転生したので悪役令嬢を目指そうと思ったのですが……ポンコツな私には無理だったようです
皆さんは悪役令嬢と言う物をご存じだろうか?
どんなもの? と言われると少し考えるだろうが、お金持ちの令嬢で才色兼備の美少女。
多くの取り巻きに囲まれ、自分勝手に振舞う娘で後はゲームやマンガだと許嫁をヒロインに取られてしまうと言う事だろうか?
……後は髪型がドリルみたいな感じとか?
私が何を言いたいかと言うと先日、どうやら、自分が乙女ゲームのお金持ちの令嬢のライバルキャラに転生していたと気が付きました。
ただ、残念ながら、私が転生したライバルキャラでは悪役令嬢ではありません。
残念ながら?
疑問を持つ人達もいるだろう。
なんとなく、憧れるじゃないか。
……悪役令嬢は何かしらの罰を受けるのだから、そのままでも問題ない。むしろ、令嬢に生まれたなら好き勝手できるのではと思うだろう。
生前は周囲の目を気にして自分の考えを飲み込んでしまう娘でした。
だからこそ、悪役令嬢になってみたい。悪役令嬢になって自分の思うままに動かしてみたいと思ったのですけど、悪役令嬢になると考えた時に困った事があった。
……私、『綾崎蓮香』は自分で言うのもなんだけどポンコツだったのである。
元々の『綾崎蓮香』は悪役令嬢とは言わないけど優柔不断ではあり、控えめではあるものの才能溢れる令嬢であった。
それだけの基本スペックがあるのだ。悪役令嬢になるのも簡単だと思い、いざ、悪役令嬢になろうと考えた時に生前の私に性能がだいぶ、引っ張られている事に気付いた。
このままではダメだと、このゲームの世界に存在する2大悪役令嬢の『天月あやめ』様と『西園寺桜華』様に接触しようとしたのだけど、あやめ様はゲームで見た悪役令嬢とは程遠い綺麗なご令嬢であり、桜華様は悪役令嬢と言うよりは腹黒令嬢と言った感じだった。
あやめ様に至っては攻略キャラの『桜峯裕翔』様との婚約を破棄しているし、桜華様は『天ヶ崎佑真』様を裏で操っており、ヒロインに婚約者を取られる事になっても西園寺家だけではなく、天ヶ崎家まで裏で牛耳りそうである。
……正直、接触すると私自身がどうなるかわからない。
元々は自分の考えを話す事ができなかった内向的な私である。
接触すると取り巻きになる自信がある。
……情けないかも知れないがそう考えるとどうしたら良いんだろう。
悪役令嬢になりたいけど、このままでは私はただの令嬢になってしまう。
それは避けたい。
私だって、自分の思う通りにいろいろな事をしてみたいのである。
「どうしよう」
学園にある喫茶店で紅茶を飲みながらこれからの事を考えるが良案が思い浮かばない。
「何か困っているの?」
「……どうしよう」
「ねえ、困っているなら、話してみたら楽になるよ」
不意に身体を揺すられ、身体を揺すった相手へと視線を移すとこの世界のヒロイン『飯塚ひなた』が立っている。
突然の事に顔が引きつるが彼女は私の事など気にする事無く、向かいの席に座るとメニューを覗き込んだ。
……どうして、ヒロインが私の前に? もしかして、『暁円』様を狙ってライバルキャラの私に接触をしてきたのだろうか?
ヒロインの行動は気になっていたのだけど、彼女を観察しているとまだ、誰のルートを選んでいるかはわからない。
このゲームにはハーレムエンドは無かったはずだけど、私自身、ゲームをやり込んだわけではないため、私が知らないだけかも知れない。
円様を攻略されても悪役令嬢ではない私は別に困らないわけだが……
婚約者として私の事を気にかけてくれる円様の笑顔が目に浮かんでしまう。
取られたくない……
いざ、ヒロインと接触するとそんな想いが溢れ出る。
……この時、私は初めて攻略キャラである彼に恋をしていたのではないかと自覚してしまった。
それと同時に彼がこの子に取られてしまうと思い、涙が溢れ出てしまう。
「ど、どうしたの? どうして、泣くの? 私、何かおかしな事をした?」
「……ひなたさん、何をしているんですか?」
「あ、あやちゃん、どうしよう?」
「……確か、綾崎蓮香様ですね。これで涙を拭いてください」
私の涙を見て、ヒロインは慌て始めるが私の涙は簡単に止まらない。
慌てふためく彼女を見つけて声をかけてくる人物がおり、その人物から私にハンカチが差し出される。
「あ、ありがとうございます? ……あ、天月あやめ様!?」
「私を知っているのですか?」
「そ、それはもちろんです」
ハンカチを差し出してくれた相手は元悪役令嬢の天月あやめ様であり、私は驚きの声を上げてしまう。
彼女は私の様子に首を傾げると当たり前のように同じテーブルを囲むように座る。
……どうしてこうなっているの?
ヒロインと元悪役令嬢がそろい、その中で普通の令嬢が1人……どうしてこうなっているんでしょうか?
