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第02話:深淵なる闇に包まれし世界を…とかイタい事言ってる場合じゃねぇ!本当に闇だよ!いや、あの、本当にごめんなさい謝りますからよく分かんないけど許して下さい!

「…な、なな、ななななんという事でしょう…!?」


 そいつは、俺が睡魔に襲われてから少し後に部屋へやって来た。もちろん俺は熟睡中。ついでに瀬栾もぐっすりだ。


「お姉ちゃんが…、私の、し、しし知らない男と…!?」


 そしてそいつは、俺のすぐそばまで歩みを進める。


「…あ、貴方は、お姉ちゃんとは、どのような、ごごご関係で?」

「…zzZ」

「あの、その、あまり大きな声では、言えないような、そういう…な、ご関係で…?」


 恥じらっているのだろうか。しかし俺は熟睡しているので当然その質問には回答出来ない。俺の意識は完全に夢の中だ。


「…こ、答えない…の、ですね…」


 答えられない、のである。


「…分かりました。それでは、もう時間もないですし、始めますか…」


 そいつはそう言った。そして次の瞬間、


「ぶふォッ!!」


 俺は現実リアルへと強制送還された。


「死ねッ!!この変態!痴漢!強姦魔!」


 さらにこの言われよう。

 …俺は一体何をしでかしてしまったんだ!?

 まさか寝ぼけて瀬栾に何かを!?

 しかし、自分の寝ていた布団からは殆ど移動した形跡は無かった。時計を確認するが、時刻は午前四時。確か最後に見た時刻が午前二時過ぎだった。そんな短時間で事件を起こすのも考えにくい。


「だ、誰だ。何するんだよいきなり…」


 俺は瀬栾を起こさないよう出来る限り声を潜めて言った。しかし襲撃者はそんな事を微塵も気にせずに叫び続ける。


「『誰だ?』ですって!?それはこちらのセリフです!!私のお姉ちゃんを散々好き放題にして…!きゃぁぁぁああ!は、離れなさい!子供が出来ます!」


 おぉう、なんということだ。

 ってか、「お姉ちゃん」?

 と、いうことは、この娘は…


ひわ!?何してるの!?」


 あらら、瀬栾ちゃん起きちゃいましたかー。


「やっぱり、お前の妹なのか?」

「ふぇっ?あ、うん。そう、妹の鶸。…っていうより!何で鶸があたし達の部屋に勝手に入って来てるのよ!?」


「あたし達の部屋」か…。うぉ、ヤバい、なんだか熱くなってきた。


「え!?何で!?お姉ちゃん!?」

「何でもよ!それに鶸、あなた何してるのよ!?サンサロール様から離れなさいッ!あたしの婚約者に次に足を出したら呪うからね!」


 瀬栾はいつの間にか俺の背骨を今にもへし折らんとしていた鶸ちゃんの足をビッと指差して指摘。この一言が無ければ、恐らく俺は…おぉ、怖ェ。

 早朝早々、例の古部屋にて楠町家の姉妹が対峙する事になってしまっていた。…参巻を巡って。

 結局の所、それから朝食までの数時間、俺は彼女らの喧嘩を唯々聞いているしか出来なかった訳だが。

 …瀬栾のやつ、鶸ちゃんの前だと平気で『サンサロール様』とか『婚約者』とか…。うぁぁ、恥ずかしいなおい!まぁ俺も暴走するとものすごい事言っちゃうけどね!

 …え?サンサロールって何か?あぁ、これは俺の事。経緯は、参巻→さん巻き→サンロール、そして語調を調えて(?)サンサロール。高校に入ってから付けられたあだ名だ。中には俺の事を外国人『サンサロール 石川』だと思っている人もいるとかいう話も聞く。俺は純日本人『石川いしかわ 参巻さまき』です!

 瀬栾は俺と直接会話する時以外は俺の事をサンサロールの方で呼んでいるようだ。

 …様付けされてるのがちょっと嬉し恥ずかしいけどね。


 漸く平穏が訪れた朝食の時間、時刻は午前六時半。この時間、楠町家のテレビはニュース番組で、今は最近のトレンド情報を発信している。

 俺は楠町姉妹の喧嘩の後、おろおろして泣きそうになっている鶸ちゃんと何故か不機嫌な瀬栾の二人に挟まれつつ、三人でリビングルームへ。するとそこには既に出来たての目玉焼きとトーストが用意されていたのであった。瀬栾の母は、リビングルームへ入って来た俺達を見るなり、「おはよう。ご飯、出来てるわよ〜?」と微笑んでくれた。

 あぁ、瀬栾もきっと、こんな風に良いお嫁さんになるんだろうなぁ…。

 そう思った俺が瀬栾のエプロン姿を想像しようとすると、何やら姉妹の雰囲気がまた嫌な感じになってきていた。喧嘩はまだ終わりそうにない。


「あたしの隣はサンサロール様なの!」

「お姉ちゃんは私の隣じゃなきゃやだぁ!」


 二人の喧嘩はどんどん激戦化エスカレートする。

 …喧嘩は良くないよ〜。喧嘩は…。

 ……喧嘩…なのか?

 姉妹の喧…わがまま大会を他所に、俺はテーブルに着いた。座ったのはキッチンが右に臨める東側の席、二人掛けになっているテーブルのキッチンに近い方だ。前方には大きな窓があり、庭が臨める。

 その景色は数秒で遮られる。


「…くっ!何で私が…?何で私の朝の愉しみがこんな男に…?何で?何でよ!?ねぇ!教えて死んで!!」


 無理です断らせていただきます。そんな理由も無しに俺は死ねない。

 鶸ちゃんは俺の前方の席に着いた。とても機嫌が悪そうだ。一方、瀬栾は超☆上機嫌で俺の隣の席へ着席。

 …攻めが強くないか?その、まぁ、嬉しいから全然良いんだけど。


「鶸、サンサロール様が死んだら、あたしも死ぬからね?」


 うぉ!?お、お前、何言ってんだ!?嬉しいけど!


