第06話:海だ!水だ!水族館だ!アクア三昧!恋三昧!…って、ちょっと待てぇい!それ全部一日で行くのかよ!?GW編Part.2
夢に出て来る白い少女の話はとりあえず置いといて。
俺は今、その少女が立っていた場所にそっくりな、白い砂浜の…
「さーまーきー!はーやーくー!」
「サンサロール様ぁ〜!」
「ダーリン♪はやくはやくっ!」
「ったく、しょうがない娘達だなぁ」
海に来ています!
って、よく考えよう!?
まだ五月だよ!?
普通あり得なくない!?
この謎の季節外れな行動になってしまった原因は、露葉にある。
「金色週間って言えば、海よねっ!」
などという、既に謎の宣言をした結果がコレだ。
俺達、本当に行くとこないんだな…。
因みに俺は水族館とかいいんじゃないかって提案していたんだが…、
「海へ行けばサンサロール様の意見も露葉さんの意見も反映出来ますね!」
という、この団体のリーダー的存在である瀬栾の言葉によりこうなった。
いやいや待て待て!
俺の意見がどこに反映されてんだ!?
まさかとは思うが水があるからとかじゃないだろうな!?
俺が言ってんのは、こう、色とりどりの魚とか、珍しい海の生き物とか、水族館ならではの雰囲気というか、そういう類の…ね?
分かる?
分かるよね!?
分かってくれよ…。
何で俺の周りにいるこの少女達は揃いも揃ってクエスチョンマークを表すかなぁ!
…でも。
「海…かぁ」
久々に来た事に変わりはないし、嫌いな場所でもない。じゃあもう別にいいや。
「さまき〜?」
「おーう!今行くー!」
かくして俺達は海にいる。
海でやれる事…まぁ、この時期ですからねぇ。案の定、遊びは絞られるわけで。
「サンサロール様、砂で何か作りませんか?」
「それ、楽しいか?」
「サンサロール様が水がある所がいいって言ったんじゃないですか〜」
!?
おかしい。
俺は水族館とは言ったものの、水さえあれば何処でもなどという意味不な発言はしていない。
「いや…、そんな事を言った覚えは…」
「それに」
俺の返答を聞く前に、瀬栾は小さく言う。
「まだ…、デート、ちゃんと出来てないし」
あぁ。
そっか。
そうだったなぁ、そう言えば。
初デートは開始数分で終了したもんな、今水かけ合って遊んでるあの二人のおかげ様でねぇ。ん?後もう一人?アハ☆ナニヲイッテイルノカ、ワーカリマセン☆
いやマジ思い出したくないよあの時の鶸ちゃん視線だけで人殺せるレベルだったよ!?
ってか、そうそう、今はそうじゃなくって。
「コレ…もしかして、続きはここから、って事か?」
コクンと頷く瀬栾。どことなく顔が赤く見える。だがしかし、それは鏡同然なわけで。
「さ、サンサロール様、あの…、ほんの少しでいいので、砂遊び、しませんか?」
そんな表情で言われて、断れるかってんだ。
瀬栾の顔は、口元をふにゃふにゃにしたまま真っ赤になっていた。
当然、俺も答えは確定する。
「何、作るんだ?」
小学生、いや幼稚園生レベルの遊びなのかもしれない。だけど、今この時だけは、普段気にしている周りへの羞恥心よりも、この心の中に渦巻く恋心への意識の方が強くて。
つまり、何を作るのかなんて、別に何でもよかった。
ただ、もう少しの間、瀬栾と二人きりでこうやって遊んでいたいと、そう思った。
そうこうしているうちに、昼時になった。
太陽が完全に昇りきり、残すところの仕事を地平線へ降りる事のみにした頃、露葉が大声を上げた。別に、大した事ではないが。
「さまきー!瀬栾ちゃーん!お腹空いたー!!」
彼女は自分で何とかしようとは思わないのだろうか。と、よく見れば露葉の隣にいるアリスさんは自らのお腹をさすって、「しにそう」と口の動きだけで伝えて来た。
アレ!?
