中編
昼休みになり、約束通りシスティーナが僕のクラスに迎えに来た。後ろには、侯爵令嬢メリッサ嬢がいる。
メリッサ嬢はシスティーナの親友だ。フルネームはメリッサ・フォン・アールスハイド。明るい茶色の髪に紫色の瞳を持ち、背は僕やシスティーナよりも高い、およそ170cm。目はキリッとしていて凛々しい顔立ちをしている。学院では、彼女のことを“麗人の騎士様”と慕う者も多いとのこと。ちなみに、その多くは女子学生らしい。
そんなメリッサ嬢の父は王国騎士団で団長の地位に就いており、彼女自身もその影響で剣を嗜んでいる。その実力は極めて高く、一度だけ彼女の試合を見学したことがあるが、その時には騎士団の団員を一撃で倒していた。相手は無論、成人した男性の正騎士だった。将来は、もしかしたら史上初の女騎士団長になるのではないか? と真しやかに囁かれている。
メリッサ嬢は、そうした“武”に秀でた面がある一方で、貴族令嬢としても完璧な作法を身に付けている。また、“文”にも目を見張るものがあり、文武両道の完璧令嬢としてよく知られている。ただ、不思議なことに彼女には婚約者がいないらしい。なんでも、完璧すぎて相手方の令息が尻込みしてしまうのだそう。勿体ないことである。
そんなメリッサ嬢は、週末には、必ずと言っていいほど、システィーナと会っている。気心の知れた友人というヤツなのだろう。真に羨ましいものだ。
僕は学院にあまり行けないことに加えて、社交界にもあまり出席できないことから、親友はおろか、友人らしい友人もいない。クラスでも、こちらから話しかければ答えてくれるけれど、自分から話しかけてくれるような人はいない。
嫌われてはいない……と思う。いや、そう思いたい。僕が話かけた時に男女問わず下を向いて顔を合わせてくれないけれど!
……別に寂しいなんてことはない。ないったらない。僕には優しい家族がいるから、もうそれで十分だし。
僕がそう、自分で自分を慰めていると、システィーナがこちらにやってきた。
「お兄様! 体調は大丈夫でしたか?」
「うん。問題ないよ。今日はいつになく調子がいいみたいだ」
「そうですか! それは何よりです! 体調が少しでも悪くなったら仰ってくださいね!」
「いつもありがとうな」
「いえいえ。では、参りましょう!」
「うん。そうだね」
システィーナはご機嫌な様子だ。僕が学院に来ると、いつもニコニコとしながら、僕のことを気にしてくれる。僕にはできた妹である。
「こんにちは、メリッサ嬢」
廊下に出たタイミングで、待っていたメリッサ嬢に挨拶をする。
「ごきげんよう、アルフォンス様」
メリッサ嬢は、僕が相手でも面と向かって話してくれる数少ない相手だ。
……もしかしたら、彼女となら友人になれるだろうか? 今度、頼んでみようかな。
僕はそんなことを考えつつ、食堂へと歩を進めた。
僕らが通う学院――エリオット王立魔法学院には食堂が作られている。食堂とは言っても、街中にありふれた大衆食堂ではなく、その実は貴族が味わうに足る高級料理が味わえるレストランだ。故にその設備も豪華絢爛である。天井には無数のシャンデリア、テーブルには貴重な魔物の糸を使用したテーブルクロスがひかれている。椅子一つとってみても、平民が一ヶ月間必死に働いて、ようやく買うことができるほど高価な品となっている。
僕たちは、そんな食堂の窓際の席に腰かけた。その席は、窓から綺麗な庭が覗める、絶好のスポットなのである。僕は食堂で食事を摂る際には必ず、この席に座る。言わば、食堂での定位置である。それに、僕が学院に来れた日は、必ずこの席は空いている。こんなに景色がいいのに誰も座らないのは不思議でならないが、まぁ困ることはないし、むしろラッキーだ。
僕たちが席につくと、そのタイミングで給仕の男性がカートを押しながら歩いてきた。燕尾服を着こなした壮年の男性だ。その男性は実に美しい所作で給仕を開始した。少しのことで音が鳴ってしまう陶磁器を使っているというのに、給仕の際には全く音が立つことはない。細やかなところまで行き届いた洗練された所作は、高位貴族としての教育を受けた僕でさえ惚れ惚れとするものだ。
「それでは御前失礼いたします」
やがて、給仕を終えた彼が一言言うと、持ち場へと戻っていった。
「何度みても見事なものだなぁ」
僕が感嘆の声を漏らすと、
「本当ですねぇ。全員があのレベルに達していると考えると、凄いとしか言いようがありません」
「本当に。なんでも王城で鍛えてから、こちらに寄越されるようですよ」
それに同意するように、システィーナとメリッサ嬢が言った。
「王城から? それは凄い訳だ。では、食べようか」
そして僕たちは食事を開始……しようとしたタイミングで食堂が騒がしいことに気付いた。周りを見渡してみれば、食堂にいる人々の視線が、とある一団に注がれている。
僕たちは視線を集める、その一団に目を向ける。
その一団は、この国の第一王子を筆頭とした、高位貴族の令息たちだった。
第一王子にして次期国王と目されている
――マルクス・フォン・エリオット。
近衛騎士団団長の息子にして公爵家の跡取り
――ケビン・フォン・ヤンバース。
魔導師団団長の息子にして侯爵家の跡取り
――エインズ・フォン・メロウ。
財務大臣の息子にして伯爵家の跡取り
――デイビッド・フォン・アーレイ。
国有数の大商会の跡取り
――ジャン・クロマティ。
彼らは、一人の女子学生を守るようにして真っ直ぐこちらに向かって歩いてきた。彼らの表情は険しく、こちらを睨みつけている。いったい何事だろうか? 守られているその女子学生はいったい何者だろうか? それに何故睨まれているのだろうか?
僕の思考に次々と疑問が生まれる中、やがて彼らは僕たちがいるテーブルの前に立ち、そして爆弾発言を落とした。
「システィーナ・フォン・ウォークレイ! 貴様はアリサ嬢に対して様々な嫌がらせをしたあげく、昨日の夕刻、階段から突き落としたそうだな! 貴様のような貴族令嬢の風上にも置けんようなヤツとの婚約は此方から願い下げだ! よって今ここで貴様との婚約を破棄させてもらう!」