第08話:妹のアリスがいつもいつも…って、どうしてここに!?アリス、ズルいわ!/そ、そんなにせら姉が欲しければうちを倒してからにしときっ!
「シェリーが、くるよ♪そろそろ、くるよ♪」
謎の可愛らしい歌を口ずさむアリスさん。
そんな姿を見て、和まないハズはない。
ハズはない…のだが、今は状況が状況。
和 め な い 。
だってそうだろ!?
訪問者だぞ!?
それもただの訪問者じゃない!
アリスさんのお姉さん!
「何でそんなに嬉しそうなのよ?アリスだけよ、この状況でランランしてるのは」
露葉が少し強めの口調でそう言うと、アリスさんはビクッと肩を上下させてから俯いてしまった。
「…そうね。ありす、シェリーがくること、たのしみにしてた…」
「アリス…」
大好きな姉と久々に会えるというシチュエーションで、喜ばない妹がどこにいるだろうか?
いるハズがない。
露葉は、自らの言葉に少しの後悔を感じていた。
「そ、そうよね。副会長…じゃなくて、アリスさんのお姉さんが来るんだもんね。露葉さん、アリスさんをいじめちゃダメよ」
「い、いじめてなんかないし!瀬栾が勝手にそう思っただけよ!」
「アリスさん、気にしないでね」
「きぃーっ!」
この二人の関係はまだまだ凸凹のようだ。
「瀬栾ー、このTシャツはどうするー?畳むー?」
「つ、露葉さんッ!それはダメですっ!こっちに持ってきちゃダメーッ!」
「何でよ?ただのTシャツじゃな…ッ!?な、何てもの持ってるのよ!?」
「こ、これは、その…、サンサロール様との、ペアルックを、と…」
…と、知らないうちに雰囲気がガラリと変わっていた。
俺だけだね、変化に対応せずに掃除を続けているのは。
しかも何やら俺に関係する事っぽいです。
同じリビングルームで、とはいえ、離れているところで作業しているせいか、少女達の会話はよく聞こえて来ないのだが、気にはなる。
「全く、これじゃあ今後も誰かが来るたびに大変な事になりそうね…」
露葉は気持ちを落ち着かせようとして深呼吸をし始めた。
その時だった。
ピンポーン
深呼吸の吸引時に鳴らされたからか、露葉は酷く驚いたようでむせていた。
「シェリーかなっ!?おねえちゃん、かなぁ!?」
キラキラと眩しい光を放っているのではないかと思うほどに期待の込もった双眼をこちらに向けて来るアリスさん。
可愛いなぁ…。
「瀬栾ー?あなた達にお客様みたいよー?」
瀬栾ママ・ひよこさんの掛け声で反応し、次なる行動に出る瀬栾。
「はーい、今行きまーっす!」
ガチャ
「こんにちは!あの、今日はわざわざご挨拶に来ていただきありがとうございます!」
「こんにちは。いえいえ、こちらこそ、私の勝手な都合に合わせてもらってありがとうございます。では、お邪魔します…」
そして、この楠町家に訪問者が足を踏み入れた。
それとほぼ同時に、俺の脳内に電流が迸った。
「えっ…」
最初にこんな発言をしたのは、俺だった。
楠町家は、玄関を入るなりすぐ廊下になっており、主にお客様をもてなすリビングルームはその突き当たりに在る。従って、客人は家に入ればリビングルームのドアを目の前に見る事が出来、今はもてなしの準備のために片付けをしていた事もあって扉は開いていたわけでありまして、俺の視線上に副会長の姿が現れたのであります。
そんな状況で思わずそんな声を出してしまった俺は、最後に片付けようと思って手に持っていた今日の朝刊を床に落としてしまった。
「みなさん、いつも妹のアリスがお世話になって…って、えぇ!?」
お、どうやら相手方もこちらに気が付いた様子。
