った虐めについてですが、これは確認できている内容が五つございます。時系列順にお話しましょう。まず、一つ目は五月半ば頃。学院の授業として行われたお茶会において、システィーナ嬢がアリサ嬢にお茶をかけ、ドレスを汚したことがございました。この件につきましては多くの者が目にしていますので、証言もございます」
そんなことがあったのか。学院にはあまり行けないから知らなかった。でも、それは何かの間違いではないだろうか? やはりシスティーナがそんなことをするようには、どうしても思えないのだ。
「システィーナ。そのことは覚えているかい?」
僕は、とりあえずシスティーナに聞いてみることにした。
「は、はい。ですが、それは事故だったのです。私がティーポットを持ってカップに紅茶を注いでいる時に、アリサ様とぶつかってしまって……」
もっと詳しく聞いてみれば、ポットを持ったシスティーナにアリサ嬢がぶつかってきたために、ポットの紅茶がこぼれ、それが少しだけドレスにかかってしまったとのこと。その時には、システィーナが謝り、アリサ嬢もそれを受け入れたとのこと。ならば、もうその問題は解決済みであり、今更蒸し返すようなことではない。それに、悪いのはアリサ嬢じゃないか。それを虐めだと決めつけられるのは納得がいかない。
僕がその旨を遠回しにマルクス殿下たちに伝えると、向こうもそう感じてきたようで、その件は不問となった。当たり前である。システィーナは全く悪くないどころか、当事者間でとっくに解決した問題なのだから。
「では、二つ目は私から説明しましょう」
ケビンに代わり、今度は魔導師団団長の息子でメロウ侯爵家の跡取りであるエインズが説明を始めた。どうやら、五件あるらしいシスティーナによるアリサ嬢虐め(笑)は、マルクス殿下たちがそれぞれ一つずつ説明するようだ。
「二つ目の虐めが起きたのは六月下旬頃です。なんでも、システィーナ嬢は多くの学生の面前で、アリサ嬢を言葉によって責め立てたとか。これもまた、多くの目撃者がおります」
エインズの説明に対し、システィーナが答えた。
「責め立てたと言うと語弊があると思いますが、注意をしたのは確かです。アリサ様は、学院では禁止されている派手な装飾品を身に付けておりましたので、ご注意申し上げたと記憶しております」
「……」
エインズは黙りこんでしまった。ひょっとして内容までは調べていなかったのだろうか? そんな様子だと、調査能力も求めれる魔導師団には入れないと思うけれど。魔導師団は事件の調査もその重要な仕事の一つだから、公正公平且つ、微に入り細を穿つ調査能力が必要なのである。
「で、では三つ目だ! デイビッド!」
「はい。殿下」
マルクス殿下は雲行きが怪しくなってきたのを察したのか、次の虐め内容の説明を促した。説明するのは、財務大臣の息子でアーレイ伯爵家の跡取りであるデイビッドだ。デイビッドはケビンと同じく懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「三つ目の虐めが起きたのは同じく六月下旬頃です。内容は廊下を歩いていたアリサ嬢の足を、同じく廊下を歩いていたシスティーナ嬢がひっかけて転ばせたというものです」
「? そのようなことについては私は全く身に覚えがございませんが……」
システィーナがはっきりと告げた。そんな中、メリッサ嬢が思い出したかのように言う。
「ひょっとしてあれではないかしら? ほら、私たちが廊下を歩いていた時に後ろでアリサ様が倒れていらしたことがありましたでしょう?」
「えっ? あ。あぁ。そういえば、そんなこともありましたね。ですが、あれは私に全く関係ないと思いますが」
「しょ、証拠は!」
マルクス殿下が言う。
「ありませんが……。ですが、それを言いますと、私がやったという確固たる証拠もないですよね? あるのはアリサ様の証言だけ。違いますか?」
「うぐっ。で、では次だ! ジャン!」
「はい。殿下」
国有数の大商会――クロマティ商会の跡取りであるジャン・クロマティが説明を始めた。
「僕が確認した四つ目の虐めが起きたのは、六月半ば頃です。内容は、アリサ嬢が普段着ている制服が切り裂かれた状態で発見されたというものです。アリサ嬢は、教室を急いで離れる淡い金色の髪を持つ女子学生を遠目で見たと言っています」
「……そんなことしておりません」
「ふんっ。往生際が悪い。まぁいい。最後は私だ」
マルクス殿下が説明を始めた。
「昨日の夕刻、アリサ嬢が階段から突き落とされた。アリサ嬢は幸いなことに足首を捻挫するだけで済んだが、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。何か申し開きはあるか?」
「そんなことはしておりません! そもそも何故私がアリサ嬢を虐めなくてはならないのですか!」
システィーナは少し声を荒げた。メリッサ嬢も眉をひそめ、不快感を露にしている。自分の親友がいわれのない罪で断罪されようとしているのだから当たり前だ。周囲にいる学生たちも、マルクス殿下に対して不信感を抱き始めているようで、怪訝な表情をしている。
