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第07話:ちょっ、えっ!?それホントですかッ!?いやー、お義父さん超カッコいいッス!え?お義父さんと呼ぶな?…ですよねー…。瀬栾ぁ!!俺達何も聞いてなかったんだけど!?

「ついて来なさい」


 瀬栾パパが放った一言は、朝の清々しい空気を超重力が働いたかのように重くする。

 体もまるで動かず、冷や汗のみが背中を伝う。


「おお、お父さん、か、帰ってたの…?」


 瀬栾は抵抗しようとしたのか、話題を変えようとする。しかし、そんなものは全く通じず、


「…ッ!い、いいから来なさい」

「は、はい…」


 瀬栾は一階のリビングへと連行された。

 残された俺達は唯々沈黙していたが、ハッと我に返り驚く。


「い、今のって…!」

「あぁ、間違いなく瀬栾のお父さん…いや、お義父さんだな」

「……そーゆーの、いきなり言うと女の子は困ると思うよ?少なくともつゆはパパの事お義父さんとか呼ばれたら戸惑っちゃうし」

「そうなのか?俺はてっきり、仲良くなった方が嬉しいんじゃないかって思ってたんだけど」


 他愛もない会話をし、一旦気持ちを落ち着かせる。


「仲良くなるならない以前の問題よ」

「…そういうものなのかねぇ」


 まぁ確かに、俺から突然「お義父さん!」なんて呼ばれたら「何だと!?生意気なやつだ!娘はやらん!!」とかいうお約束になるのはなんとなく分かる気はするけどね。あ、でももしかしたら意外と快く承諾してくれたり…。…ほぼ無いか、あの感じじゃあなぁ…。

 俺は先程見た瀬栾パパの強面な顔を思い出し、苦笑する。否、顔を引きつらせる。


「ふぁ〜…。ぐっもーにん、だぁりん〜♪」


 ここで登場本日のふわふわアリスさん!

 何その挨拶!?

 殺す気なのか!?

 そうなんだろう!?

 その可愛らしさで俺を殺す気だな!?

 可愛すぎんだろふざけんなよ俺どーすりゃいーのよ抱きつくよ!?

 …よし、落ち着け俺。

 つゆちゃんがダークなオーラを発し始めたから落ち着くんだ俺。


「お、おはようアリスさん」

「おはよーアリス」


 露葉の声はどこか棒読みだった気がする。


「にゃぁほぉ〜」


 寝起きだからか、目はとろんとしていて物凄く可愛い。

 あぁ、よしよしって撫でてあげたい…。

 待て露葉違うんだ別に変な事は考えてないし実行なんてしない!

 だから頼むその手に持ってる数学のプリントで俺の指を切ろうとしないでッ!

 意外と簡単に切れちゃうからねそれ!

 紙なのに凄いよねッ!


「ねぇ〜、どしたの〜?なにか、あったぁ〜?」


 ふわっふわなアリスさんは何も考えずに言葉を発しているようだ。しかしまぁ、何かあったのは事実である。


「あ、あぁ、それがさ、聞いてくれよ。瀬栾のお義父さんがな…」

「参巻、言ったよね?その言い方はって」


 ……。

 何で声だけで文字まで当てられるんだ露葉は…!?

 いや合ってるけど!

 その指摘は確かに間違ってないけどね!?


「ゴホン、実はさっき、瀬栾のお父さんが突然現れてさ」

「っていうかここ、瀬栾ちゃん家でしょ?現れて、とか言う前にいるのが当然よ」

「た、確かに!」

「ふぁ〜」


 露葉に色々つっこまれながらも説明をするが、アリスさんは欠伸をしながら俺の近くへ来…、


「おやしゅみぃ…」


 大殿籠もられました。

 えぇぇぇぇぇ!?

 なんかもう凄いよアリスさん!

 俺ついていけないッ!

 何!?

 何なの!?

 何でそんなに可愛いの!?


「ちょ、ちょっとアリス!寝ないのッ!起きなさいっ、起きなさいってばぁ!ね、ねぇってばぁ、聞いてる?きいて、ねーぇー…、おき…なさい…よ…ぐすん、うっうぅっ」


 露葉は俺を抱き枕にしているような体勢で寝ているアリスさんの事が気に食わないらしい。顔を真っ赤にしながら半泣き状態でアリスさんを俺から剥がそうとしている。

 …と、ここで俺は気付く。


「って、今はこんな事してる場合じゃない!アリスさんごめん、この埋め合わせは、いつか必ず!」

「しなくていーの!!参巻のバカぁ!」

「むぅ、しかた、ないわ…」


 俺達がしなきゃならない事は、他にあるじゃないか!