アリスさんに全く劣ることのない美しいウェーブのかかった艶のある金髪、彼女の魅力をそのまま凝縮したかのような深く透き通っている翡翠色の瞳、そしてアリスさんとの違いを決定的にするまさしく少女達の理想のプロポーション。
女性なら誰もが一度は思い描く幻想の全てを体現したかのような存在が、そこにはあった。
が、俺が驚いたのはそのあまりの美しさを咄嗟に肯定出来なかったからではない。
恐ろしい事に、今の俺は目の前にいる生徒会副会長ことアリスさんのお姉さんに対して、非常に強い既視感を感じたのだ。
「おねえちゃん、おかえりっ」
お姉さんが驚愕しているこの場でそんな事お構いなしに話しかけ始めるアリスさん。
嬉しいのは分かります。でも今はちょっとだけでいいから俺とお姉さんでお話しさせてはくれまいか。
「…アリス、参巻があなたのお姉さんとお話がしたいみたいよ?」
長年の付き合いからかどうかは分からないが、俺の様子を見て何かを感じてくれたらしい露葉が気を遣ってくれた。
露葉、お前意外と気配り出来る子なのね。
「ダーリンと、おねえちゃんが…?」
一方、言われたアリスさんはというと、俺とお姉さんを交互に見てから、お互いがお互いを驚きの目で見ている事を確認し、ぎこちなく頷いてくれた。
「う、うん、わかった…」
「あ、ありがとな、アリスさん」
「ちょ、ちょーっと、待っててね、アリス」
というわけで、俺とお姉さんはお互いの確認をするため、一旦楠町家の外に出る事にした。
「サンサロール様、一体どうしたのかしら?」
「さぁ?…でもあの様子からすると、多分初対面じゃないわね、あの二人」
「!?…ダーリンと、おねえちゃんが…!?」
「じゃないと会って数秒で二人して驚いたりしないでしょ、普通は」
「た、確かにそうね」
「ダーリンが…おねえちゃんと…」
この時、そういえばアリスってば、副会長さんが来てから急に彼女の事『おねえちゃん』って呼ぶようになったわね…などと露葉は思ったらしいが、別にどうでも良いのでスルーする事にしたという。
話す場所を変更し楠町家の玄関を出てすぐ目の前の公道に出た俺とアリスさんのお姉さんは、暫く見つめ合っていた。しかし、その沈黙の凝視も数十秒と持たないうちに壊れた。
「シアなのか!?ってかシアだよな!?」「さまくん!?やっぱりさまくんよね!?」
その二つの発言は、ほぼ、或いは完全に同時だった。
「シア…ッ!そうですわ!あぁ、間違いなくさまくんねっ!」
「そうだよ!俺だよ!」
はて?
確かこの『さまくん』という呼び方、何処かで聞き覚えがあったような…。
読者の皆様にはもうお分かりかもしれない。
大丈夫、その通りだ。
「憶えていて下さったんですね!私の事!」
「もちろんだよ!」
…と、表向きではこんな風に喜びながらも、俺は内心酷く驚いていた。
最近よく夢に出て来ていた、眩しいほどに白い砂浜に立つ純白のワンピースを着た少女。
今目の前にいる彼女こそが、その本人なのだから。
何故忘れていたんだろうか。
俺の脳内図書館を網羅しているハズの記憶という名の司書が仕事をサボっていたのだろうか。
それにこの訪問を感じとった本能的な何かが古い記憶からああいう夢を見せていたというのだろうか。
まぁ何はともあれ、今こうしてあの少女と再会出来た事が少しばかり嬉しいのは本心だ。
「さまくん、あのね、えーっと…。あ、あの時の約束、憶えてる?」
「約束…」
俺は頭の中に眠っているハズの古い記憶にアクセスを始める。夢に出て来ていたくらいだし、完全に忘れているような事はまずないだろう。