「お姉ちゃん!?どうして…!?わ、私は、ただ、お姉ちゃんと…、ただ、一緒に…。う、うわぁぁぁああん!サンサロールの泥棒ー!!」


 何故そうなる!?

 普通こうなったら「お姉ちゃんのばかぁー!!」とかそういう類の、姉に対しての発言をするんじゃなかろうか?


「何で俺がディスられてるんだよ…」


 思わず口から零れてしまったこの一言を聞き逃さなかった鶸ちゃんが即返答する。


「はァ!?まさか貴方まだ分かっていないのですか!?貴方に150%の非があります!くぁぁああ!何で息してるんですか!?今すぐ呼吸をやめて下さい!!」


 無茶言うな。

 どうも俺は鶸ちゃんに嫌われているらしい。


 そんな賑やかだった朝食の時間だったが、学校への登校の時刻が迫り来る中、俺と瀬栾の二人は急いで準備をして楠町家を後にする事に。鶸は中学校へ行く準備をあの喧嘩騒動より早く始めていたらしく(俺がいなければ単なる姉とのスキンシップだったのであろう)、俺達よりも先に家を出て行った。もちろん、俺をチラッと見ながらの「本当に死のノートが欲しい気分になることなんてあるんですね。別に誰を書くかは言いませんが」という物騒な捨てゼリフを忘れずに。

 俺は一応、荷物を置かせてもらう事にした。

 学校に持って行っても邪魔になるだけだし。

 瀬栾の母とは、帰りにここへ寄って荷物を取りにくる約束をした。



 その少女、雪星ゆきほし 露葉つゆはは参巻が登校して行く姿を目撃していた。


「っ!何!?どういう事!?あの楠町さんもつゆと同じ目に遭わせる気なの!?」


 一人称は『つゆ』。本人はその呼び方が幼い見た目の自分をさらに客観的に幼くしているという事に気付いていない。それ故に、完全に完璧なロリっ娘と化している。

 そんな彼女は参巻の歩く速度に合わせ、数メートルの間を空けながら参巻の後を追う。流石は元参巻LOVE、歩幅から速さから、何から何までほぼ完璧だ。


「楠町さん、待っててね。きっと救けるから…!」


 露葉は参巻の背中を睨み付け、その隣を歩く瀬栾に対して小さな誓いをする。見かけが可愛らしすぎて怖くないところが何とも言えない。

 そして、参巻を許すまじと睨むその表情のまま、彼女は自分自身に思い聞かせるように。


「つゆを捨てた事…絶対に許さないんだから…ッ!!」



 登校完了。

 俺と瀬栾は自分達の通う高校、私立朝都学園の校門を通り抜けた。

 しかし俺には不可解な事があった。


「…なぁ、どうしてみんなこっち見てるんだ?」


 敷地に入るや否やあちこちから視線、視線、視線。さらに明らかに俺達についての話題であろうと思われる小声話も多数。

 一体どうしてただ一緒に登校しただけでこんな事に…?

 俺は瀬栾と共に教室へ行く事にした。ここに立ち止まっていても意味がないと思ったから、である。


「気付いてたの?やっぱり、変よね。あたし達、そんなに、えと、その…、お似合い、なのかな…?」


 不意にそう言われた俺は一瞬何を言われたのかが分からず、茫然としてしまった。が。

 お似合い、か。うむむ、悪くない…そうだな、別に悪くはないな。まぁ、瀬栾が言うから嬉しい…なんて事もあるのかもしれないが。異論は認めぬ。

 どうしようもないのでとりあえず俺達は歩き始めた。すると、


「ちょ、ちょっと待ちなさいッ!」


 突然呼び止められた。その声は幼さを感じさせる。そしてさらに、参巻にとっては忘れるハズもない声だった。故に俺は即座に気付いた。


「露葉!?」


 俺はその場の誰よりも早くその名を呼んだ。瀬栾が隣で若干表情を曇らせるのが分かる。


「だ、誰、なの?」


 瀬栾の質問に、俺は答えた。

 答えるべきかどうか、一瞬迷ったが、いずれは分かること。今言っても早すぎという訳ではない。


「…俺の、元カノだよ」

「ふぇっ!?」


 瀬栾からは可愛らしい声が上がった。


「ぐぬぬ…。参巻ィ!よくもつゆの事を捨てたなぁ!そんでもって今度は学園一の美少女に目移りなんて!ぜーったいに、許してあげないんだからッ!」


 待て。語弊があったような。

 俺は露葉からこのセリフを受け、考えてみた。

 俺が露葉を捨てた…?

 いや、そんなハズはない。それは明白だ。俺は絶対に可愛い女の子を見捨てない。中学校から付き合ってきた露葉であればなおさらだ。俺はてっきり、露葉の方から愛想を尽かされたのだとばかり思っていた。しかし別れたのはいわゆる自然消滅であり、要するに俺も露葉も、明確に『別れました』という確証を持ち合わせていない。

 え、ちょっと待って。じゃあ今、もしかして露葉は勘違いしてるんじゃ…?