もしかしてコレって読唇術!?
……。
ま、まぁ、それは置いといて。
確かに俺もそろそろそんな頃合いかとは思っていたところだったので、丁度いいという事になり、どこか近くの食事出来る店を探す事にした。
「探すって言っても…はぁ」
「どうした瀬栾?急に溜息なんて」
「サンサロール様、今朝通って来たここまでの道のりで、ファミレスの一つでも見かけましたか?」
その一言を聞いて、俺は固まった。
え?ないの!?この辺確かにものすごーく田舎的だけど、何もないの!?海以外皆無なんスか!?
「だいじょーぶ、ダーリン。あれ、みて」
「ちょっとアリス、あそこはダメよ!?」
「どうして?」
俺はこの会話を聞き、アリスさんの指差す店を見る。
「……あ、あぁ。確かに、無理だな」
「あのお店、よくこんな所で経営出来ますよね」
「全くだ…」
アリスさんが指差していたのは、超・高級料亭の看板だった。看板に書いてある金額が『¥12,000〜』って、ありえんでしょ俺達からすれば。
しかしアリスさんは首を傾げたまま、「どうしてだめなの?」的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、この金銭感覚の歪みは後に暴かれる事となる。
…それはまた後日にでも。
さて、と。
考えに考え抜いた結果、本日の昼食はファストフードになった。結局、あの海のあった場所から今朝方来た道を逆に進み、その最寄り駅から暫く電車に揺られる事数分の駅の構内にあるファストフード店に入店したのだ。
ま、これで悪い事はないハズだ。
「参巻、コレあげる」
「ピクルスじゃねーか。食べればいいのに」
「つ、つゆはそれ嫌いなの!」
「ふふ、お子様ね、露葉さんは」
「ありすはぴくるす、たべられるよ?ダーリン、ほめて?」
「ぴ、ピクルスくらいでいい気にならないでよねっ!」
「まぁまぁ露葉、落ち着けって」
たった一枚のピクルスで、こうも盛り上がれる。こんな日々が、俺はやっぱり大好きなんだと、そう実感しながら、俺は自分のハンバーガーを咀嚼した。注文したバーガーに、通常の倍の量のピクルスを入れて。
「ところで」
瀬栾がリーダーらしく声を発した。
彼女が何かを提案したりする時は、何故か普段の瀬栾とは違う雰囲気を感じる。今もそんな感じで、今度は何を考えついたのだろうかと一同は瀬栾に注目した。
「海へ行ったのは、どこか間違っていたような気がするんです。それで、今からはまた海に戻るのではなく、水族館、なんてどうでしょう?」
!?
それ俺が言った事だよね!?
何「あたし思いついたの!すごいでしょ?」みたいなドヤ顔してんだよ!?
だからってこっち見ん…あからさまに視線を逸らすなァ!
罪悪感あるならドヤ顔すんなや!
「うん!それいいねっ!」
露葉ちゃんも賛成の意を示し、
「すいぞくかん?イルカ、いるか?」
アリスさんも言葉遊びのような上手い事を言って賛成した。
…何、アリスさん?
「上手い事言えた!」だと?
いや別に言えてねーよ!?
上手くねーよ!?
可愛いから許すけど!
「それじゃあサンサロール様、案内してくださいねっ!」
「……何で俺が?」
「ふぇっ?だってサンサロール様が最初に…」
「あぁ、そういう事か。ってか、俺の意見だった事は認めるんだな」
「あたし、水族館って、実は行った事ないんですよね…」
「何だ、そうだったのか。なら俺が色んな魚のとこに案内してやるぜ?」
「参巻、つゆにも教えてねッ」
「露葉とは何回も行った事あるじゃねーか」
「えっ、またあそこ行くの〜?」
「そこ以外を知らないだけだ」
アリスさんだけが、首を傾げたまま可愛らしくポテトを咥えていた。
もうこの可愛さ反則ですよこれ!
