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 幾ら高く積み上げてもそれは脆く。

 


 逢瀬を、蜜月を。重ねれば重ねるほど積み木の城は歪に。不安定さを増しながら高さを増す。後はただカラカラと音を立てて崩れ去るだけ。



 何時からだろう。彼と体を重ねるようになったのは。

 彼はまだ若く妻子が在った。私にも夫がいる。娘もいる。


 

 だけど、気付けばその姿を目で追っていた。



 一目惚れなどと言う程もう若くはない。恋愛などというものに憧れるほど純粋なつもりもない。

 胸の内に密かに生まれた感情を毎日の糧に慌しい仕事を終わらせる。それだけで十分幸せだった。


 彼はある日中途採用として会社にやってきた。前職は営業との事だった。その為かそれなりに頭の回転が早くそつなく仕事をこなしてくれた。人との繋がりを必要とするこの仕事には向いていたのだろうか。

 他の職員からの評判もまずまずだ。まだ経験も浅く褒められるべき事は殆どないが、問題点も殆どなかった。後は仕事をこなす内に自然とやれるだろう。

 事実彼は上手くやっている。自然と職場でフォローしてくれる人間も増えていた。


 ある日私が風邪をひくと彼は車で私を家まで送ってくれた。後部座席には少し汚れたチャイルドシートが収まっている。

 他愛無いことを喋りながら家に着くとまた送りますよと心配そうな顔をして言った。笑って断ったが次の日も結局車で送られていた。


 何かを期待はしていなかったと言われれば嘘になるかもしれない。だがありえないと言うことは理解していた。

 下手をすれば親子ほどの年が離れている。娘と10才も違わないのだ。

 私は実際に彼には母親のように接することにしていた。女性とは間違っても見られないようにと。そんな思いを抱く自分が滑稽に思え、そのたびにちくり、と何処かが疼いた。


 その内彼は何時の間にか運転免許を持っていない私を送り迎えしてくれるようになっていた。何度も断ったが、通りすがりですからと笑顔で話されると断りにくかった。その代わりといっては何だが、彼の子供や奥さんの話を聞き、時には悩み事に年長者として模範的な回答をしたこともある。


 彼は私の話を良く聞き驚くほどのスピードで仕事に対応し進化を遂げていく。若さが成せる吸収力は、もうそれを持たない私には酷く眩しかった。


 半年もすると彼は私のビジネスパートナーとして欠かせない存在となっていた。苦手な事務作業や人前での報告や上司への折衝の際のアドバイス。初めて知る別の社会の知識には今でも大いに助けられている。

 パソコンでの事務作業などには彼が率先して残業して助けてくれることが純粋に嬉しかった反面、家族との時間を奪っていることに対し酷い罪悪感を持っていたものだ。


 出会いから一年が経とうとした頃、娘が自転車がパンクしてしまったとメールを寄越した。高校まで自転車で通っているのだが生憎旦那は夜勤と会社への泊まり込みが続き役に立つとは思えなかった。

 いつもの様にパソコンに向かい眉をへの字にしていただろう私の横に座り、根気よくご指導してくれていた彼に何の気なしにメールの話をすると得意気な顔で自転車なら任せてくださいと返事をされた。

 半ば押し切られるよう次の休日に、保育園通いの娘を連れた彼が、私の娘の自転車を直しに我が家にやって来た。


 彼の娘をあやしていると、彼は手早く自転車の修理を始めた。

 学生時代に自転車で旅行をしていたことがあるらしい。パンク修理などは作業のうちには入らないとのことらしい。まぁ、それなりに時間が掛かってしまったのは久しぶりだからだろうか。少し焦っていた彼を、彼の娘を抱きながら眺めている時間が伸びたのは私の人生の中でも上位にランクインする出来事だろう。


 可愛いな。そう、思った。


 お互いの娘と4人で出前のピザを食べた後彼は帰りしなメモ帳の切れ端を私に手渡した。

 何かあったら教えてくださいね。そう言って帰る二人を送った後にメモ帳を開くとメールアドレスが書かれていた。


 そのメールアドレスを慣れない手つきで電話帳に入力した後、そのメールアドレスと私は暫くにらめっこをしていた。少しにやけていたのかもしれない。困っていたのかもしれない。嬉しかったのかもしれない。


 次の日会社に出勤し、顔を合わせても彼はいつもと変わらない様子だった。私はというと内心はどんな顔をしていいのか分からないほど緊張していたが、表には出していなかったと思う。そう思いたい。

 若い子達はメールアドレスの交換なんて挨拶みたいな物なのだろう。気にするほどのものではないのは重々承知の上だが、自他共に認める私のようなおばさんにはややハードルが高い。

 よく見るSNSアプリなどで何やらやっているのを飲み会などで見かけることがあるが生憎私はガラゲーだ。スマホに変えろといわれることがあるが使いこなせる気がしないのでパスした。


 結局メールを送信したのは3日後だった。

 簡単な自転車を直してくれたお礼と、その内2人で飲みに行こうかと社交辞令のつもりの一文。


 送信のボタンを押すまでどれ位の時間が掛かったのだろうか?

 お風呂に入り一寸自慢の髪を乾かした後、いつも見ている報道番組が始まる前に本文は打ち込んだはずだ。気付けば日付が変わりそうになっていた。

 慌てて送信ボタンを押すと心臓がバクバクしていた。出したこともないラブレターを出すと相手に届くまでこんな緊張が続いていたのだろうか?

 もしそうならきっと緊張で倒れていたかもしれないが、生憎今の時代の電子の手紙はほぼ送信ボタンを押すと相手の手元にはその手紙が届くようだ。直ぐに彼からメールが送られてきた。


 恐る恐るメールを開くと何のことはないお礼のお礼が書かれていた。

 たったそれだけだったが嬉しかった。彼からのメールが宝物のように感じた。


 きっと携帯の画面を眺めてニヤニヤしていたのだろう、娘が気持ち悪いと言っていたが無視をした。誰に似たのか可愛くない娘だこと。


 日付が変わった頃幸せな気分のままベッドに潜り込んだ私はお守り代わりに携帯を握り締めているとメール着信のバイブが鳴った。

 眠たくなった目でメールを確認すると彼の名前が表示されていた。本文を確認すると眠気が覚めた。


 週末良ければ飲みに行きませんかと書かれたそれに、いいよとだけ打った後に始めての絵文字を苦労して入力し、勇気を出して送信ボタンを押すまでたっぷり15分は掛かっただろう。……可愛い絵文字を選んでみたけど正解だったかは今を持っても不明だ。


 彼からの返信は直ぐだった。店は向こうで決めてくれるらしい。何度かやり取りを繰り返すと飲み会の形が決まったようだ。

 そろそろ眠気の限界だった私はおやすみなさいとだけ打ってメールを送信すると、また彼からメールが返ってくる。


 良い夢を。


 短い文章だったが一番嬉しかったかもしれない。

 私は直ぐに眠りに落ちた。

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