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恋愛もののスケールには気をつけよう!


 碧い実は酸っぱい。

 俺が生まれて初めて身を以て経験したことだ。

 子供の頃、夏休みに母親の実家の庭で採った柑橘系の実。蜜柑が大好物だった俺は躊躇なくもぎ取り、皮を剥いて果実を一口に放り込んだ。

 次の瞬間、頬の内に凄まじい刺激が走った。細かい棘の付いた風船が口の中で広がるような感覚。祖母は笑っていたが、俺はしばらく蜜柑を食べる気にならなかった。隣にある黄色くなった実を選んでおけばこんなことにはならなかっただろう。しかしこの経験は俺に熟・未熟の概念を教えてくれた。なんでも早ければいいわけじゃない。時間をかけて初めて意味のあることもある。俺はそれ以降様々なことにその考えを適用するようになった。脅威は未熟な内に摘み取り、利益はある程度待って育てさせた。失敗もあったが、その分成功も多い人生だったのかも。中でも一番酸っぱかった失敗は、あの時かも知れない。





 高校に入り、俺は恋をした。一目惚れの初恋、大恋愛である。クラスは違うが、廊下ですれ違った彼女の姿に、俺は目を奪われた。

 恋というのが分からなかった俺だが、こういう気持ちは未熟な内に摘み取ると酸っぱい思いをすると経験で分かっていた。

 なのに、俺は焦ってその実を摘もうとしてしまった。理由は分からない。理性が働かなかったのだ。

「好きです」

 初対面の男に言われ、彼女も戸惑っただろう。というか、ぶっちゃけドン引きしていたと思う。

 しまった、と思った。周りにそこそこ人もいた。やらかした。酸っぱいなんてモンじゃない。俺は彼女の答えを聞く前に顔に火がつく思いでその場から逃げ出した。家で猛省し、翌日以降友達にからかわれまくった。祖母にもらった恋愛成就のお守りに文句を言おうとしたが既に失くしていたらしく、そのせいかと無理やり納得して泣き寝入りするしかなかった。それ以降、彼女と面と向かって会うことはなかった。避けられたのだろう。





 そんな失敗や成功を繰り返し、俺は大学を卒業してしがないサラリーマンになった。そこそこ名のあるブランドの製品を扱う所なので、給料も申し分ない。都心部の支社に配属されたお陰で引っ越しと一人暮らしを強いられたが、俺も家族も特に心配はしていなかった。毎朝の出勤ラッシュや社会の理不尽さには神経を削られたが、なんとかかんとか3年耐え切った。今日も疲れた顔で駅のホームに並ぶ。列の先頭に立ってぼーっとしていると、向かいのホームの先頭に立っていた人物を見て眠気が吹き飛んだ。


 それは、俺の初恋の人だった。


 心臓は急に血液循環を張り切りだし、4月の肌寒い時期であるにも関わらず汗が噴き出してきた。電車の到着アナウンスが遠のき、耳に入らなくなる。

 そんな俺の熱を冷ますように風が吹いた。目の前にいた彼女は強風に粉塵を巻き上げられたのか、目を瞑る。そしてその後すぐに、線路の方へ手を伸ばした。何か落としたようだ。

 実を乗り出した彼女は、そのまま、バランスを崩し……


『列車が到着します。ご注意下さい』


 遠のいていたアナウンスに、背筋が凍りつく。

「危ねえ!」

 手を伸ばす。当然、届かない。彼女が俺を見た。戸惑ったような顔をしていた。


 その顔を最後に、俺の五感は列車に塗り潰された。警笛と急ブレーキは全身を叩くかの如く鳴り響き、俺の視界にはもう彼女はいなかった。あるのは車両と、興味深そうに携帯のカメラを向ける野次馬だけだ。

「あ……」

 唐突な絶望の奔流に、思考の処理が追いつかない。

「ああ……」

 黒い何かが頭を埋め尽くし、俺は発狂する……前に、夢から目を覚ました。

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