そして俺達はファストフード店を出た後、俺の案内によって水族館へ行く事になったのだった。
「確かあの水族館はここから…」
俺は後に少女三人を連れて目的地を目指していた。しかし、どうやら早速問題に直面しているようで。
「ねぇ参巻、あの水族館ってこの辺りじゃなかったっけ?」
「あぁ。そうなんだけど…。あれれ?何処だったっけか?」
完全に道に迷ってしまったのだ。
露葉とはデートコースとして数回行き来した事のある一つの想い出の場所でもある。
…なのに、二人して迷うとは。
しかし、その理由は簡単に説明された。
「えー…。マジか」
目的地には、到達した。したのだが、そこにいつもの水族館はなかった。在るのは、白塗りの金属板による工事用の囲いだった。
重機用であろうか、その囲いには入り口のような部分があり、そのすぐそばには看板が設置されていて、そこに書いてある事を簡単に説明するならば、『工事中』との事だった。
マジかよ…。
「あ〜、丁度この時期だっけ?改装工事って」
「忘れてた…。ここ、毎年GW終了間際までは改装工事してんだよな」
そうだった。
露葉もこれを見て漸く思い出した様子だった。ふと瀬栾とアリスさんを見る。二人とも別段怒っているようでもなかったので、少しばかりほっとした。
だが、水族館に行くと決めてからというもの、その目的を果たす為にやって来たここが利用出来ないとなると、すぐに第二の問題に直面する事になる。
すなわちどの水族館に行くか、である。
え?水族館じゃなくてもいいじゃねーか?
何を言う!?
瀬栾ちゃんが水族館初めてだって言ってくれたんだぞ!?
それに、その…、で、デートの続きでもあるんだぜ!?
これはもう第二の水族館を検索するしかないじゃないか!
…と、言うわけで。
「じゃあ、探すか」
昼下がりのこの時間から、水族館を求めて移動を開始したのだった。
「ねぇ参巻、あの水族館以外の水族館でさ、つゆちょっと良いとこ知ってるんだけど…。どうかな?案内しても良い?」
「マジか!?おぉ!助かるぞつゆちゃん!」
「ふぇっ!?」
「あん?どした?」
あれ?
俺、今礼を言ったつもりなんだが…。何か応答に困るような事でも…?
そんなに驚かなくてもよくない?
俺にだって感謝の気持ちくらいあるぜ?
露葉はどうしてか急に赤くなっていた。
「さ、さまき、そそ、その呼び方は…はにゃ〜ん♪」
?
あッ!
そうだ!
そうだった!
この呼び方は付き合っていた当時のものだった。
今思い出したよ!?
懐かしいなァ!
「サンサロール様?どうされました?」
「ダーリン、つゆちゃんにきめたの?ねぇ、きめちゃうの?」
「違ーう!違うぞ!決してそう言うわけじゃなくてだな!?ほら、言い間違いってやつだよ!な、何で今更こんな昔の事を、な?ちょ、ちょーっと、意味不明っていうか何といいますか…」
俺は思わず勢いに任せて全否定。
…してしまった。
背後から、何か暗ーい雰囲気の空気が流れて来る。
あ、今俺の背後にいるのは言うまでもなく露葉ね。
「参巻…?そうなの…?」
「ちょ!?ちょっと待て!」
怖い怖い怖い怖い!
露葉さんマジ怖えッス!
鶸ちゃんみたいな目になってるよ!?
「だだ、ダーリン!?こ、このつゆちゃん、こあいよ…!」
怯えるんじゃないアリスさん!
怖いのは俺も一緒さァ!!
いやだから俺の後ろに隠れるのは良いから押さないで!押し出さないで!差し出さないでー!!
