前編
「今日のお昼、ご一緒にどうですか?」
「うん。いいね」
「ではお昼休みに迎えに参りますね!」
学院が始まる前。校門にて、一人の女子学生が僕に向かって満面の笑みを浮かべながら告げ、校舎の中へと消えていった。僕もそれに続く形で校舎へと入る。
僕の名前はアルフォンス・フォン・ウォークレイ。ウォークレイ公爵家の長男にして次期当主だ。白色の髪に赤い瞳。そして、病的なまでに白い肌。体つきは華奢で背はおよそ160cm、筋肉は最低限しかない。それが僕だ。ちなみに、婚約者はいない。悲しいことに……。父上には、それとなく婚約者について聞いてみたりしたのだが、「大丈夫だ。ちゃんと考えている」としか言われなかった。
そして、先ほどの彼女。彼女の名前はシスティーナ・フォン・ウォークレイ。僕の妹である。淡い金髪に緑色の瞳を持ち、体つきは年齢相応の平均的な体型。背は僕よりも2cmほど高い。美しくも可愛らしい容貌で、器量も性格も良い。そして、相手が誰なのか教えてもらえないが、婚約者がいるらしい。婚約者が誰かは結婚式当日までのお楽しみというわけだろうか? まぁ、いずれ分かることだろうし態々調べるような野暮なことはしないつもりだ。結婚式の日には精一杯祝ってやろうと思う。
そんな僕とシスティーナの実家――ウォークレイ公爵家は、エリオット王国に連なる貴族家の一つで、王国が建国された五百年前から存在する由緒正しき家柄だ。その権威は王家に追随するとまで言われており、影の王家とも言われているそうだ。
現在も父であるニコラウス・フォン・ウォークレイは国王の相談役として辣腕を振るい、母であるマリアベル・フォン・ウォークレイは美しさと聡明さから、社交界の華として、貴族女性の憧れを一身に集めている。二人が本気になれば、ある程度のことは何でも叶うだろう。それこそ、王家打倒を本気で成し遂げようと思えば、おそらく可能ではないだろうか。
……まぁ実際、そんなことはしないと断言できるのだけれど。というのも、父上は常日頃から相談役を引退して領地に引っ込み、領地経営に専念したいと言っているし、母上もそんな父が大好きだから、あっさり社交界を退いて付いていくだろうし。聞いた話では、相談役を辞めようと、辞表を提出した父上を、陛下を始め、多くの官僚が必死で説得したこともあるらしい。今から三ヶ月前ほどの出来事だ。陛下と官僚に泣きつかれた父上は渋々辞表を取り下げ、再び相談役の任に就いたらしい。この前、母上がこっそり教えてくれた。
とにもかくにも、僕の両親は超優秀な人たちで、この国になくてはならない存在である、ということだ。
僕自身に関しては、自分で言うのも何だけれども、それなりに優秀な部類にいると思う。とりあえず、次期公爵家の当主として恥ずかしくないほどの成績は示しているつもりだ。本気になれば、上は目指せるだろうけど、僕自身、今よりも成績を上げよう! というような気概はない。というのも、今の僕には成績を上げるために勉強をすること以上に、大事なことがあるからだ。
僕にとって大事なこと。それは魔導具の作製だ。
僕には生まれつき、常人の十倍以上はある莫大な魔力が備わっている。それこそ、魔力が多すぎて健康に害を与えているほどだ。
こういった異常体質は、魔力過多体質と呼ばれている。この体質は実に様々な影響を人体に及ぼす。僕の場合は、心臓への負担が一番大きいだろう。
僕が持つ莫大な魔力は、心臓の活動を若干阻害しているらしい。それ故に、激しい運動はおろか、貴族の嗜みとされているダンスですら踊れない。日によっては、身体中のダルさ故に、学院にすら満足に通えないほどで、一週間で五日ある学院のうち、二日程度しか通えていないのが実状だ。
そんな僕が、ベッドから動かなくともできる魔導具の作製にのめり込むようになったのは、ある意味必然だったのかもしれない。
それに僕には魔導具開発の才能があった。
僕が開発した魔導具は数多くあるが、その中でも特に画期的だと言われたのが、馬車揺れを大幅に軽減する魔導具だ。その開発が成功した暁には、陛下から特別功労賞をいただいたほどである。これは僕のちょっとした自慢だ。まぁ、その式典には具合が悪すぎて行けなかったので、代わりに父が出席したけれど。
この体質を恨めしく思うことは多少あれど、昔ほど嫌うことは今となってはなくなった。
確かに、小さい頃は他の子供のように遊べない、この体質を本気で恨んでいた。でも、魔導具を開発するようになってからは、有り余る魔力は非常に重宝しているし、むしろ感謝している。今の僕の成功は、この莫大な魔力があってこそだからだ。もし、莫大な魔力を持って生まれなかったら、今のように魔導具開発にのめり込むこともなかったかもしれない。いや、なかっただろう。それを考えれば魔力過多体質で生まれたことは良かったのだと言えるだろうか。
何はともあれ、今は学院だ。二日ぶりの学院は非常に楽しみである。
僕は意気揚々と、自分のクラスへと向かった。