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鴉と鬼  作者: saki
12/20

 家に帰りつくと、真っ先に書斎へと向かった。

 改装されているとはいえ、ところどころに古さが滲み出ている廊下はユニが強く踏み出す度にギシリと小さな唸り声を上げる。

 ドアを開ければ、紙の臭いが鼻を突く。

 あの図書館とはまるでちがう。あの図書館での本の臭いは、あそこ特有なものなのだとユニは思った。

 壁一面に立てられた本棚の中から、三つ目の段だけを重点的に探せばすぐに見つかった。黒い革張りの表紙のそれは、近代の安価な紙のものが大半を占める本棚の中で酷く浮いている。

 一つ目の目的のものは見つかった。

 あとは、家系図だ。

 普段は入ることのない書斎の中、それらしきものがないのか周囲を見回す。イメージ的には巻物のような感じがあるが、一体どういうものなのか見当もつかない。

 さて、どうしたものかと考え込みながら、鴉戯が何故ヒントをくれなかったのだろうと頭を捻る。

 彼、若しかしたら彼女は、できる限りの範囲でユニをサポートするようなことを約束してくれた。ということは、これは鴉戯が何かをするまでもないということなのだろうか。それとも、規約に触れるからということなのだろうか。あまり深くものを考えることが得意ではないユニにとって、このことは円周率を諳んじることくらいの難問である。

 ほぅっと息を吐きながら、「参ったなぁ」と弱音を吐く。

 こういう、一向に進展しない状況はむず痒くて仕様がない。

「ユニ!」

 背後から声をかけられ、ユニはびくりと肩を震わせた。

 振り返ればそこには恵が立っている。エプロンをし、お玉を片手に持ったその姿は何処の漫画のヒロインですかと思わず言いたくなるほど、文句なしに似合っていた。

 もうっ、と恵は頬を膨らませる。

「帰ってきているのなら、そう言ってよね」

「あっ、ごめん」

 玄関から直行してこの書斎に来た為に、台所には顔を出して居ない。つまり、家に帰ったことを恵に伝えていないということだ。

「遅いなぁと思って玄関に行ってみれば靴があるし、何処に行ったのか捜しちゃったじゃないの」

 言われてみて時計を確認すると、確かに夕飯の時間を少し回っている。これでは恵が怒るのも無理はないだろう。

「もぉ、約束通り時間に帰って来ることは良いことだけど、その時にその場所に居てくれなきゃ何の意味もないじゃない」

「まぁ、それはそうだよね」

 そう言う以外に言葉が見つからない。

 この場合、全面的に悪いのはユニだ。言い訳などしようものなら夕飯なしだってあり得る。

 それで?と問われれば「えっと……」とユニは口籠った。

「今度は何をやっているわけ?」

「何とは?」

「だって、何もなければユニがここに入るなんてあり得ないじゃない」

 流石は長年一緒に暮らしていただけのことはある。こういう時のユニの行動原理はお見通しのようだ。

「ちょっと、探し物を」

「探す? 何を」

 言っても構わないものなのかと言い淀むが、「……家系図」とそれを口にする。すると、「なんでまた」と恵は驚いた風に目を見開いた。

「いや、まぁ、ね」

 言葉を濁してどうにか回避しようとするが、恵はへぇーと白い目をする。まるで口紅がワイシャツに付いているのを妻に見つかった亭主のようだ。浮気のつもりではないが、ちょっと調子に乗って羽目を外しすぎたという感じで完璧に立場が悪い。

 けれども意外なことに、「まぁ良いわ」と恵はあっさり引き下がる。

「どうせユニのことだから、今日読んだ小説か何かで家系図でも出てきたんでしょ? それを見ていたら、家のものも気になった。違う?」

「まぁ、そんなところ」

 本を読んで見つけたわけではないが、会話に上がって気になったのだから似たようなものだろう。そう区切りを付け、ユニは頷く。

 それを見て恵は「やっぱり」とでも言わんばかりに肩を竦める。

「ほらね。ユニったら影響されやすいんだもの。昔からそう。テレビとかでも見ていたら、すぐに真似したがるのよね」

 もぅ、いやになっちゃうわとお姉さんぶって言われるが、言い返せない。まったくもってその通りだからである。

「家系図ねぇ」

 ナチュラルにお玉を渡され、違和感もなくそれを受け取る。

 確かこの辺に……と呟きながら、恵はスリッパのまま書斎のかなり良い革張りの椅子の上に立った。足がキャスターの為に不安定であるはずなのに気にすることなく、マイペースのまま本棚の上に手を伸ばす。

 あった、とそう言いながらぴょんと椅子を飛び降りる。

「これよ、これ」

 それは埃を被った古びた箱である。

 ふっと息を吹きつければ、白い埃が一面に舞って喉に悪い。

 元はなかなかに趣のあったものなのだろう。

 漆塗りの箱は七宝の珠が付いた紐で括られている。まるで玉手箱のようだ。

「あたしも昔……とは言っても小学生の頃だったんだけど、授業でこれを使ったのよね。ほら、よくあるじゃない。自分の生い立ちを知ろう?的な感じで。正直、余計なお世話よね、その授業。だって、プライバシーを思いっきり侵害しているじゃない。でっ、それ以来多分使われていないんじゃないかな、この埃の重なり具合は」

「へぇー、そうなんだ」

 そうよと恵は頷く。

「……何か、放置されていたっぽいね」

「普通、こういうのは結構大切なものなんだけどねぇ。けど、あの人達にとってはどうでも良いんだろうね。自分以外は気にならないというより、優先するつもりがまるでないんだもの」

 完璧な皮肉である。

 小馬鹿にするというよりも、詰っている感じだ。

 だが、それを口にする恵の表情は暗い。呆れと諦めが混ざり、全く期待などしていないようにも見える。

 埃を払ってしまえば、元の姿を完璧に取り戻す。

 芸術、と言っても差支えはないだろう。それほど年季の入った年代物ではあるものの、保存具合と品物そのものは実に良いものだ。

 恵は綺麗な箱の中から古ぼけた紙を取りだした。

 元はとても大きいのだろう。何重にも折りたたまれている。

 広げると、もわっと埃と黴臭い臭いが広がった。

 よく見てみると、微かな違和感がある。そう、紙が新しいのだ。

 確かに今よりはずっと前のものではあるが、それでもこの紙はそれ程昔のものではない。あって数十年、百年は絶対に超えていないと断言ができる。

 どうやらこれは元本ではなく、写しのようだ。

 誰かが家系図を写したのだろう。滑らかな墨痕がとても鮮やかだ。

「凄い達筆ね」

 感心していると、「ほら」と恵に紙を取り上げられた。

「それよりも先にご飯。それからお風呂。これは後で見なさい。何の為にあたしがあんたを捜していたと思っているの」

 家系図は気になるものの、その言葉は尤もだ。

「これ、部屋に置いたら行くから」

 アルバムと家系図を片手に、ユニは階段を駆け上った。背後で恵が声をかけてきたような気がした。


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