 瀬栾を助けに行かないと…ッ!

 完全に忘れる手前で何とか本題へと帰還する事が出来た。


「瀬栾をみんなでフォローするんだ!な?俺達が行かなきゃ瀬栾一人だけ超怒られるかもしれないだろ?」


 だが、それは杞憂に終わる。

 それが分かったのはこの直後の事であった。


「いいか、みんなで瀬栾をフォローするんだ」

「せらも、つぶやいてるの?」

「アリスさん、そのフォローじゃないからね」


 早速不安にはなるものの、時間が経つに連れて瀬栾を助けるのが難しくなるかもしれないと思った俺は、とりあえず一階のリビングルームへと移動する事にした。ついてくる二人に、呉々も変な真似はするなよと言い聞かせながら。


「いいか、瀬栾。パパは心配だよ」


 リビングルームから聞こえて来たのは、そんな言葉だった。その声は、不思議と優しいように思える。


「ち、違うのお父さん、あの人達とサンサロール様は別にあたしに変な事をするような人じゃないの」

「…瀬栾、それならどうしていつものように…」


 そこで瀬栾パパは口ごもる。そして、


「どうしていつものように俺をパパと呼んでくれないんだァー!?」


 はぁぁぁぁああアアアア!?

 どんな理由だそれェ!?


「それだけじゃない!瀬栾は…瀬栾は、パパのお嫁さんになるって…ッ!!なのに瀬栾は、その、か、かかか…、カラスを連れて来て!」


 言えよ『彼氏』って!!

 認めろよ!?

 って、あ、いや、別にこれはノリで…認めろよというのは訂正。

 けど何故にカラス!?

 何!?

 どういう事!?

 っていうかそれ以前に何その娘を持つ父親が抱く超テンプレ理想論!?


「お父さ…ぱ、パパ、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかッ!?」

「あたし、お父さんと結婚はしないよっ!?」

「!?」


 何故だ!?

 何故そんな絶望の表情を示す!?

 当たり前だろそんなの!


「瀬栾…?な、何を…言っているんだ…?」

「お義父さんッッ!」


 しまったァ!

 突撃してしまった…!

 瀬栾が物凄い言われようだったから、つい…!

 ヤバいよこれ!

 ほら!

 こっち見てる!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ…


「き、君は…!?」

「あ、ああ、えぇと、その…」

「サンサロール様!」

「何ッ!?君があのサンサロール様くんかい!?」


 瀬栾さん!?

 俺の事『サンサロール様』で紹介してたの!?

 石川くんじゃなく!?

 様付けなんて怪しすぎるだろ絶対変な事考え…ってか誤解されてんだろそれ!?

 俺がかっこよくて人気が超高いアイドル級のイケメンなら未だしも、普通の高校生だからね!

 どう考えたってその呼び方はおかしい訳ですよ!

 あれ…じゃあ、鶸ちゃんの対応は大正解なのでしょうか…?

 そ、それはちょっと傷つくな…。


「君が…、俺の瀬栾を…!?」

「うぅわぁぁあああ!ごめんなさいっ!いや、その、違うんです!俺たち、別にそんな関係じゃないです!様付けしないとダメな関係とか、そんなんじゃなくて…!」


 ど、どんな関係だぁぁァアアアア!?

 …って、ん?

 ちょっと待て。

 これ、主従関係とかそういう類のものとは違うって事くらいは、誰にだって簡単に分かることじゃないか…?

 え、それを「様付けしないとダメな関係」とかいう風に俺自ら口にするという事は、俺がそういう考えを持っていないわけでもないという事を明らかにしてしまった訳で…?


「なるほどな…。そういう事だったか…。君が、俺の瀬栾に…」


 徐々に怖くなる顔付き。

 次第に強張る低音の声。

 …あぁ、俺、ここで死ぬのかな…社会的に…。


「お父さん、待って!」


 その声主は瀬栾だった。

 天使だァ!

 多分ッ!


「あたし、サンサロール様と一緒でいられるなら、どんな関係でも構わないわっ!」


 !?

