第01話:楠町家にてさっそくドキドキイベントがっ!?頑張れ耐えろ俺の理性ッ!
楠町 瀬栾の家に泊まることになった俺は、一応携帯で自宅へ連絡を入れた。 母上様は、何故か興奮していた。父上様も、「お前、なかなかやるな!」とか仰られていた。妹の穂美は、「にゃおぉん!?許しませんよ!?えぇ許しませんよ!あの小娘ェ…!!」とかほざき始めていた。
…心配とかはしてくれないんだ…。いや、まぁ、確かに信用されてるんだーって思えば、嬉しいかもしれないよ?けど、ねぇ。大切な息子が突然他の家に泊まる、なんて状況になったら、普通は心配しない?ってか少しくらい悲しまない?…色々面倒にならないから別にいいんだけどねこれはこれで。
楠町宅に入った俺と瀬栾は、二人で軽い夕食を摂った。何故か瀬栾の母親は食事の用意をするなり「ごゆっくり〜」などと仰りながらリビングルームを後にされた。
つまり、二人っきりの夕食。
…初っ端から飛ばし過ぎじゃね?
今日のメニューはカレーで、楠町家のそれは最上級の甘口と言っていいほど辛さが無かった。しかし瀬栾がそのカレーを超☆笑顔で頬張っていたので、辛口派の俺だったが黙るしかなかったのだった。
…可愛いな、このやろう。これじゃあ文句言えないじゃないか…。
そして、食事を済ませ、シャワーを借りた後、持参していた自分のジャージに着替えた俺は瀬栾に指定された場所へ向かう事にした。確か、この廊下をこのまま真っ直ぐ進んで、手前から二つ目の部屋を使って良いと言われている。
「えぇっと、ここか」
ガチャ。
随分と重々しい音と共に開いたドア。長年使っていなかった証拠なのだろう。ドアだけでなく室内全体的に『THE☆古部屋!』という感じだった。埃だらけのフローリング、座っただけでハウスダストが部屋を満たすほど舞うんじゃないかと思われるベッド、自由気ままに何者かが描いたのであろう壁画…。
「あれ、俺って一応お客さん扱い…だよね?」
独り言。
いやでもこれは言いたくなっちゃいますよ!何この部屋!?初めて見たよここまで色々凄い部屋!
…と、叫びそうになったところで、俺は気付いた。
一箇所だけ、誰かがこの部屋で毎日を過ごしているかのように整頓されている場所がある事に。しかし整頓とは言っても、この部屋の他の惨状と比べて、の話だ。普通に清掃されている部屋から見てみればありえないくらい酷い状態だ。
「でも、何でここだけ…?」
不思議に思い、俺はその場所に立ってみた。しかし何も分からない。
「まさかここだけ使えってか…」
ほんの僅かな希望を与えられた、という事なのか?このままじゃ流石に酷いから、ちょーっと片付けたわよー的な…?
だがここで俺は思い出す。
…そう言えば、あいつの部屋にまだ案内されてねーな。
そうだった。夕食とシャワーを済ませたはいいものの、その後すぐに瀬栾はお風呂タイム。彼女が上がってくるまでの時間に、自分に与えられた空間へ移動したのだった。
あいつの言葉が本当に実現するとしたら、瀬栾の部屋に少なくとも一度は入室出来る事になる。うぇーい!
「ちょっと図々しいかもしれないけど、この部屋の事を訴えれば流石に理解してもらえるだろ。…わざとここを指定しているのなら話は別だが…」
その時俺は、こんな酷い部屋ではなく、恐らくは可愛らしい物で埋め尽くされているのであろう瀬栾の部屋に泊まる事を考えていた。同級生の女の子の家に泊まる事になって、さらに同じ部屋で寝る事になって、一緒に夜を…ふぉぉぉぉぉおおおおお!!はッ!いかんいかん!おかしな妄想はあまり行きすぎると現実との差が大きすぎて最悪の場合死に至る!(※個人の感想です。)なんとか耐えるんだ俺!そうだ、きっとあいつと共に寝る事はないだろう。そんなの当たり前じゃないかぁー。俺が部屋の事を懇願すればあいつは多分他の部屋を使わせてくれるさ。あぁ、そうだきっと。俺と寝る事なんてー…
しかし、俺は甘かった。何もかもが、甘かったのだった。
…謎ですねぇー、実に謎です。
結論から言うと、俺の願いの一つは、叶った。なんと今、あいつと布団が隣合わせなのだぁー!マジで一緒に寝れる!あいつは今英単語を暗記中なので部屋の電気はまだ明々とついているが、確かにあいつと俺は共に夜を過ごす事になりましたァー!オメデトウ!