 俺はここで辺りを見回した。すると、俺達三人を避けるようにして教室へ入る者もいたし、何やら視線をこちらに向けて会話をしている者もいた。

 因みにちょっと聞こえてきた言葉を少し抜粋すると、

「うわぁー、サンサロールのやつ複雑な関係築いてんなぁ〜」「瀬栾さん大丈夫かな?」「つゆちゃん可哀想過ぎる〜」

 …本当、世間って無責任ですよね〜。

 俺はこの状況を一刻も早く打破するため、瀬栾と露葉の手を取って階段の方へ走り出した。二人とも少しは驚いていたが、何かを悟ってくれたようで、足を動かしてくれた。



「…なるほどなるほど。そういう事か」


 あの後そのまま屋上へ上がった俺達は、芝生広場のベンチに腰を下ろして色々な話をまとめていた。

 露葉の言いたい事は大方掴めた。

 彼女はどうやら、本当に俺に捨てられたと思っていたらしい。それは、二年前のある夏の日、まだ俺が露葉と付き合っていた頃に起きたあの事件が原因だった。


 その日、俺達はそれまでと同じように仲良くデートをしていた。その日のデート先は海だったのを憶えている。事件が発生したのは、昼過ぎだっただろうか。俺がジャンケンで負け、飲み物を買って来る事になった後だ。俺は、波打ち際の砂浜にぺたんと座り込んで海に向かって足を伸ばし、バシャバシャと水飛沫を飛ばして楽しんでいる可愛らしい水着姿の露葉を横目に見ながら自動販売機へ向かい、ジュースを二本買った。

 しかしこの日は普段ではあり得ない状況に巻き込まれた。謎の男集団に露葉が絡まれたのだ。どう見てもナンパである。もちろん俺は見て見ぬ振りなど出来ず、ジュースを捨てて走って助けに行こうとした。

 その時、何者かに思い切り後頭部を殴られ、身体がよろめき、倒れ込んでしまった。どうやらナンパグループは、計画的に事を進めていて、俺と露葉が離れた隙を狙って二手に分かれたらしい。そしてその作戦にまんまと引っかかった俺は、露葉の悲鳴を聞きながら、倒れているしかなかったのだ。

 ただ俺ももちろん抵抗しようともがいた。もがき続けた。しかし食らったダメージが大きかったのか、立ち上がる事は暫く出来そうになかった。匍匐前進のように無様に移動するしかない。俺の処理に回されていたナンパグループの奴らは俺の身体を蹴り始めた。そして俺は、露葉を助けてやれない不甲斐なさと、情けなさと、自分の弱さと…。

 凡ゆる悲しみに覆われて、いつの間にか気を失ってしまっていた。ふと目が覚めた頃には、もう立てるレベルには回復していた。ただ、ナンパグループに勇敢にも一人で立ち向かったのであろう露葉の姿が見えなかった。

 しかしよく目を凝らすと、海に何かが浮いているのが分かった。浮き輪。そしてその上には、気絶している露葉がいた。


「露葉!!」


 俺は叫んだ。もう輩はいなかった。

 ふざけんなよ!!

 だが今は露葉を救ける事が最優先だと思い、全力で海へ入って泳ぎ、浮き輪の近くまで行った。

 後少し流されていればもう帰って来れなかったであろうという場所まで流されていた。俺は手が浮き輪に届いた瞬間、強く安堵した。

 砂浜へと戻って来たあと、しばらくは気絶したままの露葉を全力で抱き締めた。しかし露葉は結局その日、目を覚ます事はなかった。

 俺は露葉を彼女の家まで送り届け、自宅への帰路についた。

 その次の日、露葉は学校にしっかり来ていた。しかし、俺とは一言も口を訊いてはくれなかった。

 …やっぱそうだよな。助けてあげられなかったもんな。

 だから、それから今の今まで、露葉にとっては俺が露葉を捨てた、という事になってしまっていたようだ。


 俺はこの事を思い出し、改めて露葉を見た。


「つゆのこと、捨てたんでしょ?」

「いや、そういう訳じゃ…」


 露葉が純粋すぎるが故に、答え方に困った。下手に答えると話が更にややこしくなる。隣に瀬栾もいることだし、ここはもう正直に話すしかないと思った。


「分かったよ。俺が悪かった…、ごめん。あの時、一緒に飲み物買ってればこんな事にはならなかったのに、俺が一人で行ったばかりに…」


 ジャンケンで決めた訳だが、それは支払う方を決めるものだ。


「なな、何で謝ってんのよ!?つ、つゆは別に、そういうの望んでないし!」

「じゃあ、何なんだ?」

「楠町さんも、同じような目に合わせられるのかなーって思ったら、なんだか腹が立ってきて…。ただ、それだけ」

「…そっか。そういう事なら、多分、大丈夫だ。もう絶対に離れ離れにならないって約束するし、もし前の露葉みたいに瀬栾に何かがあっても、目が覚めるまでそばにいる事だって約束するからさ」


 俺がそう言うと、露葉は驚いた。


「…え、さ、参巻?前のつゆって…」

「ん?あぁ、その時は結局気が付くまではいてやれなかったけどな。俺の方もなかなかに満身創痍で」

「それって…?」

「いやぁ、結構痛かったんだって。喧嘩もまともにやったことなかったからさ。今も経験があるってわけじゃあないけどな」

「ちょっと待って!だったら、つゆ、勝手に参巻のこと、避けちゃってたってこと!?」

「そう、なるのか…?でも、少なくとも俺が露葉を守れなかったのは事実だし、避けられてもしょうがないかとは思ってはいたな」

「ご、ごめんなさい…。つゆはてっきり…。でも、知らなくて!」

「いや、違うぞ。許してもらうのは俺の方だ。ごめんな」


 その答えに、露葉の目線がだんだんと下へ下へと下がっていった。人間のボディーランゲージってのは分かりやすい。

 露葉は俺の事を許してくれ…


「…分かった!そういう事なら、許したげる!…えと、じゃあさ、参巻…。うふふっ♪もう一回付き合って、結婚しよ☆」

「……!?」


 ……えぇぇぇぇぇええええ!?