 瀬栾さん、何を!?


「なッ!?瀬栾!正気に戻りなさい!パパに嘘はいらないぞ」

「せら、ずるい」

「つ、つゆだって気にしないよそんなの!ね?つゆの方がいいよね?」


 落ち着けみんな。

 落ち着いてくれ。

 ってか認めちゃう瀬栾も凄いけど一瞬でそれを嘘断定するお義父さんもある意味凄いな!


「えぇっと、アレです!その、俺、そんな関係好きじゃないです本当に!ち、違うんです!さっきのは言い間違えたと言いますか、何と言いますか…」


 …な、何だよ露葉、こっち見て…いやしないよ!?

 え、何その目!?

 そりゃ確かに瀬栾は構わないって言ったけどだからって俺は望まないぞ!?

 本当にそんな関係は好きじゃないよ!?


「で、でもさっきのは嘘じゃないの!あたしは、サンサロール様とだったら本当に…!聞いてお父さんっ!」

「そうよ。きいて、あげて?」

「いや、パパは認めないぞ。よく見てみろ。こーんな小さい男、瀬栾を幸せになんて…」


 アリスさん、あなた凄すぎるわ。

 何でそんなにナチュラルに会話に入り込めるんすか?

 どうやったら出来るようになるのそれ?


「お父さんやめてよ、サンサロール様を見ろ、だなんて…」

「そうだ。出来ないだろう?当たり前だ、こんなにみすぼらしい…」

「やだ、サンサロール様ッ!見ないで!見ないで下さいぃーっ」

「漸く瀬栾も気が付い…」

「あんまり見られると、あたし、あたし…、きゃあぁ!」


 おいお義父さん気付いてやれ。

 娘さん、恥ずかしさの限界突破してますよ。

 見てみなさいな、顔がそれはもう恐ろしく真っ赤じゃないですかー!


「…はッ!」


 と、ここで露葉は何かに気付いたようで、突然態度を急変させた。


「瀬栾ちゃん、お父さんの言う事は正しいわ!」

「はァ!?ちょっ、お前、何言って…」

「アリスも、そう思うでしょっ?」


 話をアリスに振ると、まるで口裏を合わせていたかのように光速で応えが返って来た。


「それは、あたりまえ」


 !?

 どうしちゃったんだ露葉!アリスさんも!

 理由を求める俺の目を汲んだのか、露葉が口を開く。

 口をふにゃふにゃにしながら。


「だ、だって、これはチャンスだもん!」


 はい…?

 何がチャンスなのだろうか。


「そう。これは、ねがってもふつうはありえない、ただひとつの、チャンス」


 アリスさんも、何処ぞの掃除機の宣伝っぽくはあるものの、言いたい事は露葉とおなじようだ。


「何がだよ?何のチャンスだっていうんだ?」

「ダーリンが、うわきをやめて、ありすにごめんなさいするチャンス」


 ……。

 つまり、彼女達はこう思っているらしい。

 この機会に俺と瀬栾を離しちゃえ、と。

 さらにその後、俺を自らのものにしよう、と。


 ……。

 いや待って!

 俺の事を諦めずに追いかけてくれるのは男冥利に尽きるし超嬉しいんだけどね!

 何か違くない!?

 まずこの状況をなんとかしようよ!


「そ、そんな事言うなよ!お、おお俺は瀬栾の事が大好きなんだからな!浮気がどうのこうのなんて元々…」


 そこで俺はいつの間にか我を忘れていた事に気付く。


「ふぇ…?」

「さまき、やっぱり、つゆの事なんか…」


 え、えぇぇぇぇ!?

 泣くの!?

 そこで泣いちゃう!?

 やめてくれー!

 この二人の涙ほど俺が弱いものはないというのに…!

 って、あれ?

 わわわ、な、何かお義父さんがこちらを見て驚愕していらっしゃ…


「ほ、ほほう…。君は、アレかね?そんなに可愛い少女二人の決死のアピールを無下にして、俺の娘を俺の目の前で『大好き』だと…。なんと…」


 や、ヤバいって…!


「なんと…」


 怒ってるって…ッ!!


