触りに
街の片隅に、ひっそりと経営されている個人図書館がある。
何時からそこにあったのかなんてことは誰も知らない。
持ち出しが禁止だというのがそこの条件である。
それ以外だったら、自由にしても構わない。
普通の図書館なら禁止される、館内での飲食物さえも可能だ。
管理人の意味も含めてか、一人の青年が喫茶店のように飲食物を販売しているのも大きなところだろう。
そこで口にしたものは、その人にとって何にも勝る至上の味らしい。
それでもたいして儲かっているようには見えないのだが、青年曰く「主人の道楽ですから」とのことだ。その道楽によって、ゆっくりと時間を消費することを好む者達の出入りはまずまずと言って良いだろう。
だが、不思議なことに、その青年の顔を覚えている者は誰一人としていない。
そして、その青年自体がどのくらい前からそこに居るのかということを気にする者も誰一人としていない。
更に、見た目に反し案外大きくて冊数こそも多いそこには、昔から言われていることがある。
――賢者が住んでいる――
図書館の奥に住むその賢者は、望む者にどんな知恵でも授けてくれるのだ、と。