『リニューアル』愛を取り戻せ
「まったく世話をやかせやがって…」
「ホント、スイマセン…」
俺はストライプのスーツにパナマハットを被ったオッサンと並んで、依頼人である、弘美の母親の家へ向かって歩いている。本当は一刻も早く連絡を取らなければならない状況なんだが、結局のところ、所詮青二才の俺には荷が重すぎる。だから、最初にオッサンが言っていた通り、俺の尻拭いをお願いすることにしたんだ。
家の前に着いた俺達は、インターホンを押した。
『はい…どちら様ですか?』
良かった…家には奥さんがちゃんと居た。
「すいませんね奥さん。朝比奈探偵事務所の者です。実は、こちらの不手際でちょっとした問題が起きてしまいましてね…スイマセンが、少し出てきて頂けませんか」
オッサンが低く押しの強い声でインターホンへ囁いた。この話し方は本当に怖い。こんな話し方されたら、聞かずにはいられないよな。
と、思っていたら、玄関の戸が開いて、不安気な顔の母親が顔を出した。
「娘に…なにかあったんですか?」
奥さんが恐る恐る聞いた。そしてオッサンは…静かに帽子を手に取ると、うつむき加減で静かに話した。
「お嬢さんが…本当に行方不明になってしまいました。今、八方手を尽くして探して…」
オッサンがそう話している中、弘美の母親はドアに手を掛けたまま、その場に膝から崩れ落ちた。その顔は血の気を失っていた。
◇
俺とオッサンは、弘美の母親の肩を助けて、部屋に入ると、彼女をソファーへと座らせた。そして、立ったままオッサンが話を続ける。
「弘美ちゃんを連れ帰ってくれと頼まれて、俺はコイツに探させたんですが、やっぱり旦那の所でした。ただね…コイツがうっかりとあんたから言われたことをペラペラと弘美ちゃんに言っちまいましてね…それを聞いた弘美ちゃんが消えちまったんですよ。今、立ち寄りそうな目ぼしいところを探しているところなんですがね…それでね…奥さんの所には連絡はありませんでしたかね?」
オッサンがそう語り掛けるのを、彼女は震えながら聞いていた。そして、
「娘を…娘を早く返して下さい。娘に何かあったら、タダじゃおきませんからね」
急に激しい口調でそう怒鳴りつける。目には涙が浮かんでいた。
「まあ、全力は尽くしますよ…ただね、奥さん…今回の依頼の意味はなんです?娘を探してくれって、結局はご主人の所にいただけじゃないですか…そんなこと探偵に頼むまでも無いでしょう。何故わざわざ我々に依頼までしたんですか?」
「そ、それは…」
オッサンの鋭い眼光が弘美の母親を見据えている。口籠る彼女にオッサンが言葉を続けた。
「本気でご主人の仕事の邪魔をしようと思っていましたね?出来れば廃業させたいと」
彼女が愕然とした表情で震えている。
「ご主人は、転職された後、一人で頑張って弁当店を経営していた。だが、それを好ましく思っていなかった貴女は、邪魔をしないまでも援助もしなかった。どうせすぐに立ちいかなくなるだろうと…そうすればエリートサラリーマンに戻ってくれるだろうと…」
オッサンは静かにゆっくりとした口調で話す。
「だが、誤算が生じた。お嬢さんの弘美ちゃんがご主人の仕事を手伝ってしまった。おかげで店は苦しいながらも経営出来てしまっている。そこで貴女は弘美ちゃんを店から引き離すために、再三彼女の説得を行ったが彼女は聞き入れなかった。そこで我々の登場ですな。第三者である我々に、無理やりにでも連れ帰らせようと考えた。周りが騒ぎ出せば、流石に店に居られなくなるだろうと思ったんですかね」
「な、なにを知っているかのように話しているんですか?これは私達家族の問題なんです。それよりも早く娘を…」
焦りを隠せなくなった弘美の母は、立ち上がって俺達に詰め寄った。そしてオッサンがあの事を話す。
「ことこうなれば、もう我々探偵だけの領分では済みません。弘美ちゃんの命にも関わりますんでね。今丁度ご主人の店に警察が向かっているところです。奥さんもスイマセンが、一緒に聴取を受けに来て頂けますか。事は急を要しますので」
静かに断定するように話したオッサンの言葉に、弘美の母は無言で頷いた。そして、フラフラと…俺達と共に玄関に向かった。
◇
俺とオッサンが並んで歩き、その後ろから項垂れたままの弘美の母が付いて歩いてくる。ここから店まではそんなに離れてはいない。徒歩10分ほどだ。時刻は丁度お昼。本来なら店内は弁当を求めてくる、サラリーマンや職人さんやOL、お母さん達でごった返している時間だ。
無言で歩いていた俺達3人は、丁度その弁当屋が見える辺りまで来て、何やら店の辺りが喧騒に包まれているのに気が付いた。母親を見ると、彼女も訝し気な顔をしている。店の周りに黒山の人だかりが出来ていたからだ。
オッサンが弘美の母に言う。
「やれやれ…随分と野次馬が多いな…奥さん…ちょいと辛いかもしれないがこれも弘美ちゃんの為だ。我慢するんだぜ」
彼女はげんなりとした顔で頷くと、俺達に付いて黙って歩き出した。
そして、店に近づくと…
「ママ!」「お前!」
「え?」
弘美の母は声のする方を見て、呆気にとられた顔をしている。そこに居たのは弘美と、店主の父親だ。
「弘美…あなた…どうして…?」
弘美の母は、俺とオッサンを慌てて振り返る。俺は何気なく顔をそらした。オッサンは…すでに消えていた。逃げ足早!