「なんと羨ましい限りを尽くしているんだァァァァァ亜ああああ」


 ……。


「ほぇ?」


 思わず口からそんな言葉が出てしまっていた。


「当て付けか!?当て付けだな!?俺が灰色の青春時代を送って来た事を嘲笑っているんだなァ!?」

「お、落ち着いてお父さ…パパっ!」


 すかさず父親を宥めに入る娘、瀬栾ちゃん。

 お、お義父様、なんかすみません。


「せらぱぱ、てつだって。じゃないと、ダーリン、せらちゃんとけっこんしちゃうよ?」


 うぉいアリスさァん!?

 あなたなんて事を!?


「なんだと!?」


 いや信じないでお義父さんも!!

 そもそも俺はあなたの許可無しには結婚出来ませんから安心してください!

 ってかもう『お義父さん』でいいよね今更だけどさ!

 露葉、違うんだよ、これは、そう!

 区別だ!

 瀬栾パパの事を俺が『瀬栾パパ』なんて呼べるわけないだろう?

 それにだからと言って『お父さん』だと本当の俺の父さんとの区別がつかなくなるからさ!


「サンサロール様、本当ですか!?」


 あれ!?

 瀬栾何で喜んでんの!?

 …あぁ、アリスさんの言葉を信じてるのね。

 って、いや別にしたくないわけじゃないんだけどね!?

 まだ早くない!?

 ってかその前に今なんで俺が責められてんの!?

 俺は瀬栾を助けようとしてた側だったのに!

 けどとりま結果的に瀬栾が救われてるから良いんだけどね!


「ダーリン、ありすを、みて?」


 ……。

 アリスさん、とりあえず結婚しようkすみませんごめんなさい瀬栾様露葉様!

 じょ、冗談ですって!

 頼むマジで冗談ですごめんなさいだからせめて俺の指を120%曲がらない方向に曲げようとしないでーッ!

 あぁいや、ちょっ、アリスさんこれはその、えーっと…、ああぁもうっ、どないせいっちゅーねん!


 しかしまあ一応、アリスさんのおかげで、瀬栾はとりあえず不問になった…らしく、朝の一騒動は幕を下ろした。あの一言で場が治まった…(?)のはもう奇跡と言わずして何と言えようか。

 その後再び俺が究極に責められたんですけどね…。

 それはもう忘れよう。


 …とまぁ、俺達はドタバタな朝を過ごした訳だが、問題はまだ残っている。


「なぁ、どうするよ?」

「サンサロール様、先程はすみませんでした…」

「いや、それはもういいよ。お義父さんともなんとかなったしね。それよりコレだろ…。どうするよコレ」


 瀬栾パパによる、説教…のような、瀬栾の事は俺の方が多く知ってるぜ的な自慢話…のような、俺の灰色時代を笑っているんだろ的な負け惜しみ…のような話が終わったのは、時間にしてつい五分ほど前の事。


 今現在俺達がぶち当たっている問題は、初めから逃げようのないもので。


「えぇっと…?サンサロール様、もしかして終わっていらっしゃらないので?」


 今、俺の耳が正しければ、意外な言葉を聞いた気がする。


「え、瀬栾、お前もしかして…?」

「あ、はい。金色週間ゴールデンウイーク初日の夜には既に」


「「「な、なんですとーーー!?」」」


 俺と露葉、アリスさんという珍しい三人が初めてハモった瞬間だった。

 これぞ奇跡。

 何故作者はこんな所に奇跡の描写を入れたのだろうか?

 そんな疑問が参巻の心に渦を巻いていた。


「遊園地から帰って来た後、みんなでトランプをしたじゃないですか。そのトランプを片付けていた時に、そう言えば数学のプリントがあったような、って思い出したんです♪」


 何だろう、瀬栾が美少女だからなのかどうかは分からないが、今にも「てへっ☆」などと言いそうな雰囲気にも拘らずそんなにあざとくないし、嫌じゃない。

 ってかさっきから瀬栾の後ろでそんな自宅ではちょっとレアな姉の態度に胸キュンしている少女がいる。こっちの方が俺としては気になって仕方がない。が、今はとりあえず無視しておく。


