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公益社団法人日本貨物車両協会からのお知らせです

作者: 乃木重獏久

『日本貨物車両協会からのお知らせです。近頃、走行中のトラックの進路に歩行者が飛び出す事故が多発しております。特に、空想小説やアニメ番組等に影響されたと思われる、青少年による意図的な飛び込み事故が著しく増加しております。運送事業者並びに運転者の皆様におかれましては、運転車両の進路に青少年の姿を見かけた際には、極力徐行して不測の事態に備えるよう、ご協力をお願いいたします。

【青少年の方へ】トラックにはねられても、決して別の世界へ行くことはできません。トラックへの飛び込みは絶対にやめましょう』


『やめよう、ゼッタイ! トラックにはねられても異世界にはいけないぞ!!』


           *  *  *


「どうなんですかね、これ。会員への注意喚起文書に、青少年に向けたメッセージを入れても意味が無いんじゃないですかねぇ」

「私もそう思います。それにこの標語ステッカーを、サービスエリアや道の駅の目立つ場所に貼付するということですが、子供たちが目にするとはとても思えませんし、会員のトラックに貼っても、さらに意味が無いように思いますけど」

「それと、『異世界にはいけないぞ』とありますが、“行けない”と“イケナイ”を掛けているつもりなんですかね。私は『ゆけないぞ』の方がいいような気がしますが。あるいは漢字で表記するとか。でも、そもそもセンスが無いし、語呂も良くないですよね、これ」


 協会員である貨物車両運送事業者へのお知らせ文書案と、啓発用の標語ステッカーの作成案を前に、公益社団法人日本貨物車両協会の事務局では、職員があれやこれやと好き勝手に話し合っていた。


 近年、ライトノベルと呼ばれる青少年向け読み物を始めとした多くのメディアにおいて、「異世界もの」と呼ばれるジャンルが盛況である。現代日本に住む主人公が、幻想的な“もう一つの世界”に転生するという多くの作品において、物語のきっかけとして使われている典型的なパターンに、「トラックにはねられる」というものがある。


 ここ数年増加の一途をたどる、若年者のトラック飛び込み事故は、悩みやストレスによる自殺という見方が強かったが、「異世界に転生したかった」という、ライトノベルに影響されたと思われる理由が潜在的にあるということが、複数の事故生存者への聞き取り調査により、明らかになってきた。

 今年度に入ってからも、その発生件数は鰻登りとなっており、協会事務局前の国道でも、先日事故が起こったばかりだ。


 ライトノベルはそのほとんどが健全なもので、若者の活字離れ防止の効果も期待されているが、この「異世界もの」に影響されたと思われる青少年により起こされた、飛び込み事故の件数が増加するに伴い、そうも言ってはいられなくなってきたのである。


 警察庁や国土交通省も事態を注視してはいるが、現在のところ表だった動きはアナウンスされていない。しかし、意図せずして事故の加害者になってしまった運送事業者や運行管理責任者、ドライバーの人生を大きく狂わすような事案が後を絶たず、業界団体である公益社団法人日本貨物車両協会が対策を打つことになったのだ。


「そもそも、若者は何にでも影響されますからね。暴力ゲームと同様に規制から始めなきゃならないんじゃないスか」

 この春に新卒で採用されたばかりの職員が、自分が若者であることを忘れたかのような発言をする。


「それに関しては、総務の方で青少年保護育成条例に盛り込んでもらおうと、都議会議員に働きかけています。併せて、書店業組合や出版刊行協会などへの広報協力要請も検討中です」

「全国紙への全面広告掲載も有効だと思いますが」

「予算的に無理だよ。それにどの新聞社にするのか選定理由が不明確だと入札も執行できない」

「内部でつくったこんな素人案じゃあ、どだい無理だ。ちゃんとしたプロに頼まないと」

「そうなると総合評価落札方式による入札になるが、仕様書作成に手間取りそうだな」


 延々と続く不毛の会議を断ち切るように定時のチャイムが鳴り、打ち合わせはまた明日にと、職員は各々帰り支度を始める。


「えー、マジかよ、地下鉄、人身事故だって。今月何回目だよ」


 新人職員がスマートフォンを見ながら声を上げていた。

 その声に自分のスマートフォンをのぞき込む職員たち。画面には中年男性の飛び込みによる全線不通との記事があった。職員たちは、他の交通手段について相談しながら退社してゆく。


「若者はトラック、中年は地下鉄と。今の日本は一体どうなっているのだか」

「最近の若いヤツらは辛抱が足らないんだよ、すぐに逃げ出したがる。そもそも人生ってのは――」


 帰宅してもすることが無いのか、60歳過ぎの嘱託職員たちが仕事をするでも無く、退社もせずに、ああだこうだと若者批判を繰り広げていた。


 地下鉄が不通と聞き、このまま駅に向かっても疲れるだけだと考えた70歳近い専務理事は、電車が動くまで事務局に留まることにした。窓から射す夕日のなか、昼休みに職場近くの書店で買った、同世代に人気だという時代小説を鞄から取り出す。あらためて表紙を見ようと思い、書店が掛けてくれたブックカバーを外すと同時に事務局の電話が鳴った。


 定時過ぎの外線と、電話に出ようともしない嘱託に、専務理事はぶつくさ不平をつぶやきながら受話器を取る。

「貨車協会です――」


 電話応対をしながら、空いた手でもてあそぶ文庫本の、裏表紙に記されたあらすじにはこうあった。

『高速道路を逆走して事故死した主人公は、気がつけば戦国時代にいた。麗しの姫君とともに戦国の世を駆け抜ける――』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親世代に流行ったものが時代を経て再び真新しいと持て囃される、そんな話を思い出す最後の一文に直前の若者批判を振り返って色々と考えさせられました。 これくらい極端ではなくても、現実に有り得そう…
[一言] 面白い。フッと笑えます。 阿刀田高さんのショートストーリーのような、軽快な文体が読みやすいです。
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