「参巻って…、いつもいつも…」
あれれ?
…お、収まった!?
カップルだった当時はこのモードに切り替わるや否やそれはもう恐ろしい事になったんだが…。
「つ、露葉さん?もう、平気でいらっしゃいますでしょうか?」
俺はぎこちなくそう聞く。
露葉は若干唇を尖らせながらも、一つ溜息を吐き、感情を抑えたようだった。
「…別に。まぁ、参巻はそういう人だって事はつゆがよく知ってるし」
ここでチラっと瀬栾を見るのを忘れない露葉。
キャラブレないなお前は本当に。
ってか俺ってどんな人だよ。自分じゃあ分からなくても、露葉には分かってたりするのかねぇ。
そんな事もありながら、歩いたり電車を使ったりする事数十分。
俺達一行は、とある水族館にやって来た。
瀬栾は目をキラキラさせて俺の手を不意に握って来る。しかも残り二人に手繋ぎをバレないようにする事に気を遣っているのか、出来る限りで俺に寄り添って来ている。
露葉はさっきの事もあり、俺と瀬栾をチラチラ見ながら何やら独り言を呟いている。とりま、案内役お疲れさん。
そしてアリスさんはというと、数百、数千と泳いでいる魚を目前の水槽越しに見、「ほぇ〜」だの「わぁー」だの言ってはしゃいでいる。
…こうしてみると、まぁ、当たり前っちゃあそうなんだが、俺って幸せ者なんだな〜って思えて来る。うん。多分幸せ者だよ。
「さ、サンサロール様。一つ、聞いてもいいかしら?」
「ん?何だ?何でもいいぞ」
瀬栾が不意に改まってしかも俺にしか聞こえないように声を潜めて来たので、俺も少しばかり緊張して来る。
「あたしは、サンサロール様の事が大好きです。愛せと言うなら、愛します、何処までも」
ほへッ!?
な、ななな何を突然!?
ちょ、ちょっと待って瀬栾さん!?
「…と、まぁ、今のはあたしの気持ちです。それで、聞きたいんですけど」
どんな前置きだよ!?
こんな事を前以て言わないとダメな事なのか!?
「露葉さんとは、その…、どう、なんですか?」
俺はこの問を聞いて、言葉を詰まらせた。簡単に答えられるような事ではないから、だ。どうやらさっきの露葉の呼び方についての事絡みで、瀬栾の心中の不安な気持ちが膨れ上がってしまっていたようだ。
「どうって…、それはつまり、俺が露葉の事を好きなのかどうかって、そういう事だよな?」
「はい」
うーむ、けどなぁ…実際聞かれてみて思うんだが…、こういう事って案外深い考えとか無いのな。恋愛絡みの事なんて、気が付いてみたら好きになってたとか、いつの間にか付き合ってたとか、そんな感じなんだろう。
俺も例外ではなく、いざ聞かれて答えがすぐ出る訳がない。
「なんだかなー、好き…なのかもなぁ、まだ。…でも、その好きは独占したいとか、そういう付き合いたいとかとは…ちょっと違う…。あ、いや、けど、露葉可愛いから、嫌いにはなれないっつーか、寧ろ好きっていうか…」
俺がその後の言葉を発する事は出来なかった。瀬栾が声を被せて来たからだ。
「あの!別に、露葉さんへのラブコールをしろとは一言も…」
え?
え!?
えぇぇ!?
待てよ!ちょっ、何!?
え、今のラブコールに聞こえたの!?
俺、露葉に対しては独占欲も無いし付き合いたいともあんまり思えないって言ったよなァ!?
いやまぁそりゃあ露葉可愛いよ!?
好きだよ大好きだよ!?
あれっ?
って、おい露葉こっち見て目輝かせんな俺が恥ずかしくなるから!