「そ、そうだったのか…。何で俺達忘れてたんだろうな」

「つ、つゆは覚えてたもん?」


 嘘をつくな嘘を。


「ありす、じつは、しってた?」

「え、いや、俺に聞かれても知らないよ?」


 結果的に、瀬栾を除く三名の楠町家の居候は、一日を宿題に費やす羽目となった。



 瀬栾への説教から参巻への嫉妬(?)が終わった後、静かな部屋に響く声が二つあった。


「ひよこ…。瀬栾ももう、そんな歳なのか…」

「当たり前ですよ洋一さん。あたし達が付き合ってから、何年が経ったと思っているんです?」

「ん…、そうだな…。瀬栾と鶸の二人に恵まれて…四人家族で一生を、なんてあの時は思っていたが、人生ってのはよく狂うもんだ」

「まぁ。漸く娘離れですか?うふふ」

「どうかな」


 そんな会話が、子供達のいない一階のリビングルームで繰り広げられていた。


「なぁ、ひよこ」

「はぁい?」

「俺は、あの彼氏とやらを…」


 次の瞬間、瀬栾ママ・ひよこは目を瞠って瀬栾パパ・洋一を見る。

 彼の瞳に、まるで子供のようにキラキラと輝くモノがある事を確認する為に。



 楠町家の両親がリビングで会話をしている間に、参巻達は各部屋へ戻っていた。とはいえ、瀬栾とアリスさんは何処かへ行ってしまったため、俺と露葉は二人で俺の部屋へ入室したわけだが。


 そして宿題を始めてから数分後の事だった。

 携帯電話が鳴った。

 うるさい。

 着メロが流行りの曲だ。

 うるさい。

 こっちは勉強中だ。

 うるさい。


「あーもう!わーったわーった!」

「誰からよ?」

「あ?えーっと…流市だな。ったく、なんだって今日みたいな日に」


 俺は言いながら通話許可のタップをし、通信を開始する。


「もしもし?」

「おっはよー参巻クン!元気ィ!?」


 あぁ、ウザい。


「おはよー」

「元気がねーぞー!?ほらほら、おっはよー!!」

「切るぞ」

「ご、ごめんごめんwww」


 流市のテンションにはついて行けない時がある。特に朝型人間の奴にとっては、この時間帯は特設ステージのようなものなのだろう。通常のテンションが数十倍になっている。


「あのさー、参巻クンに聞きたい事がありましてね…」

「聞きたい事?」


 俺は何かを企んでいるのが見え見えな声で話す流市のその言葉を訝しんだ。


「あー、あー。テス、テス」

「何だよ、早くしてくれよ。こっちは数学の…」


 言い掛けた時だった。


「今、楠町さんの家にいるんだろ?」

「あぁ。だからどうした?」


 流市にはもう既にバレている。何も今更驚く事などない。

 しかし、驚くべきは他にあった。


「ですよねー!いやー、でもまさか、露葉様とアリス様とも一緒にいるとは…ねぇ」


 俺は冷や汗が背中に伝うのを感じた。

 …何故、こいつがそんな事まで知っている?

 この事が流市はもちろんクラス、いや、学校全体に知れたら、俺は一溜まりもない。精神的に一瞬で黒炭と化す事間違いなしだ。

 因みに言っておくと、この事、というのは俺が瀬栾の家に住んでいるという事ではなく、露葉やアリスさんとも一緒に住んでいるという事だ。この二人には、実はあり得ない規模のファンクラブ的な組織が存在する。


「え…、あ…?」

「なぁ、どういう事なんだ?」


 恐らく今、流市は笑っている。

 だがその笑みは、確実的に…


「…ざぁまぁぎぃー!!何でお前だげぞんなにうらやまじいごどにィー!!」


 あぁ、うるさい。ウザい。

 そんなん俺が知った事か。


「ねぇ参巻、ここはどう解けばいいの?って、まだ電話〜?」


 タイミング悪く、今のこの声が流市に聞こえてしまったらしい。


「うぉぉい!い、今の、今のお声は…!!」


 あぁもう、面倒だ…。


「流市、今度ちゃんと露葉にお前の事紹介しやるから今日はもう引っ込め、な?あとこの事他のやつに言ったらその話は無しな」


 刹那、バッ!という敬礼のようなポーズをとったのかと思われる空気を割く音が聞こえて来、全力の返事が返って来た。


「も、もちろん大丈夫でありますマイ・ロード・サンサロール!!ご安心下さいませェ!!」


 そして通話は途切れた。

 いつからお前の主君になったんだ俺は。

 だがまぁ、とりあえずこれで当分は静かになりそうだ。


「露葉、今度紹介したい人がいるんだけどさ」


 紹介くらい全然難しくはないんだけど…。


「え〜、誰ー?」

「え…あ、えーと、あいつだよあいつ」

「誰なのよ!?」

「何もしねーよ!?」

「え、待ってさまき、一体誰なの!?何もしないって、どういう事よ!?」

「あ、いやー、害はないかなー…と」

「が、害って何!?怖いよさまきぃ!」

「クラスメイト!お前の大ファンなんだとさ」

「…え~」


 人種が分かった瞬間失礼だな露葉よ。

 ん?