彼女に弘美と夫が近づく。そして二人が手を引いて彼女をその弁当屋まで引っ張ってきた。周りには仕事中と思える職人さんや、サラリーマン、小さい子供を連れた母親など、合わせれば50人ほどが彼らを囲っている。そして、近づいてくる彼ら3人に向かって、『いつもありがとう』とか『本当に美味しいよ』とか声を掛けながら一斉に拍手をした。
そして店の中から、紫のチャイナドレスを纏った長い黒髪の美少女が現れる。そして恭しく頭を下げると、
「お待ちしておりました奥様。本日は『リニューアル』…本当ににおめでとうございます。心ばかりですが私達朝比奈探偵事務所よりお祝いの席をご用意させて頂きました。さあ、こちらへどうぞ」
店内の丁度中央の大きなテーブルには、所狭しと鶏のから揚げやエビチリ、焼きそば、シュウマイ、はたまた大きなホールケーキなど、様々な食べ物が所狭しと置かれている。そしてそのさらに奥には少し小さめのテーブルに、椅子が3脚並んで置かれていた。
チャイナドレスのニムは、3人をその席へと案内する。そして、座らせたあと、ニコニコした顔で俺に近づいて、脇腹を突っついた。
…分かってるよ…
「ご、ゴホン、ンン…お、お集りの皆様…き、今日はこの『こもれび弁当』のり、リニューアルセレモニーへよ、ようこそ。い、いつもご利用いただいて本当にありがとう…ご、ございます…」
マジで声が出ない…スゲー恥ずかしいし、めっちゃ緊張する。俺に寄り添ったニムが、そっと俺の手を握ってくれた。
「き、今日は、このお店の店主である、ご、ご主人と、そ、その奥様…そして、いつも笑顔で…頑張ってくれる弘美ちゃん…たちぃに感謝をしつつ、心行くまで飲んで、食べて、お楽しみください。それでは…」
周りをみると、ギャラリーもみんな手に紙コップを握っている。ニムの奴、段取り良すぎるだろう…よ、よし、これで終いだ…
「そ、それでは、こもれび弁当の皆さんに感謝をこ、込めまして…か、カンパヒ!!」
『かんぱーーーーーーい』
店を囲む大勢で、一斉にそう叫んで一気にお店は笑顔と、賑やかさに包まれた。そして、ニムがお客さん達をまわりながら食べ物を勧め、お客さん達は、弘美達に『ここの弁当は最高だよ』『ここなしじゃ仕事に力はいらないよ』みたいな世辞を言いつつ立食を楽しんでいる。
弘美とその両親もそんなお客さん達の笑顔につられたのか、3人とも笑いながら会話をしていた。俺は厨房に引っ込んで、ドリンクとお菓子の補充を担当する。そして、ニムは…
どうやってるのか、ニムがものすごい手際の良さで、次から次へと料理を出して、更に接客までこなし続けていた。そのおかげで、店はお客さんが入れ替わり立ち代わり…常に満員御礼…この祭りはなんと3時間も続いたのだった。
その日の営業はそこで御終い。これを『営業』と呼んでいいのかは別として、とにかく、祭りとしては大成功だった。
そして、その親子は…3人とも笑顔になっていた。