「ま、待つんだ瀬栾。あのー、何処をどうとったらそんな風に?」
「あたしにはそう思えたんですっ!」
「えー…」
露葉、お前も首を縦にそう何度も振るな。脳震盪起こすぞ。
しかし、露葉に対して俺が今どう思っているのか、という事を考えるには丁度良い機会かもしれない。
瀬栾とのデート中ではあるが…まぁ、こういう気持ちをはっきりさせておかないと、これから先、必ず困る時が来る。つまるところ、今の内に整理しておこうかと思う。
最悪デートはまだこれから出来るわけだし。
そして俺は、露葉について少し思い出す事にした。
俺が露葉に初めて出会ったのは中学二年の6月、梅雨の時期だった。
あ、いや、別に掛けてるわけじゃねーよ?
本当に梅雨の時期だったからな?
偶然ってモンだ。俺にとってはな、一応。
それで、俺はいつも通りに帰ろうと思い、校舎を後にして靴箱へ向かった。そして、そこに露葉はいた。露葉は靴を履いて外に出る直前だった。だが、一体どうしたというのか、こちらを見たまま動かない。俺はまだ露葉とは接点がなかったのでそのまま素通りしようとした。…が、すぐ隣まで来た時に、露葉が外に出ようとしない理由が分かった。
「あ…、え、えーっと…」
何かを言い掛けて戸惑う露葉は、両手に荷物を持っていて、傘が差せない状態だったのだ。つまり、言いたい事も大体理解出来たわけで。
「…に、荷物、持ってやるよ」
当時全く女子と会話をしていなかった俺が勇気を出して初めて女子に話し掛けた言葉は、このセリフだった。
しかし、露葉は何か違う事を考えていたらしく。
「え、ほ、本当に!?本当に良いの!?」
「あ、あぁ。本当だ。だ、だから、そそそんなに近付くな初対面で」
「わぁー!夢みたい!つゆに優しくしてくれる人がいるなんて…!」
そして。
露葉は、何故か、俺の差した傘の下に入って来た。
「えっ!?」
「えっ!?」
今思えば、多分あの時の「えっ!?」は互いに意味が違っていたのだろう。
俺は、
『!?
何で急に傘に!?』
だが、恐らく露葉は、
『あれっ!?
な、何で!?
何でつゆ、この人に驚かれてるの!?』
…とまぁ、こんな感じに。
「な、なな、何でお前、えっ!?き、急に…えぇっ!?」
落ち着け当時の俺。
「はにゃっ!?つ、つゆと相合傘じゃ…ふぇっ!?」
落ち着け当時の露葉。
互いに驚きすぎた俺達は、このセリフの直後に双方の言い分を理解し、同時に赤くなる。
でも普通は俺の考えになるよね!?
初対面で相合傘って、なくね!?
それはないよなァ!?
「ふ、普通は相合傘ににゃらにゃいの!?」
噛みすぎな上に普通じゃないぞ。
「あれっ…えと、じゃあ、もしかして人違い?」
俺は首肯する。
だってこの状況ならその判断だと一番ピッタリ、妥当だし。
「ねぇキミ、二年生、だよね?ってか、隣のクラスだよね?」
いや知らない。分からない。寧ろあなたこそ後輩なんじゃないの?
当時の俺はそんな風に思っていた。
「え、ちょ、分からないけど…?」
「じ、じゃあ、石川くんじゃ、ないの?」
あぇ?
何で俺の名前を…。
ってまさか!?
「人違いじゃあ、ない、みたい…だけど」
俺は言った。
いや言ったところで何も変わらないと思ったのよ!
「…だよねぇ。なら、つゆの事、知ってるよね☆隣のクラス一のびゅーてぃふるれでぃだよっ!」
誰だお前。
隣のクラスどころか自分のクラスメートも知らない俺が知っているわけがない。しかも自分でビューティフルとか言う奴に限ってビューティフルじゃない。あ、いや、露葉が言うとビューティフルじゃなくびゅーてぃふるになるからある意味正しいのかもしれない。ひらがなだとどうも脱力する感覚がある。
「ごめん、誰か分かんね」
「にゃっ!?」
何だその猫猫しい発音は!
