バルギニスマーチ
『弾ちゃぁーく……今!』
無線機から流れてくる声と共に紅く大きな華がいくつも咲いた。遅れて響いてくる雷鳴のような轟音と地響き。
『目標、損害多大、引き続き攻撃する!』
『了解、これより我々も前進する』
隊長のよく通る声が胸元の無線機越しに流れて来た。
『戦車、前進!』
一斉にギアが入れられ、ディーゼルエンジンが始動する。排気音を響かせた総数100兩を数えるT-34-85中戦車は、轟然と前進を開始した。
ハッチから上半身を乗り出したライン・アイルハス副隊長は前方の光景に目を眇める。
幅数キロに及んでいる白亜の城壁。
その前方に敷かれていた敵の陣地は先程からの砲撃により、既に正常な機能を失っているように見えた。
今もなお続く砲撃は副隊長の頭上を越えて敵の陣地へと降り注ぐ。
……敵の司令官はこの様子をどんな気持ちで見ているのだろうか。唐突に訪れた攻撃に地獄絵図なのは間違いないだろうが。
揺れる戦車の上、そんなことを考えているライン副隊長の横を一際目立つ塗装が施されている車両が追い抜いて行った。
深緑の砲塔に四角く塗装されているのは白地に赤の五芒星、帝国の国旗だ。
その砲塔から上半身を乗り出し、こちらに小さく手を振ってきた人物こそ私たちの隊長、ウォーカー・フロマージュだ。
ニカッと笑う表情からはまるで帝国軍人の要素など何処にも見受けることは出来ない。
おそらく知らない人が会っても従卒か召使いとしか思わないだろう。
しかしそんな人が他国からは「帝国の悪魔」、「平和と自由の敵」、「地獄の虐殺者」……などの異名で呼ばれ、裏ではその首に莫大な懸賞金がかかっているのというのだから、ついつい滑稽に感じてしまう。
『そろそろ、いい頃合いかな。ライン、始めて』
敵陣も大分近くなってきたころ、ヘッドギアにウォーカー隊長からの無線が入った。
「了解です、開始します」
ハッチから潜り込み、内部に張り付けている魔法陣を描いた紙に魔力を流す。
緑色に発光し、なおも輝き続ける。それを確認して、再びハッチから顔を出した。
「始まりますよーっ!」
エンジンの音に掻き消されながらも、あらん限りの声で周囲にもたれ掛かっている兵士達に注意を促す。
城内に突入後、皇宮内部で戦う為の人員だ。
『目標、前方敵陣地。弾種榴弾。停止射』
再び、無線から隊長の声が流れ出す。そろそろ戦闘も開始されそうだ。空を見上げると先ほどまで頭上を飛んでいた榴弾は収まっていた。
周囲を見まわすと車両からの白い排気煙と土煙で朦々としていた。これでは後方から遅れてやってくる騎兵隊も大変だろう。
そしていつの間にか、いつもの様に隊長が乗っている戦車が一番先頭を走っていた。
『全車停止、てぇーっ!』
耳をつんざくような轟音をあげて、85ミリが一斉に吠える。
放たれた100の榴弾は次々に敵陣地へ着弾し、再び敵陣地を阿鼻叫喚の地へと変えていく。
『目標に命中。弾種榴弾。装填後、微速前進!』
再び敵陣へ前進を開始するT-34-85戦車隊。
これまで敵の反撃らしい反撃も無く、確実に前へと進んでいる。
そして同時に各車両から流れ出す勇猛と呼ぶにはいささか攻撃的な、管弦楽団による音楽が流れて来た。
それに合わせて歌いだす兵士達。手に持っている武器をかき鳴らし、誇らしげに歌っている。
『我らがバルギニス帝国は、全世界を懲罰する。モロンに臨むアルテシナから西方まで。その至る所、地上に歌われるのだ。首都よ、ロンティよ、我らがバルギニスの熊よ!』
『この世の全ての国々は、我ら皆がこの世に具現化させた、物々に相応しい。世界に冠たるこの強国から恭しき挨拶を捧げよう!』
無線から聞こえてくる隊長の声も昂っているのが分かった。
後方の騎兵隊の人たちも歌っているのか、この戦場全体に響き渡っているように感じる。
敵の指揮官達にはちょっと同情する。こんな曲を聞かされながら敵が迫りくるなんて。
まあ、生きた心地がしないだろう。
『全車停止、てぇーっ!』
戦場の歌をかき消すほどの爆音。再び、鋼鉄の弾が城壁前に陣取っていた敵の集団へ吸い込まれていく。
数百メートルを飛んだ榴弾はすでにぼこぼこの大地に着弾。さらに土をえぐり、激しい炎の華を咲かせた。
敵陣の土煙が薄れ、次第に様子が露わになっていく。
動く人影は何処にも無く、当初、突撃せんとしていた敵集団は全て大地にその身を沈めていた。