第二話
楽しそうなチカに手を引かれて現在私は洋服屋さんに来ている。
チカの選んだこの店は可愛いワンピースがいっぱいで、私の好みとぴったりあっていた。
「この店の感じ、いちるちゃんに似合いそうだと思ったんだけど、どう?」
にっこり笑うチカは可愛くて、彼女にこそ似合いそう。……いや、この美少女は何着たって似合うだろうなあ。
チカに見とれているとぐいっと手を引っ張られた。
「ほらほら、ぼーっとしてないで、選ぶよ」
「わ、待って待って」
チカ、意外と力ある。
「これとかどうかな?いちるちゃん色白いから似合いそう」
淡いピンクのふんわりしたワンピースを持ってチカがふわりと笑う。ピンクは可愛いけど、着るとなったらなんだか躊躇してしまう。むしろチカに着て欲しい。絶対似合う、可愛い。
「ピンクはちょっと…」
「えー、絶対似合うよー。あ、でもこっちもいいな、ほら」
あれこれと次々持ってくる。どれも可愛いけど、こんな美少女が目の前にいたらなあ。自信なくなっちゃうよ。
「いちるちゃん、これ!これ絶対似合うよ」
しばらく別々に物色していたら、チカがにっこりと笑って私のもとに来た。彼女が手にしているのは、濃いグレーのワンピース。色はシックだけど黒のアクセントがお洒落で形が可愛い。落ち着いているけれど地味すぎていない上品で可愛いワンピース。
「いちるちゃんこんな感じ好きでしょ?」
好き。大好き。
「ほら、試着試着。絶対似合うよ、間違いない!」
「わわわ」
チカに試着室に放り込まれた。結構強引だなあ。
何気なくチカから受け取ったワンピース、サイズも何も見てなかったけど来てみたらぴったりだった。鏡に映った私を見ると、……結構いけるかも。似合ってるかも。やっぱりこのワンピース可愛い。
「着替えたー?」
チカの声が聞こえたから試着室のカーテンを開けて、外に出た。
「…………!」
「チカ…?」
「!似合ってる似合ってる!ぴったりだね。可愛いよいちるちゃん」
一瞬私を見てチカの動きが止まった、ように見えたけどすぐに満面の笑顔で似合っていると言ってくれた。ちょっと嬉しいなあ。このワンピースちょっと気に入ったし。
「ありがとう。これにしようかなあ」
「うんうん。それがいい!すごい似合ってるし。いちるちゃんにぴったりだ」
「じゃあこれに決めた!ありがとうチカ」
ちょっと高かったけど可愛いし、お買い上げ。サトルさんと来たかったけど、女の子同士であれこれ選ぶのも楽しい。チカ、自分で言ったとおりセンスいいし。さすがはサトルさんの妹。
* * *
無事にワンピースをゲットした私たちは近くのカフェで軽く昼食をとり、映画を見るべく映画館に向かうことにした。
気づいたら私たち結構仲良くなっていた。いつのまにかチカも私のことをいちる、と呼び捨てで呼んでいる。チカ、結構サバサバしていて気持ちいい。それに話すの上手なんだよね。私はそんな饒舌なタイプじゃないからちょうどいい。聞いているの楽しいし。
にこにこ私と話しながら歩くチカはなかなかの注目の的だ。男女問わずみんな振り返る。だよね、可愛いよね。それにチカ、すらっとしててスタイルいい。私も身長は低い方ではないけどチカは私より身長高いし。ぺたんこの靴履いてるのに。モデルみたいだなあ。サトルさんも身長高いし、さすが兄妹。美形兄妹かあ…。うらやましい。
そんなこと考えていたらいつのまにやら映画館に着いていた。ごめんチカ、途中から話ほとんど聞いてなかった。
チカは気にする様子もなくポップコーンとジュースを買ってきてくれた。
「ポップコーンは塩で…、ジュースはオレンジジュース買ったんだけど、よかった?」
「うん、どっちも好き。ありがとう」
ポップコーンは塩派だしオレンジジュース大好き。ナイス選択。さっきから外さないよね、チカ。すごい。
「もう始まるよ、急ごういちる」
のんびりしてたら上映時間が迫っていた。急がなきゃ。
映画は感動のラブストーリーだった。
不治の病系。泣けた。もう後半涙ぼろぼろこぼれて。でも最後は幸せなハッピーエンドで……いい映画だった…!
「いい話だったね……いちる大丈夫?」
「だいじょうぶ…泣けた……」
いまだうるうるしながら頷くとチカがハンカチを差し出してくれた。かたじけない。
「ありがとう」
「あはは、いちる目が真っ赤だよ。うさぎみたい」
にこにこ笑うチカは私の頭をぽんぽんとした。泣かないタイプか。美少女の涙も見てみたかったな…。って変態か笑私。
涙は止まったけどチカのハンカチはすっかりしっとりしてしまった。……シンプルなハンカチだなあ。美少女はこう、ひらひらーっとした可愛い乙女な感じのハンカチ持ってると思ってた、まあ私の勝手なイメージだけど。
日が暮れるまでまだちょっと時間があるから映画館を出てその辺をぶらぶら。このあたりは可愛い雑貨屋さんがいろいろあって飽きない。あ、あのうさぎ可愛い。チカに似合うな絶対…。
チカとおしゃべりしつつ雑貨に目を奪われているとチカにくすくす笑われた。よく笑うよね、チカ。
「本当、いちる可愛いなあ」
「ええ?何?チカの方が可愛いよ。初めて見たもん、こんな美少女」
ほんと、見れば見るほどすごい美少女。直木家の美形遺伝子がうらやましい。サトルさんもすごいイケメンだもんなあ。……サトルさんかあ、そういえば今日はサトルさんとデートのはずだったんだ。
気がつくとチカが私をじっと見つめていた。
驚いてチカの顔を見ると、なにやら真剣な顔で。
「いちる、やっぱり兄さんとデートしたかった?」
!ちょうど今サトルさんのことを考えていたところだった。やっぱりチカは私の心を読めるんじゃないかな。
「え…?」
「なんだか上の空みたいだったから。デート、楽しみだったんでしょ?いちる」
じっと私を見つめてくるチカ。
確かにデートは楽しみだった。サトルさんが急用で代わりにチカが来たと言われたときはあんなショックだったのに、でも今はすごい楽しい。サトルさんと二人きりだったらきっと、緊張してこんなに楽しくはなかったんじゃないかな。
「デート、楽しみだったけど、チカとこうやって喋っているの、すごい楽しいよ」
「本当?」
「うん。サトルさんとだったらきっと緊張して映画もあんなに感動できなかったと思うし…」
「あはは、いちるすごい泣いたもんねえ」
あの映画は本当に泣けた。チカが泣いてなかったのが理解できないよ私は。
あはは、と笑っていた私たちだったが、チカがふい私に近づいた。さっきまでと表情がまるで違う。心臓を掴まれるような、真剣な表情。
「チカ?」
「だったらさ、いちる」
チカの顔が近づく。
「兄さんやめて、俺に恋しなよ」
そう言ったチカの声は、さっきまでの可憐な声とはがらりと雰囲気が変わり。
やや低い声。まるで、少年の、ような。