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第6話:ふわふわかちかち嬉し恥ずかし。広がる想いと深まる感情。

 ふと目覚めると、鼻腔に甘い匂いが届いていることに気が付いた。

 時計を見ると午前七時。

 昨日約束もしたことだし、瀬栾の手伝いでもしようかと階段を降りる。


「あ、露葉さん、これ並べてもらってもいいですか?」

「はいはーい♪ほらアリス、ちゃんと起きて!参巻に負けちゃうわよ」

「う…が、がんば…る…zzZ」

「もう、しょうがないなぁ」


 どうやらすでにリビングルームでは活動が始まっているようだ。

 露葉のことを心配していなかったと言えば嘘になるが、実はそこまで深刻にも捉えていなかった。

 現に露葉は昨日のようなしおらしさを感じさせない通常運転に見える。


「おはよう」

「あっ、おはようございます!」

「遅いわよ、もう朝よ」

「zzz…」

「アリス、アリスったら!起きなさーい、参巻も起きちゃったわよー?」


 どうやらやはり普段の露葉のようだ。

 ホットケーキだけでここまで機嫌の取れる彼女はそうそういない。可愛い。

 …まぁ、それだけではないと思うが。

 ひとまず金髪の天使をソファに寝かせて、俺も手伝いを始めた。


「…なんてことだ。美少女が俺のために朝食を…しかもふわふわで甘いホットケーキ…だと…!?」

「おぅお前も起きたか」

「んだよ、参巻も起きてたのかー。せっかく美少女とイケメンが一堂に集うかと思ったんだがなぁ」

「イケメンならいるじゃないですか」

「いやぁ、楠町さんそれは照れるなぁ」

「……かわいそう……」

「なッ!?アルバートさんの貴重な可愛らしい寝顔、だと!?」

「お前寝言で軽くディスられてるぞ」

「今日はいい日だなァ!」


 普通の寝癖とは思えないレベルのオールバック直立前髪の流市がリビングルームに入って来た。

 寝起きなのにテンション高いなこいつ。

 まぁ、確かに美少女との朝食はテンション上がるイベントだし、しょうがないのかもしれない。俺だって最初の頃は舞い上がっていた。……え、慣れたってことなのか……?