 そういえば、今週末に何かあったような…。

 あぁ!


「露葉!お前、今週末に実家に帰るんだよな?」

「あ、うん。なんか流石にお母さんも心配してるみたいだし。ちょっと顔見せにね」


 雪星家での今の露葉は下宿でもしている設定なのだろうか。


「その日、俺も一緒に行っていいか?」


 すると露葉は目を輝かせて言った。


「…えーと、さ、参巻の部屋にいれてくれるなら…ね」


 うぉおおい!

 マジですかこの娘!?

 何でうち来る事前提になってんの!?


「あ、あぁ、別に大丈夫だぞ!」

「えへへ、じゃあ一緒に帰ろ」


 お、おう。

 少しの躊躇いもなかったので俺は逆にちょっと驚いた。

 一応、今俺は瀬栾と付き合っている…そうだよ、俺の彼女は決まっているハズなのだ。

 それなのに彼女はあっさりと受け入れてしまったのだ。

 そしてその事実が示す参巻に対して露葉が抱いている気持ちを汲み取った瞬間、主人公は頬がいつにも増して熱くなっている事に気が付いた。


「さまき?どうしたの?」

「んあぁ、何でもない何でも」


 軽くそう流してから、俺は少しばかりの罪悪感を感じながら露葉の頭を撫でてやった。

 気持ちよさそうにこちらに小さな身体全てを預けてくる彼女をもう一度見つめ直した。


「参巻、今日はなんだか、いい気分」

「そっか」


 暫くはこうしていてもいいんじゃないかな、なんて思い始めてしまっていた自分が、ここには存在していた。

 少しばかり、流市達露葉のファンの気持ちが分かるような気がした。


「サンサロール様、お茶、持って来ました〜」

「おぉ、サンキュー」


 ここで瀬栾が部屋へ入って来て、彼女に続く形でアリスさんも入って来た。

 どうやら別室でアリスさんは瀬栾に数学を教わっていたらしい。アリスさんは完了したプリントを頭上に掲げて喜んでいた。


「ありす、がんばった」

「凄いなアリスさん。頑張ったね。ま、多分だけど、瀬栾が教えたんだよな?」

「あ、はい。とりあえず基礎は出来ていたので、飲み込みが早くってすぐ終わっちゃいましたけど」


 何という頭の持ち主なのだアリスさん。いやそれ以上に瀬栾は凄いんだけれども。

 俺は貰ったお茶を飲みながら一息つくことにした。


「ところで」


 瀬栾のその一言で全員が発言者に注目した。


「うちのポストに、こんなものが届いてました」


 瀬栾はお茶を持って来ていたお盆の上に置いていた一通の封筒を提示した。


「何だろう?学園の印が押してある所を考えると、ここにいる全員に関係がありそうだな」

「開けてみますね」

「おう」


 そして瀬栾は手で器用に封筒の上から1センチ辺りの部分を真っ直ぐ破いて中身を取り出した。一枚の紙が入っていた。英語で書かれていて、瞬時には理解出来なかったが、今この場には、英語が母国語であった少女が一人いるので、聞いてみる事にした。


「アリスさん、これ、何て書いあるんだ?」


 すると、ふむふむと読み始めていたアリスさんは途中から喜び始めた。


「アリスさん、どうした?」

「シェリーが、かえってきた!シェリーが!」


 お、おう。

 誰?

 新キャラ?


「シェリーは、ありすの、おねえちゃん」


 まぁどうやらそういう事だったようだ。


「その、シェリーさんって、もしかして生徒会副会長の、シェリア・アルバートさん?」


 アリスさんはコクンと頷いた。


「シェリーのおかげでありす、ここ、はいれたよ?」


 なるほど理解。

 姉が生徒副会長をしていれば、このご時世に数ある高校の中でこの学園を選んだ理由も分かる。

 そりゃあ、知り合いがいる学校にしますよね。


「え、でも今アリスさん、『帰ってきた』って…え?」

「シェリー、いっかげつくらいまえから、りゅうがく、してた」


 ほぅ。


「ありす、そのおみおくりで、にっぽん、きたの」


 お?