しかし、俺が少し考え始めると、
「…ふふっ」
何故かシアことシェリア、アリスさんのお姉さんは小さく笑った。
「冗談ですよ♪何の約束もしてませんわ」
「えっ?」
「全く、さまくんは昔っから私の言葉に惑わされてばっかりね」
「な、なんだよ、からかうなよー」
「引っかかる方が悪いんですのよ♪」
そう言ってから、シアは楠町家へと方向を転換した。
俺も後を追うように玄関へと向かった。
「…覚えているわけ、ないですわよね…」
小さく呟かれたシアのその言葉が誰かに聞かれる事は、なかった。
「サンサロール様、あの、もしかしてシェリアさんの事、副会長としてではなく知っていたんですか?」
「参巻、つゆに内緒で会ってたってこと!?」
「こんやく、しちゃうの?」
楠町家内部へと戻った俺達は、リビングルームで俺達を待っていた三名による質問タイムに見舞われた。
「えーっと、何て言うかだな…その、幼馴染って感じ?ただそれだけ、本当それだけだって」
「そ、そう…なのですね?さまくん」
「えぇっ!?シア!?何で疑問形!?」
何故かシアまでもが疑問形に。
と、ここで瀬栾が気が付いたようで。
「さまくん…?シア…?」
「あー、昔そう呼び合っててさ…」
俺は瀬栾の考えている事に答えようとして言いかけたが、露葉に遮られた。
「さまきっ!?つ、つつ、つゆがさまきの初めての彼女じゃ、なかったの!?」
何を言い出すお前は。
「はぁ!?ち、違うって!シアは別にそんなんじゃ…、そうだろシア?」
ぽっ
「何で姉妹同じような紅潮するかなぁ!?ってか何故今赤くなった!?」
少し前のアリスさんと似たような効果音で顔を赤らめるシアに、俺はツッコミを入れる。
すると、
「あら、いけませんわ。私ったら、さまくんの照れ屋な所にグッと惹かれてしまったわ」
という爆弾を投下して行かれた。
「サンサロール様っ!?」
「何で俺に来るの!?」
「参巻、いつの間に浮気してたの?幼馴染って事はつゆよりも先に出会ってたって事よね?」
「いやもし露葉の言うことが正しければそれは浮気じゃないだろ!?」
「ダーリン、だいすきだよ?」
「あ、うん。ありがとね、アリスさん」
「家が隣にあっただけですわよね、さまくん」
確かに、そう言われてしまえばそうだ。
家が隣にあっただけ。
ただそれだけ。
それだけ、なんだけど…。
「間違ってはいないけどさぁ、シアの家って本物が何処なのか分からないんだよね、正直」
…アレ?
シアの表情が固まっている事に気が付いたのは、俺が言葉を紡いだ後の事だった。
「おねえちゃん、ダーリンのおうち、しってるの?」
「え、えーっと、さまくん?本物とか偽物とかって…どゆこと?」
……。
「はい?」
思わずそんな声が出てしまった。
え、何?
家ってそんなに何軒も持ってるのが普通なんですか?
「えっと、私の家は…というよりも私の土地が、この辺りの地域なんですけど…?」
ふぉぉぉおお!?
俺達は凄いお方にお会いしているのではなかろうか。
そんな錯覚を覚えた。
この地域の地主さんが、まさかのシア!?
いやいやいやいや。
いくらなんでもそれはありえな
「おねえちゃん、ありすにくれたおうちも、このちいきにあるの?」
「そうよ?私の土地だもの。可愛い妹には無償で分譲するわ。さ、さまくんとは、その…」
えぇーっ!?
何それ!?
アリスさん帰る所あったんかい!
衝撃の事実すぎるわ!
いや待てでも結果オーライだその事を知らなかったおかげで俺はアリスさんとも一緒に住む事が出来ているわけだしな!
