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「そういえばここ、誰の席だっけ?」
誰も使っていない机があることを疑問に思った友人がふとそんなことを漏らした。
放課後の教室に残っている者は少ない。恵を入れて四人ばかりだ。菓子を食べ、無意味な談笑をしている。
そのことについて恵は時間の無駄だとは思うものの、今時の若者にありがちな傾向で流され、口に出すことはできない。我が身が可愛いだけに、明日のことを考えると友達付き合いはどうしても蔑にできないのだ。それに、両親があまり好きではない恵にとって、家に居る時間は苦痛なのだ。前はそうでもなかったような気がするのに、今は家に居ることが妙に落ち着かない。パズルのピースが一つだけ見つからないみたいに、何だか物足りないのだ。
そして、今の質問だ。
「えっ、そこは……」
口に出そうとして、その名前が出てこない。ぽろっと零れそうで、それでも溢れてこない想いだった。
記憶を探ってもその応えは見つからない。何故なら、そこは誰のものでもない席だからだ。不思議なことに、疑問さえも抱かなかったが教室の中心にあるその席は初めから空席だった。事実、友人も「その席、初めから誰も座っていなかったよ」「そうそう、けど最初からあったよねぇ」「誰かの用意し間違えじゃない?」「けどさ、それだったらつめて座るよね。それなのに、一個空いて座っているのは何でだっけ?」「そういえばさぁ、名簿もおかしいよね。明らかに一個分空いていんの」「あぁ、それあたしも気が付いた」「何でだろ?」「この教室だけの七不思議?」「うそっ、それマジ? ウケルんだけど」などと言って笑っている。
恵――と、誰かがその名を呼んだ気がした。
それは己が求めていた音だった。
満たされるような幸福感が込められていた。
「恵、何で泣いているの?」
指摘され、恵は初めて己が涙していることに気がついた。
何処か胸に穴が開いてしまったかのような虚構感で満ちている。
「あれ? 何でだろう。何で涙が出るんだろう? 何で、こんなにも悲しいの?」
周囲に目を向けるが、自身が欲しかった視線と声は得ることができなかった。
ただただ次から次へと涙が想いと一緒に零れ落ちて行くだけだった。