 色々飛ばし過ぎのような気がするのは俺だけだろうか。その前にこんなに簡単に解決して良かったのだろうか…。

 それに今、俺の隣人が物凄く震えている。俺はどうすれば良いのだろうか…。


「…ないから」

「ん?」


 瀬栾が微かに何かを言い、俺は気になって訊き返した。


「…させないから!」

「?」


 瀬栾はとうとう吹っ切れた。


「け、結婚なんて、させないからッ!!」


 俺は何も言えなくなった。瀬栾は露葉を見ている。露葉は露葉で、瀬栾の事を見ている。ただ、何故だろう、二人の間にバチバチ光る閃光を見たような気がする。

 俺…、疲れてんのかなぁ…。


 俺達三人が教室に入ったのは完全に遅刻時間だった。だが、この学園の登校後には軽い朝の自習時間があるので、授業は三十分後。故に、俺達が教師に説教をされる事はなかった。


「おい、サンサロール」


 俺が席に着くと同時に、後ろの席で俺の中学時代からの友人である片縁かたぶち 流市りゅういちが背中を突ついて小声で話しかけて来た。


「おぉ、おはよ。で、何だ?」

「お前さ、今日はどうしたんだ?楠町さんと急に親しくなりすぎな気がするし、それに、元カノと言い合うとか…。何かあったのか?」

「あぁ、ま、まぁな。色々あったけど、もう大丈夫だ。多分な」


 俺は言いながら作り笑顔をするしかなかった。

 あ〜…、本当に色々あったからなぁ…。マジで疲れるぜあのシチュ。

 元はと言えば俺が瀬栾の家に行ったからこうなったのだが、ある程度考えていた予想を遥かに上回っていたために、正直頭の処理が追いついていないのだ。


「そうか。それなら別に良いんだが…。って、そうじゃねぇ!さっきふと頭によぎったことがあってだな。お前に言わなきゃなって思った事があるんだけどさ」

「何だよ、急に改まって」

「お前、楠町さんから離れろ」

「……」

「……」


 …え?何?どゆこと?

 突然すぎる友人の言葉に、自らの耳を疑った。


「……は?」


 当然、出た言葉は間抜けなものだ。


「だから、楠町さんから離れろ」

「え、ちょっ…」

「ついでにこの際元カノとも離れろ」

「……?」


 突然というか、不意というか、急にそんな事言われましても…。


「いいか?お前はな、一つ大きな過ちを犯したんだ」


 大きな過ち。その言葉は俺に数百トン以上の重みを持って覆い被さって来た。

 何だ!?俺、悪い事したのか!?いつだ!?いつなんだ!?


「俺がした事、教えてくれ!頼む!身に覚えがないんだ!」


 俺はすがった。きっと流市なら、俺の過ちを反省させてくれるハズだと思ったからだ。


「身に覚えがない、だと…?お前、まさかこの後に及んでまだ気付かぬふりを続けるつもりなのか!?」


 ……え?「この後に及んで」?それってつまり、今も、という事ですか?現在進行形?


「お前が…!」

「?」

「お前が瀬栾様と露葉様で両手に花状態だからに決まってんだろーGA!!!」


 …うわぁい。すっごい八つ当たりぃー。

 俺、悪くないじゃん…。あと自習時間は静かにしてくれ。露葉に気付かれると更に色々面倒だし。



「そういう訳だ!分かったか!?分かったならもう二人には手を出…」


 すると突然瀬栾が割り込んで来た。

 瀬栾の席は俺の隣。頭をこちらに乗り出している状態だ。


「じゃああたしが手を出すのは良いのよね♪」


 誠に不意な事だったため、流市は呆気に取られてしまい、そして、そのまま動かなくなってしまった。流市は、理解出来ない事に遭遇すると、理解・整理が出来るまで意識が亜空間を彷徨う。昔からのこいつの特徴だ。

 そんな状況下で、瀬栾は俺の腕に自らの身体を預けて来た。


「うぉぉい!?びっくりするだろーが!急に腕に絡んでくるなよ」

「か、絡んでなんかないもん!ここにあった丁度良い抱きまくらを抱いてるだけだし?」


 だったら何故最後クエスチョンマークなんだ…。それに俺の腕は抱きまくら程太くない。っていうかやめて!露葉サンもこっち見て表情ワナワナさせてるからもうやめて!後が怖すぎる!


「…な、何を言ってるんだい楠町さん!?この間まで参巻の事を超警戒してたじゃないか!?」


 …と、ここで漸く情報整理が終了し現在の状況へカムバックした流市が言った。すると。


「サンサロール様日記の事かしら?」


 流市の質問のせいで、恐ろしい物体の名が露わになった。いや、お陰で、なのかもしれない。


「…サンサロール様…日記…?」


 流市は謎の奇怪なネーミングの物体の存在を知り、再びゴー☆トゥ☆亜空間。

 しかしその日記については俺も聞きたかったので、直接本人に聞いてみる事に。

 俺のあだ名が入ってるんだからな!気になってしょうがねぇだろ!?


「なぁ、その…『サンサロール様日記』って、何だ?」


 刹那、瀬栾の顔から血の気が引いて行くのが分かった。それにその瞬間から瀬栾の視線はほぼ一点に集中している。

 一冊のノート。

 …分かりやすッ!!