…だが、しかし。
「あの…さ、一つ、聞いてもいいか?」
「ん?何よ野良猫」
「野良猫って、全く酷いなぁー。って、そうじゃなくて。何でこの部屋、こんな状態なん?」
俺達が今いる場所は、俺が今日過ごして良いと言われたあの『THE☆古部屋!』だったのだ!!
どーゆー事よコレ!?え、何!?罰ゲームなの!?
え?あの後何がどーなったか知りたい?はいはい。お答え致しましょう。お答えしようじゃないですか!いや寧ろ聞いて!もう俺どーにかなりそうだから誰でも良い、聞いて下さい!お願いします!
えー、あの後ですね、俺が部屋のチェンジを懇願しようと『THE☆古部屋!』から出ようとしたらですね、突然部屋のドアとは真逆の方向から物音がしたのでぇございます。怪しく思ったので振り返ってみると、俺がつい数秒前まで突っ立っていた比較的整頓された場所…のすぐ近くにある本棚が少しずつ動き始めていたわけでぇごぜぇやす。いやはや、流石の俺様もビックリ仰天!さらに何という事でしょう!その本棚が完全に左にスライドし終えたと思ったら、元々それがあった場所の背後にあたる壁の部分に、丁度人が一人通れる程度の穴が空いているではありませんか!そしてそしてさらに驚く事に、なんとその穴から瀬栾様がおいでになって!まるで何かトリックを魅せられているようでした…。はい。つまりですね、俺様が伝えたい事、それはー…
「あ、あのさ、お前の部屋って」
「ダメ」
ね?やっぱりここがあいつのー…え?
あっ、すみません、どうやら違ったみたいです。しかしそれなら、一体全体どうしてここに俺を誘導したのか、またどうして瀬栾も共にこの部屋に来るのか、この二つが疑問として浮上しますね。浮上するハズなのです。うーむ、どういう事だろう。
「ダメって…、でも家に入る前に、確かに言ったよな?」
…なんか、俺もう最低だね。好きな娘の言葉を一字一句しっかりと記憶して、後々それらを利用するなんて。うわぁ、引くわー。正直自分でも引きたいわー。それが出来ないから辛いわー。…こんな性格だったっけ…俺…。あれ、瀬栾様がぼやけて見える…、な、泣いてなんかねーぞ!泣いてなんか…あれ、何でだろ、頬に塩水が…。
「あ、ああああれは、その、いや、本当は別に、入れても、良いんだけど…」
瀬栾の表情がどんどん険しくなって行く。
俺、何か酷いこと言ったかなぁ…。無意識なら最悪じゃん。
「今は、まだダメ。でも、もしかしたらもうちょっとすれば…」
言いながら瀬栾は先程この部屋へ侵入したのと同じ経路を辿り始め、穴の中へと入って行ってしまった。
「おいおい、そんな格好で入ったら、見え…」
俺はそこまで言いかけて、それ以上の言葉を謹んだ。健全な男子高校生たる者、サービスシーンを自ら破壊するという愚かな行動に踏み切る事は難しい。
だ、だって、お風呂上がりにスカートだよ!?絶対わざとでしょ!?だったら遠慮いらないじゃん!そうだよねきっとそうだよそうだそうだ!
俺は自分の心の中で叫びまくっていた。
すると、
「…サンサロールさ…ッ!」
不意に帰還してきた瀬栾が可愛らしい笑顔を見せながら『サンサロールさ』まで言い切ると、その次の瞬間、急に顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。何語を喋っているのかすらさっぱり分からない勢いだ。
「…の、野良猫!つ、つつ、ついて来なさいよね!」
漸くクールダウンに成功した瀬栾が最初に発した言葉だった。クールダウン、出来ている…ハズだ。
「野良猫って…」
何故か俺は、瀬栾から『野良猫』と呼ばれている。由来は今の所不明。だが今はそんな事を気にしている場合ではない。とりあえず後を追わねば。
故に、俺は壁の穴へと瀬栾に続いて入ったのだった。
…そして、俺達二人はとある部屋へ到着した。どうやら隣の部屋のようだ。そう言えば使っていい部屋は『手前から二つ目の部屋』って言われていたから、ここは一つ目の部屋なのだろう。
「…ここ」
顔を耳まで真っ赤に染め上げた瀬栾が発言した。
…かっ、可愛い!!