「その、出来るだけ、一緒にいたかったから…」
「つまり、副会長さんは、サンサロール様と一緒にいたかったから、石川家の隣の家にあった幾つもの別荘地の一つを家としていた、という事ですね?」
シアは照れくさそうに頷いた。
「マジかよ…」
もう俺は多少の事では驚かなくなっていた。
瀬栾や露葉、アリスさんに驚かされまくったせいだろうか。
いや、たった今シアにトドメを刺されたからなのかもしれない。
「って、別にこんな事は今じゃなくてもいいんですわ!今日はご挨拶に参りましたの」
「そう言えばそうよね。参巻、シェリアさんにお茶」
「あ、お茶ならあたしが淹れますっ」
「俺も一緒に淹れるよ」
「うぅー、分かったわよ!つゆもするーっ!」
「じゃあ、ありすも?」
「そんなに多くはキッチンには入らないかな…」
そんな俺達が仲良く見えたのか、シアは微笑んだ。
「ふふっ…なんだか、私の入る隙なんて、なさそうね」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何でもないですわ」
そのまま、シアにお茶を出し、高校生五人で学校についての近況報告みたいな世間話を少しした後、シアは妹がいつもいつも…とひよこさんへの挨拶を済ませ、何かお土産のような物を手渡していた。
結局のところ、シアが楠町家に来てから、それ以降に特別に話すような事は特になかった。
「さて、そろそろ私は帰りますわね」
そう言って立ち上がった時だった。
シアはどうやら、俺達のうち楠町家とアリスさん以外は今日は偶然遊びに来ているものだと思っていたらしい。
「あなた達は、まだここに?」
「えっ?」
「ん?」
シアの視線を向けられた俺と露葉は顔を見合わせて数秒後に、「あぁ〜」と納得の意を示した。
「あの、俺と露葉も、今ここに住まわせて頂いてまして…」
「そ、そーなの!参巻がどーしよーもないから、つゆは面倒見てあげてるのっ」
……。
案の定、シアは「はい?」とでも言いそうな表情で氷漬けになっていた。
「えー…っと…?」
「つまり、今はここがつゆ達の家ってわけなの」
シアはまだ信じられないというように瞬きを速めている。
まぁ、それが普通の反応ですわな。
しかし、シアはアリスさんのお姉さん。
こんな事で思考を停止させるほどやわではない。
「そ、そーでしたのね!あらら、私ったらてっきりさまくんやつゆちゃんは遊びに来ているものかと思ってしまっていましたわ」
そして、衝撃のセリフを。
「わ、私、何だか急に今日は身体が重くて動けなくなりましたわ〜…。こ、これは仕方がないので、その、今日はここに…、あ!アリスと一緒で構いませんけど…ど、どうでしょうか!?」
泊まる気だ…。
そこにいたシア以外の高校生四人が同時にそう思った。
シアはというと、セリフを口にしながらメールを打ちまくっていた。
数分後、インターホンに反応有り。
やって来たのは、普段の、というより普通の生活をしている者からしてみれば確実に出会わないであろう職種の方だった。
「小鳥、頼んだ物は持って来てくれたかしr」
「シェリアお嬢様!ここにいらっしゃったのですかぁ〜!探しましたよぉ〜」
……。
…め、メイドさん!?
玄関に見えたのは日常では見る事の難しいメイド服。正直、楠町家の玄関とメイド服という組み合わせは異様な雰囲気を醸し出していた。
「あ、し、紹介が遅れましたっ!私、シェリアお嬢様の専属メイドを務めさせて頂いております、小鳥と申しますっ」
小鳥の自己紹介が終わるとほぼ同時に、反応した者があった。
「め…メイド…さんっ!」
意外にもそれは、瀬栾だった。
しかも相当キラキラした目だった。
珍しかったので、とりあえず瀬栾にインタビューをしてみる。
「せ、瀬栾?もしかして、メイドさんが好き…なのか?」
「ふぇっ!?…あ、あぁ、いえ、そういうわけでは…。はぁぁ〜…いいなぁ…」
そういうわけでなければ何故そんなに羨望の眼差しを…?
ってか今、確かに「いいなぁ」って言ったよね?
と、そんな瀬栾の事はお構いなしに、やって来たシア専属メイドの小鳥さんはシアに対して言い放った。
「シェリアお嬢様、帰りますよ!私を含め五人全てのメイドがお嬢様のお帰りをお待ちしております故」
しかし、こんな事を言われようと、シアにも言いたい事があるようで。
「小鳥ぃ〜、お願いよ、せめて一ヶ月、いえ一年間だけでいいのよ〜」
一年間だとシアさん、あなた確実に卒業してますよね。
「ダメですっ!シェリアお嬢様は私と共に帰って頂きます!ご要望のお泊まり用品も持って来ていませんし」
「!?」
「それにですね、お嬢様はまだお父様へのご挨拶さえも済まされていないのではありませんか?」
「それは…、そう、ですけど」
「シア、親には連絡くらい入れた方がいいんじゃないか?俺だって、親に連絡して今こうなってるわけだし」
しかし実際にかけてみた俺だったが、あの電話は酷かった。
いや、でも待てよ。
もしかしたらあの人は本当の母ではなかったかもしれないじゃないか…!