 これじゃあ実家に戻っても元の生活に戻れる気がしないぞ…。


「あら〜、みんな早いのね〜」

「ひ、ひよこさッ!」

「あらあら、ふふっ、すごい髪ね〜」

「い、いや、こ、これは!すすすすぐに整えますッ!!」


 凄い勢いで洗面所へと消える流市。

 ひよこさんは京の方面の出身かもしれない。

 時々鋭くかつ婉曲的に指摘が入る。

 ひよこさんはいつも通りのふわふわな微笑みを絶やさず、イラストではデフォルメされ可愛く描かれそうな表情をしている。

 ……うん、特に何も考えてないような気がする。


「こーら、アリス!本格的に寝ようとしないの!」

「あぁ、さっき俺がそこに連れて行っちゃって」

「もう!参巻はすーぐアリスを甘やかす」

「いやでも…」

「でもじゃないの!」

「すみませんでした…」

「よろしいっ!」


 つよいなぁ、露葉さん。

 小さいのによくまぁそんなにいえなんでもないですはいだからその熱々のフライパンはキッチンに置いてきてくれ。


「シロップをかけて……と、完成!」

「あら、美味しそうね〜」

「甘い匂いがすごいな。参巻はどのくらいかけるんだ?」

「俺は、っておい露葉それはいくらなんでもかけすぎじゃ……」

「ふぇっ?控えめな方だと思うけど、多い?」

「えぇ……」


 露葉の目の前にあるホットケーキはシロップ塗れになっている。

 バターもシロップ漬けの如くコーティングされている。


「つゆちゃん、あまい?」

「甘いわよー。アリスもかける?」

「うん」

「はいどーぞ」

「ありがと」


 微笑ましい光景がそこに広がる。

 そして禍々しい光景も俺の隣に広がっていた。


「つ、つゆ姉、た、す、けて……」

「お姉ちゃん!勝った!勝ったよ!」

「ひ、鶸……。姫音ちゃんと何してたの?」

「お姉ちゃん談議」

「お姉……え?」


 どうやら今日も今日とて騒がしいこと相変わらずのようだ。

 シロップと俺とを交互に見つつ何かを訴える露葉。おそらくもう少しかけてもいいかどうかの確認だろう。

 一人静かに黙々と甘いホットケーキを頬張るアリスさん。頬をいっぱいにして満足気に微笑んでいる。可愛い。

『お姉ちゃん談議』なる祭典の存在にどうしたらいいか困惑している瀬栾。申し訳ない、それは俺にも解を導けそうにはない。

 ひよこさんのホットケーキを店で出せるレベルに装飾する流市。

 熱く語り始める鶸ちゃん。

 疲弊し姉に救いを求める姫音。

 流市のアレンジをにこやかに見守るひよこさん。

 そして意外にもシロップ多めな洋一さん。

 記念日でなくともこうした光景が幸せであることに気付かされた朝だった。


「さて、と。甘い朝食の後だ、ちょっと散歩に行ってくるよ」

「あ、参巻待ってつゆも行く」

「おう、それなら、十時過ぎに出るとしますか」

「はーい」


 ……。

 珍しく他に参加希望が出なかった。

 

「アリスさんも行く?」

「ううん。ありす、やることある」

「そうか、瀬栾は?」

「……あ、そ、そうでした!あたし、今日やらなきゃいけないことがありました!」


 ……。察してくれている、という方が正しいのかもしれない。


「なんか、デートみたいだねー」

「…お、おう」


 近所の公園まで腹ごなしの散歩に来たわけだが、露葉と二人きりの時間というのはなかなか珍しい。正直なところ、少し照れくさい。


「あ、あのね」


 朝食でご機嫌なのか、昨日はあれほどしおらしかった露葉が話しだした。


「うちでは特別な日にホットケーキを作ってたの」

「そう、だったのか」

 

 あくまでもこの場で初めて聞いたように振る舞う。

 

「うん。だから、今日は、特別だね」

「そうだな」


 露葉は、何でもない今日を特別と言った。

 それは、俺が忘れかけていたこの日常が幸せに溢れていることを、なかなかどうしてうまく表現しているようにも思えた。


 静かな休日の朝。

 日々の慌ただしさを忘れるにはちょうどいい空間に、二人の姿。

 ただ、二人きりの時間というのはやはり長くは続かないらしい。


「……」

「……いいよ、こっち来なよ」

「あっ、え、えぇーと……」


 露葉が許可を出すと、ゆっくりと瀬栾がベンチの陰から顔をのぞかせた。

 やはりというか、気になっていたようで。


「散歩、もう少しぶらつくけど、一緒に行くか?」

「い、いいんですか!?」


 パァッと明るくなる瀬栾。

 思わず俺も嬉しくなってしまう。

 露葉を見ると、少しだけ複雑な表情をしながら、半分諦めのように優しいため息を一つ。


「それじゃあ、とりあえず一周しましょ」

「そうだな」

「はいっ!」


 アリスさんは夢の中だそうです。

 食器の片付けを手伝ってから眠りについたというのはひよこさんの談。

 ただフォークを握ったまま眠りについているとも情報が入ってきていたりする。


 散歩から帰宅した俺達は、何の気無しに手を洗おうと洗面所へと向かった。

 と、そこに。


「うっわ、帰ってきたんですね、お・に・い・さ・ん!」

「いやぁ、な、なんか、すみません」

「こら鶸、ダメよそんなツンケンな態度しちゃ」

「お姉ちゃん、お願い、気付こう?」

「さ、サンサロール様の魅力になんて、とっくに気付いてるってば!……で、でも、今は、その」

「違っ!うぅー、もう!」


 何故か鶸ちゃんは俺を睨み付けて洗面所を出ていってしまった。


「……鶸ちゃん、参巻のこと嫌いじゃないみたいだし、そんなに落ち込まないの」

「えぇ……?」


 露葉が第三者目線でそう言う。

 あれで?と思ったが、ふと考えてみると、「戻ってきた」ではなく「帰ってきた」になっていたあたりは確かにごく僅かな変化があるようにも思った。

 姉を振ってしまった手前、なかなか難しい関係性だしなぁ。

 ただ、さっきの瀬栾の様子だと少しずつだった恋愛ショックの回復がある程度まで戻っているように感じた。

 瀬栾のターゲットが変わっていないのが気がかりというか嬉しいというか困るというか……。

 まだ波乱が収束しそうにないことを悟った瞬間でもあった。

 