か、可愛いから許すけども!
…と、最初の頃は突っ込んでたなぁ。
この時から俺は露葉の事を可愛いなぁと思うようになったのだった。後になって露葉が隣のクラスだけでなく地域ぐるみのファンクラブを設立されるほどの人気を誇る可愛い娘代表だった事が判明するが、それはまた別の機会にでも。
結局、互いに驚き合った俺等は、色々考えた挙句、相合傘しながら家路に着く事に。
だって露葉、傘持ってないって言い出すんだもん。仕方がなかったんだよ、仕方が!
露葉は露葉で、誰でも良いから傘に入れてもらいたかったらしい。
誰でもって…、せめて嘘でもいいから俺が良かったとか言って欲しかったなぁ…。名前だって挙げてたわけだし…。
って、あれ!?
何で俺の名前知ってんだっけか!?
その理由はすぐに判明する。
「えぇっと、そこを、右っ!その次も右っ!はい、到着〜♪ありがとねっ☆」
到着した露葉の家が俺の家の目の前だという謎の運命的なオチによって相合傘デート(仮)は終了しました。
何と言う事だ!?
隣のクラスだから知らなくても当然だと思っていたがまさかの家が近所! しかも目の前!更に帰り道での話を聞くに小学校も一緒だったらしいし露葉は俺の事を何度も見かけてその度に挨拶をし、俺もとりあえず返していただとォ…。
ごめんなさいッ!
それで知らないとかちょっと傷つくね!
本当ごめんねッ!
名前だってそりゃあ知ってるし、俺がOKすれば家の目の前まで傘使えるもんな!
…と、これが俺と露葉の1st エンカウントだ。
そんな事もあり、縁が生まれた俺と露葉。
つまるところ、何が言いたいのかと言うと…
今も俺は、そんな出会いから始まった初恋の相手、露葉の事が好きなのだろうか?
だが、そんな事の答えは既に決まっている。
好きだ。
そうに決まっているッ!
「瀬栾、お前の気持ちは分かるし、俺の気持ちでも瀬栾が好きだ。…けどさ、だからって露葉の事を嫌いにはなれないし、アリスさんだってそうだ。その二人も、俺は好きだ」
言い終えた直後、俺は目を疑った。
待って待って!
瀬栾、アリスさん待って!何持って来てんのここ水族館だよ二人ともやめてマジそれ俺死ぬから!!そんなもの人にぶつけちゃいけません!どうして二人して譜面台なんて持ち歩いてんだよ!?危ないから、っておい露葉前出んな危ねッ!!
「さまきは、さまきは悪くないよっ!?悪いのは…誘惑したつゆの方!さまきったら、つゆみたいに可愛い娘大好きだから…ねっ☆」
最後何でこっち見た…!?
露葉!
お前の勇気は無駄になってないぞ!
だがその言葉の真の意味では使えない状況だァ!
お前の勇気は二人の炎に油を注ぐのに十分すぎたみたいだぞ!!
「ちょっ!?アリスさん、マジで待って!?英語で迫られるの超怖いんだけど!?何言ってんのか本気で分かんねーよ!?そ、それと瀬栾様ッ!?何その含み笑い!?何もかもを超越した怖さだよそれは!!」
その後数十分はこの二人に拷も…いえ、お説教をされたのだった。
因みに、お説教の後にアリスさんがお怒りになった理由を尋ねたところ、「ダーリンは、ありすだけをみてればいいの」との事だった。アリスさんその可愛さ何処から持って来たんです?