だって、普通は帰って来なさいって言うでしょ!?
それじゃあ、あの人は一体…!?
とか一瞬だけ思ったが、残念な事に「いつもうちのバカ息子がお世話になっております…」とかいう手紙添えの贈り物が楠町家に届いていたあたりを考慮すると、あれは完全に本当の親だ…。
どうしてこうなった。
とりあえず週末に帰ったら一言言っておこう。
「ところで、シェリアさんは今どちらにお住まいで?」
気になったのか、瀬栾はシアに質問した。
さっきこの辺の地域一帯が全てシアの家の敷地であるというような事を言っていたが、実際に住んでいる家というのは存在するハズ。この辺りに城のように巨大な建物などはお目にかかれないという事は、シアの住んでいる家も楠町家のような普通の家である可能性が高い。
「はい?私…ですか?…家…そ、そうですわ!小鳥、あの家はまだ使えるかしら?」
「あの家、と言いますと?」
「ほら、あの家よ!ここの近くに確かにあったハズの…」
突然そんな事を言い始めたシアと小鳥の二人にきょとんとするしかない俺達。
「あ、はい!あの屋根が青い家ですよね?」
「そう、そうよ!そうですわ!」
「しかし、あの家は敷地も狭く…」
「関係ないわ!さまくんのすぐそばで暮らせないのなら、せめて近くで生活したいもの!…その、ど、同棲、はちょっとまだ出来ません…けれど…」
後半は何やらごにょごにょとしていてよく聞き取れなかったが、まぁ、耳まで真っ赤に染まっていたので恐らくはその類の事なのだろう。
俺一体何でこんな状況に巻き込まれてんの!?
少し前まではこんなモテ期考えられなかったのに!
…嬉しいから、その、まぁいいけどさぁ。
「お嬢様…、分かりました。その家でしたら、ちゃんと帰っていただけるのですね?」
「小鳥…っ!いいの!?」
シアがアリスさんのお姉さんである事がちょっと垣間見えた気がした。今のは卑怯だ。「いいの!?」って言いながらのキラキラした目での満面の笑顔はズル過ぎる。こんな笑顔で言われたら、一体誰が逆らえようか。
そして、それは小鳥も例外ではなく。
「ほ、本当に帰っていただけるのなら…。許可出来ない事でもありませんし…」
「にゃはは〜っ!」
シアは嬉し過ぎて変な声で喜んでいた。
露葉が若干引いていたように見えた。
「そ、それでは!みなさん、また明日お会いしましょうっ!さまくんもねっ」
そう言ってシアは楠町家から帰って行った。小鳥さんもこちらに一礼した後に、シアを追うように帰って行った。
「何だか、嵐のような人だったわね」
露葉はそう言った。
「嵐、というよりは台風のような気がしますけど」
瀬栾はそう言った。
「おねえちゃん、またあした、あえる?」
アリスさんだけが、ちょっぴり残念そうだった。
それからの一日は特に何のイベントもなく、つつがなく終了した。
しかし、やはり俺達には事件が付き物のようで。
それが起きたのは翌朝の事だった。
「サンサロール様ぁ〜っ!助けてくださいぃ〜!」
本日の騒がしい第一声は瀬栾さんのようです。
俺は時刻を確認。
「…まだ5時じゃないか…」
「サンサロール様ぁ〜っ」
声の方を見ると、現在俺の部屋と化している『THE☆古部屋・改』のドアが開かれていて、瀬栾が少しだけ部屋の中に入って来ていた。
誰に見せるためかは分からないが、フリル付きの可愛らしい寝間着姿で前屈みになっていた。胸元が広いせいで色々見えそうで危ない。
「おおおい瀬栾!?落ち着け!まずは落ち着け!」
「落ち着けませんよぉーっ!」
勇気を出して瀬栾を見てみると(まぁ見えてしまったら見えてしまったで嬉しかったりするんだけれども)、瀬栾のそれは見えなかったが、代わりに瀬栾の腰辺りに何かが巻き付いているのが理解出来た。
…腕だった。
「ほ、ホラー!?」
「違いますっ!露葉さんが…、露葉さんがっ!」
言われてからよく見ると、なるほど確かに瀬栾の背中に見覚えのある銀髪が見え隠れしている。
だが俺はここで一つのおかしい事に気が付く。
何で瀬栾に隠れ…ってか抱きついているんだ…?