「少しいいですか?」
僕は状況を整理し、真実をつまびらかにするために、とある提案をした。
♦♦♦
食堂を後にした僕たちは学院長室を訪れていた。
「ここに何があるのだ?」
マルクス殿下が聞いてきた。全員が気になるようで、僕の方を見てきた。僕は笑みを浮かべて、
「真実ですよ」
と言う。
「「「「「「「「?」」」」」」」」
すると、全員の頭の上には疑問符が浮かんでいた。
僕は扉を叩き、入室の許可を得る。
「どうぞ」
僕たち九人は学院長室へと入っていった。
「失礼いたします。本日はお願いがございまして……。実は――」
僕は学院長に事情を説明し、とある魔導具の閲覧許可を求めた。その魔導具を確認すれば、真実がどこにあるのか、はっきりとするだろう。
「ふむ。そういう事情ならば致し方ありません。確認しましょう」
“やった”“やってない”なんてことは証拠がなければ悪魔の証明だ。互いに言い続けたところで、それは不毛な水掛け論にしかならない。
だが、この学院長室にある、とある魔導具なら、こちらの“やってない”という言い分を裏付けるだけの証拠を示すことができる。その、とある魔導具とは、学院に入学する前の僕が作り出したもので、過去にいた異世界出身の勇者がもたらした知識である“びでおかめら”なるものから着想のヒントを得て作り出した。
その魔導具の名を“固定型映像記録送信機”という。要は、それが置かれた場所の映像を、リアルタイムで視聴、そして別場所にある機器に記録できるという魔導具である。学院では、王子を迎えるにあたって、防犯を充実させるために学院長の鶴の一声で導入されたらしい。
というのも、学院長は王国屈指の魔導具収集家なのだ。固定型映像記録送信機の設置決定には、そんな学院長の趣味が大きく関係していたそうだが、今回ばかりは、その趣味に感謝するべきだろう。
現在、固定型映像記録送信機は一部場所を除き、全て教室、廊下、階段などに設置がされているようで、事件が起きた場所の全ての記録を確認することができた。
そして、その結果だが……こちらの言い分が十二分に正しいことが証明された。完全勝利である。
まず、お茶会の件、言葉によって責め立てたという件、廊下で転ばせた件については、システィーナは全く悪くないことが証明された。廊下で転ばせた件は、アリサ嬢が何もない場所で自分から転びにいっている様子が映し出されていた。アリサ嬢はその映像を見て顔を真っ赤にし「何よコレ! こんなのがあるなんて聞いてない!」と喚き出した。
そして、その後も映像は続く。
次に映し出されていたのは、誰もいない教室でアリサ嬢が自らの制服をハサミで切り裂いている映像だった。夕陽が差し込む教室で一心不乱に制服を切り裂く姿は、恐ろしいという他ない。もはやホラーである。
そして最後の映像は、昨日の夕刻頃の中央階段が映し出されていた。その映像には、「これで私が怪我をして、それをあの女にやられたと言えば……」という言葉と、自分から階段を落ちるアリサ嬢の姿があった。ちなみに、落ちた階段の段数はたったの五段であった。
マルクス殿下たちは映像を見終わると、顔を青くした。無実の令嬢を、それも影の王家とまで言われている家の令嬢を陥れようとしたのだから、自分たちに下される罪が重いものになるだろうことが容易に想像ができたのだろう。
彼らはそれぞれの引取人が来るのを待つことになった。今の彼らは断罪を待つ罪人の気分だろう。自業自得とは言え、御愁傷様である。
「では、君たち三人はもう教室に戻りなさい」
「「「はい」」」
僕とメリッサ嬢は部屋を出る。
だが、システィーナは最後まで部屋に残り、何かを告げていた。
「ああ。言い忘れておりましたが、殿下の婚約者は私ではございませんよ? それではごきげんよう」
システィーナは僕たちに少し遅れる形で部屋から出てきた。最後に何を言っていたのだろうか? システィーナに聞いてみたが、はぐらかされてしまった。
そのあとは、いつも通り授業をこなし、家へと帰った。
後で知ったことだが、アリサ嬢はフルネームだと、アリサ・フォン・ロイドというらしい。なんでも、北方を治めるロイド男爵家の令嬢とのことだ。まぁ、今となってはどうでも良いことか。アリサ嬢は公爵令嬢に偽りの罪を擦り付けようとしたとのことで、規律の厳しい修道院送りとなったそうだから、もう会うことはないだろう。
マルクス殿下たちもそれぞれの親から処罰が下された。彼らの場合は良くて蟹居、悪くて貴族籍から抜いた上での市井への放逐だった。市井への放逐は、貴族令息として育った者にとっては、かなり辛い罰だろう。僕なら路地裏で、のたれ死ぬ自信がある。……いや、作った魔導具を売れば何とか生活できそうかな?
僕は、指で胸の前で十字を切り、罰が下された彼らの冥福を祈る。
まぁ何はともあれ、妹の危機? も無事に去り、明日からいつもの日々が始まるだけだ。明日は学院に行けるといいなぁ。
僕はそんなことを思いながら自室にて眠りについた。
ちなみに、翌日は、今日の疲れがあってか、いつも以上にダルくて学院に行くどころの騒ぎではありませんでした……。