目の前にいる2人に完全に涙が止まってしまう。
ヒロインは私が泣き止んだ事にほっと胸をなで下ろしているのだけど、私はこの状況にどうして良いのかわからずにまた泣き出したい気持ちでいっぱいです。
「蓮香様は何か悲しい事があったんですか?」
「そ、そう言うわけではないのですけど」
「……あやめ様を前に緊張するなと言うのは無理があると思いますよ」
……そして、なぜか腹黒令嬢様《西園寺桜華様》の降臨です。
彼女も当然のように私を同じテーブルを囲むように座り、周囲からは好奇の視線が向けられています。
……胃がキリキリします。逃げよう。この3人に絡まれれば私は完全にモブ扱いだ。
そう決め、残りの紅茶を一気に胃の中に流し込むが慌てたせいか器官に入ってしまい、激しくむせてしまう。
「落ち着いてはどうですか? せっかくの紅茶が台無しですよ。せっかくですし、お付き合いいただけませんか」
「い、いえ、私のような者が天月様や西園寺様とご一緒なんて恐れ多く……ご、ご一緒させていただきます」
優雅に運ばれてきた紅茶を楽しみながら言う桜華様だが、私の耳には逃げる事など許さないと言う意味が込められているように聞こえ、背中に冷たい物が伝う。
それでも何も言えなければ、生前の私と変わらない。
いくら、家の力が劣ったとしても令嬢、簡単に権力に屈せるわけがない……と思っても口に出せないのが私ですよ。
私の返事に西園寺様はにっこりと笑うと店員を呼び寄せて紅茶だけではなく、私の分のケーキまで頼むのである。
に、逃げられない。
西園寺様は私の考えている事が手に取るようにわかっているのか、私の顔を見てにっこりと笑う。
「桜華様もあまり蓮香様をいじめないで上げてください」
「そんなつもりはないのですけど、ただ、綾崎様も私と一緒でいろいろとご存じのようですから、情報の共有をしたいと思っただけです。私だけではなく、ひなたさんもこの世界の知識がおぼろげなところが多いですから」
「えーと、桜華ちゃん、それって、綾崎さんも転生者って事?」
完全に西園寺様の前で萎縮している私を見て、天月様が助け舟をだしてくれるのだが、西園寺様は何か企みがあるのかくすりと笑っている。
そして、西園寺様とヒロインの言葉に私は耳を疑った。
……情報の共有? そして、転生者?
その言葉に驚いたのが顔に出てしまったようで、西園寺様の口元は楽しそうに緩んでいる。
「綾崎様も御同類ですよね? そうではなければ、私やあやめ様の周辺を探ったりしないはずですから、綾崎様、私達、お友達になれると思うんですけど、綾崎様はどう思いますか?」
……ばれている?
西園寺様は口では友達と言っているがそれは完全に私を下の者と見ているようにも思える。
ここで頷いてしまえば、私……いや、綾崎家は西園寺家の傘下に入ってしまうと言っても過言ではない。
「……転生者とはなんでしょうか?」
「そう。とぼけますか」
「そ、そんな事はないです。私は転生者と言う者が何かわからないだけです」
その時、店員が紅茶を運んできてくれたため、自分を落ち着かせようと紅茶を一口飲んでみるが、完全に声は震えている。
西園寺様はそんな私を見て、考えを推測から確信に変えたのかその表情には自信が見えた。
「桜華様も落ち着きましょう。蓮香様をいじめないでください。蓮香様、別にひなたさんは暁様をあなたから奪おうと考えているわけではありませんよ」
「そうなんですか?」
「うん。私はお友達と楽しく過ごせれば良いんだよ。今は恋愛に興味ないから」
私の様子が蛇に睨まれた蛙のように見えたのか、天月様が再び、助け舟を出してくれる。
そして、天月様の言葉に続くようにヒロインは恋愛に興味がないと爆弾発言をする。
……どういう事?
「あ、あの、お聞きしても良いですか? 私が転生者と言うのは認めましょう。あの、皆様も転生者なのですか?」
「私は違いますけど、ひなたさんと桜華様の話から推測するとゲームとは多少設定が違うようです。私の元婚約者はクズですから」
「く、くずですか」
1度、深呼吸をして詳しい話を聞くと天月様が答えてくれるのだけど、なぜか元婚約者への評価は最低である。
私が知る限り、桜峯裕翔様はクズと言われるような事はしていないはずなのだけど、婚約者の時に私達の知らない本性を見てきたと言う事なんだろうか?
「一先ず、生前の記憶はおぼろげなところがあるようなので情報の共有をしたいんです。ひなたさんはこの調子ですけど、私達と同様に生前の記憶を持っていて悪用しない人間がいないとは限りませんから、私は今の生活が気に入っていますから邪魔をされたくないのです」
「でも、1番、悪用しそうなのって桜華ちゃんだよね?」
「……ひなたさん、少し黙っていていただけますか?」
西園寺様は自分の生活を守るためにと言い、ヒロインは楽しそうに暴言を吐く。
ヒロインを睨み付ける西園寺様だけどその目には怒りの色はさほど見えず、友達同士のじゃれ合いにも見える。
「ねえ、レンちゃんもそう思うよね?」
「レ、レンちゃん?」
その姿が少しだけ羨ましく思えた。
そんな私の心情など気にする事無く、ヒロインは私の顔を覗き込んで笑う。
「綾崎様、気にしないでください。ひなたさんは完全にあなたの事を友達だと思っているだけですから」
「だって、私達、立場は違っても似た者同士でしょ。生前乙女ゲームが好きだったぼっち」
「……確かにその通りですけど、はっきり言わないでください。悲しくなります」
「私は転生者ではないのですけど、何かの縁ですし、仲良くしてください」
「わ、わかりました。不束者ですけど、これからよろしくお願いいたします」
ヒロインの様子に困り顔の私を見て西園寺様は呆れたと言いたいのかため息を吐く。
転生前は似た境遇の者達がここに居ると笑うヒロインだが、その言葉は私の心の傷をえぐり、落ち込んだところを天月様に慰められて、この後、皆様といろいろなお話をさせていただきました。
その後も仲良くさせていただいています。
後、西園寺様に睨まれた時に助け舟を出してくれる天月様の笑顔に何度か胸がときめいてしまった事は秘密です。