いつもなら普通に部屋に入って来て暴れて行くのは露葉本人だというのに…。
「おい一体どうしたんだよ露…」
俺は言いかけた言葉を最後まで言わなかった。
違和感が半端ない、というよりもはや違和感しかない。
そう直感したのだ。
「……」
「さ、サンサロール様…?」
「あ、そういえば昨日露葉、寝坊するかもって言ってたんだけどなー」
ピクッ
お、反応有り。
「露葉が起きて来ないなら、まぁ仕方ないし俺と瀬栾二人で登校するしかないな」
ピクピクッ
もう早く正体見せろよお前…。
「サンサロール様、何を…?露葉さんなら、ここにいるじゃないですか?って、それよりその露葉さんに何であたし抱きつかれてるんですか〜っ!?」
「ほら、瀬栾が困ってるだろ?いいから早くお姉ちゃん起こして来い、姫音」
朝早くからどうしてこんな所にやって来たのかは謎だが、瀬栾が可哀想なので話はとりあえず後にする事にした。
「つ、つゆ姉ったら、本当、ウチがいないと何も出来ひんのやから…まったくもう」
「……!?」
瀬栾が困ってる理由は幾つも思い付く。
俺だって初めて会った時は混乱したさ。
「おうおう、行って来い行って来い」
とりあえず姫音は瀬栾の部屋へと戻って行った。
「あ、あの娘何!?一体誰なのよ黒猫っ!」
お、ツンツン瀬栾ちゃんですか。しかも野良猫から黒猫へレベルアップしてますね。でも、どっちが上なんだろうかという疑問は謎のままにしておこう。
「あいつは雪星 姫音。露葉の妹だな」
「露葉の、妹?」
うぉっと、このモードの瀬栾はまるで別人だな。
「露葉さん」じゃなくて呼び捨てになってるよ。
「あぁ。あいつとは露葉と付き合ってた頃からの仲でさ。安心してくれ、瀬栾に迷惑かけるような事はしないハズだからさ」
「す、既にされたんだけどねっ!」
「あ…、ま、まぁ、さっきのは忘れてやってくれ…。ところでさ、露葉はまだ寝てるんだよな?」
「そ、そりゃあ、あの娘が露葉じゃないのなら本人はまだ寝てるでしょうね」
「そうか。…ってか、瀬栾は起きてから露葉本人の事に気付きはしなかったのか?」
俺は正直疑問だった。
露葉とアリスさんは現在、瀬栾の部屋で寝泊まりしている。確か、瀬栾が二段ベッド(1F)、露葉が敷布団、アリスさんが二段ベッド(2F)だったハズ。
それなら、普通に気付くのではないだろうか。
「露葉さんはあたしが起きた時には既に隣にはいなくて、この状況に…」
ふむ。
なるほどそういう事か。
ここで俺はもう一つの選択肢に気が付いた。
「あー、その、まぁ、多分だけどさ。あくまでも俺の予想なんだが、その時布団が変になってなかったか?」
「変に…?いえ、特に変には…。あっ!」
「何か思い出したか?」
「畳まれてましたっ!あの露葉さんのお布団が!」
…瀬栾が起きる数十分前には既にいた、って事か。
「ところで露葉、お前さぁ、妹にここまで来てもらって起こしてもらうとか、ある意味凄いな」
俺は今ここに姿の見えない少女に対して話しかけた。
瀬栾は酷く驚いて「いるんですか!?どこですか!?」とか言いながら探してるけど、瀬栾のおかげで近くにいるって分かったんだけどなぁ…。
「つ、つゆは別に起こしてもらってないよ?つゆが起こしてあげたのっ!」
わけの分からない事を言うなお前は。
起こしてあげた側が露葉だったらどうして姫音が制服姿でここにいて露葉がパジャマでここにいるんだ?
