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鴉と鬼  作者: saki
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「ユニ、帰ろう」

 デジャビュにさえも感じられる台詞を恵から聞きながら、ユニは鞄を持って立ち上がった。

 今日は起きているのねと恵に笑われ、「そんな何時もじゃないよ。あれはたまたまだって」と返す。

 ホームルームの最中ずっと意識を飛ばし続けるという荒技がそうそう通用するわけもなく、それがたまたま通用してしまったのはあれっきりだ。そもそも、あれっきりそんな凡ミスは起こしていない。

「あっ、ごめん。今日は一緒に帰れないや」

「えぇ、どうして? まさか、恋人ができたとか?」

 手を口元に当て、大仰な仕草で驚かれては呆れるしかない。確かにこれまでの人生、一度も告白したこともされたこともないが、その激しいリアクションは場が白ける。

「何、その言い方は。どうせ、わたしは恵のようにもてないですよぉ」

 その言葉を聞いて、恵は「あら、心外ね」と首を傾けた。長い髪がさらりと肩から滑り落ちる。

「ユニは何をモテルの定義にしているわけ? ただ単に告白されるという行為のことを示すの?」

「まぁ、一般的に言うのだとしたらそうじゃない?」

「あたしはユニの意見を聞いているんだけれど。一般的とかじゃなくって。ユニはどう思うの?」

 難しい質問である。

 眉根を寄せ「えーっと……」とついつい唸り声が漏れてしまう。

「どっちかというとそうかも。わたしも告白されるとかそういうことがモテルって意味だと思う」

 それを聞いて恵は「成程」と言った。

「だったら、それは大違いじゃないかしら」

「えっと、何で?」

「だって、本当に自分が好きな人に告白されてこそ、モテルというものでしょう。好いている相手にだって余すことなく自身の魅力を解ってもらえ、そしてそれを実際に言の葉にして伝えてもらうのでしょ? それはこの上なく難しいことだわ。罰ゲームとか悪戯とかじゃなくって、本当に一人の人から認めてもらわなきゃならないんだもの。そうじゃなくってただ告白され続けるのだとしたらそれは人受けが良いだけだわ。見た目とかそういうのだけで全部判断されているってだけだもの」

「……恵、何か苛ついている?」

「別に」

 憮然とした態度で答えられ、ユニは内心で苛ついているじゃんかとは思うものの、口には出さなかった。結局はそう、人間何処までが許容できて、何処までが許せないのかの定義はバラバラだ。この件だってユニにとっては何ともなくても、恵にとっては許せなかったというただそれだけだ。

 ふぅっと疲れた風に恵は溜息を吐いた。

 口元には片頬だけ横に引っ張ったかのような笑みが浮かんでいる。

「それで、今日のユニのデート相手は誰なわけ?」

 そのネタを引っ張るのかと思わないでもないが、別段隠すつもりもないから素直に答える。

「図書館に行くつもりなの」

「図書館?」

「そう、前にも話したでしょ? 良い図書館を見つけたって」

 あぁと恵は頷いた。

「前に言っていた所ね。この間の連休もずっと入り浸っていた、あの……」

「そうそう、そこ。あそこ、お気に入りなのだよ」

「別に図書館なんか何処でも一緒のような気がするんだけどね」

「全然違うよ。行ってみたら恵も気に入ると思うんだけどな」

 恵はふーんとさして興味なさ気に返す。

 ねぇとユニは言葉を続けた。

「恵も一緒に行く? あそこの図書館、ほんの種類が凄い豊富だから読みたい本もあるかもよ?」

「いや、パス。遠慮しとく」

 一瞬迷いはしたようだが、それでも恵は断った。色よい返事を貰えなかったことにユニは少し残念なような、しかし、それはある意味では予想道理とも言えた。

「そう? 残念」

「だってさぁ、持ち出しは厳禁なんでしょ? その場で読まなくっちゃならないなんて、何て言うか面倒くさい。借りられるのならまだしも、それじゃああんまりでしょ」

「仕方ないよ。個人の図書館なんだから。わたしは周りの人にも無料で開放していること自体が凄いと思うけどなぁ。あそこにある喫茶も美味しいし」

「あぁ、個人経営だからか何だからかわかんないけど、喫茶店までやっているなんて訳わかんない。そんなの図書館じゃないじゃん」

「それがまた良いんだよ」

 ふーん、そんなものかしらねと言う恵にそんなものだよと返すと、恵は肩を竦めた。日本人から偏見的な目で見ているとも言える、外国人のオーバーリアクションのような仕草だった。

「はいはい、遅くならないうちには帰ってくるんだよ」

 親が子供に言うようなのりで告げられ、ユニはぷっと吹き出す。

「大丈夫だって。夕飯までには帰るから」

「本当かなぁ。この間もそんなこと言って、帰って来たの十時近かったじゃない」

「大丈夫。今回は絶対に大丈夫だから」

「まっ、そういうことにしておいてあげるわ。ほら、さっさと行かないと時間無くなるわよ。あたしと話していたから時間がなくなったって遅れられても大変だしね」

「もう、遅れる理由にそんなことは言わないから」

「それもそうよね。ユニはそういうタイプじゃないもの」

 笑いあいながら教室を後にすると、校門の前で別れた。

 恵はまっすぐに帰宅するらしい。

 料理当番だからと本人は言っていたが、基本は寄り道さえも好まない真面目な性分なのだ。何にでも無気力な振りをして、努力家なところはユニにとっては好ましい。隠す必要はないのにと思うのだが、それでもそれが恰好悪いとかで見栄を張りたくなるのもまた人間らしい。

 人間らしい、そう、恵は人とは少しずれてはいるが、そこがまた人間らしい。

 少し遠くなっていた背中が振り向き、にこりと恵は笑む。まだ十分に蒼い空を背に背負って、絵の中から抜け出てきたかのように、現実なのに現実的ではないような気分に陥った。

 手を振ってくる恵に振りかえしていると、やはり耳鳴りがした。


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