或る兵士の話
彼は気づいた、神など存在しないのだと。
本当に神がいるのなら、このような景色をお許しになるはずがない。
そう彼は思った。
霞んだ空は昏く澱んでいる。
巻き上がった砂塵と周囲から立ち上る黒煙で太陽は墜ちてしまったようだ。
ときおり、古びた金属を擦り合わせたような不快な鳴き声が思い出したかのように荒れ果てた大地に響いていた。
起き上がろうとする度に絶叫する身体。悲鳴はとっくに過ぎ去っていた。
折れた槍を支えに立ち上がり、足元を見た。
彼の敬愛していた上官が堂々と掲げていた隊長旗。ほとんどが燃えて土くれと化していた。
そして、その隣にはくすんだ金属製の胸当て、仕事は果たしたのであろう。
大きく変形しているが形を残していた。――そこに有るべきはずの手足や頭は見当たらなかったが。
燻ぶる煙と共に流れて来たのは肉が焼けた臭い。
辺りは甲冑だったものが散乱し、生き物だったものがあちらこちらに転がっていた。
精強と謳われ、皇国最強の呼び声高かった重武装歩兵隊や土機竜隊は何処へ消えてしまったのだろうか。
ふらつく足元を槍で支え、振り返る。
数時間前まで城門だった場所はその痕跡すらも残さず、大きな窪地に変わっていた。
かつてどの様な魔法でも、破壊する事は出来ないとされた城壁。
帝国でさえも傷一つ付けることの出来なかった純白のそれは、原型を留めることなく、無残な姿を晒していた。
見上げた先の見張り台には一つの旗が風に揺られていた。霞む目に映るのは黄金の鷲では無く、白地に赤の五芒星。帝国の旗であった。
――守るべき国は無くなった。ただただ立ち尽くす彼は声も無く、涙をこぼしていた。
燃え盛る王城が遠くに見えていた。
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