反論云々の前に見ただけで分かるだろ理由なんて。
露葉は部屋のドアの左端からこちらを見ていた。
「サンサロール様、それはどういう…?」
「結局のところ、露葉が朝早く起きられるかどうかが不安だったってだけだな。んでもって姫音を招喚した、と」
「ち、違うもん!つゆが起きれなかったら、参巻と休み明け最初の登校が出来ないからだもん!」
いやだからそれってつまり起きれなかったらどうしようって思ってたって事だろ?
「それで妹さんを…?」
「そ、そう!妹の姫音を」
「誰が妹やて!?」
聞きなれない声と口調は戻って来た姫音ちゃんです。
「ふぇっ?あの、サンサロール様から露葉さんの妹だと…」
「あぅ…えと、そ、そんなんちゃうねん!ウチはつゆ姉の姉やもん!」
自分で「つゆ姉」って言ってるあたりがなぁ…。
そこまで言うならせめて徹底しろや。
「えぇっ!?アリスさんに続いて今度は露葉さんのお姉さんが!?」
おい瀬栾信じるなよ!?
「ちょっと姫音、何言って」
「あんた、昨日よくウチに電話出来たなぁ!?それもこんな朝早くに起こしに来いとか!」
「やめろ露葉、姫音も!」
この二人の間でも姉妹喧嘩はよく起こるようです。
「さま兄はうるさい!これはウチ達の話や!口挟まんといてっ!」
「なっ!?参巻に何て事言うのよっ!?」
「あぅっ、ご、ごめんなさい…」
うん。
まぁ姫音のこういう素直なところは露葉似というか、何というか嫌いじゃないよ。
「けどな、つゆ姉がウチの事、妹言うからこうなってん。まったくもう」
「いやお前妹だろ」
「せ、せやけど妹ちゃうねん!その、つゆ姉はウチがいないとダメなんよ?姉言うんは頼もしいもんやろ?」
「そういうもの…なのか?」
「ウチはそう思ってんねん」
…うむ。
まぁ実際のところ気持ちは分からなくもないが、残念な事に世界には理不尽だって平気で存在するんだよ。現実的事実は受け入れてあげてくれ。
「つまり、姫音さんは露葉さんの妹さん、って事でいいんですよね?」
「だから、違っ…」
「まだ言うのか?」
姫音の頭を軽くくしゃっと撫でてやったら静かになってしまった。
やべ、俺、いきなりすぎたかな…?
確か姫音って昔からプライドだけは高いやつだったよな…。
俺が露葉と初デートするって時も「ウチが評価したげる!せ、せやから一緒に行く!」とか何とか言いながら実は一人での留守番が怖いだけだった、なんて事もあったしなぁ。
そしてその不安な予測は的中する。
思いもよらぬ方向性にて。
「う…」
「う?」
「う、うぅ…、うわぁぁぁああん!お姉ちゃぁあん!髪くしゃって、くしゃってされたぁぁ〜!うぅわぁぁぁあああん!」
「いッ!?な、泣くなよおい!ちょ、悪かった、悪かったよ!」
えぇぇ〜…。
そんなに嫌でしたか…。
何故だろう、鶸ちゃんより心に突き刺さるわ〜…。
「お、おい露葉!どうすればいい!?」
「あぁもう!…ほ、ほ〜ら姫ちゃ〜ん、姫ちゃんの大好きなうさぎさんですよ〜。ぴょんぴょんっ」
露葉は身を屈めた上で両手を頭上にくっ付け、まるでうさ耳のようにぴこぴこ動かしながらそう言って姫音をあやし始めた。ご丁寧な事に、小さくではあるがぴょんぴょん飛び跳ねている。
「えー…」
「し、仕方ないじゃない、この子こうしないと泣き止まないんだからっ!」
露葉のそのセリフは、俺の「そんなんで泣き止むわけ…」という思いの込もった視線を真っ向から反射した。
「でも露葉さん、あたしも流石にそれはちょっとどうかと…」
「ふぇぁ〜?みんな、おはよー…」
ここで登場!いやここで起床、みんなのアイドルアリスさん!