 リビングルームに入る。俺にとっては普通となりつつあるこの日常風景だが、冷静に考えると異常なのかもしれない。多分異常なのだろう。というのも、流市のキラキラと輝く瞳が普通ではない。

 が、今の流市のキラキラは普通の憧れ的なアレではなく、いわゆる野次馬のソレのようで。

 

「さてと、どうするかな」

「お、そうだな。少なくとも、大丈夫じゃあないな。参巻、一応聞くがお前は何故平気でいられるんだ?」

「いや、そりゃあ」

 

 言いかけて言葉を引っ込めた。

 こういうところだ。俺の悪いところは。作者もなかなかの罠を仕掛けてきやがる。

 

「いいか参巻。お前はもう慣れてしまったのかもしれない」

「慣れてるわけでは……」

 

 うーん、やはり慣れてしまっているのだろうか。もはや当たり前となってしまっている現状も、目を向けて考えることが時には必要なのかもしれない。

 

「目の前のこの光景はな、一般男子にとってはまさに酒池肉林……」

「そ、そうだな」

「お前に分かるわけがないだろう!」

「いや、うん。はい、すみません」

 

 流市にとっては初めての状況な訳で、俺にもその感覚は分からないわけではない。

 かの者の輝く瞳の先には、フォークを取り上げられ静かに眠るアリスさん。

 ひよこさんか洋一さんか、どちらかは分からないがふかふかの毛布がかけられていて、満足そうな表情で寝息を立てている。

 寝る子は育つとよく言うが、まるで成長が感じられないのはなんというか、いや、でもそれはそれでいいというか……。言語能力だったり頭脳の方に成長が持っていかれている可能性も否定できない。

 

「そして、だ。参巻はこれからどうするんだ?」

「そうだな……、とりあえずは部屋に戻ろうかとも思っていたんだがちょっとな」

「あぁ。俺もだ。貸していただいている部屋に戻りたいんだが、アルバートさんがこんなにも愛らしい御姿でおられるから動けなくてな」

「そうか。俺はどちらかというと背後に感じる気配のせいで動けないな」

「ハハハ。やはりな。でも、どうだ?こんな時に状況を共有できる仲間がいるというのは。心強いと思わないか?」

「そうだな。悪くない。じゃあ流市、そのまま後ろのダークマターを宥めてくれないか?」

「そいつぁ無理だな。俺になんざまるで興味ないって眼をされてらぁ」

「ふ、そうか。じゃあ仕方ないな」

「あぁ。仕方ないんだ。じゃあな、死ぬなよ」

「お、おい、流市!?……は、ははは!ど、どうした露葉!怖い顔すんなって!さぁて、どうしたものかなぁ!」

「さーまーきーくん。早速の浮気ですか?」

「う、うわ、浮気だなんて、え、な、なんでだよ全くそんなわけないだろアリスさんが可愛すぎてちょっとの間だけ見惚れてただけじゃんかー」

 

 言いながら手を引き抜こうとするが、寝ているとは思えないレベルの力でガチガチにホールドされているため、実際には身動きが取れない。

 

「随分と深い関係なのねー」


 振り向けない。

 隣にいたハズの流市は満面の作り笑顔でキッチンの方へと後退している。

 

「さまきくんの右手は今、どこにあるのかなー?」

「そ、そりゃあ、アリスさんの、その……」

「どうしてそのままなのかなー?」

「こ、これはアリスさんが!」

「寝てるわよー?振り解けばいいじゃない」

「そ、そうなんだけど!」

「どうして」

「いや、あの」

「どうしてつゆじゃないのよ!?」

「いやちょっと待てほんとに待ってアリスさんの力本当に強いんだって」

「つゆのがないからだって言うんでしょ!?だったらそう言えばいいじゃない!」

「ち、違」

「ほら!ど、どどどどうよ!つゆだってあの時のままじゃないんだから!!」

「ヒィ!?って……、へ?」

 

 突如として右手だけでなく、左手にも熱源を感知した。

 ただどうだろう、左手は少し肌寒痛ててて左手首はそれ以上回らない回らない!

