初めての依頼が誘拐事件なんて間違ってるよね
誘拐…
『人をだまして連れ去ること。かどわかすこと。 「身の代金めあてに-する」 』
って、事だよな。正直これは大犯罪で一般人の手に負えるものじゃあない。この前も、どっかの星の富豪がその娘を攫われて、相当な身代金を用意して犯人と交渉したのを、全宇宙中継で流していた。
でも結局は、その娘はすでに殺されていて、犯人は逃げるための時間稼ぎで交渉していただけ…特警(特殊装備警察)が犯人の痕跡を全て浚って、その凄惨な犯行の一部始終を明らかにしたうえで、犯人逮捕に至ったのだ。遺体はどこだかの星系で、宇宙に裸で投棄されていた。うら若き乙女の最期としては最悪の結末だった。
それが誘拐…間違ってはいないと思うが…
「お、お嬢さんを探して欲しいと言われては来ましたが、ゆ、誘拐とおっしゃるなら、何か根拠があるんだすか?」
ぐっ…噛んだ、やっぱり上手くしゃべれない…でもニムはそんな俺を目を輝かせて見てる。うぅ…あんまりプレッシャーかけるんじゃねえよ。
「根拠は…あります。だから、早く娘を連れ戻してください」
奥さんが俺に更に詰め寄る。女の人の特有の匂いなのかフェロモンなのか、甘い魅惑的な香りで頭がクラクラする。ちょっと…本当に顔近いですよ。
「わ、分かりました。じゃあ…く、詳しく教えてください」
その後、俺達は奥さんから仔細を聞いた。
娘さんがいなくなったのは、今回が初めてではないという。前にも家を空けたことがあったそうだ。そして一人っ子の娘…弘美さんには交際相手がいるようで、その相手と淫らな関係にあるのではないかと、奥さんは心配していたらしい。
前回の時は二日間ほど家を空けただけで、何もなかったかのように戻ってきたのだという。
俺はそれをサラサラとメモに取りながら(実はニムにメモを取るようにと言われて、紙と鉛筆を渡されていたのだ!)、もう1つ質問した。
「あの…ご主人とはご相談されたんですか?」
俺はありきたりの質問をしてみた。まあ、他人に頼むくらいだから当然相談してると思うけど…
それに、今回の行方不明たって、毎日連絡は入れてるんだし、どうせ、ただ恋人と仲良くなりすぎて、家にも帰らないでイチャイチャしているだけなんだろうけどね…なんて羨ましい…妬ましい…
ただ、この質問には意外な答えが返ってきた。
「主人とは…別居しています。ですので、この話は伝えてはいません」
ん?別居?ってことは一緒に住んでいないのか…ということはご主人が浮気でもしてるのか?男だもの浮気くらい仕方ないのかもな…
チラリとニムを見たら、なんだか冷ややかな視線で俺を見てるし。な、なに…俺の思考読んでんだよ?その前に俺達なんでもないだろうが…
ええい、なんだか面倒くさくなってきたぞ。これって突っ込んで聞いても良い事なのかな…なんて、頭の中で自問自答していたら、急に奥さんが、
「主人は関係ありません…とにかく娘を早く助けてください」
ぴしゃりとそう言われて、俺は二の句を告げなかった。
◇
「格好良かったですよ、マスター。ちょっと見直しました」
ニムがニコニコ笑顔になって俺に抱き付く。だから、ひっつくなって…
「いや、まあ、なんにも分かんなかったけどな」
俺がぼそりとそう言うと、ニムが俺を見上げながら、
「そんなことありませんよ。かなり色々分かりました。まずあの奥さんですが、嘘はついていないようですが、ご主人の話をした時は、かなり動揺していましたね。体温が上昇して心拍も増加してました。それに、あのお家ですけど、最近までご主人も暮らしていたみたいですよ。男性用の衣類や衛生用品がそのままになっていましたから。それに、家の表には自転車が3台置いたままでした。」
そう言えば、青い車の隣に、確かに自転車が3台あったな…ニムの奴、黙ってると思ったら、センサーを使って、そんな事調べてたのか…でも、旦那と別居したのと、娘がいなくなったのと、何か関係があるのかな?うーん分からん…
「さて、どうしたもんかな…その娘の行きそうな場所も心当たりないとか言ってたし…」
ニムを見ると、ご機嫌な感じで俺の少し後ろをついて歩いて来る。こいつは何を考えてるのか全く読めん…実は全部分かってるんじゃないのか?
「なあ、ニム…お前実はもう分ってるだろう…」
俺 がそう言うと…
「いいえ…客観的な状況は把握してますけど、弘美さんがどこにいるかは、分かりませんよ。マスターは次は何をしますか?」
ほらこれだ。基本全部俺に丸投げ。まあ、でもこいつがヒントをくれるから俺も助かってるんだけどね…
「じゃあ、彼女の通ってる学校にでも行ってみようか」
「はい、マスター」
◇
では、結果から言おう…
学校まで行った俺達だけど…すぐに追い出されてしまった。
探偵ですと言って、本名も名乗ったのに…何故だ!
「あ、マスターに言うの忘れてましたけど、この時代では、『探偵』って結構怪しい職業で、警察官でもない限りすぐに話を聞いてもらえませんよ。それと、『個人情報保護』という制度があるので、赤の他人に生徒の情報は教えてくれませんよ」
「あのね、ニム君…そういう事はもっと早く教えてね。俺、他人に拒絶されるとマジへこんじゃって立ち直れなくなるからね」
長い黒髪を風になびかせながら、ニムは悪びれもせずにニコニコしていた。その笑顔はまるで彫像のように美しい。いや、美しすぎる。
陽の光の下で、人工皮膚がどんな風に見えるのか気になっていたけど、正直ここまで綺麗な肌の人間はいない。これが元で正体がばれてしまうのではないかと、ちょっと心配になった。
「では、お詫びとして、私がこの正門のあたりで、下校途中の生徒さんからの聞き込みをしますね。私なら、弘美さんの友達という事に出来ますし、それに、そろそろ生徒さん達も帰る時間のようですし」
はいはい、どうせ俺みたいなおじさんじゃただの不審者扱いになるのがオチだよ…
ニムがそう言ってくれたので、任せることにした。
そう言えば、腹が空いたな…
俺は昼飯を食べていなかったことを思い出した。
「じゃあ、ニム…俺飯食ってくるからな。悪いけど頼むな」
「ふふふ…はい、頼まれました、マスター」
ニムが額に手を当てて、ちょこんとあざとい敬礼をする。
ぐふッ…は、はっきり言って、可愛い…これで本当に人間だったらな…
俺に向かって微笑みながら小さく手を振るニムを後にして、俺は商店街の方へ向かった。
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