「今日は、楽し疲れたな〜」
「そうですか?あたしはとっても楽しくて疲れも吹っ飛んじゃいましたけど」
「瀬栾がそう言うならそれは良かった」
「うふふ。でもサンサロール様、改めて、これからもよろしくお願いしますねっ。…あの、出来るだけ、あたしの事を、見ていて下さいね」
その言葉に、俺は少しドキリとした。
今、俺達は第二の水族館からの帰路に着き、今は電車に揺られている。時間的には午後五時といったところだろうか。まだまだ陽は高く思えるが、この季節、夕方になるのは早いし、帰るには丁度良い時間と言える。
水族館では、巨大水槽を眺めた後、イルカショーを観て、ペンギンのエリアへ行き、そこでアリスさんとのツーショットを知らない外国人観光客のカップルになにやらニヤニヤされながら撮られたりして…。
たくさんの楽しい思い出が作れたんじゃないかと思う。一応ね。
露葉には帰り際に立ち寄ったお土産店で買ったのだろうと思われる二人だけのお揃いらしいリストバンドを貰った。露葉が「中学時代によく着けて登校してた時期があったよね?だから、その、どうかなぁと思って…」と言いながらくれたリストバンドは、ペンギンの顔を模したような、真っ黒の背景に目と口だけが白く刺繍されているものだった。確か、似たようなペンギンキャラがいたような気がするが…。まぁそれは置いておくとして、俺の中学時代のそのネタは忘れていて欲しかったのが正直な感想だった。
違うんだ!
別に汗かくからとか運動するからとかじゃないんだ!
ただ、その、黒くて身に付けてカッコイイ物の一つがリストバンドだったってだけで…!
頼みます、その歴史は忘れたいんで秘密にしてもらえませんか…。「『腕時計はちょっと高いから買えなかったんだ』って言ってたよね♪つゆは確かにカッコいいと思うよ?」って、完全に憶えている方のセリフじゃないスか…。
「…そうだな。こちらこそ、だ」
俺は脳内で露葉の事を反芻しつつ、瀬栾への返事をした。と、ここで若干の罪悪感が出て来たので、俺は一度頭の中をリセットして言い直そうとした。
「これからも、色々…」
俺は言葉を自ら遮った。
「…疲れなんて吹っ飛んだんじゃないのかよ」
隣で小さな寝息を立てながらその頭をこちらの肩に預けている少女に気付いて、俺は苦笑しながらそう呟いた。
翌日。
「参巻ィーー!!大変大変大変ッ!!」
露葉の騒がしい声で目を覚ました俺は、自室の寝床から起床し、とりあえず部屋を出ようとドアへ向かうべく立ち上がった。が、そのタイミングで声の持ち主は俺の部屋へ突撃して来た。
バンッ!
おいコラドア壊すんじゃねぇぞ。
「ねぇどうしよう参巻!これじゃ学校行けないよ!」
「はぁ?学校に行けないって、何でだよ?」
「見てよコレ!」
「…あ?ただの数学のプリントじゃねー…か…」
そしてここで俺も気付く。
「うわぁぁぁあ!?ヤバいな露葉!確かに!!」
「でしょでしょ!?どーしよこのままじゃ本当に大変な事になっちゃうよ〜!」
金色週間中にも、やっぱり宿題は存在するみたいです。
みたいですじゃねーよ!?
はぁ…。
今日は一日中遊べないな…これじゃ…。
「露葉、今日は一日中勉強会をしよう…」
「うぅ…やっぱりぃ…」
そんな風に俺と露葉が落胆している時だった。
「朝っぱらから騒がしいな…」
見知らぬ男声を聞き、俺達は固まる。渋い感じの、良い声。しかし今気にするべき事はそこではない。
この家に住んでいても不思議のない人で、男声を発する事の可能なのは、推測するに、俺以外では…
「どうされましたサンサロール様っ!?何かとっても慌て…て…って、えっ!?」
「瀬栾、一体これはどういう事だ?」
「あ…、いや、その、えーっと…」
「…少し話がある」
瀬栾パパの突如出現により、この日の幸先が一気に青ざめたのだった。