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鴉と鬼  作者: saki
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 はっと目覚めてみれば、周囲はまだ暗い。

 先程まで見ていた夢はハッキリと内容を覚えている。

 一字一句詩を諳んじるかのように、明確な内容を感覚として身に纏っている。

 目がちかちかするみたいに瞼の中をあの獣の姿がちらついた。

 夢にしては、随分とリアルでもありフィクションでさえもあった。普段でも感じたことのない、あの慣れ親しんだ高揚は正直に気持ちが良かった。

だが、かといってあんな獣の姿を一度でも目にしたことがあるのかと言えばそれは別の問題だ。謎である。

 夢は現実であったことの反映とか、願望とか、そんなことだと言われるだけにあの獣が何なのかが非常に気にかかる。一度でも目にしていたら絶対に忘れないだろうに、あんな生物が現実にいるとは思えなかった。それだけ、曖昧なビジュアルだったのである。

 何だかなぁと思って溜息を吐くと、ふと枕元に目が止まった。

 何時だったかに恵から貰ったものだ。買った本人は何だか気に入らないからとの一言でユニにくれた、シンプルな造りの目覚まし時計である。蛍光塗料が塗ってあり、自然に発光すること以外は何処にでもあるようなものだ。

 今の時刻を確認すれば、二時になるかならないかという微妙なところ。

 丑三つ時だ。

 しんと静まりかえっているのも無理はない。普段だったらユニも寝ている時刻だ。

 だが、今日に限ってこれでもかというくらい目が冴えてしまっている。瞼を閉じたところで、そんなすぐに眠れそうにもない。

 仕方なしに、水でも飲もうかとベッドを下りた。

 床に降りた足から、ひんやりとした感覚が伝わってくる。昼間は温かくとも、夜になると流石に冷えるようだ。眠って起きたばかりだから尚更だ。

 ぺたん、ぺたんと後を引く音が響く。

 電気が点いていない為に、廊下は凄く薄暗い。

 注意深く階段を下りて行き、台所の電気を点ける。

 一瞬、その明るさに目が眩むものの、すぐに身体はそれに適応する。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルと取り出し、コップに開けた。

 蛇口を捻れば水が出るし、世界的にも絶対的な安心を得ているそれは他の国の人が飲めばそれなりに美味しいはずなのに、それでも日本人は市販されている水を好んで飲む。実に様々な種類があり、味だって微妙ではあるが確実に違いがある。

 何ということなのだろうか。

 日本人が味に五月蠅いというよりも、これは煩いのだろう。

 それ程の微妙な感覚がユニには理解できない。それと同じように、微妙なニュアンスとでも言う感覚が理解できないことがある。

 そしてたまに思うのだ。

 自分は決して人間へは成り得ていないのではないか、と。

 何故だか解らないが、ふとした瞬間にそう思うことがあるのだ。それはもう、実に唐突に。

 自分の感覚が、定義が脅かされることがあるとそう思うそれは、今回の場合は耳鳴りだろう。そして、夢。この二つが今回の原因だろう。

段々とネガティブな思考に陥っていることを自覚し、ユニはいかんなと首を振る。

 透明なコップに入った、無色透明な液体を一息に飲み干した。

 冷たい。

 そして、微かに歪められた生命の真理の味がした。

「さてと」

 伸びをすると、コップをシンクの中に置いた。ことりと小さな音がした。

 台所で水を飲んだ帰り、書斎から光が漏れていた。

 夕飯時には確かに居なかった筈なのに、恵の両親が帰ってきていたようだ。多忙な為か、何日も帰ってこないこともあったり、気が付いたら夜遅くに帰ってきていて次の日に一緒に朝食を食べるなんてことがあったりもする。今回もそうなのだろうと判断し、「お帰りなさい」を言おうとしてノブに手をかけたところで、閉じきっていなかったのか中の会話が漏れ聞こえている。

 しんとした静かな空間では、その囁くような声でも微かに聞こえた。

「あの子も大分こちら側に近づいてきたわよね」

「あぁ、実験はなかなかのようだ」

「そうね。ただ、惜しいと言えばあの能力値。何であぁも低いのかしら。絶対に高いものになると思っていたのに」

「まぁ、それは仕方のないことだろう。あの化け物がここまで人間に近付けたということがまず奇跡のようだ」

 それもそうね、と言って義母はくすくすと笑んだ。

 中を見ると、本が沢山詰まった本棚に囲まれた部屋の中心で二人がワインを傾けている。

 血のように真っ赤なワインが透明なグラスの中で揺れている。

 酒が入っているからか、二人とも上機嫌のようだった。

 珍しいとは思いつつ、会話に出てきた不思議なキーワードに聞き入ってしまう。

 化け物、と確かに違和感なく二人は会話を進めていた。

「そうそう、そういえばあの角の方は凄いわね。あの力、活かし方次第では世界も取れるわ」

「その通りだ。あともう少しであれは完成する」

「それに、聞いた話だとあの化け物の仲間が見つかったそうよ。もうそろそろ経ったら、捕獲もできそう」

「それは良い。これで一気に研究が捗るな」

「けど、惜しいことは角があるのはあの化け物だけだったってことよね。そうじゃなきゃもっと楽に色々な実験ができたのに」

 惜しいわぁと手を頬に当て、大仰に嘆く。だが、口元は笑んでいる。

 ぞくりとするような汚い欲望に塗れた、下品というよりも下卑て薄汚れた笑みだった。

「だが、それならその角を元に生産すれば良い。まだ半分とはいえ、研究は済んでいるんだ。今の技術でも類似品を作れるだろう」

「もし、それで失敗して、あの化け物達が死んだらどうする?」

「死んだら、また新しいものを捕まえれば良いだけのこと。何、最初に捕まえたあの化け物は今も生きているんだ。そう簡単に死にはせんだろ」

「それもそうよね」

「あんな化け物の命だ。誰も惜しみはせんさ。寧ろ、人類に発展に貢献した方が存在意義があるものさ」

「違いないわ」

 二人は相変わらず上機嫌に笑いながら、グラスを掲げた。

「これから先の発展を祈願して、乾杯」

 ちんと涼しげな音が鳴った。

 それを見ていたユニは酷く具合が悪くなった。

 特に理由なんてない。ただ、ここから離れたいと本能が告げている。

 すっと忍び足で踵を返すと、音を立てないように注意しながら部屋へと戻った。

 どさりとベッドに倒れこむと、頭を抱え込むようにして身体を丸めた。

 強く耳鳴りがする。

 何処か遠くて近い場所で雷が鳴るのを聞いたような気がした。



 その後も繰り返し、毎晩同じ夢を見た。

 そう、何度も何度も。


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