 

「参巻ィ!?貴様アルバートさんだけでなく露葉様の慎ましやかな……!とりあえず死ねィ!」

 

 地雷に気付きとどまったらしい。いいなあ勘のいいやつは……!

 

「そうよそのままやっちゃいなさい片縁くん!」

「イェッサー!」

 

 裏切ったなぁ!

 と、この騒動でアリスさんが目を覚まし、突然右手が解放された。

 

「うぉわっ!?」

「ひゃう!?」

 

 体勢を崩した俺は、そのままリビングルームのソファー横の床に倒れ始める。

 そしてそこに俺の声に驚いた露葉が足がすくんで座り込み、最終的には露葉に膝枕してもらっている状態になってしまった。いやそうはなら……、なりましたすみません。

 

「……え?」

「え、えぇ!?も、もう!しょ、しょうがないにゃあ!」

 

 この体勢を爆速で理解した露葉は、俺がアリスさんよりも露葉に甘えようとしていると勘違いしたようで、隠しきれていない笑みを浮かべながら俺の頭を撫で始めた。

 この状況にとうとう理解が追いつかなくなった流市は当然の如くGo To 亜空間。

 

「んー、ん?ダーリン、おはよ」

「お、おはよう……?」

「あらアリスったらお寝坊さんね。つゆ、お散歩して余暇も楽しめる大人だから、さっきのことなんて許してあげる」

「……さっきの?」

 

 ちゃんと白状しましょう。

 アリスさんが可愛らしく眠りについていて見惚れかけたところ、フォークが顔に刺さりそうになっておりましてですね。危ないのでそれを半ば無理矢理に引き抜いた結果、そこに持っていたものの代わりということなのでございましょうか、右手が奪われてしまいましたのでございます。

 ただ、不可解というべきか流石というべきかは、アリスさんはフォークの時とは打って変わり、ホールドしたものを顔へではなくより自身の体温を感じさせられる方へと向けられたことでございましょうか。いや割とマジで。どうして?(歓喜混じりの困惑)

 

「ダーリンダーリン」

「お、どしたのアリスさん」

 

 寝起きのアリスさんに呼ばれ、露葉の膝枕から上半身を起こす。

 

「あっ、も、もういいの……?」

「いや、その、そんなにずっとそうしてたら露葉も脚痺れちゃうかなって」

「そ、そっか、そうだよね、えへへ」

 

 本音としてはもう少し頭を預けていたかったが、キリがなくなりそうだったのでここらで気持ちを切り替えることにした。

 露葉も今度は分かってくれたようだ。

 

「それで、アリスさおぉう!」


 アリスさんはソファーから身を乗り出し、俺の目と鼻の先、文字通り目前にいた。

 そしてさらに近づくように手招きをする。

 招き猫みたいで可愛い。

 

「ダーリン、どうだった?」

「……んなッ!?」

 

 やはりそういうことのようだった。

 

「ありす、ちょっとがんばった」

「え、あ、そう、だね……?」

「ふふっ」

 

 小悪魔とはまさにこのことだろう。

 天使と悪魔を兼ね備えるとこうも強いのかと思い知らされてしまった。

 

「参巻、アリスに何言われたのよ?」

 

 言えるわけがなかった。

 

「あ、あはは、なんだろうな、あはは……」

「つゆちゃん、ごめんね」

「な、なんでアリスが謝るのよ?参巻、その、また、横になりたくなったら、いつでもいいのよ?」

 

 おそらく露葉の何倍も上手なアリスさん。

 瀬栾が鶸ちゃんとお話していてこちらに気を回していなかったことが幸いだ。

 露葉は何か新しい扉を開いてしまったようだ。

 

「あら、アリスさん、起きてたらしたんですね。お母さんのお手伝い、ありがとうございました」

「あ、せら。ううん、それくらい、へいきよ。あと、ごめんね?」

「え?」

「ふふっ」

 

 何故謝られたのか、瀬栾は困惑している。

 アリスさんは満足そうな笑顔でドヤっている。

 露葉に目で事情を聞こうとする瀬栾だが、露葉は露葉でさっきの膝枕の体勢のままにへらとだらしない笑顔で妄想に耽っているようだった。

 