「…み、見るぞー」


 俺は隣の机の上にあるそのピンクのノートへ手を伸ばす。すると光速でそのピンクノートは消えた。若干驚いたが、辺りを見回し再び発見。…瀬栾の、腕の中。まるでぬいぐるみを抱き込むかのようにピンクノートは抱きしめられていた。

 …いや、えと…、あのー…、見せたくないのなら、別に…見なくても大丈夫っすよ、 強制じゃないんで…。

 物凄い速さで奪われたそのピンクノートに何が書かれているのかは非常に気になるが、本人が見せたくないのなら仕方が無い。


「べ、別に…」


 瀬栾は俺を見ながら言った。


「その、あたしの事、誤解しないっていうのなら、見せても…いい、けど…」

「本当か!?じゃあ、大丈夫だ!任せろ!誤解なんてしねーよ!」

「うぅ…信用が…」


 どうやらピンクノートには超重要機密事項が記されているようだ。俺からの信頼性を完全に失うかもしれないほどの。

 そして俺は、ピンクノートの最初のページをめくった。

 そして、俺は衝撃の真実をー…


「…あれ?」


 思わず声を出してしまった。


「どどど、どうしたの?」

「あ、いやー、いたって普通の日記だったからちょっと安心っていうか期待外れというか…」


 そうだった。今開かれているページも、瀬栾の日常を記した普通の日記となっている。


「なぁ、一体このノートのどこがやばいんだよ?」


 俺には見つけられ…


「ん!?」


 ここで気が付いた。その日記にはこう書いてあったのだ。

 『今日は少し雰囲気を変えようと思ってショートパンツを穿いてみる事にした。きっとサンサロール様がこの姿を見れば間違いなく押し倒してくれるハズっ!あれっ?でもサンサロール様ってスカートの方が好みよね…?やっぱりやめようかな…』

 …何で俺が出て来てるんだよ!?

 さらに他の日付のページには、こう。

 『サンサロール様は帰りがけによく古本屋へ行く。えっちな本でも買うのかな…?そんな事しなくたって、言ってくれればいつでも、いくらでもあたしが…。って、何考えてるのよあたしってば!てへっ(笑)』

 …「てへっ(笑)」じゃねぇだろ!?そりゃ、男の子として嬉しくなくはないけどねッ!?

 そして極め付けには。

 『速報ですっ!あのサンサロール様が!実は!ロリ系女子だけじゃなくて、ツンデレ系女子にも萌える事が判明!これは逃す手はないじゃないあたし!昔っからみんなにツンデレって呼ばれてるあたしの時代が、漸く訪れたのね…っ!はっ!それならさっそく整理して、告白に備えとかなきゃ!いつ告白してもされても大丈夫なように今のうちにっ!…というわけで以下にサンサロール様の行動観察結果を発表したいと思いまーすッ!


 1.サンサロール様はいつも朝七時半頃に自宅を出発する

 2.サンサロール様ととても仲の良い友達は片縁君と倉仲君である

 3.サンサロール様が一日にお手洗いに教室を出る回数は平均して約三回

 4.サンサロール様は英語が苦手

 5.サンサロール様の好物は手作りのポテトサラダである

 6.サンサロール様は…以下略』

 ……。

 …な、何これ。

 俺は思わず瀬栾を見た。


「ち、違うのよっ!?別に高校入試の時に一目惚れなんて、そんなの有り得ないんだし!」


 そ、そうだったのか…!


「っていうか、あたしはサンサロール様が大好きな訳であって、あなたが好きなわけじゃないかもしれないんだからッ!」


 それはつまりどういう事だ!?

 俺は余りの衝撃の強さに、正直少し引いていた。だが、だんだんと涙目になって行く瀬栾を見ていると、何かこう、抱きしめてあげたくなる気持ちが募り、結局のところ、彼女を嫌いになる事は出来なくなってしまった。これが学園一の美少女の力というやつなのだろうか。


「あのさ、いやー、別に、俺は引かないぞ?む、寧ろ、嬉しいくらいだ、そ、そうだ!嬉しいんだよ!ハッハッハ…はぁ」


 俺は脱力した。

 だってさ、あの学園一の美少女と謳われる女の子が!

 実はこの俺ごときに入試の時に一目惚れして!

 一年間どこから見てたかは分からないけどほぼ正確な俺のデータ分析が出来上がってて!

 …ここまでされて普通でいられるハズがないよ!?

 最上級に喜ぶか最上級に死にたくなるかどっちかだよ!!

 けど死にたくないよ!?

 …あ、そう言えばまだあるじゃないか!

 俺、瀬栾の家に泊まってしまったじゃないか…!

 まさかこの事もある程度の予想通りだったり…!?


「そ、そう…?そうよね!あたし、サンサロール様の事大好きだもん!サンサロール様が嫌じゃなかったら、その、けけけ結婚だって、出来ちゃうし…」


 瀬栾はこちらの様子を一切考慮せずに言葉を紡ぎ続ける。


「それに、サンサロール様があたしの事嫌いだったら、あたしの家から出て行くハズだし!」


 こいつ…、爆弾を投下して行きおった…。

 直様話を盗み聞きしていたクラスメイトに取り囲まれる。そして意識を再び取り戻した流市にまたしても怒鳴られる。


「参巻ィ!どういう事かちゃんと説明してもらおうかァ!?」

「うっわ〜、石川くんって露葉ちゃんの事そっちのけで楠町さんとそんな関係に〜?サイテー」

「俺らの色付くハズだったスクールライフを返せぇー!!」

「…石川くんは、女の敵ですね」

「あわわわわ…さ、参巻が取られる…取られちゃうぅ!」

 …散々である。

 何でだよ!?何で俺がこんなに言われなきゃなんねーの!?


「おい参巻!黙ってないで答えたらどうなんだァ!?楠町さんの家に泊まったってぇのは本当か!?」


 どう答えようと絶対に結果は最悪間違いなし。

 どうすりゃいいんだよ!?


「みんな!何を言ってるの!?あたしのサンサロール様を虐めないで!!」


 お☆ま☆え☆の☆せ☆い☆だ☆よ☆!!