…と、アリスさんは一生懸命にうさぎの真似をする露葉を見て、何を思ったか一緒にぴょんぴょんし始めた。
え、何この二人超可愛い…。超和むんですけど…。
「ですから露葉さん、アリスさんも!それで姫音さんが泣き止むとでも本気で思って」
「せら、おはよー」
「お、はようございます」
アリスさんはうさ耳と化している両手をぴこぴこさせながら瀬栾にちゃーんと朝のご挨拶をした。
そんなアリスさんのマイペースには瀬栾さんも逆らえないようです。
だがそのマイペース以上に驚くべきなのは、
「ほらほらー、ぴょんぴょんっ」
「…ぴょんっ」
「ぅっ、うぅ…。ひぐっ、ひぅ…。…う、うさぎさん…?」
「「泣き止んだ!?」」
ここで俺と瀬栾のセリフが完全に被った。
奇跡!
うわぁ!
何か嬉しい!
「うさぎさん♪うさぎさ…はっ!?」
「どうしたの?」
「…な、何でもない!つゆ姉のうさぎさん、別に可愛くないし!泣き止んでないし!」
いや最後の一言はおかしいだろ!?
他にもツッコミたいところはいくつかあるが、今はやめておく事にした。
「…泣いてたの?」
アリスさんは心配そうに姫音を見つめていた。
アリスさんまず姫音の事知らないよね?
「な、泣いてないっ!ウチは、頭くしゃってされたからちょっと驚いただけや!」
まだ意地を張りますかあなた。
まぁ逆に可愛らしく見えて来たからもういいけどね。
「まぁ何はともあれ、そう言えば姫音さんはどうしてここに来たんですか?」
「…えっ?ウチ、言ってなかった?つゆ姉起こしに来ただけやけど…?」
「あぁ、いえ、それは分かってるんです。そうじゃなくて、どうして露葉さんのたった電話一本で来る気になったのかなーって思っちゃって」
「そ、それは…」
俺は知っている。
露葉と付き合っていた頃からこいつは全く変わっていないようだ。
「瀬栾の予想通りだな、確実に」
瀬栾も何か予測しての質問だったように思えたので、姫音の代わりに俺がそう答えた。
「か、かか勝手に答えんといて!?しかも何それ分かるわけないやろ絶対に!」
「あぁ〜、これは確かにサンサロール様の言う通りですね」
「分かったん!?」
「はい♪」
つまりは瀬栾の察しが的中したって事です。
「実は、姫音さんと同じような思考の妹があたしにもいて…。でもあの子のはちょっと違うかも」
なんと!?
瀬栾気付いてたんだ!!
「ウチと同じ…?」
「お姉さんの事が好きって事です。…正直、あたし的にはあの子の行動は評価出来るものじゃないですけれど。それにこれからのあの子の事を考えると、ちょっと心配だったり」
瀬栾は姉好きを隠し続けている姫音にとって全身から火を出しそうなほどに聞きたくないセリフを次々と放って行った。
「ぁ…あぅ…えっ…いや、あの…」
ダイレクトに色々言われ過ぎて返す言葉すらをも失ってしまっていた。
「姫音、さっきはいきなり髪触って悪かったよ。ところでさ、露葉を起こしに来たのは分かるんだよ。まぁその、理由もさ。けど、俺にはまだ一つ疑問があるんだけども」
「な、何?」
「よくここが分かったなぁ」
そう。
ここへ姫音が時間通りに来れた事が俺にとっての最大の謎だった。
あ、そう言えば穂美も突然ここに来た事があったっけか。
「え?だって、ここ鶸ちゃんの家やん?」
ほぅ。
ほぅっ!?
鶸ちゃんの事知ってたのね!?
あぁ!
よく見ればそれ鶸ちゃんと同じ中学の制服…って、考えてみれば穂美も一緒じゃねぇかッ!
…衝撃の事実が多数発覚した騒がしい一日の幕開けだった。
因みに今日は連休明け最初の登校日。
俺達は言うまでもなく遅刻した。