「とりあえずそろそろお昼です。……えぇと、片縁くんは大丈夫ですか?」

「あぁ、こいつはこうなったら勝手に戻ってくるまで何やっても無駄だから。放っときゃそのうち戻ってくるよ」

「そうなんですか……。あ、サンサロール様。露葉さんは……。あ、もう大丈夫、みたいですね」

 

 朝のホットケーキを美味しそうに食べる露葉を見れば大抵の人はそれで安心するだろうが、さすがは瀬栾といったところだろうか。

 ちゃんと露葉の内面のことまで気にかけてくれていたようだ。

 本人に直接確認しないのも、真意を知りたいからなのだろう。

 

「そうだな、うん。もう、大丈夫だと思うぞ。ありがとな」

 

 ボロネーゼの匂いを感じつつ、もう休日の半分が終わろうとしているのかと時の流れを感じる。俺の言葉を聞いて安心した様子の瀬栾は、露葉とアリスさんにも再度声をかけてテーブルへと向かっていた。

 

「ハッ!お、俺はいったい何を見せられていたんだ……?」

「おー、やっと戻ってきたか。ほら、昼食の時間だぞ」

「何ッ!こ、この匂いは……、ひよこさんの手料理、ではなさそうだな……」

「どういう嗅覚してんだ。何で判断できるんだよ」

「一発で分かるだろう!ひよこさんの」

「わ、分かったからほら行くぞ」

 

 パスタが冷めてしまいそうなので話を切ってテーブルについた。

 

「そういえば、そろそろ夏休みですけど、みなさん帰省とかされる予定などありますか?」

 

 昼食を摂りながら、瀬栾が話題を振る。

 瀬栾の言う通り、来週の火曜日から夏休みに入る。

 そろそろちゃんとした帰省も考えてみるか。楠町家をシェアハウス先としたままの帰省は今まで経験がない。

 

「つゆはちょっとだけ帰ろうかなって思ってるよ」

「そうだったのか。俺もそうだな…、穂美もうるさいし」

 

 アリスさんから発言がない。

 基本的にあまりしゃべらないのはいつものことだが、どうも今は様子がおかしい。

 普段なら全体的な問いかけにもちゃんと反応している。

 

「アリスさん、シェリアさんのところへ帰省はされないんですか?」

「……」

「ど、どうなんだろうな?シアの家ったって、どの家が…あ、なるほど」

 

 俺は言葉にしてみて気が付く。

 この付近一体の土地主はアリスさん、というかアルバート家の資産でしたわ。

 この家の土地は分譲、とかだろうか?

 まぁでもあまりその辺りは詮索すべきではないのだろう。

 

「ありすのじっか、どこだろう……?」

「あ、あー…、そういえばそうでしたね」

「でもアリスには母国があるじゃない?お母さんとかに会いたいとかないの?」

「その心配はいらないわ!」

 

 露葉の質問に答えたのはリビングルームのドアから聞こえた声だ。

 

「シア!?いつの間に」

「さまくんがいるところは私のいるところよ」

 

 答えになってな……え?なんて?

 

「アリスの帰省についてだけれど」

「あ、はい。アリスだって寂しい頃なんじゃないかなって」

「まぁ!露葉さん、あなたいい子ね。でもアリスの、私のお母様ね、実は今年の夏にこっちへ遊びに来ることになっているのよ」

「マミーが!?あえるの!?」


 急に声をあげて絵に描いたように喜ぶのはもちろんアリスさん。

 あまりのサプライズな嬉しい知らせだったからなのか、ボロネーゼソースが口周りに跳ねているのも気にせず眼をキラキラとさせている。可愛すぎる。

 

「アリスったら、そんなにはしゃいじゃって」

「しばらく会えてなかったし、連絡をとっているような感じでもなかったから、嬉しいんだろうな」

「ふふふ、お母様もきっと喜ぶわ。アリスのことが気がかりだっていつも手紙に書いていましたもの」

 

 エアメールの封筒をいくつか取り出して扇子のように展開するシア。

 アリスさんは瀬栾に顔のソースを拭ってもらっている。うん、やはり可愛い。

 

「そうだ!いいことを思い付きましたわ。ことり!」

「はい」

 