「サンサロール様は悪くないの!あたしに…うふっ、あたしに、幸せをくれる人だからっ」


 瞬間、一瞬だけ全員の動きと表情が停止し、そしてすぐにその世界はパァッと明るくなった。瀬栾のその時の笑顔を見てしまったせいだろうと、俺は思う。

 その笑顔には、嘘偽りのない純粋な参巻への想いと、それによる幸せを享受している事を現在進行形で伝える能力が備わっていたのだ。

 俺も、見惚れてしまっていた。


「そ、そうだな…。参巻、悪かったなぁ。楠町さんをお前が無理矢理どうこうしたって訳じゃなさそうだ」

「当たり前だ」


 俺は漸く流市の誤解を解くことに成功した。だが、瀬栾とその周りの生徒達の様子がおかしい。


「瀬栾様ぁ…」

「おお、迷える仔猫達よ…」


 ……おかしい。

 ここはあれだろうか、何か新しい宗教の布教活動場所?

 結局話はそれから進展する事はなく、そのまま一限目がスタートしたのだった。


 昼休み。

 昼休みと言えばお弁当。そうだな、何処かに食べに行くのも悪くないが、お金の節約だ。それと…俺にはもう一つ、ランチがお弁当である理由がある。それは、


「サンサロール様っ!はい、あーん♡」


 …やめろ待て俺はまだ死にたくないんだせめて卒業式までは生きていたいんだ…ッ!!

 俺は今、みなさんご想像通りの展開『クラスメイトがほぼ全員いる教室にて彼女(?)のお弁当を食べさせてもらう』という恐るべき大胆行動に見舞われているのだ!

 え?それならどうして俺は喜んでないのかって?

 あぁ、そうだな。では、考えてみよう。

 もし自分の目の前で、自分の好きな、憧れの、学園一レベルの、超可愛い美少女が、自分の見知ったクラスメイトに、手作りのお弁当による『あーん♡』なるスキルをこれ見よがしに発揮していたら…あなたは耐えられるだろうか、いや、耐えられないだろう。

 しかし俺は食べてやらなければならない。食べたいという気持ちはそりゃあ半端ない。だがな、状況だよ、状況。それこそが俺を今困らせてる最大の原因だ。 とりあえず食べるけどね!


 ……パクリ


「……!!」

「ねね、美味しい?」


 あぁ、めちゃくちゃ美味いとも!!

 目の前で数人の男子生徒に睨まれていなければ普通にテンションMAXだとも!!

 何だよこの威圧感!?

 こんなんじゃ味わって食えねーよ!!


「ど、どう、かな…?あたしやっぱり、料理下手なのかな…?」


 だんだんと落ち込んで行く瀬栾。俺は咄嗟に答える。


「う、美味いよッ!流石は瀬栾だな!」


 すると、瀬栾の表情はまるで使い古しの並列回路豆電球が新品のLED電球に変わったかのように急に明るくなる。…男子生徒諸君の表情はまるでLED電球に電力のほとんどを奪われた豆電球のように暗くなっている。あれ…?LED電球って、豆電球とあんまり変わらない電力だったような…?細かい事は気にするな!(笑)

 俺はその後も瀬栾の手料理を口に運ばれては食べ、運ばれては食べ、を繰り返した。

 …瀬栾以外の人間から発せられる視線が痛くて仕方ありません。中でもあの教室のドアの辺りからこちらをガン見していらっしゃる露葉なる少女のそれはもはや『痛い』という領域を遥かに超越し、『呪い』という恐るべき領域へと変化しているような気が…。


「って、露葉!?何でそんなとこいるんだ?」


 我ながらアウェーな質問だなぁ。

 今自分が置かれているシチュを考えれば入り辛くなるという事はすぐに分かるハズだろうが!


「参巻は…、つゆよりもせらの方が、良いの…?」


 露葉は弱々しくそう言った。その今にも泣きそうな表情をされると、俺は多分、これ以外に言える言葉を見つけられない。


「そ、そそそ、そんな事はないぞ!露葉も大好きだッ!超可愛いしな!」


 だが、俺はこの瞬間、大失言をしてしまったという事に気付く。


「ど…どういう事…?」


 俺は恐る恐る振り返る。そして目に飛び込んで来たのは、ショックで死にそうな表情の瀬栾様。

 …ち、違うんだ!いや、違わないけど違うんだ!!何を言ってるんだ俺は…。

 瀬栾は度の強いメガネを掛けた時のように上半身をフラフラとさせながら、


「あ…あぁ、な、なるほどー…。そそ、そういう事ねぇー…」


 怖い。怖いよー。こあいよー…。

 瀬栾は辺りを見回した。その後に俺を見た。そして、天使の微笑みの如きふんわりとした笑顔を見せて…


「サンサロール様ぁ、ご安心下さいませ〜。きっとアレですよね、困っていらっしゃるんですよねぇ?ねぇ?」


 ね〜。

 困っちゃうよね〜。

 怖いよね〜…。

 絶対この娘何か危ない事考えてるよヤバイよこれは!!

 俺は咄嗟に露葉の方を見た。


「つ、つゆは、ここ、怖くなんか、ななないよ?」


 では何故逃げる準備が完了しているのだろうか。いつでも全力疾走可能な体勢をとっている。瀬栾が少しでも動けば教室のドアの縁の部分を蹴ってダッシュ出来る状態だ。

 しかし、瀬栾はその場から動く事はなかった。

 …その場からは。


「サンサロール様っ」


 直後、頬に柔らかくてほのかに温かい感覚が。


「ーーーッ!!??」


 俺は死ぬほど驚いた。

 瀬栾が、今、元カノの目の前で、いやそれ以前にクラスメイトの視線による集中攻撃の嵐の中で、俺の頬に、


「…これでも、まだあの子の事が大好きなの?」


 キスしたぁぁぁぁぁぁああああああ!?

 熱い!暑い!あっつい!!

