ここは…どこ?
「都会に行くなんて、お前はバカだ」
「何も出来ないクセに格好ばっかりつけて…」
「どうせ、なんにも出来ないで帰ってくるに決まってる」
なんだ…これは…
俺の耳の奥に、親父達の言葉がこだましていた。あの家を出る時、俺はなんてみんなに言ったんだっけ…相当カッコいい事言ったに違いない。全く覚えていないけど…覚えてたとしても、恥ずかしくて思い出したくはないな…
俺は負けたんだ…自分に…親父達の言う通りだった。結局何も出来ないで、終わってしまったんだ…
”そんなことはありません”
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
あん?誰の声だっけ…俺を励ましてくれる女の子なんて一人もいるわけない。女友達なんて作れなかった。いつも失敗ばかりして、迷惑かけて、気持ち悪がられて…女の子にいい思い出なんて一つも無い…
俺はいつだって独りぼっちだったんだ…
”なら…私がいつまでも一緒にいてあげます…マスター…”
…マスター…?
ニム…?
「うっ…うう…」
急に覚醒した。頭が割れるように痛かった。辺りは薄暗くて、良く見えないが、どうやら俺はベッドに寝かされているようだ。それにしても…
「げほっ…げほっ…な、なんなんだ…この匂いは…」
以前、ダウンタウンの骨董屋で同じような匂いを嗅いだことがあるけど、ここの匂いは半端じゃない。息が苦しくなるほどの埃っぽさと煙たさで、ここに居るだけで死んでしまいそうだった。
俺はフラフラと起き上がって、窓と思える物のところまで近づいて、慌てて開ける。そして、外の景色を見て唖然となった。
目の前には、四角いビルが立ち並び、ところどころの窓に明かりが灯っている。眼下には赤いランプを灯した乗り物と思しき物が忙しなく行きかっている。なにより異様だったのは、空に何もないことだ。
「な、なんだ…ここは…ハイウェイは?シャトルは?足元のあの乗り物みたいなのはなんだ?」
「ここは、1000年前の地球ですよ、マスター」
背後から声がして振り返ると、ドアのところにトレイを持った美しい少女が立っていた。
「ニム?」
「おはようございます、マスター。よくお眠りになられてましたね」
ニムは手に持っていたトレイをベッド脇のテーブルに置くと、俺の側に近づいて来た。さっき見たのと同じ、白いセーターに、青のふわりとしたスカートを身に着けている。足元はスリッパだ。夢の中の出来事かと思っていたのに…
「1000年前だって?馬鹿な…そんな大昔にどうやって行くと言うんだ。大体タイムトラベルなんてSFの話…今時子供だってしないぞ…未来には行けたって、過去になんて戻れるわけないじゃないか」
そう言った俺の言葉に、ニムは少し困ったような表情をした。
そう、未来には行ける。今や人類はその生活の基盤を銀河中心部まで伸ばしている。光の速度を遥かに超えた超高速粒子によるネットワークの構築により、地球とシリウスの間でも、通話が可能なのだ。
だが、宇宙は、その空間のところどころに歪みがあり、時間の流れは一定ではない。だから、そのゆっくりとした宇宙の歪みを利用すれば、地球の時間の1年を、たったの1時間で済ませることも出来る。つまり、その歪みの中を通ることで、100年後でも、1000年後でも、人は行くことはできるのだ。まあでもこれは、一般的には『宇宙遭難』と言われてしまうんだが…
だが、時間は不可逆事象だ。これは小学生でも知っている宇宙の法則だ。それをしかも、家政婦タイプとはいえ、電脳の塊である、ニムが宣うとは…
「でも…事実なのです」
トン…と、ニムが俺に寄りかかり、すがる様な目で俺を見上げた。そのあまりの可愛らしいしぐさに思わずドキリとしてしまう。
だから…そのあざといの止めてって…
俺はニムの両肩を掴んで引き離すと、彼女はなんだか不満そうな顔をして言葉を続けた。
「理由は不明です。でも、確かにここは1000年前の地球…それも日本です。私の持っている人類史のデータと、先程入手したこの世界の情報を比較検証した結果から、ほぼ100%過去の世界であると断言できます」
ニムはこの世界の情報ネットワークのソースの全てをダウンロードして、数百回にわたって比較検証を行ったのだという。
人類はまだその生活圏を宇宙にまで広げてはいないし、科学技術も発展途上。この時代の地球は環境汚染が深刻なのに、未だ内燃機関を使用した乗り物に頼っていて、多くの病気の治療法も確立されていない。そして食料に関しては、有機物の再利用による合成食品ではなく、農業、酪農等による原始的な収穫、調理のサイクルで…とにかく効率も悪そうだ。
俺はニムの話を聞いて頭がさらに痛くなった。
「つまりなにか…俺達は1000年前にやってきてしまった完全な異邦人で、ここには俺達の時代の技術はまったくなくて、帰る方法もない…と、そういうわけか」
「なんだか、無人島に二人っきりみたいでドキドキしますね」
こ、こいつ…わざと言ってるの分かってるけど、ちょっとときめいちゃったじゃないか…これで本物の女の子ならどんなに良かったか…
ぐうぅぅぅ~
腹の虫が鳴いた。うッ…こ、これは生理現象で…仕方無いことで…なんて脳内で言い訳をしつつ、ちらりとニムを見るとニコニコと微笑んでいた。
すると彼女は、俺の手を引いて先ほどベッドわきに置いたトレイのところまで連れて行った。
「マスターは大分眠っていらしたから、お腹も空いてるかと思ってお夜食を作って来ました」