 突然何かを思い立ったシアはメイドを呼び、何やら小声で相談を始めた。

 ことりさんはいつからそこにいたのだろうか……。

 

「あら、そう言えば。アリスちゃんのお姉さん、お昼はまだかしら?」


 こちらで唐突に声を発したのはひよこさん。

 キッチンの方へと足を進めている。

 

「はい、本日はまだ」

「あらあらー、ちょうどよかったわ〜。一緒に食べていかいない?と言っても、大したものじゃあないのだけれど……」

「わぁ、嬉しいですわ!ことり、それじゃあその件はよろしくお願いするわね」

「かしこまりましたお嬢様。それと、シェフの方にはこちらからお昼の件伝えておきます」

「ありがとう」

 

 なかなか日常生活では生で聞くことのないであろうお嬢様らしい会話を耳にしつつ、ひよこさんの何者にも動じない通常運転ぶりに感心する。

 メイドのことりさんとどんな企画を相談していたのかは、後で聞くとしよう。

 食卓にシアが追加され、より賑やかになった昼食。

 流市はなぜか亜空間転移している。美人の生徒会副会長との食事会に緊張が耐えられなかったのかも知れない。

 ひよこさんとの生活にやっと慣れたばかりの彼にはまだ刺客が多すぎるようだ。

 

「こ、このパスタ……!」

「あら、お口に合わなかったかしら?」

「とんでもありませんわ!なんですのこのコク!」

「あぁ、シアはこういうレトルト系に縁がなさそうだからなぁ」

「あらまぁ、そうなの〜?簡単に作れて助かっちゃう上に美味しい優れものよ〜?」

「な、なんてこと……!アリス、あなた普段、こんなに美味しい食事を?」

「……ん、うん」

 

 シアの前だからだろうか。アリスさんの食事の行儀が少し良くなっている気がする。

 ただもくもくと食べることだけは止めないでいる。

 

「シェリアさん、でいいのよね?瀬栾ちゃんのお母さんの作ってくれる手料理も美味しいわよ」

「露葉さん……!そ、そうね!お母さんの手料理、とっても美味しいんですよ」

「な、なんと、これ以上のものを……?」

「みんなして照れるわぁ〜」

「ほ、ほんとにそう思ってます!だから、またホットケーキを……」

「ホットケーキはあたしの思いつきだったけど、よかったねお母さん。また作りましょう」

「ふふふ、そうね」

 

 それからの楽しい昼食はあっという間に過ぎて行った。

 

 満腹になった昼下がり、少し眠くなる時間帯。シアが計画している企画については、意外にも彼女本人から開示された。

 

「さて、とっても美味しい食事の後ですし、ティータイムといきたいところだけれど。さまくん、ちょっといいかしら?」

「お、どうしたシア?」

「さまくんは、帰省するのかしら?」

 

 そう言えばシアも俺達がここに住んでいることを知っている数少ないメンバーだった。

 

「あぁ、この夏に顔出しに少し戻ろうかなとはね」

「あら、そうだったのね。スケジュールは決まっているのかしら?」

「まだこれからだけど、どこか遊びに行く計画?」

「まぁ!察しがいいのね!」

 

 いやここまで聞かれれば推察は簡単だろう。

 ……と思ったが、箱入りのお嬢様かつ生徒会副会長としてスクールカーストでも上位に君臨する彼女からしてみれば、なんでもない遊びの計画も画期的で大胆な提案なのかも知れない。

 

「いいな。行き先で希望があったりするのk」

「水族館!」

 

 俺の言葉半ばに突っ込んできたのは露葉だった。

 

「水族館ってお前、GWに行ったばかりだろうに」

「いいじゃない!好きなんだから!シェリアさんも行きたくない?」

「うふふ。実は目的地までは決めかねていたの。水族館、動物園、遊園地、キャンプ……。でも希望があるなら決まりね」

「いいのか?露葉のわがままに付き合ってもらっちゃって」

 

 なんだかんだでシアは遊びに関しては初心者な部分が多く、こうした場では流されやすいようだ。本当は行きたいところがあったのでは。

 

「ありすも、いきたい。ペンギンさん」

「あら。楽しみ」

 

 ……これは決まり手のようだ。

 夏休みの予定、第一弾が決定した。

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