 今俺超熱いよ!?近付かない方が良いよ!?火傷するよ!?あッついよ!?


「ふふ、お顔が真っ赤っか♪」


 瀬栾はご機嫌になり、片目を閉じ、露葉に向かって舌を出した。紛れもない。挑発である。俺は顔を左右に大きく振って正気を何とか維持させた。もし今後何度もこんな事が起こるのなら、意識の維持はさらに難しくなりそうだ…。

 一方、露葉はその光景を目の当たりにし、唯々『開いた口が塞がりません状態』に陥っていた。だが露葉ももう高校生。流石に瀬栾の挑発に乗るような単純明快でバカな真似はしないだろう…


「ば、ばっ、バカじゃない!?つゆが、そんな事で動揺するとでも思ったのかかかしら!?」


 妙なところで噛むんだな露葉は。


「それにつゆは別にせらのちょーはつに乗る気なんかにゃいもんねッ!」


 にゃいもんね〜。

 可愛いなぁ…。


「でも参巻が大好きなのはこのつゆちゃんだもんっ!こう見えてつゆ、大人のじょせーだし?せらなんかに、負け…、負ける、もんかぁ!…負ける…もん…か…ぐすっ、うわぁぁぁああん!参巻が毒されて行くぅぅう!」


 あ〜あ、泣かしちゃっ…


「ふふ、所詮はその程度の愛だったって事ね」


 って、えぇぇぇぇぇええええ!?

 瀬栾は少しも罪悪感を感じていないようだ。露葉レベルの子が泣けば、誰でも、自らが悪くなかったとしても、不思議と罪悪感に駆られるハズなのだが、この少女は違った。俺はそんな瀬栾を見て、溜息をついた。


「はぁ…。あ、昼休み終わってる」


 既に時計は一時を指していた。そろそろ五限目が始まる。

 …露葉、大丈夫かな…?

 瀬栾の前では到底口に出せない心配をする参巻だった。


 放課後になった。


「さて、帰るかぁ〜」


 俺は席を立ち上がる。

 と、ここで気付く。


「あ、瀬栾、帰りにお前の家寄るから、一緒に帰らないか?」

「ふぇっ!?」


 不意に呼ばれたからであろう、瀬栾は驚いていた。すぐにいつも通りに戻り、返答。


「…そうねぇ。うん。そうしましょう!」


 こうして俺と瀬栾は二人で帰る事になった。

 …ストーカーが約一名いる事は言うまでもないと思う。

 校門を出た直後、左へ。それが学校から瀬栾の家へ行くための最短ルートの最初の選択だ。俺達『2+1』名はその道を歩いていた。

 瀬栾は嬉しそうに鼻歌を歌いながら自らのふわふわした髪を風に任せて靡かせていた。


「でも、嬉しいな。サンサロール様から誘ってくれるなんて。あたしの心を鷲掴みねっ♪」


 何だろう、この感じ。二人でいる時にこんな瀬栾は有り得ないハズなのに…。

 その違和感は昨日(零時を少し過ぎていたので今日なのかもしれないが)発覚した瀬栾の性格…いや、属性というべきだろうか、彼女のツンデレキャラから来ていると思われる。

 確か昨日はあの『THE☆古部屋!』で「何よ、野良猫」って言われたよな…。ハッ!まさか、あの部屋でだけツンデレになるって事なのか!?いや、でもそれはおかしい…。何故ならその次の日ってか今朝その古部屋にて瀬栾の妹の鶸ちゃんと喧嘩をしてた時、確かに瀬栾は俺の事をサンサロール様って呼んでいたし、もっと言えばツンデレのツの字も見当たらなかったからだ。


「どういう事なんだ…?」

「何が?」


 目をパチクリとさせて聞いて来る。どうやら俺は心の声を声帯を通して出してしまっていたらしい。


「あ、いや、何でも」

「ふぅーん。ま、別に良いケド」


 最後の「ケド」を何故か強調して言う瀬栾に微笑んで、俺は前を向いた。そろそろ瀬栾の家である。


「えーっと、確かこの辺だよな…。お、あったあった」


 瀬栾の家を見つけ、二人はそこへ真っしぐら。


「なぁ瀬栾、俺の荷物、取って来てくれないか?」


 俺は瀬栾に頼み事をした。


「何で?中に入ればいいじゃない」

「まぁそうなんだけどさ…。ほら、中に入っちまうと、何かこう、マズい気が…」


 ここで俺は勢いを付けて振り向く。すると隠れる時間を与えられなかった約一名の小柄な少女があたふたしながら涙目でこちらを見ていた。


「全く…露葉、お前ってやつは…」

「あぁ…、そういう事ですか」

「あぅぅ…」


 瀬栾は笑顔のまま露葉の方を見、


「あら〜?サンサロール様の荷物、うちの何処に置いてあるのか、わかりませんわ〜。これは本人に探してもらうしかありませんわね〜」


 などとのたまった。

 俺は驚いて瀬栾を見る。すると瀬栾はすぐに家へと入って行ってしまった。


「あっ!ちょっ、待てよッ!」


 仕方なく俺もその瀬栾の後を追って楠町家へ。

 しかし、外に取り残された露葉だけは、楠町家へと入る勇気がなく、唯々立ち尽くしていた。


「あら?あのー、もしかして、瀬栾のお友達?」


 ここで登場、聖母・瀬栾ママ。俺としてもこのお方にはなんとお礼すれば良いのか分からない。瀬栾とお近付きになれたのは一応このお方が宿泊を許してくれたから、というのも一つの理由だ。