 段々と内容が我々に関係のあるものに…。


「ありす、ダーリンにあったの。そのひ」


 !?

 唐突だな!?

 いやまぁ事実なんだろうからどうしようもないだろうけど!

 え、じゃあなんだ?

 あのエンカウントが正真正銘の初の日本男児との触れ合いだったって事ですか!?

 ……。


「な、なんかごめん」


 何故か謝らずにはいられなかった。


 だって、あれが最初の外国人との出会いですよ!?

 いや、そりゃまぁ、俺も日本人以外の美少女に出会ったのはあれが最初でしたけれども!

 俺の場合はほら、ある意味で、ってかある意味って言わずともご褒美でしょ色々と。

 けど、アリスさん側からすればさぁ…。


 ぽっ


 へ?

 何でアリスさん顔赤らめてんの!?

 え、もしかしなくてもこれはもしかしてしまう感じですか!?

 思い出しちゃいました!?


「ダーリン、せきにん、とって?」


 本っ当にすみませんでしたァ!


「まぁ、そんな事は今はいいです。それより、この手紙には他に何か書かれていないの?」


 それもそうだ。

 この時期にここへ手紙を送ってくるあたり、何か理由があるとしか思えない。


「まさか、副会長は可愛い妹と一緒にいる俺をどうにかしようとして…!?」


 俺は若干の戦慄を覚え始めた。

 だがそれも杞憂に終わった。

 杞憂、なのだろうか?


「それはない。ダーリン、シェリーの、いいなずけ、だから」


 そのかわりというかなんというか…。

 刹那、時間が止まった。

 俺も瀬栾も露葉も、引きつった作り笑いのまま表情が凍った。


「どうしたの?」


 あれだけの爆弾を投下しておいて自覚がないようだ。

 さらに、言ってのけた張本人は、自らその姉の許嫁らしい俺に手を出している。それも全く悪気を感じない。

 それはつまり、一つの事実を示していた。


「あ、アリス?あなた、『許嫁』って、意味わかって言ってるの?」

「うん」


 露葉の恐る恐るな質問に、アリスさんは即答した。


「い、いいい、意味を分かって言ってるなら、自分がやってる事と矛盾してる事だって、分かってるのよね?」

「ふぇ?いいなずけって、なかよしってことじゃ、ないの?」


 ここで俺ら三人は顔を見合わせて溜息を吐いた。


「なんだ、やっぱり分かってないじゃんか」

「はぁあ、さっきは本当に驚きましたぁ」

「よかったよかっ…って、よくないわよ!?」


 露葉の一言で場の空気が一変した。

 確かにそうだ。

 アリスさんが姉と色々複雑な関係にあるのかどうかという点に関してはとりあえず何もなさそうという事が分かったが、問題はまだ解決していない。


「アリス、続き読んでみて」


 他に一体何が書かれているのだろうか。

 寧ろ、というか、何よりこちらの方が重要であろう。


「えーっと…」


 そして、彼女は次に、こう仰った。


「…『にほんにもどったあと、そちらのほーむすていのかたがたにごあいさつにいこうとおもっているから、そのときにゆっくりおはなししましょ』だって」


 ほぅ。

 どうやら露葉同様、アリスさんもここへ住んでいるとは言えず、なかなかそれぞれに見合った解釈を得ているようだ。

 おかしいのはうちだけだね!

 何の心配も無しに彼女の家に住まわせてもらえって、それ許可する親がどこにいるんだよ…。

 あ、ここにいるわ。立場は真逆だけど次々と入居を許可しちゃってる家が…。

 い、居心地が良いんだから、し、仕方ないだろう!?

 とりあえず、これ以上誰がどうおかしいとかいう事を考えるのはやめよう。きりがない気がしてきた…。


「…と、いうことは、だ。そのシェリア副会長は、いつここへ来てもおかしくないという事…だよな?」

「そう…ですね」

「あ」


 アリスさんは付け足した。


「きんいろしゅうかんのさいしゅうびにくるって、かいて、あるわ」


 ……。

 本日、二度目の凍結を食らった三人だった。


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