「お、おう。ここが、お前の部屋…か」
見渡す限り一面に『THE♪女の子の部屋』が広がっていた。部屋のあちこちに座っているかのように設置されたぬいぐるみやピンク色に統一されたCD棚・本棚などが、俺には新鮮すぎた。その場の空気さえもが、いつも吸っている酸素とは違って甘いのではないかと思うくらい、女の子特有のほのかな香りというか、雰囲気といか、そういう類の、説明し難い空間が広がっていた。
「…ね、ねぇ、ど、どう、思う?」
「え、どうって聞かれても…」
瀬栾の答えにくい質問に悩みながら、俺は正直心底安心していた。あの部屋があいつの部屋なのか、などと思っていたからだ。この部屋なら、納得だ。何が納得かって聞かれても、まぁ、そりゃあ…困りますけど。き、聞くなよ!あいつが可愛いから、きっと部屋も…とか、そういう訳じゃ…まぁ、実際はそういう訳なんだけど…。いやでもほら、恥ずかしいじゃん、口に出すのって!
結局、俺は何一つ言葉を発する事は出来なかった。
「…なんか、ごめんな。突然押しかけて」
俺達二人は、再び古部屋へ戻り、布団の上にいた。
「そ、そんな事…。サンサロール様となら…何回でも…」
『サンサロール』の後あたりから急に声量が落ちた為にその後何を言っていたのかは分からなかった。
「そっか。でも、俺はお前とこうして一緒にいられて嬉しいな」
率直な感想だった。
「は、はぁ!?ちょっ、何言い出すのよ急に!ば、ばばば、ばっかじゃない!?あたしがサンサ…野良猫と一緒に寝るなんて、普通ならしないんだからねッ!きょ、今日は本当に特別!特別なんだからぁっ!」
瀬栾は不思議な事に顔面を真っ赤に染めて全力で言い訳をしていた。
…やっぱり可愛いなぁ…。
「と、とにかく!今日はもう寝るわよ!夜中とか、その、き、期待とか、してないから!別にドキドキなんて、してないから!」
「お、おう」
瀬栾の勢いに少々気圧されながら、俺は曖昧に返事をした。
夜中に期待って、え。マジですか!?良いの!?あ、いや、ダメか。本人が期待してないって言ってるし。
でも待てよ。まさか瀬栾はツン…いやいやいや。それは俺の理想だろ。世の中そんなに上手くないハズだ。
「じゃ、寝るかぁ。おやすみ」
俺は天井から吊るされている電気のスイッチの紐…えーっと、あれです、あの、ちょっと古い部屋によく見られる、壁スイッチがないタイプの天井から吊るされてる電気をつけたり消したりするやつ…を二回連続で引っ張り、部屋を暗闇へと誘った。一回だけだと豆電球モードになるんですよ。
しかし、俺が『おやすみ』と呟いて消灯した瞬間、微かだが確かに聞こえた一言があった。
「サンサロール様と…にゃふっ♪ごろごろ〜♪」
……。
さて、問題です。今、この部屋には二人の人間がいます。その部屋はとても静かです。そんな中、明らかに少女のものと思われる高さの可愛らしい声が聞こえてきました。
その声は一体、誰のものでしょうか?
①瀬栾
②瀬栾様
③瀬栾さん
④瀬栾ちゃん
ヒント:全瀬栾様は女性です。
…えーっと。
俺は声がした方を見た。実際目に映るそこはただの暗闇だが、今、確実にそこに瀬栾がいる。
そして俺は結論付けた。
瀬栾ってやっぱりツンデレだったのかーーーー!!!!
この日の夜は、瀬栾が寝かせてくれなかった。
寝ようとすると、耳に小さな声が入ってくるのだ。
「サンサロール様ぁ…」とか「そんにゃところはぁ…だめぇ…」とか、挙句の果てには「ゆゆちゃん…だめだよ…お父しゃんのゆーこときかにゃいと…」など。
誰だ『ゆゆちゃん』って。
しかし俺は、不思議と嫌ではなかった。睡眠不足にはなるかもしれないが、これは全国の男子高校生が睡眠より欲しがるものだろうと思われるからだ。
…露葉も、こんな事言ってたのかな…?いや、それはないか。あいつとはもう一年前に別れたんだし。
考え事をしているうちに、睡魔は徐々に近づいて来ていた。そして俺は、午前二時頃に漸く訪れた睡魔へ自分を預け、楠町家での生活一日目の幕を下ろしたのだった。
翌朝訪れる刺客の事など、全く知らないままに。