「にゃっ!?…え…と…?あ、は、はい!」


 露葉は瀬栾ママに右手を挙げてお返事した。


「まぁ!なんて可愛いの!?うちの子にしちゃおうかしら〜?」


 楠町家は今日も健在である。


「とりあえず、少しあがっていきなさいな♪」


 こうして、本日のお客様に露葉が追加されたのであった。

 …ん!?『追加』!?待て待て待て。俺は帰るハズだ…


『プルルルル…ガチャ。もしもし?…あっ、参巻?今何処なの?…え?…あぁ、またお世話になってるのね?…え?違う?帰る?…何言ってるのよ!?折角のチャンスよ!?言い訳は聞きません!お母さん心配よ、あなたの将来が…。良い?あなたは今大事な時期なのよ?…えぇ、確かにそうでしょうね。うちが恋しいでしょう…。でもね、一人はもっと寂しいのよ?だから今の内に瀬栾ちゃんの事しっかりゲットして、最高の人生を過ごせるように努力しなさい!良いわね?それじゃ〜…ガチャ、プツッ。ツー、ツー、ツー…』


 ッッッ!?!?

 何故だ!?

 何故こうなった!?

 俺が今通話していたのは本当に本物の俺の母上なのか!?

 こうして、俺は瀬栾にある事を頼む羽目になってしまった。


「なぁ、瀬栾。…あのさ、申し訳ないんだけどー…」

「分かったわ、OKよ」


 いや俺まだ何も言ってないんだけど…。


「何を頼みたいか、分かるのか…?」

「…何?」


 えぇ!?

 分かってなかった!?


「あ、いや、そのー…。も、もう一晩…その、大丈夫かなーって…」


 刹那、瀬栾が俺から一歩下がった。

 表情を見る限り、強張っている。

 ヤバいぞ…、これはガチで嫌われたパターンかもしれない…!!

 そして瀬栾は全力でリビングへ走って行き…。

 あぁ、終わっ…


「お母さん!!ひ、鶸の!鶸の占いが!当たった!!!どうしようあたしこのままじゃサンサロール様にゲットされちゃうー!!きゃはっ☆うっわー!どーしよ!ねぇ!テンションがヤバいよぉお!!」


 てなかったぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?

 どゆこと!?鶸ちゃんの占い!?

 え!?何!?俺嫌われてないの!?

 俺は恐る恐る瀬栾に近付いて、聞いてみる。


「え…と、それはどういう…」

「ひゃあっ!びっくりしたぁ〜。あ!サンサロール様っ!あの…」


 俺は一応身構えた。

 …何が起きても、俺はめげないぞ。


「これからも、よろしくねっ!」


 ……ッ!?

 どういう事なのか、理解出来ない。

 少し考えてみよう。

 『これからも、よろしくね』…。それってつまり、恋人として、という事なのだろうか?いや待て。それ以外に何があるんだ?………ないだろ。


「こ、こちらこそ…」


 だがその時、俺は大切な事を忘れていた。

 …今後の宿泊先である。母上殿からあんな事を言われてしまっては、早々簡単には帰れそうにない。それなのに、今の俺の思考には、この事は全く存在していなかったのだった。

 ここで、瀬栾が両手を合わせてにっこりと微笑み、言った。


「うふふ、それじゃあ、早速部屋の片付けから始めましょっ!」


 部屋の片付け。

 それはあれだろうか。汚い部屋を掃除する、という意味だろうか?だが瀬栾の部屋は綺麗だったハズ…。しかもそれなら何故俺に提案するかのように言ってるんだ?

 答えは簡単だった。


「え、ちょっと待てよ」

「何?」

「何で今から掃除なんかするんだ?」

「何でって…、決まってるじゃない!サンサロール様の部屋を作るのよ!」


 あぁ、そうか。あそこか。確かにあの古部屋は掃除しなきゃ部屋としてヤバいな。


「そ、そうか。悪いな、俺の為に…」

「良いのよ、これからサンサロール様が過ごす部屋だと思えば、完璧にしておかないと気が済まないから!」

「いや、そんなに待遇良くしてもらわなくても…」

「ずっと過ごす部屋なんだから、綺麗な方が良いでしょ?」


 ……。

 ……え?

 『ずっと』?

 おいマジかよ。俺、ここに住むの?そりゃまぁ、俺は助かりますけどね?家に飄々と帰れない今、ここに住まわせてもらえるのはありがたい事だけどね?

 色々間違っているような気がするのは…何故だろうか。


「ちょっと待つのですーっ!」


 突然、背後から声がした。


「参巻、今日ここに泊まるの!?」


 振り向くと、そこには小柄な幼児体型の露葉がいた。

 どうしてここに…。

 そして、露葉はとんでもない発言を放つ。


「つゆも…つゆもお泊りするもんねっ!」


 どうしよう…。泊めて、いや、住まわせてもらう身として人の事言えないけど、それは流石にヤバい気がする…。


「お母さん!?」


 既に瀬栾は血相を変えていた。

 そして、瀬栾の母-楠町くすまち ひよこの返事を聞き、瀬栾は改めて露葉と睨み合う事となる。


「瀬栾、つゆちゃんと仲良くしないとダメよ〜。あ、そうそう、つゆちゃんは瀬栾の部屋でお泊りさせてあげてね」


 …バチバチ。バチバチ。

 二人の少女の間に、そんな音を立てながら電撃が見えたような気がした。

 俺…、やっぱ疲れてんのかなぁ…。

 二人がそんな険悪な状態のままに、俺は仕方なく例の『THE☆古部屋!』の掃除に向かったのだった。

 だってこうなったらどうしようもないじゃん、俺。


 その日の深夜は、掃除の疲れが出たからなのか、ぐっすりと熟睡出来たのだった。

 …深夜はね!

 『つゆちゃんの“日が昇ったら起きる”という習性、どうにかなりませんかね…』俺はこの後、つくづくそう思う事になる。


 …あ、因みに部屋はある程度綺麗になりました。

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