チカの武勇伝 一
番外編。チカの大学でのおはなし。全二話。
「ミスターキャンパス?」
とある大学のとある学食にて。
そろそろ各講義室にクーラーが入り始めた頃、学生たちは秋にある学祭に向けて着々と動き出していた。
そんな中、文庫片手に一人で優雅に食事中だった一年生の直木智加はサークルの先輩に話しかけられていた。
「そうそう。秋の学祭であるんだけど、直木出ねえ?」
学祭の目玉の一つであるミスターキャンパスコンテストの出場打診であった。(勿論一番の目玉はミスコンである)
「いや、でも……うーん」
「女子たちがみんな直木推してんだよ。っていうかお前しかいない!」
「はあ、それはどうも…」
なかなかに押しの強い先輩にチカはやや疲れた顔を見せる。先輩はあきらかに面倒くさそうな顔のチカを尻目にぺらぺらと喋り続けている。チカは半ば適当にあしらっていたが、途中から彼の話を聞くよりも食事に集中する方を選んだ。
チカは今の今までミスターキャンパスコンテストの存在を知らなかったし、知ったとしても出場する気などさらさらなかった、のだが。
* * *
三日後。
「ということでしっかりエントリーしといたからな、よろしく!」
件の先輩に爽やかな笑顔で告げられたのだった。
(しまった…、しっかり拒否しとけばよかった。適当に流した俺が馬鹿だったちくしょう)
頭を抱えるチカに先輩はそうそう、と思い出したように付け加える。
「うちのコンテストは基本フルネームじゃなくて下の名前だけとか、なんだったらニックネームとかでエントリーするのが慣例で、だから『ナオキ』でエントリーしといたんだけどよかったか?『チカ』でもいいけど女の子っぽいし、『ナオキ』って名前みたいだから丁度いいだろ?」
もう何でもいいよと投げやりに首を縦に振ったチカである。
「ってわけでなんか出場することになったっぽいんだよ、ミスターキャンパスコンテスト」
次の週、意外とけろりとした顔でチカは報告していた。いつまでも引きずらず、あっさりさっぱりしているのがチカである。
そのチカの前には男子が二人。明るい髪色のふわふわヘアな童顔とクールそうな黒髪の長身だ。
童顔の方が菱川寶、黒髪の方は我妻杏平といい、二人共チカの同級生であり、中学の時からの腐れ縁であり、親友であった。
チカの報告を聞いた二人だったが。
「な、なんだってえ?!」
「……それはまずいな」
漫画のような反応をしてみせたのは寶で、冷静に困った顔をしたのが杏平である。
ただ単に驚いた、というわけではなさそうな二人の様子にただならぬ気配を感じチカは眉を寄せる。
「……何が、まずいのかな?」
「ミスキャンパス?」
チカの怪訝な声に二人は頷く。
「そう。秋にある学祭であるらしいんだけど、チカ出ないかな?」
なんだか既視感のある状況だ。デジャヴ…ではない。先日の先輩との会話とまるで同じだ。
「って思って、もうエントリーしちゃった」
……同じではなかった。よりひどかった。
「いや、だってさ、女の子バージョンのチカってほんと超美少女じゃん無敵じゃん」
「俺、チカだって知らなかったら男だと言われても絶対信じねえよ。声も女の子だろ、どうやってんのホント?あれはもう詐欺だ」
「まあ、確かに?完璧な美少女である自負はあるけど」
「でしょう?じゃあ問題ないね」
「まあ、問題ないか。うん」
普通に問題なしの方向で話が終息に向かっていたところで、
「って問題あるじゃん。俺、さっき言ったよね、ミスターの方出るんだって」
チカが気が付いた。危なかった。
「あ…、そうか。そうだよね。それはちょっとまずかったり…するのかな?」
うーんと唸る寶だが、杏平がいや、と口を開いた。
「ミスとミスターって確か午前と午後で時間分かれてただろ?だったらいいんじゃないか?」
ミスターキャンパスコンテストは午前中で、ミスキャンパスコンテストは午後に開催される。単純に考えると、まあ掛け持ちも可能そうだ。しかしあくまでも仮定であって、普通両方のコンテストに参加する人はいない。いるわけがない。
「いやいや、そこじゃなくて、そこもだけど。一人でどっちも出場するのおかしいじゃん」
「そっか。なんか反則っぽいね、確かに」
「突っ込むべきところはそこじゃない気がするが…」
一人で二つコンテストに参加すること、ではなく男がミスコンに出ることに突っ込めよ。と勝手にエントリーしときながらしれっと思う杏平だがこれ以上は口に出さず、
「それぞれに出場する人物が同一人物だとバレなければまあ問題ないんじゃないの?」
とのたまった。
杏平の言葉にうんうんと頷くチカと寶。
「ミスターの方は『ナオキ』で出るんだけど、お前らなんて名前でエントリーしたわけ?」
チカの問いに寶はにっこり笑って、
「『チカ』でエントリーしたよ。完全に女の子だよね」
彼らの中で問題は解決した。