見ると、おにぎりと茶色い不格好な丸いものと、スライスされた黄色い板状の物が皿の上に並んでいた。
「これは、おにぎりだよな…こっちの丸いのと黄色いのはなんだ?」
「いいから食べて見てくださいよ。1000年前のレシピで私が頑張って作ったんですから…あ、黄色いのは切っただけですけど」
いや…頑張ったって、言われても、未知の物を食うには相当な勇気がだな…
ニムは期待いっぱいという表情で俺を凝視している。こりゃ食わんとまずいよな…ええい、ままよ。俺は丸い不格好なボールにかぶりついた
あむ…
「う、美味い…」
「でしょー♪」
その後、腹が減っていたのもあるけど、その丸いのとおにぎりと黄色いのを交互に一気に食べてしまった。
「な、なんだこれ…滅茶苦茶うまいぞ…こんなに美味い物生まれて初めて食った。それにこのおにぎり…噛めば噛むほど旨くなる…なんなんだ…いったい…」
俺の反応がよっぽど気に入ったのかニムは体を捩って照れていた。
「では、教えて差し上げます。この丸いのは『鶏のから揚げ』です。鶏の肉をお醤油とか生姜で味付けして、衣をつけて油で揚げたものです。この黄色いのは『たくあん』です。大根から作ったお漬物ですよ。それとこのおにぎりは、山形県というところの美味しいお米で炊いたご飯に、北海道の新巻鮭のほぐしを入れて私が握りました」
えっへん!と、ニムは控えめな胸をそらして説明してくれた。それにしても美味い…
俺も大学に通ってた時は、たまに臨時収入があったときなんかに、少し高級なレストランに足を運んだこともあったけど、その時の高級料理と比べても、段違いにこっちのほうが旨い。
「これって、なに?死んだ鶏の肉とか、畑の野菜とかで作ったってことか?」
「はい、そうですよ」
「ううん…不思議だ…頭の中ではグロテスクなイメージしかない生ものなのに、こんなに美味くなるなんて…それにしても、ニム…この材料誰にもらったんだ。まさか…盗んだのか?」
俺のその言葉に少し怒った表情のニムが言った。
「そんなことしません、マスター。私達を助けてくれた『ショチョー』が分けてくれたんです。それに私が着ているこの服も、ショチョーが貸してくれたんですよ」
「所長?あー、あのオッサンか…」
「元気になったんでしたら、マスター。ショチョーにお礼を言いにいきましょう」
どっちがマスターだか分からないな…と思いながら、俺の手を引っ張ったニムに付いていった。
◇
「やっと元気になったみてぇだな…兄さん」
「はあ…なんとか、おかげさまで…あ、あの…」
目の前にはいかつい顔で、煙たい煙の出る白い棒を口にくわえたオッサンが鋭い視線で俺を見つめている。怖い。でも…言わなきゃならないことがある。きちんと助けてもらったお礼を。
俺は気を付けをしたまま、勢いをつけて一気に頭を下げた。
ゴツッ!
「~~~~!!」
勢いをつけすぎて、オッサンの前のデカい木の机に頭を叩きつけてしまい、声にならない絶叫を上げる。死ぬほど痛い!
「おいおい、兄さん…何やってんだよ…どうせ訳ありなんだろ?こんな別嬪のお嬢さんを抱きかかえて路地で倒れてんだ。ま、言いたくなきゃ言わねえでもいいぜ」
「あの…」
頭を抱えて蹲る俺に代わってニムが口を開いた。いったい何を言うつもりだ?
「私達はこの街に着いたばかりで、強盗に襲われました。ですので、お金も身分証も何も持っていません。私もその時、無理やりに…そうなりそうな所を彼が必死に助けてくれたんです。でも、逃げるのが精いっぱいでした。それにここには泊まる場所もありませんし、知り合いもいません」
な、な?何言ってんのニム?そんなウソついて、後でもしばれたら、俺、このオッサンに殺されちゃうかもしれないぞ!
オッサンは渋い顔で腕組をして、ニムを見据えた。
「名前と本籍は?」
オッサンにそう言われて、ニムは左手の薬指の透明な指輪を彼に見せながら、
「私の名前はニム、この人は明さんです。姓は…すいません明かせません。私達は駆け落ちをしている最中ですので…」
ん?駆け落ちって何?さっきからなんなの?ニムってこんなに物語作れるロボットだったの?これなら、世界初の小説家ロボットで、デビューできちゃうんじゃないの?
ニムの話を黙って聞いていたオッサンは、突然立ち上がった。
「ハッ!今時駆け落ちたあ、随分熱いじゃあねえか…なあ兄さん!」
急にオッサンが俺の側に来たかと思ったら、力いっぱい背中を叩かれた。超痛ぇっつうの。
「よし、気に入った。本当はな…兄さんみたいにナヨナヨしてる奴は嫌いなんだが、結構根性あるんじゃねえか。この子の事、大事にしてやんなきゃだめだぞ。この事務所にはな、使ってない部屋がいくつかある。お前らがその気なら住まわせてやってもいいぞ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ただしな…」
オッサンが俺達に向かって腕組みをして言った。
「無料って訳にはいかねえな。兄さんには明日から俺の仕事を手伝ってもらう。金も稼がなきゃ、カミさんも養えないだろうしな。なあに、心配はいらねえよ。俺が探偵業の基礎から叩き込んでやるからな」
わーいわーいとはしゃいでいるニムの脇で、一言も発しないままなぜか就職が決まってしまった俺は呆然と立ち尽くしていた。そんな俺に抱き付いたニムは、
「一緒に頑張りましょうね、マスター」
とっても嬉しそうだった。
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